Karte.13-2「殴って突いて掘って斬って焼いて冷やして醸して荒らすのだわ!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
「虹宝箱っっ、って、世界に100個も無いっていう超激レア宝箱じゃないか……! こんなわかりやすい場所に!?」
「ハルトさん、ニフの諺にもこうあります。『灯台を立てるなら闇の中に、宝を隠すなら光の中に』」
「なんか混じってないか?」
「それは誤用だけれど言い得て妙ね。こんなわかりやすい場所だからこそ、視ようとしなければわからない結界で隠していたみたい。べつに私のように高次元(精霊)の眼を持っていなくとも、ウィザードクラスの実力があれば見破れたのではないかしら」
「大魔法師クラスの実力って……無茶言うよなあ」
「神代の頃ならともかく、今は無茶でもないわよ」
ーー レベル0 【 】 【 】 ーー
ーー ATK:- DEF:- DEX:- AGI:- INT:- RES:- ーー
フェアリーに《ステータス》で分析させれば壊れたような表記しか出てこないアリステラだが、エラー警告が発されないのを見るに正しい判定らしい。そしてそんな能力値なんて飾りのように、彼女の起こす魔術はなるほど大魔法師のそれかのようだ。
「これで《クラフトウィッチ》一回分の役には立ったでしょう。……眠るわ」
ただでさえ薄く纏っていた『闇』の輝きがほぼ無くなって。アリステラはイエのフードへと再びくるまった。
「ああそれと……その色の宝箱、見ているとなぜか虫酸が走るのよ。開けないほうがいいかもね」
「おまえがそれ言うのかよ」
「おやすみなさい。……すてぁ……」
欠伸を呑んだのとほぼ同時、夢見る語り部は布地の闇の奥へと見えなくなったのだった。
名残のように浮かんだ『薄眼』が、またすぐに消えていった。
「……? まあいいか……イエ、アリステラが言ってたように軽い気持ちで手を出すなよ。聞いた話だと虹宝箱には恐ろしいトラップが仕掛けられてるらしいからな」
「ハルトさん、私、そこまで欲張りではありません。ムウ修道会の教えその21条第9項、『白魔法師にとって宝箱はただの箱』です」
さしもの天然危険物乙女も諸手を挙げて後ずさっていたので、ハルトは安心した。
「そもそも手を出さなくても大丈夫なのです。今、安全に開けてさしあげますね……《マジックハンド》」
「ん?」
マナエーテルがイエの手元を複製し、魔手魔法としてビロロと伸びた。
ガシッと、セイヤッと、虹宝箱をぶち開けた。
「いや物理的に手を出すなとかそういう意味じゃなくてだなーーーー!?」
「えっ?」
次の瞬間、
ーーニコォ
二人は。大口を開けた宝箱の中に……その影の奥に、爛々と光る笑みを見たのだ。
そして、実体のある光に絡め取られ、引き寄せられた。
「「あっ……!?」」
まさにあっという間のことだった。ハルトとイエが隣り合わせに束ねられ、虹宝箱の目前まで跪かされたのは。
ーーバクンッ
そして。噛みつくように蓋が閉じられた。
「「…………」」
二人は。
……人肌がごとく柔らかな蓋に、しかし、枷よりもピッタリと両手を挟まれてしまったのだ。
ーーバシュバシュッ!
「「ふぁっ」」
虹宝箱の左右から、いっそおどかす調子で光線が飛び出して……、
「ーーじゃじゃ~~~~ん!!」
虹宝箱の鍵穴から、光を集束させて彼女が出現したのだった。
「って、今どき『じゃじゃ~ん』もございませんわね。ふふふのふ」
それは赫奕なる女声。蠱惑的ないわゆるハスキーボイスなのに、太陽へ透かしたように爛漫な声音から幼く聞こえる。
「あらあらまあまあ。引っ掛かってしまいましたのね、お見事に」
「どちら様でしょうか」
装いは純白のドレスシャツと漆黒のプリーツスカートへ、軍服の一種であるブレザーを陽光色に重ねたもの。ただし軍人らしさはまったく漂わずガーリーなばかりで、ピンクのリボンタイが舌を出してみせるようにちらついている。
目元だけしか隠さない眼帯じみた仮面をつけていて、実に楽しげな薄い笑みが際立っていた。
「はい! わたくし、宝箱の魔神でございます。『魔人』ではなくて『魔神』というのがポイントですわね」
イエと同い年ほどに見える、長すぎる黒髪の少女だった。
「マシン~~? ……おまえ胡散臭いぞ、いろんな意味で」
「ご挨拶ですのね騎士様。この世の全ての宝箱は金銀銅から虹色まで、わたくしが愛を込めて置いておりますのよ?」
宝箱の魔神が空中浮遊しながら肩をすくめてみせれば、後光のように次々と宝箱が現れ、開かれていった。
ひよっこのうちは重宝するもののやがては捨てるほど余っていく『にぎり爆弾』入り銅宝箱、
タダで拾えたと思えば嬉しいのだが店売りのものをすでに買っていたケースが後を絶たない『ハガネリアーマー』入り銀宝箱、
あらゆる状態異常に効く霊薬とはいえ小瓶が一つだけだとなんとなく損した気になる『オルナイン』入り金宝箱、
あと、糞が詰まった糞宝箱。
「聞いたことはある……冒険者たちが互助機能として使ってる宝箱はともかく、なんでそこにあるのかわからないような野良の宝箱は誰が置いてるのかって。……それは宝箱を司る天使がいるんだって与太話」
「そそ! そうそう、天使と呼ばれているのでしたわねそういえば。とはいえ願いを叶える宝箱から出てくるのですもの、『天使』より『魔神』のほうがカッコいいですわよね?」
「いや知るかよ」
「ハルトさんハルトさん。天使、って?」
「聖女フロレンシアの眷属。……っていうか実際そうじゃなかったとしても俺たち人間が勝手に認定してる、神様っぽいナニかの総称っていうか」
「ふむふむ、です。ニフでいうところの九十九神ですか」
「解説ありがとうございます! さすが、このままではお手々が溶け落ちてしまうかもしれませんのに落ち着いていらっしゃいますわね~」
「足で押さえろイエッッ、ここここういう時のための魔法とか無いのか!?」
「原形さえ残っていれば《ヒーリング》でなんとか……」
「溶け落ちた後の話じゃなくて! 今ッッ!」
「冗談でございますわ。ただただ何をしても手が抜けないだけですの」
……ハルトとイエは、宝箱に腹刈り回転十字固めを極めるような格好のまま魔神を見た。
「外す方法を教えていただけませんか。何をしても、なんてことはこの世に一つもありませんから」
「そうでございましょうか? けれども良いアツさですわ白魔法師様っ、たしかに解除法はありますわよ~」
後光の宝箱を消す代わりに、宝箱の魔神は空中へ黒い光で文字を描いた。
『X』と『Y』と『Z』を頭に据えた数字の連なり。座標だ。
「この宝箱を開ける鍵はこちらの座標へ飛ばしましたわ! 頑張ってくださいまし!」
……その笑みを見上げる他なかったハルトだったが、イエへ寄り添いながら共に立ち上がった。
「なんだそれ……そんなゲームにわざわざ付き合う義理も無いんだぞ? べつにこの箱ごとぶっ壊してもいいんだし」
「ええ、ええ、それはもうお試しになってけっこうですわよ! ですけどアレですわよね、壊せば解決するのに絶対壊れない宝箱とかバリケードとか固定砲台とか、ああいうのってモヤモヤしますわよね~」
「……何言ってるんだおまえ。何がしたいんだ」
要するに破壊しようとしても無駄だ、とその笑顔は語っているようで。
「それはもちろん、楽しみたいのでございますわ!」
実に楽しげに廻るのだ。
「このわたくし宝箱の魔神、皆様がまだ見ぬハコの中身に一喜一憂なされるのが愛おしいのですの!」
光を呑んでしまいそうなほどに黒髪を踊らせながら……。
「ではでは! ごきげんよう!」
そして。
……その髪の影に消えるように、気づけばもう、彼女はいなくなっていたのだった……。
「……なるほど。やっぱ俺たちの常識なんか通じない神もどきってわけか」
「座標は覚えました。とりあえず、最寄りのエーテルスポットまで《ファストトラベル》しますか?」
「いや、こんな両手の俺たちだけじゃ『できる』ことは少ないしな。やるならまずは《リターン》だ、一度帰ろう」
イエは頷き、二人の足下へエーテルを渦巻かせていった。
「……あいつとあいつにも連絡したほうがいいだろうなあ。屈辱的だ」
「そんなことはありません。二人とも助けてくれます、きっと笑われちゃうだけです」
「それが恥ずかしいってーの」
そして一方通行のゲートへ、宝箱で結われた二人は落下していったのだった。
○
ルクスエン大公国。
ベルアーデを含めた3つもの国に隣り合ったこの地は、諸外国との活発な取引によって独立性を保ってきた。
エウル大陸がまだ不安定な領土争いに揺らいでいた頃には隣国たちへ敢えて土地を分譲していき、緩衝国としてのバランスを確立。
低い税率で外国資本の投資を呼び込み、人も物も金も活きて流動し続ける国となった。
ミニマルな幸福をこそ望めば小国であるほうが好ましく、『世界一影が薄い』ともからかわれる大公一族と民たちはひっそりと根付いている。
だからこの地で熱気に満ちた場所は、むしろ国外の旅人たちが集まった場所である。
『ーーさあルクスエンの直線は短いぞ! 13番シェパードフィン逃げる逃げるッ、外から回って15番マホウニケリーは差しきれるかッッ!? あーーーーっと8番マガマガシーやはり曲がりきれず転倒ーーーーーーーーッッッッ!!』
例えばそう、プリンセスシェリザベート記念ルクスエン競鮫場とか。
「てやんでぃべらぼうめぃぃぃぃぃぃぃぃッッッッ!!」
広大な水上トラックを楕円形に観客席が囲んだレース場。拡声盆栽メガポンサイから叫ばれる魔法仕掛けの実況に負けず、一際大きな怒号が爆ぜた。
ーーしゃっ!?
ーーさめっはだぁ!?
ーーふきゃっひりゃん!?
水上と水中を走っていたぬいぐるみ的二足歩行魔物、『さめ』たちが慄いた。竜巻さめも、溶岩さめも、ハリボテさめも、トラックの先に吊られたはんぺんを一所懸命追いかけていたのに可哀想に。
ただでさえ荒れていた最終コーナーはもつれにもつれてしまい、まさに大波乱だった。
たった一声だけでそれを引き起こした張本人は、家族連れから博打野郎まで老若男女賑わう観客席にいた。
「マガマガシーーーーーーーー! もういいこうなったらシェリスさんが出走してやんのだわ! おぅオヤジどもっ、ハズレても半額返してやっから有り金全部賭けやがれぃぃぃぃぃぃ!」
「いろいろマズいよ姉ちゃん!」「ていうか出られるわけないだろ!」「そんな売店のパジャマじゃクオリティ低すぎるって!」「そういう問題じゃねぇべ!」
観客席からトラックへ乱入していきそうなのを、常連のオヤジたちに止められていた。
青さめなりきりパジャマをフードまで被った女性だ。数人がかりでもジリジリと前進していくものだから、引っ張られたルーズな布地にスレンダーボディが浮かび上がる。
ギザギザの歯までさめの頭を模したフードの奥に、お怒りながらも不敵に剥き出した八重歯が覗く。
「新種のヒューモンってぇことで通すのだわぁぁぁぁ! ……っと、着信なのだわ?」
と、さめ腹へ閃いた手刀。スナップボタンたちが瞬時に外されていけば、開きとなったパジャマはオヤジたちにより「ふぇぇぇぇ!?」……勢い余って背負い投げよろしく脱げた。
すると、白日のもとに溢れた黄金の輝き。
それはいわゆる、アーマーと礼装を接ぎ合わせたバトルドレス。
それはいわゆる、縦ロールなるセミショートヘアー。
ハーフエルフとしてほんのり尖った耳のそば、巻き髪の中からフェアリーが飛び出した。
ーー ♪~♪~♪~♪~ ーー
ーー 念話 着信! ーー
ーー 念話帳登録名 『早く結婚しねぃかなぃあいつ』
「しもしも? 兄弟ぃ~?」
絶世の美姫、シェリザベート・ハーフェン・ベルアーデ。
またの名を第七隊隊長シェリスは、行儀悪く片膝なんて立てながら落下防止用の手すりへ腰かけた。
『シェリス、いま平気か? ちょっとピンチだ……』
『もしもしシェリスさん。実はかくかくしかじかなのです』
契約者の意思に応じ、フェアリーが念話通信を接続。ハルトの声を模写し……、そして接続先の発話者に応じてイエの声へ切り替えた。
「あいよーぃ。まるまるうしうし、がってんなのだわ」
『こらこら通じ合うな。ちゃんと聞けって』
「ピンチなんだろぃ? んじゃあ細かい話はあとあと、このシェリスさんが助けてやっから何してほしいかだけ言いやがれなのだわ。ほはははは」
『……。……おまえってホント、バカみたいなバカだよな』
「ほーっはっはっはっはっはぁ! そんなホメんなぃバーロー」
「おい姫ちゃ……シェーちゃん」「向こうから用心棒どもが来てるぞ」「なんとも言えない顔してるな」「そりゃ相手が相手だし……」
「外れ鮫券グレートアバランチィィィィ!」
要は外れ鮫券の紙吹雪を力任せに投げただけである。シェリスは最終レースの確定着順(と怯んだ用心棒たち)に背を向け、観客席の合間を走りだした。
速かった。疾かった。誰もがその不敵な美貌へ振り向くほどに。
『ところでおまえ、お忍び外遊っていうのは聞いてたがどこで何してるんだよ』
「面と向かって出禁と言われるまでぁ出禁にならねぃのだわ!」
『だから何してるんだよ。何したんだよ』
『えっと。今から伝える座標まで行けますか?』
ーー 新着Fメール 1件! ーー
シェリスの疾走に追従して虚空にウィンドウが現れ、座標を記した魔想書簡が開かれた。
「うっしうっし! 《ファストトラベル》の書ぉ!」
こんなこともあろうかと、すぐさま使えるようにスカートの中に隠してある魔法書を展開。
活性化したエーテルによりページが捲られていくと、
シェリスの頭上に開いたゲートが、その向こうへ彼女を出走させたのだった……。
なお、なんやかんやで最終レースは8番マガマガシーが勝利した。
○
ベルアーデ帝国南西部、イダルオベール地方。
その中央を流れるナーウェという川瀬を辿れば、名も無き山中に奇妙な『源流』がある。
崖の根元から腫れ上がるように突き出た、ダンジョンの入り口だ。
遠目から見ても地下へ続いていると分かるモノであるのに、その坂道を昇ってきた淡水がダラダラと溢れ続けることで川瀬となっていたのだ。
まるで涎を流し続ける大口だった。
「ーーマジでぃマジでぃ、一枚だけ、な、な? 先っちょだけでいいのだわ」
『いかがわしい言い方するなって……ったく、ほら』
その洞口を見下ろす対面の崖上にて、シェリスは柔軟体操をこなす。
ーー 新着Fメール 1件! ーー
ーー 添付 写幻 あり! ーー
と、フェアリーに届いたFメールおよび写幻を開かせれば……、
そこにはアトリイエのハルトとイエが写っていた。
……虹宝箱に手を挟まれたまま床に座り、瓶入りカツオソーダを足だけで飲もうとしている姿が。
「ぷーーっ! アホすぎるやろぃほはははは! 便所行きたなったらどないすんねんってんでぃほーっははははは!」
『そうなる前に解決してくれると助かる。……あと出てるぞ、エルフ弁』
腹を抱えてひとしきり転げ回った後、シェリスはぴょいと立ち上がった。
「がってんがってん、例の座標の場所……あのダンジョンの中で鍵を手に入れりゃいいんだろぃ? まさかの虹宝箱とくりゃあシェリスさんも早く開けてみてぃのだわ」
『あの。私たちは大丈夫なので、やっぱり、マリーさんに連絡がつくまでもう少し待ったほうが……』
「んや、今日のバイトはいつ終わるかわからねぃって言ってたからなぃ~。待つだけかったりぃぜぃ。『キミツジコウ』だか何だかでフェアリーも寝かせてるみてぃだし?」
ようやく見据える、ダンジョンの洞口。
「せっかくでぃ、ソロ踏破の箔を一つ増やすだわ」
その入り口の向こうまでよくよく見てみれば、そこは、数多を誘う魔性の輝きに満ちていた。
『ジェム』と呼ばれる、色とりどりの軟質の宝石でできたダンジョンだった。
種類ごとに定まったカットパターンで、計ったように同じ大きさのブロックが満ち満ちている。
ーーカァー、カァー
ーーピッカァー、ピッカァー
ーーピチピチ……カァ、カァ、ピチカァカァ
川瀬を昇ってきていたサンマカラス、アジカラス、イワシカラス、コハダカラスの一群が、光り物に惹かれる習性からペタペタとダンジョンへ入っていって……、
ーーバクンッ
ダンジョンは、ジェムたちをスライドさせることで大口を閉ざした。
ーーカチャカチャンッ、カチャン、カンッ、カカカンッ
ーーファンッ、ファー、ファーファーファンファンファァァァ!
くぐもりながらも騒々しすぎる反応音がダンジョン内から響いて……、
ーーバクァッ……
洞口が再び開かれれば、
その向こうには、もう、ジェムの配置が変わった通路と数本の羽毛しかなかった……。
「『パズル洞ヌガルドナ』。魔物無し、素材無し、宝無し……旨みなんざぁなんも無いただの人食いダンジョンってなぃ」
しょっぱい批評とは裏腹に。シェリスは不敵な笑みの中に、未知のものへと立ち向かう『スリル』を燃やしていた。
「ヤル気出させてくれるじゃねぃかぃ! 兄弟、イエ子!」
ーー 《イークイップ》 ーー
装備魔法。たった一つのアイテムしか格納できない代わりに紛失防止効果の付いた次元の狭間の座標から、長柄の得物を引き出す。
「目指すぜぃ最深部! 殴って突いて掘って斬って焼いて冷やして醸して荒らすのだわ!」
それは、ダイヤ色のシャベルである。
ーー レベル44 金剛円匙シャーフェス・エス・エスツェット ーー
ベルアーデ名産『シュタイン鋼』を最高純度で鍛えに鍛えた最硬円匙だ。
「てーーーーーーーーぃ!」
高々と構えを溜め、シェリスは崖から飛び降りた。
「《ヴィント・ダス・クローネ》(凪がぬ風冠)!」
翻した手に発したのは、魔力で編んだ風属性の王冠だ。
柄に沿い滑らせ、一気呵成に刃へ叩き込んで。
刹那、
空中回転斬り。
「ほーっははははは!」
シェリスは周囲に小さな竜巻たちを周囲に発生させ、颶風となって加速した。
突き出したシャベルには、逆巻く『風』の力が色濃く付与されていたのだ。
ーー レベル50 魔法戦士 シェリザベート・ハーフェン・ベルアーデ ーー
これが彼女の戦いかた。ハーフエルフであるゆえの高いエーテル感応力を以て、魔法剣ならぬ魔法シャベルを戴くのだ。
いかにもそれは、スキルとして定義された『魔法剣』とは似て非なるもの。
魔力付与、術式構築、発動というフォーマット化された『技』や『魔法』の流れから逸脱し、シェリスはシャベルをもっと万能に振り回すための力をぶち込んでいるだけなのだから。
彼女はパズル洞ヌガルドナの入り口へ向け、眼前を貫くような『角』の構えを見せた。
ーー ベルアーデ剣術 レベル2(達人級) ーー
シェリスの十八番はあくまでも『ベルアーデ剣術』だ。
いかにもそれは、ベルアーデ帝国の王道を体現するお家芸だ。
「しっっっっっっっっ!」
電光石火……捲土重来……速さを以て万事を征服せしめる刃が閃いた。
ダンジョン入り口へ、
ではなく、
その目前の地面へ。
「ドリドリドリドリドリドリィィ!!」
『風』を纏ったシャベルと竜巻を纏った己自身、両方合わせて大回転……ドリルとなって地中へ突入した。
『おい!? おまえまたなんか変なことやってないか!?』
「ほはははははは良いカンしてるなぁぁぁぁぃ、っと、念話だけじゃ味気ねぃのだわなっと」
ーー 幻影念話 起動! ーー
ーー 注意! ーー
ーー 通常種 擬似精霊! ーー
ーー 機能制限…… ーー
ーー フレームレート 8FPS! ーー
ーー 上位種 擬似精霊 契約好評受付中! ーー
フェアリーが目を『火』色に灯して録画開始し、一秒に一枚ずつだがリアルタイム活動写幻……とも言いがたい写幻をアトリイエへ送信。
一方でアトリイエからも、唖然としたハルトときょとんしたイエの写幻が受信された。
『ってダンジョン入るんじゃないのかよ!? 普通に地面掘ってってるう!?』
『ハルトさん、無事にたどり着けるならリスク回避に越したことはないと思います』
『おまえに言われてもピンとこないぞ』
「おいおい慌てるなぁぁぃおまえたちっ、今からしっかりこっきりハイリスクハイリターンしてやんのだわッ!」
砂岩、礫岩、そして。地質の様相がシフトしていったその瞬間を、シェリスは見逃さなかった。
『土』色のジェムブロックが立ちはだかったのだ、
「あたぁぁぁぁっく!」
ゆえにドリルスピンから一転、タテヨコナナメへ目にも止まらぬ連撃で切り開いた。
見た目は宝石のようであるジェムだったが、角砂糖がほどけるほどにあっさりと崩れた。
それはもちろんシェリスの斬撃が冴えているのもあったが、そもそもジェムは宝石ではないし強固でもないのだ。
「アタック開始! でぃ!」
そしてシェリスは、輝ける魔境の中に立っていた。
そこはまさしくパズル洞ヌガルドナの内部に違いない。
しかし正しく通路でも部屋でもない。
今しがた砕いた分を除けば、四方八方隙間なくみっっちりとジェムが詰まった……つまりは壁の中にいる。いたのだ。
『ってダンジョン入るんじゃないかよ!? じゃあ普通に入れよなんで壁の中入ってるーー!?』
『ハルトさん、太ももがつりそうです。ふと、も、も……もも……揉んで、揉んでください……』
『今じゃない今じゃないっ、これ以上増やすな情報量を!』
「てやんでぃっ、こんなジェムだらけのダンジョンなんざバカ正直に進めっかぃ! 回して並べて繋げて消してめんどくせぃのだわ!」
ジェムとはマナエーテルが物質的成分と結合した『半魔石』だ。ただし魔石よりもあらゆる意味で純度の低い混ざりものであり、宝石と遜色無い見た目とは裏腹にとても不安定だ。
例えば同種のものを数個並べれば過反応を起こして消滅するし、触れるだけで爆ぜる爆弾ジェムなんてものもあれば、その爆弾ジェムでしか壊せないお邪魔ジェムもある。
しかも地方のエーテル地脈によりローカルルールがガラリと異なるので、ジェムに満ちた『パズルダンジョン』はベテラン冒険者ほど面倒くさがりがちである。
「イエ子が正しいのだわ! 要は無事にたどり着きゃあ勝ちなのだわドリっせぇぇぇぇぃ!」
グラリ。真上のジェムが揺らいだのを見てとったシェリスは動いた。
横のジェムを掘り抜いた、次は真下のジェムを掘り抜いた。
直後、揺らいでいたジェムがスライド落下。シェリスが数秒前にいた場所を押し潰した。
そして次へと、次々と、他のジェムたちも隙間が生まれた順に揺らぎはじめる。
それは自然落下による崩落もあったが、まるで一つ一つのジェムが目覚めていくかのような挙動に満ちていた。
『ジェムが……! 追ってきています……!?』
「掘るぜぇぇい掘るぜぃ! 同じパズルでもこっちのほうが爆速なのだわほはははぁ!」
『危険度も爆上がりだってのぉ!』
一度勢いがついてしまえばもう止まらない、止まれない。上から連鎖的に迫り来る崩落と競い合い、シェリスはどんどこ掘り進みはじめた。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




