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Karte.14-2「レベル1、白魔法師のイエです」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。

「よく考えたらいちいち使ってみることもないだろ? アリステラから説明だけ聞いて、もしもの時のためにとっとけばいいんじゃないのか」

「考えたこともありませんでした」

「おまえはだいたいそういうとこだぞ」

「訊かれたから答えるけれど、それは無理」

 訊かれる前になんでも教えてもらいたいものだが、アリステラは首を振った。

「《ウィッチクラフト》製のアイテムは厳密に言えば実物ではなく、エーテルで無理やり再現したいわば()()()()()。『使う』ということで存在を履行させなければソレを特異点として『星』の律が乱れかねないわ」

「つまり?」

「極めて端的に言うのなら、『星』がゾンビまみれになる」

「絶ッッッッ対にダメです……! 《ウィッチクラフト》……!」

 ーー レベルダウン! ーー

 ーー レベル4 イエ ーー

 エーテルが捧げられ、眠気をまたリセットされたアリステラからアイテムが創られ、

 ーー レベル99 まんどら白書 ーー

 それは、カブの皮でも張り付けたような装丁の分厚い本で、

「使います、っ、えいっえいっ……!」

「なんで怖がらせたアリステラーーーー!?」

「きみが訊くからでしょう」

 やはりハルトが止めるより先に、瞳にグルグル渦巻きを宿したイエは本を掲げた。

 ……。

 ……しかし、何も起きなかった。

「……あれ? ど、どどどどどうしましょう何も起こらないです」

「いいんだよそれで。よかったんだよそれで」

「そこまですぐに使わなければいけないものでもないわ。1週間は大丈夫」

「そうなのですか、それを先に言ってくださいお姉さん。《インベントリ》に仕舞ったまま忘れていたら教えてくださいますか」

「それはあなたが管理なさい」

「やっぱりすぐに使います」

 レベルアップのたびにぽこぽことクラフト&ストックされては管理しきれないので、まあそれがいいだろう。世界が壊れるよりかは巻き込まれるハルトの胃腸が壊れるほうがよい。嫌だが。

「さて、そのまんどら白書は見た目どおりのただの本よ。編纂に少しだけ魔術が用いられているだけの、知識を得るための読物」

「内容は? まんどらってまさか……」

「ええ、神代十六聖紀までの全ての(しゅ)のイラストや鳴き声が天然・養殖問わず記されているわ。マンドラゴラの」

「マンドラゴラのぉ……」

 いかにも。カブの皮のような装丁は、……マンドラゴラの人面を貼りつけたらしいものだった。

 へのへのもへじと描かれた表情は一つ一つがX言語のルーン文字であり、名も無き植物が地脈のエーテルに影響された様子だという。

「ハズレ枠か……ホッとしてる自分がいる」

「そんなことはないのです、あの、あの、マンドラゴラはポーションを作る時にいちばん汎用性の高い素材なのです。まとめている本がなかなか無かったので助かります」

「まあ、あの断末魔を聞きまくりながらわざわざ本にしようとは思わないよな」

 地面から引っこ抜かれる時に断末魔をあげるマンドラゴラ。人を悶死させるというのは大げさであるが、人が本能的に嫌がる音を種類ごとに備えている。黒板を引っ掻く音とか、洗いたての皿を擦る音とか、水遊びで耳に入った水がいつまでもゴロゴロ溜まっている音とか。

 それでも白魔法師イエは本を『使い終わった』と認識される前にと、ページを捲ってはメモをとっていった。

 ハルトも覗き込んでみれば、なんともはや。根っこのオバケじみたマンドラゴラたちが1ページごとに、尋常ではない情報量と美麗イラストで綴られている。

「見てくださいハルトさん、ベルアーデ北部の鉱山にはミネラルマンドラゴラの穴場があるそうです。後でマリーさんに聞いてみましょう」

「はいはい……」

 行楽でも計画するように、イエがトトトトトと鉱石じみたマンドラゴラのイラストを連打した、

 ーーギチギチギチギチギチ!

 ーーギチギチギチギチギチ!

 ーーギチギチギチギチギチ!

 ーーギチギチギチギチギチ!

 ーーギチギチギチギチギチ!

「「いいいいいいいいいいい」」

 連打した回数だけ、ザラザラの花崗岩を擦り合わせたような断末魔がイラストから多重再生された。

「ああ、あなたたちには馴染みの無い仕様なのね。製作当時の図鑑では、タッチで反応するイラストを込めるのが主流だったわ」

「あれ。ハルトさん、私、この音なら意外と平気かもしれません」

「俺がおまえの耳を塞いでるからだよ……!」

「なんですか? よく聞こえません」

 アリステラの両耳をイエが塞ぎ、イエの両耳をハルトが塞ぎ、やはりハルトがワリを食っていた。

「……ふ。きみはどんな時でもこの子のバカに向き合ってくれるわね、ハルト」

「なんの皮肉だよ、守護精霊」

「感謝しているのよ。……そうね、アイテムの説明だけというのもエーテル泥棒のようだし……オマケをあげましょうか」

 断末魔が止み。性懲りもなくメモを続行しはじめたイエに対して、アリステラは手持ち無沙汰そうに体をほぐした。

「《ウィッチクラフト》一回につき一つ、きみと会うまでのイエの昔話をしてあげる」

「な、んっ……?」

「えっ。お姉さん、っ、お姉さん」

 ハルトもイエもきょとんとしたものだが、アリステラはすでに虚空へ向けて眼差しを切っていた。

 すると彼女の眼前に『闇』のエーテルがかき集められ、フェアリーが表示するようなウィンドウ……いやそれよりも幅広いスクリーンとなった。

「いつも私を振り回してくれる礼よ」

 そこに映し出されたのは、夜。

 ランタンを頼りに辺境らしい町をゆく、イエだ。

「それに。彼には聞いてもらって損の無い話でしょう」

「そうでしょうか……」

 イエはアリステラよりもむしろハルトへ横目をやっていたが。やがて、いっそう真剣そうにまんどら白書へ向き直って。

 一方のハルトは、スクリーンとイエの横顔を交互に見やりながらそわそわしてしまった。

「お、おい、いいのか? いったい何を見せられるんだ? その……なんというか、大丈夫なんだよな」

「何をどぎまぎしているの、きみは。心配しなくても私はデリケートな時には眼を閉じているわ」

「なんの話っっ……って、ひょっとしてこれはおまえの眼の記憶か?」

「言ったでしょう、私は眠っていても夢の中から見守っていると」

 イエの斜め後ろ、背丈と同じくらいの位置から見ているそれは、なるほど人の視界がごとく揺れていて。とはいえそこに誰もいるはずはなく。

「一年前のこと。私とともに人の島を出た新人白魔法師は、『本当の一人前』になるべく活動しはじめた。つまり……自分のアトリエを構える、という目標のためにーー」

 見守る者は滔々と語る……。


 ◎


 自分のアトリエを構えるため、なにはともあれイエには金が必要だった。

 土地は買うのか借りるのか。

 建物は新築か居抜きにするのか。

 そんな夢想もさることながら、調合台に錬金釜に医療具にと器材を揃えるだけでも、一般家庭の一戸建てが建つほどの費用がかかるだろう。

 極端な話、そういうモノの賃貸やリースを担う商会と契約すれば格安で整いはする。今や一角の貴族や領主が地方の全てを掌握する時代ではないのだから、搾取されるというほどのローンでもないはずだ。

 ただ……、

「イエちゃあん、身一つからアトリエ建てるなんて何十年かかると思ってんのん? 素直に分会勤めで満足しときなって」

「いいえ、借り物のままは嫌なので。おつかれさまでした、冒険者ギルドに寄ってから宿舎に帰ります」

「おん~おつかれ~ご自由に~。……はん」

 ただ、イエにはこだわりがあったのだ。自分で稼いだ金でというよりは、自分に『できる』ことなら公序良俗に反しない限り方法は問わず……借り物ではないアトリエこそを求めていたのだ。

 小箱じみた佇まいの修道会分会を通過し、入口前で一服喫んでいた先輩白魔法師もスルーし、イエは町の中心部へ歩いていった。

 そこは北エウル大陸はブライティナ連合国の最北端、辺境の町テュルソー。

 北の果てアン・アルクティク小大陸に比較的近いため、実りの無い灰色の天地に年中覆われた沿岸だ。

 氷山国イズランやウェジャン王国との交易の窓口として細々と営まれたその町には、いわゆる『治療師』として生計を立てている者はいなかった。

 ゆえにこそムウ修道会は『命を疾く視る』という理念の下、たとえ置き薬の巡回くらいしか役務が無くとも分会を立てていた。

「食費、居住費、施設利用費……諸々差し引いたらお給料なんてほとんど残りません。この生活で満足していたらきっとダメになっていくのです……がんばります、ふんす、ふんす」

「………………」

「お姉さん、お姉さん、聞いていますか?」

「………………」

「あ。ごめんなさい、今はお話できないのでした。周りの人には秘密、ですよね。わかっています」

 ローブの胸元の内へ呟き続ける新人白魔法師。配属1ヶ月目にしていろいろと目立っていたものだが、仕事の手際だけはわりと優秀なので地元民も愛想笑いだけはよこしてくれていた。

 ムウ修道会の白魔法師は、分会所属として治療業務に従事することで衣食住が保証される。ローブを貰ってすぐに独立する者は稀であり、コネもツテも無い若者たちほど分会務めから長い下積みに入るのだ。

 イエのように、仕事上がりからまだ稼ぎにいこうなんて者ならさらに稀少だった。

「こんばんわ。白魔法師のイエと申します。レベル1です。お仕事はありますか」

「はあ。レベル1ですか……」

 イエはさっそく、冒険者ギルド支部のスイングドアを押し開けると受付カウンターへ直行した。

 地方支部の規格どおりの広間だ。窓口のカウンターで中央を仕切り、来訪者用のスペースと奥の事務所を分けてあるだけの場所。

 流れ者らしい冒険者たちがカウンターをちらほらと埋めていたが、ちょうど受付嬢が暇そうにしている窓口があったのだった。

「ブレイヴィングマニュアルはお持ちですか」

「ぶりゅれ……むにえる」

「冒険者手帳、はお持ちですか」

「あ、はい。昨日作ってもらうだけ作ってもらって……」

「拝見してよろしいでしょうか」

「あ、はい……」

 登録証付きの冒険者必携手帳、通称ブレイヴィングマニュアル。要は世界地図や採取物ガイド付きの便利帳を提出すると、そのIDと確認日が受付用紙へ書き込まれた。

 それから手帳がパララと捲られ、まったく白紙の『受注履歴』が確認される。

 ……ひそめたため息がこぼされる。

「恐れ入りますが、さすがにレベル1の未経験者を求人に紹介するわけにもいかないので。どちらかといえば冒険者様ご自身がパーティ募集に貼り出していただくのがよろしいかと思います。隣の酒場にあるので。ヒーラー用の用紙を差し上げましょうか」

「お願いします。あの、そういうのってどのくらいで雇っていただけるものなのでしょう」

「恐れ入りますが、いつお声がかかるかはわかりかねます。案件も少ないエリアですので」

 若草色の募集用紙を貰ったイエは、受付用紙へさっさと『案内済』と書き込みはじめた受付嬢を見つめた。

「……それではあまり意味が。たしかにレベルは低いですけど全力で頑張りますので」

 対して、受付嬢は一瞬だけイエを見上げただけで。

「やる気はあっても、レベルがね……」

「レベル……」

「まずはレベル上げされるのはいかがですか? レベリングスポットの紹介も承っておりますが」

「私、一人ではあまり戦えないので……」

「はあ……でしたら護衛でも雇われたらー……?」

「今はそれだけの蓄えは無いので……」

 ……受付嬢は曖昧な笑みでだけ応えた。営業スマイル、あるいは愛想笑いに似た笑みで。

「あの。えっと……、……ありがとうございます、酒場に行ってみます」

 斜めに頷いた受付嬢へニフ式に一礼すると、イエは吹きさらしの渡り廊下から隣の酒場へ向かった……。

「ぃらっしゃーせー」

 受付嬢、いやいや、看板娘が給仕の片手間に声を張り上げた。

 酒席にて昔語りや博打にグダついている、どこにでもいるような爺様たちがイエを一瞥した。

 『冒険者ギルドは酒場と合体した荒くれどもの巣窟で、美人の受付嬢が看板娘を兼ねている』……、

 ……冒険者と無縁の人々には何故だかそう思われがちだが、先入観からくる誤解である。

 たしかに冒険者ギルドと酒場は荒くれどもを転がすにあたって似た者業種だが、だからといって、事務所と酒盛り場が合体しているなんてナンセンスだ。

 実際には、冒険者ギルドと酒場は提携しあうことが多いという話である。土地馴染みのある酒場の隣に冒険者ギルドを建てたり、あるいは逆も然り。

 このように渡り廊下やドアで繋がりあっている様をして、『併設』ではなく『合体』しているのだなんて好奇心豊かな誤解となったのだろう。

「……あ。ありました、クエストボード……」

 大樹の切り株を丸々と用いた掲示板に、半券の綴りをなびかせた依頼書たちがカラフルに貼られていた。

「よーうニフのシロ法師、小遣い稼ぎか?」「やめとけって、あんた体力無いって有名なんだから」「ワハハ、さめ退治なら俺っち雇われてやるぜ?」「おいおい明日にはウェジャンへ船出だろ」「泡銭入っただけでよくもまあ」

 今度はイエが、近くのテーブルから赤ら顔を向けてきた冒険者たちへ営業的な微笑……にもならない無表情を返すこととなった。

 冒険者という者のほとんどは、実際のところは根無し草の労働者だ。クエストの依頼者からしても、報酬を積めば適切なスキルを提げて湧いてくるだけの()()()()()()にすぎない。

 それでも古今東西に冒険者が溢れているのは。エーテルの神秘に満ちたこの世には無限の冒険があると信じていたり、それらの素晴らしき冒険を経た者こそが富と名声にもっとも近しくなると信じているからだろう。

 一方、イエは富にも名声にも欲は無かった。

 己のアトリエを構えるためだけにこそ、手っ取り早く稼いでいくには冒険者に混じるのが一番だと判断しただけだった。

「失礼します」

 命へ向き合う際の、白魔法師としての頑な様相。イエは募集用紙へ素早く文字を走らせると、掲示板へ貼り出した。

「ふんす」

 そして掲示板の傍らに、背筋をピンと正座を落としたのだ。

 これには、無遠慮に注目してきていた冒険者たちも目が点になった。

 なんだなんだと、酒のアテにでもするように集まってきて。

 ある程度の人数を見てとると、イエはローブのフードを被り……息を吸い込んだ。

「レベル1、白魔法師のイエです。怪我、病、状態異常、無料で診療させていただきます」

 大声ではなく、それでも清澄に張り上げたのだ。

「その代わり。もしもご縁がありましたら、皆さんの冒険に私を雇ってください。勤務時間や条件は応相談、です」

 ……流しの吟遊詩人も押し黙るほどの、静寂、

 からの、大笑いが酒場中に爆ぜた。

「んだよそりゃ、売り込みってわけかい」「レベル1ぃ? 不安すぎるんだが」「白ローブは着てるんだ、修道会のお墨付きはあるだろ」「あんたやってもらいなよ」「まあ……おう……」「武器屋のおやじの腰ならパパっと治してたぜ、たしか」

 酔狂なヒーラーもいるものだと、しかし面白半分にでもイエの前に並ぶ者たちはたしかにいた。だからこその冒険者たちなのだ。

「よーし白ちゃん、俺様は鼻水と喉の痛みが止まらねんだ。新種の流行り病かもしれないぞー怖いぞー」

「風邪です。そうでないならただちに分会での隔離をオススメしますが、経験上はこの2つで九割九分解決します。《ビタミング》、と『水』のヒスラミン薬ですどうぞ」

「ぶっ」

 栄養魔法ビタミングでビタミンを体内組成させ、即効化のエンチャントを施した免疫抑制剤をぶちこんで。風邪の治療。

「先週、スネークラゲに刺されてから目の奥が痺れるのよ。麻痺はすぐに薬飲んで治したんだけど、あーーもう瓶ごと目に入れてやりたいわよ目薬でもなんでも」

「いけません、この季節のスネークラゲには遅効性の石化毒も含まれているのです。ひとまず《ガリョウリング》で症状を遅らせておくので、ご希望どおりこの『石剥ぎアテナン』を目に入れてください」

「ぐゃっ」

 点睛魔法ガリョウリングでひとまず症状を抑え、毒素の根付いた目の奥に効くように薬液漬けの超ハードコンタクトレンズをねじ込んで。石化毒の治療。

「ぼ、僕は普通に怪我してるだけだぞ。ほんと、製作依頼こなしてたらトンカチで指打っちゃって……なんか腫れてて痛いだけで、念のために一応……」

「たいへんです、ひどく化膿しています。瘭疽ひょうそですね、今から膿を切り出すのでしばらく我慢してください《ヒーリング》《ヒーリング》……」

「あっあっあああああああ」

 メスで爪の周囲を切り込み、赤く濁った膿をひり出しながら回復魔法ヒーリングで傷を塞いでいって。

「ふっ……ぅ……次の方、どうぞ。……えっ、と、飴ちゃん、飴ちゃん……カリ、コリ……」

 魔力補給の飴ちゃんを、一人見終わるたびに含んでは急ぎ足に噛み砕く。

 笑えるほどの盛況だったが笑うはずもない。

 たった二、三度の魔法で尽きかける体内魔力、それに伴う頭痛や動悸をも救えるのはイエ自身に他ならない。

 薬品も医薬品も給料から買い揃えている。それらは金さえあればまた補充できるが、それよりも今のイエにしか『できない』ことがあるから。

 だから。イエは、笑われていてよかったのだ……。


 ○


「……愉快な昔話じゃないな。オマケっていうより貰い物を押しつけられた感じだ」

 一区切りつけたらしいアリステラがエーテルのスクリーンを閉ざすと、ハルトは我慢していたように息を吐いた。

「自分を売り込むというのなら、それこそ、他人ひとにはチート級に映るでしょう私の力を使ってみせることもできたのにね。不器用な子」

「よく言うよなそんなこと」

「なにかしら」

「いや……いいよ。それより《ウィッチクラフト》一回につき一つって、その話に続きがあるのか?」

「ええ、こんなところで終わる昔話に教訓も寓意も無いでしょう。聞きたくないのならそれもいいわ」

「俺よりもこいつかな……」

「……ふう、やっと写し終わりました。お待たせしました、《ウィッチクラフト》」

 ーー レベルダウン! ーー

 ーー レベル3 イエ ーー

 エーテルが捧げられてアリステラの眠気がまたまたリセット、

 ーー レベル99 SDの猫 ーー

 小ぶりな箱が現れ、イエの腕の中に収まった。

 ……その表面には、毒薬マークと生物災害マークとドクロマークとメービウスの帯が描かれていた。

「えっと。なんの話でしたでしょう」

「いい、いい、いい、いい、それよりソレ開けるなよ絶対不用意にイジるなよ頼む頼む」

「恐れる必要は無いわ。その箱の絵は術式の一部ではあるけれど、本当に毒や感染物質が入っているわけではないから」

 恐いなら私が開けてみせましょうか、とばかりにアリステラが手を差し出してきたので。……覚悟を決めて、ハルトが箱の天面をつまみ上げた。

 ーーにゃあ~

「猫さんです」

「なんだ猫かよ」

 言ってみてなぜだか悪寒が走ったのだが、箱から顔を出したのは紛うことなく猫である。

 トンカチを咥えていることを除けば、どこからどう見ても普通に可愛い黒猫だ。

「いや待て怪しい。こんなので終わりのわけないだろ、たぶんこの猫を使えばとんでもないことになるに決まってる……、……いやどう使えっていうんだよ猫を、この猫を」

「疑心暗鬼すぎてワケがわからなくなっていませんか? ハルトさん」

「使うもなにもそれで終わりよ」

「はあ? 猫が出てきただけで?」

「何度か開け閉めしてみなさい」

 ……天面を閉ざしていくと、猫はお行儀良く頭を引っ込めた。

 また開ける、

 ーーにゃあ~

「また猫さんです」

「また猫だな」

 猫がいた、

 また閉める、

 また開ける、

 ーー…………

「また猫さん……いないです猫さん」

「いないな猫」

 猫がいなかった、

 また閉める、

 また開ける、

 ーーにゃあ~

「またまた猫さんです」

「だからなんなんだよどういうことだよ!?」

 どういう法則かはわからないが、猫がいたりいなかったりする箱としか今のところわからない。

「だから、箱を開ければ『猫が入っている』結果と『猫が入っていない』結果のどちらかが得られる。例えばコイントスの代わりに使えて、可愛い」

「しょーーもな! いちばんどうでもいい!」

「なにを言っているの、少なくともこれは前の2つよりも遥かに高度なアイテムよ。EW力学に基づいた画期的な魔導装置であり、世界のどんな因果や法則にも左右されず完全ランダムの結果を得られるのだから」

「いやもう、おまえの言ってることがわからん……いろんな意味で……」

 ハルトの隣で、一所懸命に理解しようとしているらしいイエが白目を剥いていたのだった。

(1話につき4部分構成の短編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)



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