Karte.13-4「ごちそうさまでございました!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
紺色を基調とした装いに魔導仕掛けのヘッドギアを被り、手に手に魔導仕掛けの片手鎚を携えて。各装備と接続された魔導機関……中型エーテリークリスタルのタンクを背負った姿には無機質な印象がある。
「せいっ!」「ていっ!」「へいっ!」「投げっ!」「ハンマーは投げるものっ!」
中~遠距離タイプであるハンマー兵たちが、片手鎚を投げた。
ただし実際には。片手鎚の頭が開き、エーテルによって形成されたコピーが……ハンマー型の魔弾こそが投げられたのだが。
一見無軌道だったそれらには、しかし魔力によってホーミング性能が付与されていた。
「アプフェルビッシェン(林檎僚機)! ショットッ、ガーーン!」
『ガガッ!』
「「「「「ぎゃんっっ」」」」」
ーー アーム(武装) アプフェルビッシェン ーー
対するマリーは、シュネーヴィのどてっ腹から林檎型シールドビットたちを一斉射出。誘導されてきたハンマーたちをむしろ好都合なターゲットとして、全て打ち返した。
ーー パリィ レベル2(達人級) ーー
レディとしてメイドとして、先手に出しゃばるのは二流三流。後手に応じて先手に立つ、これこそが貞淑の道。
彼女こそはカウンター型の護り手である。
「先に手を出したあなたたちが悪いのよお~、お仕事お疲れさん!」
『けーー、手ぇ出される前に速攻即決で潰しゃいいのだわ。おまえの戦いかたってなぁまどろっこしいなぃ』
「シェリスさんが矛ならわしは盾! 知ってる? どんな盾でも壊す矛とどんな矛でも防ぐ盾が合わさったら最強じゃあて!」
『おお! よくわからねぃが最強なら問題ねぃのだわ!』
『そういうお話だったでしょうか?』
先手必勝なシェリスとは相反する戦いかただが、互いに矛盾してはいない。王女と侍女は互いに無茶を言い合える幼馴染みなのだ。
悶絶している兵士たちをあっさりと突破し、マリーとシュネーヴィはT字型の搬入路へ出た。
T字の長辺のほうを見やればあの中庭へと続いているようで、そこに出てしまえばあとはシュネーヴィのエーテルバーニアで飛んでいけるだろう。
ーー ナビィゲート 起動 ーー
ーー 座標 入力完了 ーー
ーー ヘイ! ↑→↑→ ーー
「って近っ!? この座標、こっちのほう指しよるよ!?」
『ええっ? ウソだろ、そんな都合の良いこと……』
「げに(ホント)ーじゃけん!」
『ガガッー!』
中庭方面へ駆け出しかけていたマリーは、一転、T字の突き当たりへ……壁へ、シュネーヴィのダブルシールドバッシュをぶち当てた。
一見すると文字通りの鉄壁のようだったが、それは予想以上にあっさりと破れた。
すると……T字は十字へ。
「あらあ!? 隠し通路じゃあ!?」
壁ならぬ偽装隔壁の向こうには隠し通路があったのだ。
『今さらだけどさマリー、おまえ今どこにいるんだよ……さっきのってスァーヤ皇国の兵士じゃなかったか?』
「しーっ! 機密事項なんの!」
『まーた親父からの『バイト』だろぃ。スァーヤもベルアーデ領で大概バカやってっかんなー、うちのメイドが破壊工作しまくっても文句言えねぃし言ってこねぃのだわ』
「しーーっ! シェリスさん!」
隠し通路はまっすぐな一本道であり、終点には一際大きな隔壁が開かれていた。
「座標の位置はここっ……じゃがの!」
その先へ滑り込めば、
そこは格納庫だった。
「あ……やー……?」
……捻れるほどに首を傾げながら、マリーはソレを見上げたのだ。
ーードゥゥゥゥゥムゥゥ……
魔導仕掛けの大砲や高周波ブレードが取り付けられ、拘束具で格納庫そのものに縛り付けられた……恐竜とも悪魔ともつかない巨大魔物を。
『ボスモンスターさんです。今度はわかりやすいボスさんですね』
『デ、デーモンゴア!? 北極アン・アルクティク小大陸の魔物だぞ!?』
『ほははははなんでぃこの魔改造、ヤツらの新しいトンデモ兵器ってかぃ? いいなぃーシェリスさんもそっち行きてぃのだわ』
「冗談じゃありませんっ。見なかったことにしましょ……スァーヤって資源も人員も豊富なんにいろいろと杜撰すぎんかのう……」
『あ。マリーさん、たぶんあそこのあれがそれです。取っていただけますか』
「あれそれどれ? ちゅうか結局ここで何したら……」
首だけで必死に上を示しているらしいイエから、マリーは格納庫の上方を見渡したのだが……、
「……あやー?」
またも言葉にならない息を溢しながら、唖然。
ーードゥゥゥゥゥムゥゥ……
改造デーモンゴアの小さすぎるお手々には。明らかに場違いに、タイプライターのような機工が握らされていた。
『話せば長いのですが、ハルトさんと私が挟まれた宝箱を開けるのにシェリスさんがお持ちの鍵が必要で、その鍵を開けるのにマリーさんがご覧になっているアレが必要なのです。たぶん。……ところでアレはなんなのでしょう』
「待って待って情報量がね……」
「ーーいたぞ!」「格納庫だ!」「今度は負けない!」「攻撃用意!」「尋問用に頭だけは残しておけよ!」「それさっき聞いた!」「遅れて来た連中に言ってるんだよ!」
「ちぃぃと待って情報量が多ぉて追いつかんんんんん!」
復活したスァーヤ兵たちが、さきほどよりも数を増して隠し通路へ雪崩込んできた……!
「とにかくとりあえずシュネーヴィーー!」
『プシュー!』
シュネーヴィ、各部からエーテルバーニアを噴かして大ジャンプ。
アッパーパンチよろしく、改造デーモンゴアの手から機工を奪取して。
その衝撃だけで、彼の者の腕の拘束具が、そして腕から一繋ぎになった全身の拘束が弾けた。
「へっ、あっ」
ーービグファッキュガァァァァァ!
「「「「「「「ぎゃんんんん!?」」」」」」」
改造デーモンゴア、暴走開始。
きっと恨み骨髄だったのだろう。ありったけの武装を惜しみ無く稼働させながら、スァーヤ兵たちだけを襲いはじめた。
「……んーと」
見なかったことにしたマリーが、シュネーヴィの手元の物体をよくよく見れば、
「これってたぶん……」
それはやはりタイプライターがごとく文字入力の打刻ボタンが備わった……、
「ーーどんどこど~~~~ん!!」
と。マリーの目と鼻の先に光柱が現れれば、そのスポットライトの中へどこからともなく彼女が降ってきた。
「って、今どき……」
「あっわかった、あなた伝説の『宝箱の天使』でしょ。虹宝箱を開けたらロクなことにならないって聞いてたけど、そんでハルトもイエちゃんもああなったちゅうわけじゃね」
「ふふふのふ、お察しの良いお方は苦手ですわ。はじめましてメイド様、正確には宝箱の魔神でございます」
「ふふふ……ご主人様が恥かかんように知識だけはしこたま仕込んどるけん」
眼帯じみた仮面に薄い笑みを隠そうともしない彼女……宝箱の魔神の淑やかな頬杖。対して、胸を張って応えたちみっこ淑女。……改造魔物と兵士たちの戦闘音が真下で吼えまくる。
『気をつけろよぃマリー、そいつぁ魔神どころかただの煽り魔なのだわ』
『ああ、ぶっちゃけ無視していい。その機工にパスワードが入ってるはずなんだがわかるか?』
「わかるっていうか……」
マリーは写幻念話越しに機工の細部がわかるように持ち上げてみせた。
「はじめて見るタイプだけど、これ自体が暗号機みたいよ? 復号鍵……つまり正しい操作手順がわからんと中の文章は解読できんのじゃわ」
『はああ!?』
タイプライターでいえば紙が排出される位置に、西方共通語の文字単位であるゼノベットが不規則に連なったローラーが3つ填められている。
マリーが適当なタイプボタンを押せばローラーたちが一文字分だけ回転し、文字の印字された紙切れが下部から伸びた。……意味を為さない文字の連なりが。
虹宝箱を介してイエをつんのめらせながら、ハルトがウィンドウへ詰めよった。
『おいおまえっ、話が違うじゃないかよ! パスワードを見つけたらそれで終わりのはずだろ!』
「もちろん! 嘘偽りはございません、わたくし嘘と不公平は大嫌いですもの」
『不条理の権化みてぃなヤツがなんか言ってやがるのだわ』
「はい、こちらがその『エニグマ暗号機』を解くコードですわ。もう他の場所まで行っていただく必要はございませんわよ~」
「エニグマ……? やっぱし知らんのう」
「まあまあ。この世には知らないことがたくさんありますし、生きてさえいればそのうち知ることもたくさんありますわ」
首を傾げながらも、マリーは宝箱の魔神から受け取った三枚の紙を開いた。
「ってクロスワードパズルねえ!?」
……あまりにも細かく縦横にマス目が連なった、クイズ用紙を。
「はい、はい! 三枚合わせて合計180問、全てのカギを解けばそのローラーの正しい位置がわかりますの」
「ま、待って待って、しかもよく見たらこれ難問しかないわよう!? 国語に数学に理科に地理歴史っ、ブライティナの魔術学院にかて入れそうなレベルじゃあ!?」
「あらあらご謙遜をメイド様! 『知識だけはしこたま仕込んでいる』でしたわよねっ、ふふふふうふふ」
「……。…………」
ーーピキッ
『ハッ。大変ですみなさん、あのマリーさんに青筋が。青筋が』
「みんなあ……んーとね、みんなが言ってたことがちょっとわかった気がする。じゃがあ大丈夫大丈夫」
ニッコリ、マリーは下から飛んできた流れ弾と流れハンマーを避けながらペンを抜いた。
「ちょっと時間はかかるかもしれないけど解けばいいのよ解けば。筆記試験と違うんじゃけん、とりあえず《リターン》して、フェアリーでフロレンシックレコードにアクセスして、検索していって……」
「あ、それはできませんの。暗号機の底面をご覧くださいませ」
「へ?」
マリーは暗号機をひっくり返した。
ーーチクタク……
ーー爆発まで残り 2分47秒
……小さな小さなダイヤルが、まさに刻一刻とカウントダウンを刻んでいた。
『おい……よせよ、どっかで見たぞこの流れ……』
「メイド様がそれを持った瞬間からカウントダウンは始まっていますの。もう少し慎重に手に入れると思っていたのですけれどふふふ、ものすごい勢いで跳んできたものですからわたくしも登場と説明が遅れてしまいましたわふふふふ」
「……。…………」
ーーピキピキッ
「あっ、でも心配はご無用ですわよね! こんなスーパーメカをお持ちのドワーフ様でございますもの、仮に暗号機が爆発してもさらに時間がかかっても修理なされますわよねふふふふふっ」
「……………………」
ーーゴギバギッ!!
何かがキレるどころか圧壊する音がして、
「おんどりゃああああああああああああ!」
マリーは暗号機をぶんぬと振り上げた、
「ズィーヴェンツヴェルク(七妖精):ファーズアイン(Phase1)!!」
瞬間、
シュネーヴィは、七つのパーツに分離した。
ーー ……ドック ーー
ーー グランピーッ! ーー
ーー ハッピ~ ーー
ーー スリーピー…… ーー
ーー バ、バッシュフル ーー
ーー スニージー、っ、くしゅん! ーー
ーー ドーピー? ーー
頭、胸、腹、右腕、左腕、右脚、左脚。それぞれがエーテルバーニアで飛び交い、それぞれにフェアリーたちが搭乗していた。
「なああああああああ!」
そのシャウトは怒号か悲鳴か。シュネーヴィが七つにオープンされたので、当然、カノジョの肩に乗っていたマリーは空中へ投げ出された。
「七妖精隊! 全員集合!」
が、きりもみ回転の後にどっせいと着地した。
……猛り狂うデーモンゴアの頭の上に着地した。
「アイドリング以外の全処理能力を検索と演算へ割り当て! 仮想スティグマをとりあえず21個エミュレーションして、フロレンシックレコードへアクセス! ぜ・ん・りょ・く・でカンニングしさらせええええええ!」
ーー ハイホー!✕7 ーー
各担当のシュネーヴィパーツたちをただの椅子とし、三枚のクロスワードパズルを写幻としてコピーしたフェアリーたちが解答を開始。
ウィンドウが加速度的に増えていっては統合と整理を繰り返し、パズルの空欄を潰していく。
ただしそれらの処理こそフェアリーたちが担っているが、オペレートしているのはエーテルを介してリンクしたマリーであるわけで。
「ううううううお脳が溶けてまうううううう!」
7つを1つとしたメイドメカを暴れさせるより、7体の妖精たちへ同時にクイズを解かせるほうがよっぽどしんどいのだ。
しかしてそれでも押し通るのが、ドワーフとしての、技師としての、なにより女の意地であるわけで。
「でっっっっきたあ!」
そうして。マリーはクロスワードの全てのカギを埋めてみせ、残像が揺れるほどの素早さで暗号機のローラーをセッティング。
からの、暗殺拳よろしくタイピングを迸らせた。
ーー『ガ』『メ』『オ』『ヴ』『ェ』『ラ』
ーーカッ、ガヂャヂャヂャヂャヂャ
ーーチーンッ
ーー『LOAD THE WORLD』
ーー正解! 正解! おめでとうございます!
ーーカウントダウン停止!
そんな一文を記した用紙が排出されるとともに、暗号機は安っぽいラッパの音とひび割れた音声を発したのだった。
ーーそれはそれとして爆発します! ですわ!
ーー3、
ーー2、
ーー1!
「おんどりゃああああああああああああ!」
今度こそ、マリーは暗号機を足元へ振り下ろした。
直後、七妖精隊に宙へ引き上げられて、
刹那、
大爆発。
ーースレイヤァァァァァァァァ!?
ただしそれは『火』を伴うものではなく、青白い『光』……変質した光属性である『雷』の電磁爆発だった。
「エーテルメタパルス(EMP)爆弾んんんん~~!?」
ーー クリティカルエラー! クリティカルエラー!
ーー エーテル過負荷! ーー
ーー FIG 強制シャットダウン! ーー
ーー ばたんきゅ~~~~! ーー
高濃度すぎるエーテルはフェアリーをも酔わせる。『EMP爆弾』は本来、こんな小型の機工に収まるものではない大規模な戦略兵器であるはずだが……少なくとも格納庫全体を覆うほどの威力を見せていた。
人体には無害だ、しかし、魔法具も魔導具も無力化してしまうのだ。
だから、魔導機関が暴走したスァーヤ兵たちがエーテルスチームの噴流に悶えた、
だから、改造デーモンゴアが涎を垂らしながらぶっ倒れていった、
だから、目を回した七妖精隊がマリーを掴んだまま落下した、
だから、
「リ、《リターン》の書おおおお!」
エプロンの裏から魔法書を取り出し、高々と開いた。
そのページが次々と捲られていったのは急激な落下のせいではなく、『闇』を紡いだ自動詠唱のためだ。
マリーと、そして七妖精隊の真下にゲートが開いて。
「あらあら! ふふふ~~!」
踊る魔神が影に消えていったとともに、マリーもゲートの向こうへ吸い込まれていったのだった……、
○
「んじゃわあ!?」
「あいよっとぃ」
アトリイエ内、中空にゲートが二つ開いた。
先に降り立ったのはシェリスだった。
そして彼女が一瞬遅れて、第二のゲートより尻から落ちてきたマリーをキャッチしたのだった。
「~~~~…………」
「これがパスワードなのだわ? ふりふりふりっと」
逆Uの字にぐったりしたマリーから紙片を抜き取り、床上へゴツリとリリース。件の鍵入りクリスタルへ指先を走らせていけば……、
澄んだ音を響かせ、それは跡形もなく砕けた。
中に入っていた虹色の鍵がシェリスの手に握られ、
そして、その鍵の形をした折り紙はあっけなく潰れた。
「な、なにっ?」
「あ。折り紙です。懐かしいです」
「んあー……?」
これで虹宝箱から解放されると文字通り浮き足立っていたハルトとイエだったが、シェリスが潰れた折り紙を開くのを見守るしかなくて。
「……んああん……?」
……すると、そのメモを見た姫君は今日一番の苦い顔を浮かべたのだ。
「てやんでぃ……『問題! 手の繋ぎ方の一つです。一人でもできるけど、二人じゃないと意味無いものってな~んだ?』」
「ハッ」
行動したのはイエだった。
といってもハルト以外には、彼女がどう動いたのかまるで見えなかっただろう。
乙女は、宝箱の中で手を動かしただけだったのだから。
青年の手へ、包み込むように指を絡めた。
「っえ」
ハルトは変な声が出てしまった。
彼女と出会って早2ヶ月、いろんな経験をしてきたものだがこれは初めてだ。……意識するのは初めてだ。
細くて、柔らかくて。
自分のものとは少しだけ違う……それだけで鮮明な脈動が、しっとりとした肌の奥に感じられて。
そして、虹宝箱の蓋に光が溢れた。
「恋人繋ぎ……! です……!」
ててーん。
……そんな音が聞こえそうなほどスチャラカに、イエはハルトと繋いだお手々を掲げたのだった。
虹宝箱は、あっけなく開いたのだった。
「…………ほは」
「…………にひ」
ーー セイ チーズ! ーー
「撮るな笑うな撮るな笑うな!」
シェリスと、いつの間にか目を覚ましていたマリーに、たぶん一生削除してくれないだろう写幻を撮られてしまった。
「てて~~~~ん!!」
と。錬金釜の煙突口から、逆さまの煽り魔……宝箱の魔神が顔を覗かせた。
「ごちそうさまでございます! ふふふふうふふのふっ、あーー面白かったですわ!」
……もはや誰も、その薄い笑みへ挑みかかろうとしなかった。
いやシェリスもマリーも握り拳を固めてはいたのだが、脱力してしまった全身がついていかないようだった。
そしてハルトもまた、違う意味で硬直してしまっていたし。
「魔神さん、宝箱に何も入っていません。これでは頑張ってもらった皆さんに申し訳ないので何かください」
「あら白魔法師様、意外と欲張りでございますわね」
ただ一人、イエだけはハルトと繋いだままの手で虹宝箱を示していた。
そう。結果的にみんなしてこんな目に遭ったというのに、虹色に照るその箱の中はまったくの空だったのだ。
「ご心配はいりませんわ。その中身は、開けた御方の望みを聞いてわたくしが用意させていただきますの。物でも生き物でも願いごとでも、だいたいなんでもオッケーでございますわよ」
「なんでもです?」
「はい、さすがに不老不死とか世界征服は叶えられませんけれど。常識の範囲内でなんでもどうぞ~」
煙突口から下り、アトリイエ内へ上がり込んできた宝箱の魔神。やはりイエ以外の三人ともツッコミの手刀を振り抜きそうだったが、もう、この揺らがぬ白魔法師に任せる雰囲気だった。
「じゃあ。この空き箱をください」
「…………んふ?」
あの魔神が、はじめて、薄い笑みの中で目を丸くした。
「ちょうどお姉さん用のベッドが欲しかったのです。大きさ的にも深さ的にも、あと防犯的にもちょうど良さそうです。鍵はありますか?」
背のフードの中で「…………すて、ぁ」、心なしか夢見悪そうに寝ているアリステラをイエが横目で示せば。
生き人形の少女はひょいと持ち上げられた。
「…………ふふっ」
宝箱の魔神がアリステラへ首を傾げてみせると、
虹宝箱の中に、光が紡がれた。
「ええ、ええ。たしかに貴方様にはピッタリ……ですわねっ」
……お人形を寝かしてみれば本当に本当に丁度の良い、フワフワの寝台が紡がれたのだ。
「ですわね!」
魔神は、実に楽しそうに一度廻った。
と、虹宝箱の鍵穴がまたも光によって変化していき……指先を当てられる程度の小さなクリスタルとなった。
「開け閉めはそのクリスタルにタッチしてくださいませ。白魔法師様と、白魔法師様が認めた御方しか動かないようにしておきましたわ」
「なるほどです。これなら安心です」
パカパカカッパン。早速、宝箱を閉めてオートロックをかけてはクリスタルを触って開けるイエで。
「ではでは改めまして、ごちそうさまでございました!」
そうして……、そうして、
「また、ご縁がございましたら遊んでくださいましね!」
今度こそ、今度こそ、長すぎる髪の少女は消え失せていったのだった。
……。
…………微妙すぎる、静寂。
「……どっこいせ、っ、と。シェリスさん、なんでも手に入るんだったら何が欲しいならあ? わしはレベル3の魔導技工スキル」
「再来月出る『ラブメガ』の最新刊かなぃー」
今日は何も変なことは起こらなかったし見なかった、とでもいうように。シェリスとマリーはアトリイエの裏口の向こうへ、すなわち七番館の中へ帰っていったのだった。
「……で。おまえはいつまで握ってるんだ?」
「ハッ」
ハッ。……ニギニギ。
イエはハルトの手を離すどころか、くすぐったい感じに指先を弄んだ。
「っておい……」
「ハルトさんは照れ隠しが下手です。素直に恥ずかしいと言えばいいと思います」
「はあ!?」
バッ。……跳び退く調子で手を引っぺがしてしまったが、この乙女のきょとん顔にほんのちょっぴり心傷んだのは何故だろう。
「手を握ればドキドキがわかります。ドキドキがわかればどれだけ緊張しているかわかるのです。私、白魔法師ですから」
「白魔法師はこの場合あんま関係無いような……」
「あ、誤解しないでくださいね。宝箱を開けるために嫌々握ったのではないのです。私、これでも身持ちの固い子ですから」
「やっぱり話聞いてないし……ん? いや何の話だ?」
疲れた。イエのマイペース節もあまり耳に入らないほどに。ハルトはついぞ足だけではどうにもならなかったカツオソーダの瓶を開けて渡してやって。
「……? 私はハルトさんのそばにいますし、ハルトさんも私のそばにいてくれるのですよね?」
「……。……」
……宝箱型寝台のクリスタルにタッチ。
……小さな魔女が眠っているのを見て。
……また閉じて。
……ソーダを一口。
「ああ。おまえには救われてるからな、なんだかんだ」
振り向いて、
「……ふふっ」
「てっっ、なんで笑ってるんだよ……!?」
この乙女ときたら。振れ幅の少ない無表情がデフォルトなのに、誰かを治療した後の慈愛の笑み……ともまた違う、心から嬉しそうな笑みを鳴らしていたものだから。
「私が笑うのはおかしいです?」
「いやおかしくなんてない、けどさ……だっ、て、さ……」
ハルトはいまだに、いまだに、不意打ちでもされるかのような心地だった。
「今日は良い一日、でしたね」
「どこが!? なにが!?」
そしてこれからもきっと、ずっと、すくわれる。
青年と乙女はまだまだ、手を繋ぎ合ったばかりだ。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)
※(次回更新は7月4日(月)の18時頃です)




