Karte.14-4「見くびるなよアリステラ」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
◎
テュルソー分会の片隅、寮舎の中。
二人部屋を想定された私室たちは、相部屋になるほど人員の多い分会でもないので実質的な個室になっていた。
夜も更ければ。分会長を務める老夫婦もイエの先輩白魔法師も早寝に耽り、いくら耳を澄ましても静かなものだった。
「《ウィッチクラフト》」
そんな中。ほとんど毎日のように当直のシフトを買って出ていたイエは、急患用の呼び鈴がいつか聞こえてくるのを私室で待っていた。
医療品の空き瓶と、趣味で集めているランタンばかりが無駄に多く掛けられた室内に、『闇』のエーテルが密やかに輝いた。
「当たりです」
タリスマンから《ウィッチクラフト》にて創り出されたアイテムは、ゴールデンな手付き鍋だった。
「お夜食にしましょう」
イエが鍋を持つと、
大気中のマナエーテルが、『水』と『火』属性を中心に鍋の中へ宿った。
ーーコポコポコポ……
ーーチチチチチッ、ボワッ
……土色のスープが……ニフの郷土料理『味噌汁』が湧き出し、熱されはじめたのだった。
「黄金律の鍋、か。前にも出たから説明は省くわ」
『闇』の輝きの残滓を湛えたタリスマン……目覚めたアリステラが言葉を発する。
イエがフェアリーと契約していればオートの《ステータス》で分析できるものなのだが、こんな無限スープクッカーでもレベル99のアイテムである。
「ねえ、あなた。どうして《ウィッチクラフト》を今まで使ってこなかったの」
「え、っと……?」
マグカップに注いだ味噌汁をフーフーしながら、イエは首を傾げた。
「訊き方が悪かったわね。どうしてこんなふうに、人目を忍んで使うことしかしないのかしら」
アリステラはどこか無機質に続ける。
「例えばあなたが冒険者ギルドで軽くあしらわれた時や、無料診療なんかで売り込もうとした時……、それにあの野戦病院で侮られた時。運任せのスキルではあっても、少なくともこの力が秘めた可能性はあなたを大きく見せたはず」
体よく門前払いされることもなく、引く手あまたに雇われ、戦う人々の旗印にだってなりえたはずなのだと。魔女はそう語っていた。
「どうしてなのかしら。あと2ヶ月ほどであなたと出会ってから1年経つことだし、聞かせて」
1年。それは語れば短くとも、毎日、毎日、イエは数えきれないほどの『できない』ことに遭ってきた。
日々を生きる人間なら誰だってそうかもしれない。しかしイエの場合は、それをひっくり返せるかもしれない『運』を持っているというのに……。
「お姉さん。怒っている風に言っていますけど、わざとですよね」
「……ふ」
……表情無きタリスマンは、その笑みで肯定した。
対して、マイペースに無表情な乙女は味噌汁を一口啜る。
「いくら私でもわかります。お姉さんの力は私には過ぎた力なのです。人前で使ってしまったら、たぶん私は一人の『白魔法師』ではいられなくなります」
望外の力を持つ者。それを人々の前で使うことこそを是とし、頼りにされ、頼りにしていく者。
そういう道を突き進むは、何と呼ばれる者だっただろうか。
「それは嫌です。私はバカで、どんくさくて、一人の白魔法師になれたのが精一杯ですから……この先もずっと、一人の白魔法師でいたいのです」
もとよりイエの願いは、自分に『できる』ことを張り続けて命を救うことなのだ。
「あ、なのでもちろん出し惜しみはしません。本当の本当にピンチの時には、きっとお姉さんの力にも助けてもらうのです。それもきっと私に『できる』ことの一つですから」
いつか自分の手の中だけでは収まりきらなくなるだろう力よりも、それよりも先に『できる』ことがある。……彼女は、人の話を聞く余裕さえ無い一所懸命すぎる白魔法師なのだから。
「……そう。であるのなら、普段からもう少し経験値を貯めておいてほしいものだけれど」
「そうでしょうか。私、むしろお姉さんとお話するために《ウィッチクラフト》を使っていますので」
「それを無駄遣いというの。毎晩のように非常食の作り方や獣からの逃げ方を教えていてはクセになるわ」
「いつもお世話になっています。今晩は何を教えてくださるのですか?」
……元気にだけは見える……眠たげな妹分の胸元で、欠伸をしていた守護精霊はふと黙り込んだ。
「……あと2ヶ月で1年……まだ1年も経っていない、か。……私も甘いわね」
「お姉さん?」
「ええ。いいわ」
夢に落ちる前に、見守るのだ。
「教えてあげる。あなたがアトリエを立てられる道を」
「……はい……?」
◎
ブライティナ連合国のある北エウル大陸から南エウル大陸へ。
そこはルクスエン大公国の国境にほど近い……、
ベルアーデ帝国、トライウェル旧街道。
「《クラフトウィッチ》」
道の名残すらもう無い林に響いた詠唱は、イエの声ではなく。ローブに秘められたタリスマンから自発的に発せられたものだった。
そしてイエのローブの胸元……ちょうどタリスマンの辺りから、混沌の闇が起き上がった。
ソレは、大きすぎた。
存在が、大きすぎた。
光がまったく無い……あるいは光の影にできた漆黒ではなく。
黄昏か暁のような、長すぎる髪の闇色少女だった。
「おはよう。イエ」
「わ、わ、あわわわ……私の中の、闇の、部分、とか、そういうアレ、なのなのですか……?」
「アリステラよ。こんな姿ではあるけれどわかるでしょう」
「お姉さんですか。何の怪異かと」
「《クラフトウィッチ》、よ。まだ教えていなかった新しいスキル」
眼だけ開かれた『闇』は、サラサラと髪をいじるイエの手を除けた。
「アイテムではなく私自身を具現化させるの。むしろ《ウィッチクラフト》よりもできることは少ないのだけれどね。いくばくかの物理干渉と魔法干渉、それに……」
「ーーへへへへ……」「ようお姉ちゃん」「ここに宝でも埋まってんのかい?」「つけさせてもらっ……」
草木の陰からならず者たちが現れた、
、
、
消えた。
、
、
……エーテルの残滓を降らせながら、彼らがいた地面に『眼』の形をした闇色の染みが残っていた。
「それに。RESの低い者を深淵へおとすくらいかしら」
「しんえん……」
「ニフの文化で言うならば地獄、あるいは常世」
「ごめんなさい、ごめんなさいです」
「べつにあなたをわざわざおとす気は無いわ」
「わざ、わざ……?」
それはそうと、アリステラはイエの足元を見つめて。
「 あ き な さ い 」
そこに。『眼』の形の魔力が見開かれた。
直後、
空間が震え、鏡面のように割れたのだ。
ただの地面を擬装していた『闇』のエーテルが輝き、地の向こうへ還っていった。
するとそこには、穴があったのだ。
庭にタイムカプセルでも埋めるくらいの適当加減で、小さな穴の中に革袋が安置されていた。
四大属性色に輝く石つぶてが詰まった、風化した革袋が。
「……! すごいです、ワビ石です……!」
ワールドビルドストーン、通称ワビ石。およそあらゆる無理難題を可能とする莫大なエーテルを宿した魔石、その欠片たちのようだった。
「違っているのなら教えてほしいのだけれど。今でもこれは高価なのかしら」
「は、はい。5個あれば人間1人の人生が買えるといわれているくらいです。ので」
「5個……。私が知っているその言葉では3個で人間1人だったのだけれど、まあ、命の値段が上がったこと自体は良いことね」
アリステラはその革袋を掬い上げた、
が、今まで存在を保っていたのが不思議なほどにそれは崩れ去って。
……それに、朧気になりはじめていたアリステラの指ではもう小石でも持てなかったのだ。
「……欠片でも、これだけあれば小さなアトリエくらいは構えられるでしょう。持っていきなさい」
「え、っ。……でも……」
申し訳ないような後ろめたいような、イエはアリステラの代わりにそれらを掬い上げるのを躊躇っていた。
「そう。借り物の力で夢を得るのは嫌かしら」
「頂けるものなら断る理由はないです……でも、はい、お姉さんの言うとおりでもあります。自分に『できる』ことを全部やったとはまだ思えないのに、こんな都合の良い幸運に縋るのは人としてどうなのでしょうかと……」
「人間性、か。そういうところが私には何よりも好ましいのだけれど、あなたの場合は死にそうになる際まで自分の力で張り通そうとするでしょう」
「いけないことです?」
首を振ったアリステラは、しかし微笑ましげに眼を細めていて。
「一つ勘違いしているわね。『あげる』のではなくて……あくまでも『貸す』だけよ。私からあなたへの投資と考えなさい」
「投資、ですか」
「それなら後ろめたいことはないでしょう。このワビ石を使うのなら、今から告げる約束を必ず果たしなさい」
形は徐々に散りゆくなかで、魔女の幻は揺らがない。
「アトリエを建てるのはこのベルアーデ帝国内、帝都ベルロンドにすること。なるべく早く……そうね、3ヶ月以内にとしましょう」
「はい?」
わざわざ帝都なんて地価のバカ高い場所を指定している以外は、悪くはないロケーションだろう。ブライティナ連合国とは対照的に機工技術と薬術を重んじるベルアーデ帝国では、白魔法師はいささか不足している。
「ああ、それと。何十年かかってもかまわないから、覚えていたらその分のお金を返して。以上よ」
「はあ……」
なんだか取って付けたように言うものだからイエはきょとんとしてしまったが、今度は迷いも躊躇いもなく手を差し出すのだ。
小指だけを伸ばした手を。
「わかりました。指切りです」
「あら……懐かしいわね」
命をこそ慈しみ愛するその手は、小石も持てなかった守護精霊の指と確かに交わされた。
「約束します。お姉さん」
「ええ。嘘をついたら……指を切り落とし、万回の拳で殴り、千本の針を飲ませるような優しさでは済まさないわよ」
「………………」
ついに霧散していった相貌が笑っていたのか否か、固まってしまったイエには見てとれなかったようだった……。
○
ベルアーデ帝国、帝都ベルロンド。
グレートベルアーデ城外苑、パラダイスナイトガーデン……七番館。
もとは下町に建てられた小さなアトリエは、オープン前日に丸ごと引っ越しされて、今ここに至っている。
「そういうわけで……イエはきみたちと出会ったというわけ。お互い、良い出会いになって良かったわね。めでたしめでたし」
「はい。本当に、本当にありがとうございますお姉さん」
「………………」
満足げにアリステラが締めくくり、イエは拍手とともにほのぼのしていたが。ハルトといえば開いた口が塞がらずにいた。
「なにをラッキーみたいに……。おまえの底知れなさが俺は恐ろしいよ、アリステラ」
「ありがとう。『闇』の守護精霊には褒め言葉だわ」
「真面目な話だっての」
こうして詰め寄られることさえ織り込み済みなばかりにアリステラは静謐で、それがまたハルトに苦い顔をさせた。それでも言葉を続ける。
「俺たちが因果とやらで出会ったのは前に聞いた。ただ、今の『昔話』の口振りだと……まるでおまえは……俺たちがいつどこで出会うのかまで前からわかってたみたいじゃないか。違うか?」
「違わないわ。……なぜ、と訊かれると困ってしまうのだけれど」
アリステラの頭上で漂泊チートの『薄眼』が嘲笑った。
「日にちや方法までわかっていたわけではない。予知だったり未来視といった類いのものでもない。それでも私はわかっていたわ」
記憶……因果の答えを失う前の彼女は、ソレに基づいてイエやハルトたちを導こうとしていたらしい。となると……、
「聖歴1854年5月、ベルアーデ帝国で私たちは出会う。因果が……いいえこの場合は『縁』が、私たちを繋いでくれるのだとね」
新米白魔法師イエを1年近くも見守ってきたこと、それにアトリエ完成の期限を指定してきたこと。アリステラの行動の全てにはきっと意味があるのだ。
「それが予言じゃなくてなんだっていうんだよ……。イエにも俺たちにも最初から教えてくれれば、いろんなことが違ってただろうに……めんどくさい精霊の加護だな」
「最初から全てを教えることだけが導きではないわ。たとえばきみ、修道会を卒業したばかりのこの子をさっそく引き合わせていたらどうなっていたかしら。世界の厳しさに踏みにじられたこともない……温室の花とそう大差無い女の子が、今よりバカみたいな顔をしてきみの後ろに立っていたはずよ」
「キレてない自信が無いな」
「ひどいですハルトさん。お姉さんはもっとひどいです」
ーー「自分を売り込むというのなら、それこそ私の力を使ってみせることもできたのにね。不器用な子」
ーー「よく言うよなそんなこと」
歯を食い縛っていたイエを見つめていた眼が……アリステラがどんな表情をしていたのかはわからない。しかしわざとらしいほどの無機質で呟いてみせた彼女は、イエが鍛えるに足る意志を持っていることを信じていたはすだ。
「ねえ、きみ。もしも因果によって引き合わされた出会いだったとしたら……嫌?」
「い? な、なにがだよ」
ふと見れば。そんなアリステラはそろそろ眠たげながらも、這い寄るような微笑をハルトへ向けていた。
「だから。その子と出会ったこと、よ」
アリステラのそばに立っていたイエは「……?」、いつの間にか、ハルトのそばで見上げてきていた。
……ハルトは考え込むまでもなく息を吐いていた。
「見くびるなよアリステラ。おまえが持ってきたのはきっかけ(縁)だけだろ……こいつと一緒にいるのを選んだのは俺だ」
因果も、縁も、命を定めるものーー運命、宿命、天命ーーではない。
どれだけ引き合わされても、強いられるでもなく選んだのはハルトたち自身だ。
最初はどんなに大きな、あるいはどんなに小さなきっかけでも。
そこから救われていくものは、本当の意味で『星』の意志にだって御しきれない。
「いつも、こいつの話を聞いてるだけでも頭が痛いのはたしかだけどな。最後まで一緒にバカやってると……なんていうか、良かった、って思ってるよ」
ハルトだって……まだ恥ずかしくて、こんな時、彼女の横顔を掬い上げることもできないけれど……。
「……ぎゅっ……」
「うおあ」
イエは、ハルトへ、抱きついてきた。
今度は二人とも立っていたから、頭一つ分小さな乙女は青年の胸に顔を埋めるばかりで。それは、それは……。
「……な。なんでだよ」
「不思議ですね……」
それは……熱いくらいに温かくて。桜髪の奥の相貌が見えなくて。
「ハルトさん。私、家出娘なのです」
「え……?」
近すぎて、声が胸の中に響く。
「実家の跡目を押し付けられるのが嫌で。それよりもみんなの命を救える白魔法師に憧れて、ニフを飛び出しました。それでなんとか一人の白魔法師になれたのです。……でも……」
「でも、なんだよ」
またいきなりの話だが、いつものことだ。それよりも珍しく彼女が言い淀んでいたので、ハルトは強張っていた自身の鼓動がなるべく穏やかになるように努めた。
彼女は、他者の命の姿を通してこそ己を見つめてしまうのだから。
「……一人の白魔法師って。なってみたら、少しさみしかったです」
昔話というものには必ず意味があり、そして、えてして苦い教訓を孕んでいるものだ。
「一人前の白魔法師の証に、アトリエを欲しがってばかりいたら……一人の白魔法師にしかなれませんでした」
一人前になろうとした白魔法師は、進むべき『前』を見失って一人の白魔法師にしかなれなかった。
それは未熟の意でもあり、なにより孤独の意である。
「お姉さんはいてくれましたけど。一人になってみたら、本当に、私一人だけでした」
それでもいい、それでいいと実体無き『眼』に語った言の葉をも嘘偽らざる意志であった。……あってしまったのだ。
「私は、バカで、不器用で……、人の話を聞かないから、人に話を聞いてもらえない子ですから。たぶん、今でも」
だから彼女は、本当に、本当に、不器用だ。
「でも」
でも。
「ハルトさんは、そんな私の話を聞いてくれます。最後まで聞いてくれてから、怒って、悲しんで、笑ってくれるのです」
乙女は顔を上げた。
「だから私も。楽しいです」
それは、いつもの底知れない無表情。
怒るでも、悲しむでも、笑うでもない。
「……えっと。それだけです」
「……そう……か?」
でもそれでもいい。それでいいのだとハルトは苦笑を返していた。
「はい、それだけです。終わりです」
「なんだよそれ」
だってこの瞳を覗き込めば。彼女はハルトのこっ恥ずかしい答えに怒り、だから恥ずかしかった自分に悲しみ、だから恥ずかしくて笑っていたのだから。
「さあどんどんいきましょう。お姉さんにアタリのアイテムを見つけて差し上げなくては」
「そんな話だったな……。まあおまえはもうレベル1だし、アリステラはもう眠ってるんだけどな」
「あれ、れ」
「…………すやぁ……すてぁ……」
そうでなくては、こうでなくては、魔女が結んだ縁にふさわしくない。
「いやとりあえずおまえな、バカだってわかってるなら治そうとしろよ…………しててこれか」
「はい、頑張って治します。聞いた話によるとおバカさんにつける薬は無いそうなので、いつか私が作ってみせます」
「……わるかった。死なないと治らないともいうもんな」
「ハルトさん、死んでしまったら死んでしまうのですよ? 治るもなにもありません」
一生治らないのだろうバカ騒ぎは、『良かった』といえる昔話になるまでこれからも続いていくのだ。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)
※(次回更新は8月8日(月)の18時頃です)




