Karte.14-1「世界を救いたいから、ということでどうかしら」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
◎
1年とほんの少し前のこと。
北エウル大陸……ブライティナ連合国にて。
この魔法大国の郊外、ムウモア半島の切っ先にムウ修道会の本部兼学院はある。
万能ヒーラー『白魔法師』を目指す登竜門。世俗を断ち切った超ハードコア教育を体現するように、大海原しか望めない断崖絶壁の岬に根付いている。
その麓の、無常感ばかりがさざめく砂浜で、
「ーーっぁぅっ」
海底から飛び出してきた白魔法師の乙女が、大回転とともに陸揚げされた。
イエ。極東ニフ国出身の15歳であり、つい昨日、白魔法師ローブを貰ったばかりの卒業生だ。
しかして何の因果か、まだ被ったこともないそのフードには巨大なスプーンが引っかけられ……そのレベル99アイテム『投げ匙スプリンピア』が彼女をここまで帰還させたのだ。
「ーーさて。ここからのことだけれど」
「もう少し余韻に浸らせてもらえると嬉しいです、お姉さん」
ローブの胸の中からこぼれた闇色クリスタルなタリスマン……自称精霊のアリステラ。
彼女が鎮座していた『人の島』なる世界から、イエはようやく脱出できたところだった。
「進路希望を師長に出すのでしょう。あなたの希望どおり一両日中に帰ってこられたわよ」
「そうでした。こうしてはいられません」
今は夕闇の時頃らしい。混沌と滲む空色を見やりながら、ぶっ倒れていたイエはプルプルとひ弱に立ち上がった。
「私の進路希望は……夢は、一人前の白魔法師になって自分のアトリエを持つことなのです」
フードから溢れ落ちた投げ匙スプリンピアが役目を終えたことにより霧散。そのエーテルの残滓を引きながら、レベル1の新米白魔法師は学院への坂道を上りはじめる。
「なるほど。では私もその夢のために、あなたの守護精霊にでもなってあげましょう」
「……今さらなのですけど、どうして私を助けてくださるのですか? エルケちゃんや人の島のお仕事はいいのです?」
「墓守のことはあの子に任せておけば大丈夫。そしてあなたに付いていく理由というなら……世界を救いたいから、ということでどうかしら」
「はあ」
自称精霊にして自称『勇者』、アリステラのその名の意味をイエはまだ知らない。
「あなたは白魔法師。白魔法師は命を救う。命を救っていけば世界平和にも繋がるというものでしょう。理解できたかしら」
「なるほど。バッチリ納得です」
「あとは、そんなあなたを放ってはおけないからね」
と、表情なんて読めはしないタリスマンが「ふぁ……」欠伸を噛み殺す。
「私、あの島の外では長く起きていられないの。そろそろ眠ってしまうから、これからも私の力を借りたいならオドエーテル(経験値)を捧げなさい。そうすれば目覚めるわ」
「わかりました。ご用がある時はそうします」
「くれぐれも無駄遣いはしないように」
「そんなことはしません。私が必要だと思った時にしか起こさないです」
「……いまいち話が通じていない予感がするのだけれど。まあ。今はいいわ」
静謐なる女声が、たしかに眠たげに鈍っていって。
「ああ、そう……最後に。《ウィッチクラフト》を使っていくのなら見つけてほしいアイテムがあるの。覚えておいてくれる」
「お安いご用です。忘れたらその度に起こして聞くのでご安心くたさい」
「訂正するわ。メモしておいてくれる」
「了解です」
そうしてイエが袖の隠しポケットからメモを取り出し、筆記していって……、
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
輝きの眠ったタリスマンを胸元に仕舞って。
「ーーイエさん!?」「ええ!?」「ひえ!?」「撥ねられたんじゃないの!?」「海っ、落ち……うあああオバケぇぇ!?」
「あっ」
長い登り坂に全身全霊で崩れ落ちそうになりながらゴール……からの、岬で執り行われていた葬儀に出くわした。
写幻慣れしていないので半目で仏頂面を浮かべた遺影……イエの姿を掲げたお別れ会に。
「おはようございます。……間違えました、ただいまで……」
「おはよう!?」「ややややっぱりあの世から目覚めたサムシング!?」「亡霊!?」「海の呼び声!?」「ゾンビ!?」
「ゾッッッッゾゾッゾッゾンビゾンビゾンビですどこです……!?」
白魔法師たちの大混乱は、遅れてやって来た師長が麻酔銃でイエを撃ち倒すまで続いたのだった。
○
そして現在。
南エウル大陸、ベルアーデ帝国は帝都ベルロンドにて。
グレートベルアーデ城(正式名)外苑パラダイスナイトガーデン(正式名)には帝国騎士団各隊の砦が居並んでいるのだが、そのもっとも片隅に立つ七番館はそもそも砦ですらない。
最小かつ最貧を象徴するような、『なんでも屋部隊』第七隊の家である。
裏面に突き刺さった白魔法師の工房『アトリイエ』もまた、閉店時間を迎えて夕暮れの中にあった。
「ーーそもそも、《ウィッチクラフト》で作れるアイテムってなんでランダムなの? イエちゃんは選ばれんのならあ?」
ーー 録音中 ーー
ーー REC● REC● REC● ーー
見た目は幼女のようだがドワーフの淑女であり侍女でもある魔導技師、マリーが赤髪の上に乗ったフェアリーへ録音を続けさせる。纏ったラバーメイドがキュッキュと楽しげな響きを擦らせた。
「無数のボトルメールが浮かんだ海を想像して」
対してインタビューに答えるは。虹宝箱を改造した専用寝台の上に鎮座した……一抱えのちびキャラ少女。
フェアリーより二回りほど大きいだけのサイズ。いわゆるSD等身で、赤子と似て非なる可愛らしさには『生きている人形』と呼ぶにふさわしい被造物の趣があった。
アリステラ。
自称精霊こと、かつてはこの『星』の意志だった存在の(事故で)受肉した姿である。
外套とセットになった麻のビスチェとスカートの装いは、南エウル大陸様式の『旅人の服』と呼ばれるもの。
長すぎる闇色の髪をそよがせ、静謐なる少女はかく語る。
「その海が私の記憶。そしてボトルメールの一つ一つは私が創ったアイテムのレシピ。そこから一つ拾い上げているイエにとっては、実際に開封してみるまで何が出てくるかわからないの」
「じゃあ例えば、イエちゃんに記憶を覗く魔術をお勉強させてみたらどう? ボトルの中を覗けるようになったりせんかのう」
「覗くのがボトルの中だけで済めば良いわね。私がわざわざ瓶詰めでレシピを浮かべているのは、あの子が海の中を覗かなくて済むようにするフィルターのためだもの」
「海の中に何があるんじゃ?」
「それは当然、私の記憶の大部分。有史以前からの『星』の全て……人の身には耐え難い混沌が、どこまでもどこまでも渦巻いているわ」
「あ、あははははアリステラちゃんったら怖がらせることばっか言っちゃってえ。いけんどー」
「ごめんなさい。私、本当に可笑しい時にしか笑わないと決めているの」
「…………」
世界の底をも越えた果ての果て……『深淵』あるいは『地獄』に眠る追放者は、かく語らないのだ。
「ーーちなみにそのレシピの数は?」
「約450、いいえ、460だったかしら」
「途方もないな……」
このインタビューが文字通りの闇へ片足を突っ込みそうだったので、たまらず青年騎士ハルトは話の流れを変えた。
今日も騎士団としての依頼なんて無かったもので、白金色の制服は泣いているだろうか。実際、こうしてぼんやりとインタビューを傾聴しているばかりだったから灰髪をポリポリと掻いた。
「おまえって『星』の意志なんだろ? ……暇だったのか?」
「失礼ね、べつに暇潰しで創っていたわけではないわ」
「そのワリには徹夜明けのテンションみたいな奇天烈アイテムがほとんどだけどな」
「ニッチなのは認めるけれど製作当時は一つ一つに意味があったの。『星』の意志としてよりも、それらはかつて私が『勇者』として戦っていた頃に少しずつ培ってきた智慧よ」
「だからその『勇者』って? なにと戦ってた?」
「…………なんだったかしら」
と。アリステラの頭上に『闇』のエーテルが現れた。
形を成したそれは、薄い笑み……、
いや、無数に喰い散らされた『薄眼』だった。
「……わるい。おまえは今でも戦ってるんだよな、その漂泊チートと」
「まったく忌々しいわね。己が何者かはわかっているのに、その意志がわからないというのは」
先日、アリステラは『漂泊チート』なるものを受けて部分的な記憶喪失となってしまった。深淵から這い上がってきた目的も謎も、その答えだけが喰い散らされたのだ。
『星』の意志の代行者を語る、神代の存在であるはずの『白式』一派によって。
あの神出鬼没の魔人たちとの対峙と、それにアリステラの記憶解放に繋がる『救えざるもの』処理。それらに備え、ハルトたちは日常の中で『できる』ことをし続けているのだった。
「オッケイ! 今回はここまでにしょー」
ーー 録音 終了 ーー
マリーが手を打ち鳴らすと、ホワイトブリム(メイドカチューシャ)の中へフェアリーを潜らせた。
「識りたい答えそのものが奪われていても、その周りから多角的にアプローチしていけば導き出せる解もあるはず! 一歩ずつ進んでったら大丈夫じゃてえアリステラちゃん」
「ありがとう。マリーも、その録音データの扱いにはくれぐれも気をつけて」
「心配無いと思うぞ。このインタビューだって、半分は自分が識りたいだけでやってるんだろうしな」
「もちろん! 七番館のメイドさんとしてシェリスさんの侍女としてドワーフの技師として、趣味と実益を遵守するわい!」
「もっと守るべきものはあると思うぞ」
「お疲れ様二人とも! レポートとお夕飯ができたらまた呼ぶけえね~」
そうしてウキウキと、識りたがりのミニマムレディはアトリイエの裏口の向こうへ……七番館のロビーへとくぐっていったのだった。
「彼女も忙しないわね。世話焼きなのに忙しない……」
「ダ、ダジャレ」
「なに。私だって昔はクッキーぐらい焼けたわ……む、にゃ……」
「ああ眠いのか……そろそろ経験値切れか……」
アリステラはもともとタリスマンの姿をしていたが、この受肉体に宿った今でも体内魔力を捧げてやらないと目覚めていられない。……むしろ肉の体を得たせいか寝ぼすけ具合に拍車がかかっているようでさえある。
そのオドエーテルの奉納もハルトたちではどうやら無理のようで、彼女と契約したあの乙女に懸かっている。
「ーーひぅ……ひぅ……」
アトリイエの入口がかすかに開かれると、その扉の陰から白い蛹がひり出てきた。
「終わりました……終わりましたか……? 疲れ……ました……おつか、っ、ひぅ、お疲れさまでした……」
「言いたいことはわかったから落ち着け。息しろ」
この工房の主。なぜか這う這うの体なイエだった。
ハルトがローブの腋を引っ掴んでやれば「う」、……しっとり。厚手の撥水生地越しでもわかった湿り気にたじろいだが、一度手を出したからにはと工房内へ救助した。
『効果時間終了。効果時間終了』
イエの整った胸元から下腹部にかけては、トラバサミのようなコルセットが填められていた。『0:00』とカウントを点滅させ、アリステラと似ているような男声がアナウンスしていて……。
『ようこそ腹筋の世界へ。5分間、存分に震えてもらえただろうか。また来てほしい』
役目を終えたことで、闇属性のエーテルとして霧散していったのだ。
『経験値アップ効果終了。経験値アップ効果終了……』
ーー レベル99 吹きすさぶアブス・アブドール ーー
フェアリーが分析したように。この世の理の限りにレベルカンストしたそれは、イエが《ウィッチクラフト》にて作製したアリステラの秘蔵アイテムだ。
「5分間……腹筋をするだけで膨大な経験値が溜まっていくアイテムよ……」
「それはさっき聞いたって、もう寝ろって。……で、イエ、何回できたんだ?」
「5回もできました」
「1分1回ペース……!」
なんともはや最弱な乙女である、が、
ーー レベル7 白魔法師 イエ ーー
ーー ATK:G DEF:G- DEX:G- AGI:G- INT:G RES:C+ ーー
「……それでもレベル7になってるんだもんな。ステータスはまったくといっていいほど上がってないが」
「そんなことはないです。今回は腹筋のおかげでATKが伸びた気がします」
「強いて言うならいちばん後回しで良いやつが伸びたな」
大抵においてレベル1である彼女は、外で5分間の腹筋をさせていただけで大幅にレベルアップしていた。
軒並みほぼ最低値なステータスはいかにも上昇率の面でも最悪らしかったが、もとより最弱白魔法師は頓着していなかった。
レベルなんてものは、イエにとっては瓶に溜めた小銭と大差無いのだから……、
「あと、マリーさんにインタビューしてもらうだけなら《ウィッチクラフト》ではなくて《クラフトウィッチ》のほうで良かったと思いました。まる」
「絵日記並みの感想だな」
「……すや……すてぁ……」
「あ、あ、お姉さんまだ眠らないでください。《クラフトウィッチ》」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル6 イエ ーー
イエが胸元からタリスマンを抜き出すと。彼女から出でしオドエーテルがタリスマンに集束し、一条の『闇』の輝きとなってアリステラへ捧げられた。
「ん」
するとパッチリ、小さな姉貴分の目が覚めた。
……その寝起きの良さとは別に、ものすごく不機嫌そうに。
「……なに」
「うたた寝、気持ちいいですよね。フワフワしててポカポカしてて」
「煽りにしか聞こえないフォローはいいから。なに」
「ごめんなさい。実は腹筋中に見つけたものがあったのです」
と、イエは長くて大きな袖の中から……隠しポケットから何か抜き出した。
それは、折り畳まれて久しいらしくよれよれになったメモだった。
「以前、《ウィッチクラフト》を使うのなら探してほしいアイテムがあるとお姉さんに言われていたのですが覚えていますか? 私は忘れていました」
「ああ、アレ……。まあそれは覚えているけれど」
「なんの話だ?」
イエからアリステラに手渡されようとしたメモだったが、他ならない彼女の手振りでハルトへ回されてきて。
「こんなことになるのなら詳しく言いつけておくべきだったわ。実は、私やきみたちが新しい力を得られる特別なアイテムがいくつかあるの。それこそあの『白式』たちとも渡り合えるようになるでしょうほどのね」
「な、なにっ? だからなんで先に言わないんだよそういうこと! そういうとこだぞおまえ!」
「だから『こんなことになるのなら』と反省しているのよ」
そんな渡りに船な解決策があるのなら、とハルトの手に力が込もった。
……しっとり。カルテ用紙の裏紙らしいメモは記憶に新しすぎる湿り気に満ちていたが、ひとまず気にせず慎重かつ迅速に開いていって……、
「んんん読めない……っ! 滲み、まくってる……!」
……いや気にするべきだった。何故ってその紙面には、もはやインクの染みと呼ぶのもおこがましい薄闇色が五つ並んでいるだけだったのだから。
「……ごめんなさい。中に入れたまま何度も洗濯しているので……あとたった今、私の汗で」
「でっっ……反応に困ること言うな!」
「残念だけれど、それらのアイテムのことも漂泊されているわ」
その漂泊を意識したことでまた頭上に喰い荒らされた『薄眼』が浮かび、アリステラは鬱陶しそうで。
「もともとはきみたちの成長に合わせて長い眼で見ていくつもりだったの。なにせ500ものアイテムの中から引き当てないといけないのだから」
「さっきより増えてるぞ!?」
「これだけ多岐に渡って記憶を喰い散らされているのだもの、私が覚えている他に100や200隠れていてもおかしくはないでしょう」
「本当に……途方もないな……」
「うう……そういえば汗でベトベトです……」
「人が絶望してる横で脱ぐな……いいいいやていうか脱ぐな脱ぐな人の前で俺の前で!」
「ハルトさん、これは襦袢という肌着であって下着とは違うのですといつも……」
「その襦袢が透けッッ、ッ、とにかくやめろおおおお!」
「眠らせてもらえないかしら」
アリステラが、寝台虹宝箱の蓋に手を掛けた。
○
「というわけで。お姉さんの探し物を見つけるために、お夕飯に呼ばれるまで《ウィッチクラフト》を回していこうと思います」
「ぐむう……」
「……ぐむう」
最初の「ぐむう」はイエの超絶マイペースっぷりにぐうの音も出なかったハルトの、次の「ぐむう」は眠りながらもスチャラカな気配にうなされているらしいアリステラのものである。
眠っていても夢の中からイエたちを見守っているらしい『星』の意志様には、さぞもどかしいことだろう。
「まあ。良かれと思って動いてる人間は止めにくいよな」
「そういう人がポンコツだといちばん困りますよね」
「おまえは俺にどう言ってほしいんだ」
「……? あっ、もちろんハルトさんたちのことではないのです。私のことです」
「……いろいろ言いたいことはあるが、うん、がんばろうな」
「がんばります。《ウィッチクラフト》」
漂泊チートで忘れてはいても、その探し物の現物を引き当てれば何か見出だすものもあるかもしれない。そんな善意と希望的観測に基づいた宵がはじまった。
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル5 イエ ーー
というわけで1回目。
イエからタリスマンへ、タリスマンからアリステラへサーブされた魔力。
そしてアリステラが眼を開けるとともに、エーテルを再構成させたアイテムがイエの目前へ返された。
「ふゅにゅぎゅ」
「イエーーーー!?」
イエは、腕ほどの大きさの砲弾を持ちきれずに頭から倒れた。
それは白地に赤いラインが走った砲弾だった。一昔前にベルアーデで流行ったボウリングのピン……そのカラーリングじみた玉だったが、三つ指どころか拳が丸ごと入れられる穴が開いている。
「キャノンボーリングね」
「砲弾?」
「違う。キャノンボーリング」
「探してるアイテムか?」
「それも違う」
ーー レベル99 キャノンボーリング ーー
砲弾も、撃ち出す仕組みが無ければただの玉っころ。しかして製作者本人が違うというのだからそんなものであるはずがない。
「そこまで重いものではないはずよ。手を入れたら中のトリガーを握って、そうね……窓を開けて空へでも向けなさい」
「もう嫌な予感しかしないんだが」
「ハルトさんハルトさん、私の固定砲台になってください」
「他所様の前で絶対そういうこと言うなよ」
さっそくキャノンボーリングへ手を差し込んだ(中腰からもう上がらない)イエの前にしゃがみこみ。その腕を自分の肩越しに構えられるよう乗せてやると、ハルトは一緒に立ち上がった。
入口そばの小窓よりも大きい、調合台そばの両開き窓を押し開けた。
そろそろ星屑が輝きはじめた空から吹き込む、まだ少し冷たいばかりの風。七番館の前にはいつまで経っても何も建たない『七番隊演習場』の更地しかなかったから、開放的な夜空が見通せた。
……本当に、お誂え向きに射線が通っている。
「あとは。トリガーを引くだけ」
「なあ、べつにイエじゃなくても俺が使……」
「トリガーを引くだけトリガーを引くだけトリガー、を、トリガー……っ!」
「まあ聞いてないよなーーーーッ!」
ハルトには最近やっと馴染んできたことがある。イエは人の話を聞かないのではなく、一所懸命すぎて人の話を聞く余裕が無いのだと。
……慣れる前に馴染んでしまったのだ。
イエの腕の強張りがハルトの肩へ伝わった、と同時、トリガーが引かれたらしいキャノンボーリングがギュルリンと作動した。
穴と対になる位置に砲口がせり出し、
さらにはその周囲に固定二脚の大群が無茶苦茶にせり出し、
そして、鋼鉄のパイプが圧倒的な勢いで射出された。
「うおああ!?」
先端が非対称に尖ったうえに外縁へ螺旋が刻まれたそれは、パイルでもありドリルでもあった。
キャノンボーリングそのものの大きさなんてとうに超越して、空へ、空へ、どこまでも伸びていったのだ。
「あうっ、はう、っ、っ、っ……ぎゅっっ……!」
「うおおおおああ!?」
イエが、ハルトに、抱きついてきた。
首筋へ腕を絡めて。それは季節外れにマフラーでも巻くように、憩いに戯れるように。
……なんて甘酸っぱさはほぼほぼ無く。パイプが伸びるにつれ返ってくる振動に二人揃って悶えた。
「なんでだよ!?」
「不思議ですね……!」
吹っ飛ばされまいとしがみついてしまったのはわかるが、考えうる限り最悪の抵抗である。イエが力むほどにハルトの首が絞まっていくし、……背に押しつけられる温かさが鮮明になっていくし。
女の子はすこぶる柔らかいのだと幻想に云うが、実際、それは沈みこむような柔らかさよりもモチモチとしたハリのことであった。特にこの場合、イエの整った柔らかさが震えとともにプルプルプルンと……、
「ああ、そろそろ戻ってくるわよ」
「なんっっ」「ふしぎゅっっ」
天まで伸びてしまったパイプが一瞬で帰ってきたので、今度こそ二人ともすっ転んだ。
……互いに覆い被さり合うような体勢から、ハルトが先に跳ね起きた。
「へっっっっ平気かイエ俺は平気だ大丈夫だぜんぜん!」
「平気ですハルトさん。あの、あまり慌てすぎるのも女の子に失礼だと思うのでその時は気をつけてくださいね」
「どの時!?」
「イエ。お楽しみのところ悪いけれど、その手に持っているものは落とさないでね」
「て? です?」
「って……なんだそりゃ」
見ればイエの手からキャノンボーリングが霧散していて、
代わりに、彼女はトリガーではなく細長い小瓶を握っていた。
その中には、『光』の『四角』としかいいようがない物体が封じられていたのである。
「『ライトマター』ね。宇宙の欠片とでもいうべきもの」
「宇宙の欠片て、おい」
「キャノンボーリングは古竜の化石でも貫くボーリング用アイテムよ。こんな場所を掘っても仕方がないから空撃ちさせたのだけれど、空どころか宇宙へまで届いたようだわ。新発見」
「おいおい……」
宇宙。創造神『祖となる神』が世界へ最初に創りだした天であり、エーテルの源流たる高次元。宇と宙を超越したそこでは、それこそ神以外は何者も生きられないのだという。
「この素材は何かに使えますか?」
「向こう150年は何にも使えないでしょうね。おそらく、あなたが人類ではじめてその素材を採取したはずだから」
「そうですか。では元の場所へお返しします」
……イエが何の惜しげもなく小瓶の栓を抜くと、ライトマターはキラキラと天井をすり抜けて還っていったのだった……。
「はい、それではどんどんいきましょう。2つめはどんなものが出てくるのでしょうか、使ってみるのが楽しみです」
「待て待て待て流れるように司会進行するなちょっと待て」
タリスマンを掲げかけたイエの手を、いったん下ろさせたハルトである。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




