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Karte.13-1「……すやぁ……すや……すてぁ……」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。

 南エウル大陸、ベルアーデ帝国。

 この黒金の国は、常に先進的たるために様々なものを取り込んできた。

 一個の傭兵団に過ぎなかった建国当時の義勇を継ぐベルアーデ帝国騎士団は、その最たる例の一つである。

 血筋も身分も種族も関係無い。平和のため国のため家族のために力を奮える者たちが、適性に応じて七つの騎士隊へ振り分けられている。

 とはいえ。

 いちばん新しくて小さな『何でも屋』部隊……第七隊だけは、良くも悪くもそんなくくりだけでは量りきれないだろう。

 グレートベルアーデ城(正式名)の外苑、各騎士隊の砦が居並ぶパラダイスナイトガーデン(正式名)にて。

 予算の都合により砦ですらないささやかな館、七番館は今日もひっそりと隅にある。

 ……一本の低木を思わせる可愛らしいアトリエ『Ateliier(アトリイエ)』を、絶妙なバランスでぶっ刺さらせながら。

 クエストを携えた民たちが平時から行き交いゆく外苑ではあったが。最近の七番館において、人々の集まる趣はこれまた変わっていた。

 七番館……ではなくアトリイエの玄関へ、その軒先に並べられた待合席に人々が並んでいたのだ。

「ーーアトリイエへようこそ。次の方、どうぞ」

 すなわち。どこかキリリとした無表情で扉をぶち開けた、この白魔法師を訪ねにきていた。

「おはようございますう白魔法師さん、この前当ててもらった……なんじゃったかのう、シガイセン? の魔法で背中のブツブツはすっかり良くなってねえ……」

「はいお婆さん、はい、おはようございます。中でお伺いしますね、そこが少し段になっているのでお気をつけください」

 毛先を切り揃えた桜色のロングヘアー。黒曜石を思わせる深い瞳。極東ニフ国の民と見える乙女だ。

 回復魔法学はもとより医学や薬学にも通じる万能ヒーラーの証、白魔法師のローブを纏っている。

 イエ。第七隊の顧問白魔法師にして、この工房の主である。

「ーーイエ。客は俺が通すからおまえは中にいろって」

「ありがとうございますハルトさん。でも大丈夫です、私、お客さんをお迎えするのが好きなので……あっ、ぁぅっっ」

「おまえが転んでどうすっっ、る、っとととぉ!?」

 そんな乙女……こんな天然危険物のそばに、青年騎士ハルトは今日もいた。彼女を護る剣でも盾でもなく、強いていうなら杖として寄り添いながら。……宙返りほどの勢いで転びかけた彼女を受け止めながら。

 短めの灰色の髪。エウル人の面立ちから逸脱しない、どこにでもいるような青年だ。

 白金色のごく軽いプロテクターを身に付けた装いは、『鐘と盾』の意匠があしらわれた記章からも帝国騎士団の標準装備であるとわかる。

「ぎぇーっぎぇっぎぇっぎぇっ、若いのうお二人さん……」

「怪鳥みたいな笑いかたでからかわないでくれ婆さん……ほら、さっさと上脱いで診察台でうつ伏せになる」

「ハルトさんのスケベエ」

「患者の体にいちいち反応するなっておまえが言ったんだろ!?」

「ではなくて。触ったままです、私の丹田に」

「うおああッッわるいッッ……いや丹田!? おまえの気にするところがわからん!」

 なお。ハルトの元々の名はリヒャルトというのだが、今ではもっぱら(舌を噛みがちな)イエから提案されたこのニフ風のあだ名が馴染んでいる。

「ところでハルトさん、カルテをください」

「……はいはい。話を聞かないセンセイの下で助手も働き甲斐があるよ」

 そんなこんなで今日も、騎士団としての依頼なんて来ていない二人はアトリイエを切り盛りしているのだった。

 ここは一間だけのささやかな工房である。

 並ぶは、薬品棚、魔術書架、錬金釜などなど。

 住まいを兼ねているので奥にはベッドやクローゼットがひっそりと置かれ、ハルトとイエのパーソナルスペースのためにパーティションで仕切られている。

「《ユーブイング》」

 イエが老婆の背に素手をかざし、日焼魔法ユーブイングの名を宣言。声ならざる高次元の表意言語コード(エクス)言語』にて詠唱すれば、構築された術式により体内魔力オドエーテル大気魔力マナエーテルが結び付いていった。

 ーー 白魔法 レベル1(職人級) ーー

 ハルトのホルスターの中から顔を覗かせた擬似精霊……通称妖精……愛称フェアリーが、幻影のウィンドウとともにアナウンス。

 いかにも、それは複合スキル『白魔法』。ムウ修道会が編纂した回復魔法体系と、各種の補助魔法体系を修めた者にだけ認められる称号だ。

「おおお……このヒリつく感じがたまりませんのう」

 老婆の背にて点々と……鱗屑と呼ばれる状態に垢が凝り固まっていた湿疹へ、イエの手元から青白い輝きが照射されていった。有害な波長が除去された紫外線である。

「前回の処置でだいぶ弱まったみたいなので、今回で治しきってしまいましょう。《ヒーリング》」

 そしてもう片方の手からは、白魔法の代名詞である回復魔法ヒーリングを。風属性と土属性を織ったエーテルの輝きを。

 それは老婆の体力に合わせて自然治癒力を緩やかに高めていった。

 すると見る間に湿疹が引いていった。

 一、二分も経った頃には、健康な皮膚へとすっかり刷新されたのだった。

「おつかれさまでした。尋常性の乾癬かんせんだったので痒みだけで済みましたね、ぶり返しやすいのでその時はまたどうぞ」

「はい、はい、どうもお世話様でしたのう」

(……婆さんの裸より、おまえのその笑顔のほうが俺は慣れないよ…………ってぬああっ、今のは我ながらハズいなあ!?)

「……? どうかしましたかハルトさん」

 この乙女ときたら。振れ幅の少ない無表情がデフォルトなのに、誰かを治療した後だけ慈愛の笑みを花咲かせるものだから。ハルトはいまだに不意打ちでもされるかのような心地だった。

「お大事に。次の方、どうぞ」

 そしてまたマイペースな無表情へコロリと変われば、彼女は老婆を見送る代わりに次の客を出迎えるのだった。

「今日ばどうざれまじたか…………ハルトさん、喉がカラカラですお水ください」

「早いって……まだ二人目だろ気負いすぎなんだよ」

 ハルトはいつしか知っていた。この最弱乙女の底知れない眼差しは、いつでもまっすぐ全力すぎるからこそのものなのだと。




 チクタク、

「ヒーラーさん、薬草の小売りとかってやってますか? うちのタヌーンドッグちゃんが下痢気味で……」

「はい、承っています。動物用となると数は少ないですが……良ければまた診察にいらっしゃってください」

 チクタク、

「嬢ちゃん、オレんちが持ってる山の牧場で夜な夜なヤンクィーどもが騒ぐんだよ。あの小鬼どもを黙らせる毒とかねっかな」

「ごめんなさい、錬金術師さんのアトリエとは違うのでそういうものはご用立てできませんけど……代わりに『怖気』治しのこちら『ウシノクビンS』をどうぞ。付属の小話を朗読しながら原液で撒けば、夜行性の魔物への忌避効果があります」

 チクタク、

「イタイイタイイタタタタダダダァァッ! お姉ちゃんイタイッッ、痛いよおおおお!」

「我慢です。お父さんから聞きましたよ、やっちゃダメと言われていたのにお友達にフライングクロスチョップをかけたとか。ですからこの捻挫は我慢の子で治すので、すっ……ふんぬ。ゴキゴキ」

 チクタク。

 そして、開け放たれたドアに『準備ちう』と下手くそな西方共通語のプレートが下げられた。

「お昼は何にしましょう。レーションでよろしいですか」

「って訊きながらもう開けてるじゃないかよ」

「べろちゅー」

「…………ひょっとして『てへぺろ』か?」

「そう言いましたけど」

 少し遅めの昼食。ハルトとイエは瓶詰めのアブラシチュー(半固形)を食べはじめる。

「ーーちわーっす素材屋でーっす。何かご入り用のものぁござぁせんかっと」

 と、巨大なリュックを背負った商人が戸口へスルリと顔を出した。

「何もいらないです。自分で採取するより割高なので」

「にべもなさすぎるだろ……建前だけでも見てやれよ」

「はあ。ではせっかくなので」

「へへ、毎度ありがとうございやすダンナ」

「毎度じゃない。次もメシ時に割り込んでくるならこの一度っきりだぞ」

「こりゃあどうもすいやせん」

 さすが帝国の都だけあり、こんな流しの商人がやって来たのも一度や二度ではない。……一月ほど前の開業当初にはシャレにならないほど詐欺やぼったくりに引っ掛かりかけていたイエなので、ハルトがしっかり目を光らせておかなければ。

「おや、かぁいらしい。お人形さんみてぇだ」

 と。革のスクロールごとに纏められた品揃えをイエが眺めていると、無遠慮に工房内を見渡していた商人があるものを見つけた。

 それは業務の邪魔にならないように……そしてハルトとイエが邪魔しないように、二人の生活圏の狭間へ密やかに安置されていた。

「……すやぁ……すや……すてぁ……」

 揺りかごの中で静謐に眠る、一抱えもない大きさの少女だ。

 外套とセットになった麻のビスチェとスカートの装いは、南エウル大陸様式の『旅人の服』と呼ばれるもの。

 長すぎる『闇』色の髪を湛えし、生きたドールがごとく完成された少女である。

「世にも珍しい髪色でやんすなぁ。お二方のご息女で?」

「そうです」

「肯定すな! ……俺たちの子じゃないしよく見てくれ、『子供』や『赤ん坊』って感じでもないだろ……」

「んん? おんや、こいつぁ…………マジでお人形さんですかい? たしかにガキんちょにしちゃあ整ったカラダしてまさぁ」

 いかにもそれは、赤子の体躯とは似て非なる可愛らしさ。いわゆるSDスモールデフォルメ等身であり、『生きている人形』と呼ぶにふさわしい被造物の趣だった。

「んでも、この肌も髪の感じも本物そのもんにしか……おっとと」

 もちろん、木でも石でも鉄でもない。イエが商人より先に少女をサッと抱き上げれば、髪がそよぎ、ぷにぷにのほっぺがたわんだ。

「あー……うん、なんていうか……生き人形っていうか」

「ハルトさん、その呼び方はなんだかすこぶる不吉です」

「なにが? あ、あー、そうなんだ、そいつはこのイエが『使い魔』として造った人造生命ホムンクルスなんだよ」

「ほぁーそれはそれは。あっしゃそういうのに疎いんでアレですが、さすが魔法使いさんですな」

「はい。イエ、空気を読んで黙っています」

「だったら黙ってろって……!」

 ……率直なところ。彼女の()()()が人体とどれほど異なるのか、何でできているのか、ハルトにはわかりようもない。

 この『星』の果てを超えた底の底……深淵あるいは地獄と呼ばれるあの『人の島』にて、彼女をこんな姿で()()()()再誕させたのは他ならぬイエなのだから。

「……誰が……使い魔、よ……」

 大人びたその響きは、寝言のようでいて戯言にあらず。イエの肩に埋まりかけながら、彼女はもよもよと蠢く。

 彼女曰く。眠っていても、夢の中からイエやハルトたちを見守っているのだという。

「私は……()()()()()……あなたたちの守護精霊……で……『勇者』、よ…………むにゃ」

 自称『闇』の守護精霊にして、自称『勇者』なる……アリステラ。

「ははあ、オトナびてますが中身はお子ちゃまなんですな。自分が精霊だと思ってるなんてとんだ悪ガキだぁ」

「は、はは……」

 かつて神代に滅ぼされた精霊を名乗り、そして、誰もその意味を知らない()()()()()を表する少女。

(本当は精霊どころか……この『星』の意志そのものなんだけどな)

 かつて人々のために精霊を生み、そして、人々のために精霊の暴走を止めなかった……クリア聖戦を止められなかったとして深淵へ追放された『星』の『眼』。

「お姉さん、お姉さん。ややこしくなるので本当のことはお口チューです」

「……口……チャック……ぅ」

「そう言いましたけど」

「オネエサン? ホントウノコト?」

「よしやっぱり買うものは無いな帰ってくれさあさあさあ……ッ!」

 聖女あるいは再世女フロレンシアにより再生されたこの世界で、何の因果か第七隊のかたえに微睡んでいる彼女だ。

 そして。ある意味で今も()()()()()()()彼女が、何の因果でここにいるのか……ハルトたちは探しはじめたばかりだった。


 ○


 昼下がり。

「あんな揺りかご入りだから間違われるんだろ。せめて他人に見つからないように隅のほうへ隠しておかないか?」

「もう三日三晩は寝ていますよね。飲まず食わずで、本当に健康上問題ないのでしょうか」

「……相変わらず人の話を聞かないな」

 水曜日の午後は休診。その代わり、数の少なくなった調合用素材を採取しにいく日だ。

 ハルトとイエは、帝都ベルロンドが霞む程度にはちょっぴり遠くの丘を歩いていた。

 ここは『見守りの森』や『おさわりの沢』からさらに西へ進んだ、『置かずの丘』。

 数えきれないほどの小さめの丘が脈々と連なり、その起伏の合間に石造りの住居跡が潜んでいる。

 住人を失い緑に呑まれて久しい様子だが、数十年前には没落貴族たちの連合が新たな領地とすべく画策していた地である。

 ーーズ……ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ

 とはいえ。地脈を満たすエーテルの猛りのせいで……一つ一つの丘が絶えず動き続けているこの土地では、安定も平定も置かれるはずはなく。

 ーーゲシュシュシュ……

 ーーゲシュタル、ゲシュタル、タタタタタ……

 今や陰のなかを昼間っから、亡霊ゲシュペンストや、ゲシュペンストが己を失ってしまった亡々霊ゲシュタルトがさまようばかりだ。

 チハヤチガヤのニフ国式採取カゴを提げながら、ハルトとイエは丘の上部を跳ぶ調子で渡っていく。

「……食事はできるけど……べつに……無くても平気……マナエーテルを……取り込んで……いるから……すやすや」

 イエの大きなフードの中から、ちょうど良い感じにくるまっていたアリステラが覗いた。

「舌を噛みますよお姉さん、あっ」

「足を地面に噛ませろ! まずおまえは!」

 這い上がろうとしてきていたゲシュペンストの手を踏みツルリ、危うく妄執の底へ滑落しかけたイエをハルトは掴み上げた。

 代わりに、もう片方の手に握った得物をイエの袂越しに突きつけて。

 ーー レベル6 双剣銃パラレラム ーー

「火葬でカンベン、なっ!」

 ハンドガンサイズの剣銃。魔力の充填装置エーテリークリスタルを内蔵した魔導機関から、『火』の魔力蒸気エーテルスチームを滾らせ、発射。

 ーーゲシュキッカァ!?

 手足の生えた顔付き心臓が、風船よろしく爆散。残留思念という名のエーテル屑でできたカラダは呆気なく消えていった。

 それでも彼の者から余剰分となって溢れたオドエーテル(体内魔力)が、いわゆる『経験値』としてハルトとイエへ宿った。

「げっちゅー、です」

 そして最後に残ったゲシュペンストの舌をイエが鷲掴みにし、シタノネの木の皮で結われた紐で拘束。物質として固着化させるとカゴの中へ放り込んだ。

「ありがとうございます。『心亡霊の房中核』は『樽犬の甲状腺』と煮詰めるとちょっぴり良い気付け薬になるのです。ごめんなさい」

「おまえなあ他に言うことは…………いや最後にちゃんと謝るなよ扱いに困るだろ」

 そんなこんなですったもんだありつつも、だからこそ道すがらに素材採取は順調だった。

 房の中の寄生虫を煎れば活力剤になる『スプリングマメ』。感光処理を施せば鎮痛剤になる『鼠蝶フォモットの翅』。磨ぎ汁を採れば草花には毒素だが人間には肺炎止めになる『綿砂利』。などなど。

「というか、自分の足元もままならないのにアリステラを連れてくるなよ……やっぱ出かける時は置いてこいって」

「留守の間に誘拐でもされたらどうするのですか」

「城にいるシェリスの親父さんや女将さんに預けとくとか」

「そんな無責任なことはできません。私、ハルトさんにも良いパパになっていただきたいのです」

「そんな言葉で俺が動揺すると思ったら大間違いだぞ」

「私をママにしてくださーー」

「俺を動揺させるためだけに変なこと覚えるなッ!」

 そして二人は、ほとんどランダムな探索行の果てにいちばん大きな丘へ跳び移った。

 それはフィールドの中心点であり、唯一動いていない丘だった。

「お……ちょうどいいな、休憩するか」

「この丘は動いていないのですね」

「ああ、ここのランドマークというか。いつでも見えるド真ん中にあるのに、目指そうとするとなかなかたどり着けないとかなんとか」

「あるあるですね。……きゅう」

「……スタミナ切れなのはわかるが上まで頑張れって」

 ーー ATK:G- DEF:G- DEX:G- AGI:G- INT:G RES:G ーー

 斜面でズベーとくずおれてしまったイエを引きずり、ハルトは丘の頂上へ登った。

 すると。燦々たる陽光に曝されていた二人を、揺蕩うような影が包んだ。

 擦れ合う葉の音、そして木漏れ日……。

「あ……」

 すっかりグロッキーに回っていたイエの目に、ふと、好奇心の輝きが戻った。

 そこは。人が乗れるほど大きくカップ状の枝を生やした、プラギアの大樹のある展望台だった。

「……わあ。不思議な眺めです」

 この『置かずの丘』の全景が、パノラマな一枚絵のように見渡せたのだ。

 一つ一つの丘の上からではわからない、不規則ながらも調和された地動の連なり。

 天辺から見下ろすことでわかる、速いようでいて実は緩やかすぎる流れ。

 陰に溜まった廃墟群も亡霊たちも、この頂上からは日向に呑まれてほとんど見えなかった。

「うーん。でも私、なんだかピンとこないですこの景色」

「なにが?」

「なんでしょう。作り物みたいではないでしょうか?」

「こんな大自然の奇跡にそんな感想は無いだろ」

「はい。今の世界は再世女さんが創り直した奇跡の世界、でしたよね」

 ハルトはきょとんとしてしまった。

 ーー 未知の智慧 獲得 ーー

 ーー オドエーテル(経験値) 変換 ーー

 ーー レベルアップ! ーー

 ーー レベル2 イエ ーー

 イエの内からほんのりと体内魔力が活性化し、再世女フロレンシアが定めた規定以上まで溜まったことでステータス向上……レベルアップとして認められた。

 戦闘のみが経験に非ず。個々人の感性に依るところが大きいが、未知を識ることでもいくばくかの経験値となるのだ。

 『レベル』システム。これもまた、世界を遍く包んでいるという『聖女の加護』により全生命へ与えられた奇跡が一つだ。

「……ま、おまえの感性はよくわからないがレベルアップおめでとう。今月何回目だっけ」

「ありがとうございます。レベル2になるのはこれで8回目です」

 この最弱乙女の場合。けっこうな数の冒険を踏破しているのだが、このようにだいたいいつもレベル1かレベル2。

 怠惰に過ごせば体内魔力は衰退していき、いずれはレベルダウンという形で現れるものである。さりとていつでも一所懸命すぎるイエは、けっしてサボっているわけではなく……。

「せっかくなのでお姉さんともおしゃべりしましょう。《クラフトウィッチ》」

「おまっ」

 イエはローブの胸元から、ネックレス型のタリスマンを引き出していた。

 それは、闇色のクリスタルだった。

 ーー レベルダウン! ーー

 ーー レベル1 イエ ーー

 彼女から出でしオドエーテルがタリスマンに集束すると、一条の『闇』の輝きとなった。

 それは廻り、廻り、フードの中へと飛び込んだのだ。

「ーー……おはよう」

 目覚めた闇色少女。長すぎる髪の先まで輝きを薄く宿し、アリステラがパチリと開眼した。

「おはようございますお姉さん。いつも寝起きが良いですね」

「寝起きはね。あなたに経験値(エーテル)を無駄遣いされて機嫌は悪いけれど」

「わるいアリステラ……また止められなかった」

「きみは仕方ない。この子、妙な思い切りの良さは私より上だから」

 そう。この守護精霊を目覚めさせるために経験値を……体内魔力(オドエーテル)をポンッと捧げてしまうために、イエはだいたいいつもレベル1だった。

「……イエ」

「はい」

「そのタリスマンを創り直してあげた時、重ねて念を押したわね」

「はい……。ここぞという時に助けられないので無駄に起こさないように、ですよね」

「わかっているのならどうして学習しない」

「……はい」

「はい、ではなくて」

 イエが所在なく弄んだタリスマンは二代目だ。先日、とある一件で壊れてしまった最初のタリスマンにこそアリステラは宿っていたのだが、ひょんなことからこの受肉体を得て今に至る。

「例えばそれでハルトが死んだらどうするの。私に景色を見せていたら彼が死にました、と皆に説明できる? 白魔法師の道は『できる』ことを一つでも多く備える道だと記憶しているけれど」

「……………………末永くよろしくお願いいたします、ハルトさん」

「何をどこまで責任取る気だっ。ま、まあまあアリステラもガチで説教してやるなって……こいつもおまえといると楽しいからこんなことするんだし」

 ……ジト目を向けてきていたアリステラだった、が、やがて息を溢した。

「……ごめんなさい。この()()()()()のせいで少し臆病になっていたわ」

 と。アリステラの頭上に『闇』のエーテルが現れた。

 形を成したそれは、薄い笑み……、

 いや、無数に喰い散らされた『薄眼』だった。

「日にち薬で良くなったり……はしてないよなやっぱり。おまえが戦ってた『()』のこと……おまえがイエや俺たちをどうして仲間にしたのか、()()は取り戻せずか」

「取り戻すわ。あの『()()』がまた現れたら、その時こそ私たちは互いの力が必要になる」

 先日、アリステラは『漂泊チート』なるものを受けて部分的な記憶喪失となってしまった。深淵から這い上がってきた目的も謎も、その答えだけが喰い散らされたのだ。

 『星』の意志の代行者を語る、神代の存在であるはずの『白式』一派によって。

 あの神出鬼没の魔人たちとの対峙と、それにアリステラの記憶解放に繋がる『救えざるもの(チート)』処理。それらに備え、ハルトたちは日常の中で『できる』ことをし続けているのだった。

「だからイエ、あなたに言ったこと自体は間違っているとは思っていないわ。……私だってたまには何の心配も無くおしゃべりがしたいの、その為にもエーテルは貯めておきなさい」

「はいお姉さん。ありがとうございます」

「そこは『ごめんなさい』でしょう……まったく、嬉しそうに」

 ドールサイズの姉貴分に横髪を除けられ、無表情乙女は小さな唇をニンマリ丸めていた。

「さて。では私もせっかくだから……」

 と、アリステラはプラギアの大樹へ振り返った。

「……そこ。ほつれているわね」

「ん?」

 根元を。指差して。

「 あ き な さ い 」

 そこに。『眼』の形の魔力が見開かれた。

 直後、

 空間が震え、鏡面のように割れたのだ。

「ん!? け……結界っ!?」

 『大樹の根元』という光景を擬装していた色とりどりのエーテルが煌めき、大気へ還っていった。

 その向こうにあったのは同じく大樹の根元だったが、一つだけ様子が変わっていた。

「あ。宝箱です」

 あまりにも無造作に、()()()()()が置かれていたのである。

(1話につき4部分構成の短編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)



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