Karte.12-4「執刀、開始!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。
「エルケちゃん!? ……とハイフェアリー!? こっち来たんならあ危ないわよお!?」
「わ、わひゃああああ!? よく見たらこのお肉のオバケなんなんなんなんなんなんですーーーー!?」
「よく見るまでもなく気付きなさい……!」
「ツツーゥ!」「フゥッッ!」
無論ツイッグの全方位攻撃の中を帰ってきたのだが、彼女の肩に乗った『風』色の青年型ハイフェアリーがバリアを展開していたのだ。それは魔力波を中和しては崩れ、何度も張り直されていた。
……一方。『土』色の少女型ハイフェアリーは『風』の魔力波が属性相性的に恐ろしいのか、エルケの肩にめりこむほどしがみついていた。
「ツツ!」「フウ!」
「あ、あわっ!? 二人とも!?」
「フィード、ミーデ……っ?」
ただ。エルケが第七隊へ滑り込んできたのとともに、ハイフェアリーコンビ……『風』のフィードと『土』のミーデはイエのもとへ飛んできて。
ハッと息を呑んだのはアリステラだった。
頭上に『薄眼』が浮かび……、
それでもなお、イエの左右へ留まった二体へ力強い眼差しを向けた。
「この子に……力を!」
「《シルフィード》!」「《ノーミーデ》!」
そして二体の輝きが……イエへと繋がれた。
「えっ……?」
「イ、イエ!?」
すると。
廻る『風』と『土』の中で、イエの髪が、輝いた。
桜髪から……、
白く、
白く、
真白に。
……彼女の眼元から溢れ、零れた、涙のような双色のエーテルが形を為した。
それは……。
……段平刀。
「あのアマの刀っっ……じゃ、ねぇのだわ……!?」
あの幽鬼が携えていた異端なる段平刀、とは似て非なる……あれよりもさらに異端なる。
名も知れない無数の魔法具たちを縁のかぎりに……できるかぎりに結びあった、不器用すぎる改造医療鋸だ。
真白の乙女は、きょとんと、掬うようにソレを掴んだ。
「ぴっっっっ」
途端、腰が折れたのではないかというほどの勢いで重さに負けた。
「イ、イエぇぇ!?」
「重いですハルトさん。普通に」
「普通に重いのかよ!? いや、おまえっ、いろいろ言いたいことはあるんだが台無しかよ……!」
「ちいと~~っ、止まってるヒマは無いわよお……!?」
『ガ、ガ、ガ、ガ、ガ』
文字通りの足手まといになってしまったイエのせいで、隊列は急ブレーキ。
とはいえこんなことだっていつものことだ、ハルトはすぐさまイエの手元へ自分の手を寄り添わせた。
「とにかくいくぞっ《ウェポンマスタリー》……いいいいいやいやいや重ッッ!? い、1ミリも持ち上がらないぞ!?」
「そこまでは重くないですハルトさん」
「どっちだよ!?」
「なぁにやってんでぇぃっおまえたち……ってなんでぃぃこの重さぁ!? バッカじゃねぇかぃ!?」
なんとハルトとシェリスが二人がかりで持ち上げようとしても、段平刀はビクともしなかった。
それもそうだ。大人の身の丈ほどもある一抱えの塊は、武器と呼ぶにも不器用すぎるもので……、
「んんんん~……! こ、これく、これくらいの重さ、です……!」
「わ、わ! イエお姉ちゃんすごいです、力持ちなのです……!」
……ハルトとシェリスは開いた口が塞がらなかった。
へっぴり腰でつま先まで震えながらも、イエは医療鋸をなんとか持ち上げてみせたのだから。
するとどうだろう、医療鋸は目覚めるがごとく輝きだしたのだ。
「なんだ!? せ、専用装備ってやつか……!?」
「理由は後で考えろぃ! こんなド派手なモン出しといてガラクタたぁ言わせねぇのだわ!」
「ツッツッツッ~!」「フウフウ!」
「それは心配ないわ……私は、私もこの武器を識っている。思い出せはしないけれど、私たちを信じて……!」
「夢見る守護精霊の加護から、記憶喪失の守護精霊の加護か……まったく!」
今度こそハルトは、イエと対になるようにして医療鋸を共に握った。
「イエ、俺が振り方を教える! 合わせる! だからおまえは……『できる』ことをやれ!」
「は、い……! 私もっ、合わせます……!」
この武器は持てないとしても。イエの手を通して伝えることができる。寄り添うことができる。
それは青年が持つ『救えざるもの』……チートスキル以上に、ハルト自身が彼女へしてやれることだ。
「いくわよおっ、二人とも!」
「ほーっはっはっはっは! やぁってやがれぃ!」
何度目かもわからない魔力波をマリーとシェリスが一際強く切り開いてみせた……直後、二人は左右へ跳び退いて道を空けた。
それはハルトとイエの眼差しほどにもまっすぐな、活路。
「ぁ、ぁ、、ぁ、、、ぁぁ、ぁ、、ぁ、、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、」
もはや手の届く眼前に立ちはだかる未知の脅威を、見据えた。
「……そばにいる! いけ、イエ!」
「いきます……!」
そして、黒曜の眼差しの深奥をも『闇(人間性)』に輝かせたイエは……、
「……! 執刀、開始!」
ーー レベル999 執刀ヒーリング ーー
二人は、異端なる救いを振り上げた。
「《ヒーリング》!!」
そして振り下ろした医療鋸から、極大なる『風』と『土』の輝きが放たれた。
(……ん……んんんん!?)
それは斬撃に非ず……、そも攻撃に非ず。
ーー チートスキル 《ウェポンマスタリー》 ーー
ーー チート! チート! チート! ーー
ーー 杖術 レベル3(神級) ーー
「いや斬るんじゃないのかよっっ……って、っ、杖ーーーー!?」
悲しいかなこんな時でもツッコまずにはいられなかったが、ハルトの叫びはかき消された。
「イアアアアアアアアアアアア……アア……ア、ア……!!」
ツイッグの、絶叫。これまででいちばん意味の通じる声だろう。
裂けんばかりの口たちが、肉が、輝きの只中で崩れていく。
ただしそれは、殺すための破壊ではなかった。
それは回復魔法の輝きに他ならなかった。
……ただ、ただ、救うための崩壊だった。
回復とは。治療とは。傷ついても傷つけてもなお、最後に救いへと至ろうとする業なれば。
……だから。崩壊していった肉塊の中に、彼女は見出だされたのだ。
「ーーイ、ヤ……イヤだよ……こんなところで終わり、っ、たくない……」
……喋る石版。赤、青、緑色のマーブルに揺らぐモノリス。
「っ……! あいつは……!?」
ハルトとイエはその少女を知っていた。
ーー♪……♪♪♪……♪♪……♪♪♪♪
辛うじて聞こえてきた旋律は、音色の形をとった言語。彼女本来の言葉。
「まだ……まだ何もはじまってない、のに……あたしの、冒険……異世界……」
しかしていま語っていたのは、石版から腫瘍のごとく張り出た人型の肉片で。
「イチコさん……!?」
「ああん!? 誰だってぃ!?」
「前に話した異世界の転移者だよ!」
「この子が……っ? じゃがあ、なしてこがー……!?」
「て、転移者さんが白式さんだったのですですか!?」
異世界からの転移者、栗巣 一子。
元いた世界への帰還を断り、スローライフとやらを始めるべく地上へ送り出された……はずだったのだが……。
見る間に崩れていくその姿へ向けて、アリステラもまた驚愕した様子で……首を振っていた。
「……違う。そんなはずはないわ。あいつは彼女では…………あいつ……?」
嘲笑うかのような『薄眼』は、肉塊の消失とともに散っていく『光』に眩みそうなほどで。
最後に残った石版が、肉の人型が、……消えていく。
「……でも……でもね……騎士さん……白魔道士さん……クリスタルさん…………ありがとう……」
顔の形を象っただけの面相が……しかし、苦しみから安らいでいったように見えたのだ。少なくともハルトには……。
ーー 《ステータス》 完了 ーー
ーー 状態 『無敵』 解除ーー
ーー 状態変化 『発狂』:永久的狂気 解除 ーー
フェアリーが分析結果を囁いたことで、ことさらそう視えたのだ。
(『発狂』の状態変化だって? しかも最悪レベルの永久的狂気……何一つまともな思考はできなかったはずだ。だから『白式』なんて騙ったのか……それとも……)
状態変化『発狂』は隠しステータスSP(Sanity Point)の減少により引き起こされるものだが、この値は体内魔力オドエーテルのとある偏向状態を数値化したものといえる。
すなわち、この世の命には拝領しがたい始原の概念……啓蒙(光属性)の重度被曝による暴走だ。
ゆえに今、ここには『光』が散っていた。
「……どうして。イチコさん……」
星の意志という『闇』に与する者……背徳者『白式』の首魁を騙った異邦人は、ついに消滅していったのだ。
……そうしてその名残に、『光』満ちるアイテムがだけが残された。
それは、落書きでひどく塗り潰された鳥避け風船だった。
ーー レベル150 セキュア・センサード・プププププ ーー
ーー 警告! 警告! ーー
ーー チートを検出! ーー
「チ、チートアイテムよ!? 今の子ん中から出てきおったみたいに見えたがのう……」
「……!!」
何かに突き動かされたかのように動いたのは、アリステラだ。
イエのフードから飛び降りたドール少女は、かの救えざるアイテムへ駆け込んで……、
『闇』色の眼に輝きを満たしながら、手を伸ばした。
ーーチッ、チッ、チッ、チッ、チッ、
たったそれだけで……チート風船はその権能を明らかにするまでもなく霧散したのだ。
薄く笑うように鳴り響きながら。『光』と『闇』のエーテルへと分解されていった。
黄昏か暁のような闇色少女へ、『闇』だけが吸い込まれていった……。
「あーあー、ネエちゃんもたいがい問答無用なのだわ。どんなインチキが込められてたのかちょいと気になんじゃねぇかぃ」
「……興味無い。なにより……わかるの、この魔力は……」
アリステラの頭上に、数多に喰い散らされた『薄眼』がまたまた象られる。
ただ。彼女の眼がいっそう強い輝きを見開いて。
『薄眼』が、ごくごくわずかに傷を癒したのだ。
「あ……っ、あ、あれあれっ? 墓守さん墓守さんっ、ほんのちょっぴりだけ頭の中がスッキリした感じです……なのです!」
「そうでしょうね。これで一つ取り戻したということだわ」
「取り戻したって……あっ、ひょっとしなくても忘れとったんこと思い出したんならあ?」
マリーが手を打ったのに対して、アリステラは肩をすくめながら振り向いた。
いまだ開いているとはいえない『薄眼』が還っていく。
「ええ。ただし、たった一つだけね」
いつものごとく静謐に微笑んでみせたアリステラは、指差すのだ。
ハルトとイエの手元、いまだ二人で握ったままの最弱な刀を。
「それは執刀ヒーリング。その名のとおり回復魔法の行使にだけ極限特化させたことで、死以外のあらゆる傷病を癒しえる杖よ」
「杖って……どう見ても刃物だろこれ。いやそりゃたしかにさ、鋸として使えるかっていうとどう見ても鋸じゃないけどさ」
「斬れなくはないでしょうけれど、その刃も魔法具の一部よ。もっと本質を視る眼を磨きなさい」
「そうですハルトさん。私は白魔法師なのですから殺めるための武器は持ちたくありません……ちょっと心外です」
「ん? なんで俺がフクロにされてるんだ? ん?」
マジックユーザーが振るう武器にあたり、『杖』は魔法の増幅装置として機能する。ゆえに攻撃魔法を扱うメイジなどのアタッカーには好まれるが、増幅よりも安定を重んじるヒーラーには無用の長物となりがちだ。
イエが常から素手でいるのも、魔法に薬に器具にと『できる』ことを廻す白魔法師だからだろう。
ゆえにこそ、なるほど、『執刀』の意は彼女にとって揺らぐはずもない。
「……まった。それにしたっておまえ、なんでコレが杖として使うものだってわかったんだよ」
「あ、はい。……なんとなく」
「答えになってないぞ」
「この子を振り上げた時、頭の中に《ヒーリング》を強める使い方が浮かんだんです。……あの『真白の幽鬼』は……イチコさんはどう見ても異常な状態でしたから、なんとなく……つい、斬るのではなく治すことで視える道もあるのではないかと……」
真白の乙女は、己の選択に異を見出だすべきか迷っているようだった。
「ほほーん、良いもん手に入れたじゃねぇかぃ」
「ぁぅっ」
が、その尻をシェリスがひっぱたいた。
「とびっきりの力がある武器にゃ持っただけで使い方がわかるもんがあんのだわ。そのとおりにしてりゃお手軽に戦えるってもんだが、イエ子はそれでも悩んだのだわ? そんじゃま……後はおまえが胸張ってやんのがあいつの救いになんじゃねぇかぃ?」
「シェリスさん……」
……こういう時にこそ。この第七隊隊長は、何の深い考えも無いように、バカみたいに笑うのだ。
「……はい。ありがとうございます」
その時だった、
ハルトとイエの手から執刀ヒーリングが消えていったのは。
「フウ……!」「ツツ!」
二体のハイフェアリーとの接続が終わり、彼と彼女はやりきったと言わんばかりの様子で胸を張っていて。
そしてイエの髪が、真白から桜色へと戻ったのだ。
「あ……イエ、髪が……」
「ところでハルトさん、優しい人は緊張しやすいのでお手々が冷たいのだとか」
「いま離すよ! わるかったなド緊張してて!」
今さらながら、ハルトは変則的恋人繋ぎのようになっていた手を離した。……もよもよと袖の中に細指を隠したイエの、火照りながらも揺らがない無表情が憎らしい。
「フィード、ミーデ……ありがとうございます。こんな力を貸してもらえるなんて、あなたたちはいったい……?」
「フウッ、フウ……!」「ツー! ツツツ!」
「……ごめんなさい、ぜんぜんわからないです」
「こんなことなら、あなたたちと直接話せるように言葉を覚えさせておくべきだったわね」
イエの足元へ戻ってきたアリステラがだっこされた。
「二人はこう言っているのよ。……自分たちは、あなたたちと共に在る精霊だと」
「せい……れい?」
イエは瞬いたが、ハルトたちの誰もあまり驚いてはいなかった。
何しろすでに、ここに、自称守護精霊にして自称『勇者』がいるのだから。
「あなたたちは答えを識るためにもここへ来たのでしょう。また奪われてしまわないうちに、私も『できる』かぎりのことは教えてあげる」
最初に、『風』色と『土』色の妖精コンビを指差して。
「フィードとミーデ。……『風』の精霊王オクトーと『土』の精霊王ヘクスの名残を寄せ集めた、最初の妖精たち」
「フウ」「ツツ!」
次に、呪符にまみれた魔物風少女を指差して。
「エルケ。……神代の世界からただ一人生き残った、最後の人間」
「あ、あの、あの……改めましてはじめまして、なのですです……えへへ……」
そして。存在しえないはずの自称『闇』の精霊は、静謐なる眼元へ添えるように頬杖なんて付いてみせた。
「私はアリステラ。……この子たちや『白式』とともに、かつての世界を滅ぼした敵と戦った……『星』の意志よ」
敵。
その言葉に思うことは誰しもあったはずだ……、
が、
「まあ。それ以外のことは全て喰い散らされてしまって、何一つわからないのだけれど。改めてよろしく」
「よ、よよよよろしくお願いしますですなのです!」
「フウ……」「ツッツツツ~」
ハルトたちが口を開く前に。この深淵……『人の島』の住人たちは、アリステラもエルケもフィードもミーデも『薄眼』を浮かべるのだった。
「……はあ。深淵くんだりまでやって来て、謎はますます深まるばかり、か」
ここは深淵、あるいはその名を地獄。
しかして地上に戻ったとて、良くも悪くもこの霧中と似たようなものだろう。
まだまだ、これから、ベルアーデ帝国騎士団第七隊には『できる』ことがある。
「帰りましょうみなさん。とりあえずお茶でも飲んで、体を休めて、健康第一です」
「呑気してるとこ悪いけどな、ここから帰るにはおまえの《ウィッチクラフト》をぶん回さないといけないってわかってるよな?」
「…………あっ」
「よっしゃぁぁぁぁぃっパンダ牧場なのだわーーーーぃほはははははははは!」
「わしは写幻撮ってまわりたいわあ~。あっフィードくんとミーデちゃんも撮っちゃるけえ来んさい来んさい、お爺ちゃんが喜びそうじゃけん」
非日常から日常へ、逆も然り。
ひとまず救われ、癒しを得て、ハルトたちはまた歩きだすのだった。
○
「ーー見ろぃティルティル、パンダのレアドロップ『堕天大熊猫の尾毛』でぃ。しかも6こも。こいつを99こ集めりゃ『境の尻尾』ってぇアクセサリーになって取得経験値が永続20%アップなのだわほはははは」
「おおお、すごいでありますシェリスちゃん。あと93こ集めるなら良いレベル上げにもなるでありますね! レベリング!」
「そりゃぁそうでぃ、どんなヤツでも100匹からパンダ倒してりゃぁレベルキャップまでいっちょくせーんっ…………んあー?」
と、聖歌隊長エティルを捕まえて、シェリスは人の島から持ってきた雑草や石ころを自慢していた。
……退屈なのは理解できるが、教皇の寝台を占領するよりはせめてテーブルについてほしいものだ。
「まあ、というわけでなんとか無事に帰ってこれたんだ。……あんたのフェアリーも、ほらこのとおり」
ーー 活動写幻 再生 終了します! ーー
ーー オーダー コンプリート! ーー
ーー マスター ただいま 戻りました! ーー
霧中を歩きだした第七隊……の幻影を机上へ映し出していたワンピース姿のハイフェアリーが、主の差し出した手の上へ戻る。
「おぉおぉ、エラいねぇシティル。よく戻ってきてくれたもんだ」
すなわち、荘厳すぎる法衣姿を引きずったファンキーなる老婆……聖女教会の女教皇シロリド・マム・フローラのもとへ。
「シティルさんというのですか。可愛いお名前ですね」
「凝りすぎると犬猫にも付けないような名前になっちまうからね。姪に付けたのと似た名前にしてやったのさ」
「お呼びでありますか猊下! ハロー!」
「呼んでないよバカタレ! アンタはそこのバカ姫と遊んでな!」
「了解であります! イエスマム!」
「姪っ子さんじゃったんねえ……」
ハルトたちは、かの深淵へ送り出してくれたシロリドへ帰還報告を果たしていたのだ。
「で、その子猫が深淵歩きの土産ってわけかい」
「……改めて、はじめましてシロリド教皇。『星』の意志ことこの子たちの守護精霊、アリステラよ」
そしてイエの膝の上には、仏頂面の人形少女アリステラが安置されていた。
「かかっ、まるで保護者のほうが本業だって口振りだねぇ」
「…………すう……すう……すてぁ……」
「ってこら、なに人前で堂々と船濃いでんだい」
不機嫌ゆえの仏頂面ではなく、眠気を必死に堪えていたアリステラが居眠りをこいた。
「あっ、あっ、お姉さんお姉さん……ダメです、もう少しだけ起きていてください」
「………………無理。いくら受肉体を得たとはいえ……あなたから魔力を貰わないと……今までと……おなじ……うな、じ……うみゃ………………すてぁ」
寝た。
……ハルトはイエの手からアリステラを持ち上げ、彼女のフードの中へくるませてやった。
「というわけで、今までと同じでイエがオドエーテル(レベル)を捧げてやらないとろくに活動できないらしい。眠ったまま挨拶しにくるのも癪だからって、これでも頑張って起きてたほうなんだぞ」
「もったいないねぇ、いろんな意味でこの御方の話にゃ興味あったんだがね」
「もう一度くらいなら《クラフトウィッチ》で起こせますけど……このタリスマンで。この、おにゅーのタリスマンで」
「出したいだけだろ……やめとけやめとけ」
ローブの胸元から引き出された、以前とまったく同じ『闇』色クリスタルのタリスマン……2代目。イエが無駄に高く掲げてみせた手を下ろさせた。
「マリー、頼んだ」
「はあいっ。こんなこともあろうかと、帰り道でアリステラちゃんの話を纏めちょいたけえ任せんさい!」
ーー メモ蝶 起動! ーー
マリーのメイドカチューシャの中から顔を出したフェアリーが、蝶の形のメモウィンドウたちを飛ばした。
主の思考に応じ、いま欲しい情報を羽に記した数枚が腕に留まる。さらにそれらを侍女メイドは並び変えていった。
「まず前提として。アリステラちゃんはクリア聖戦の時代からある敵と戦ってたそうなんだけど、その正体をわたしたちに話す前に『真白の幽鬼』にチートで記憶を漂泊されちゃったわけね。いわゆる記憶喪失じゃ」
ずいぶん長くなってしまった聖女教会見学旅行だが、アリステラは第七隊が神話の歴史を識ってから己の事を話そうとしていたらしい。
つまり『星』の意志として……彼女が何へ第七隊を導こうとしているのか、そして何故それがハルトたちなのかを。
しかし、もはや偶然ではありえない因果によってあの『白式』たちに妨害されてしまった。
「ただし、解決策は無いわけでもないらしいんよ。キーワードは『チート』じゃ」
目配せされて、ハルトが小さく手を挙げた。
「俺とイエがニテ牢城に行った時。アリステラはチートアイテムを破壊して、中から出てきた『闇』を吸収したんだ。その力で『赤き岩塊』を撃退する槍を作ってくれたらしい」
「……むにゃ……槍……私の……旗……違う、槍……違わない、旗で……槍…………なんだ、った、かしら……すやすや……」
「とまあ、それも含めて諸々わからなくなってるみたいなんだが……『真白の幽鬼』を倒した後も、こいつは何かに突き動かされるみたいにチートアイテムを壊してみせた。イエが使った杖のことだけでも答えを取り戻したんだ」
『真白の幽鬼』を倒したからというよりも、それが『チートの破壊』という共通項で結ばれた事象だとするならば。
「チートアイテムの中にお姉さんの記憶が封じられているのでしょうか? ……あれ? でも、漂泊チートを受ける前からお姉さんはチートアイテムを壊そうとしていて……うーん、うーん……《クラフトウィッチ》」
「だから息をするように無駄遣いするなって!」
ーー レベルダウン! ーー
ーー イエ レベル1 ーー
「……ああ。それは、チートの中には膨大な『光』と『闇』が秘められているから」
タリスマンに集束したオドエーテル(体内魔力)が、一条の『闇』の輝きとなって捧げられて。アリステラがまだすごく眠たげだが眼を開けた。
「『星』と切り離された私は自力で目覚めていられるだけの力すらない。けれどもチートに秘められているだけの『闇』を取り込めば、『星』の意志だった頃の『私』にいくばくかでも近づける……その余波で漂泊チートを破っているのでしょうね」
記憶喪失とは、『喪失』と書いても往々にして記憶そのものが消え去るわけではない。漂泊されたアリステラの記憶だってチートアイテムの魔力で実際取り戻せたのだから。
たとえば、文字が消されて筆圧だけが残った備忘録とでもいえるだろうか。
莫大な『闇』のエーテルがあれば、それをぶちまけて文字を浮かび上がらせられるというわけだ。
「なるほど。チートをも取り込む旧き精霊かい……話だけ聞いてるとゾッとしないねぇ」
「言ったでしょう、今や私はこんな小さな人形よ……。ハルト、悪いけれどまだこの体に慣れていないからもう眠るわ……この子を叱っておいて」
「任せろ。病み上がりの患者を叩き起こすとか白魔法師失格な」
「しゅん……」
アリステラは「すや……すてぁ……」、せっかくのオドエーテルも霧散させながらまた眠ってしまった。
「まあ、そういうわけらしいから……これからの俺たちはもっと積極的にチートを破壊してみようって考えてる。……幸い第七隊にはその手の依頼も舞い込んでくるからな」
「あの『白式』たちが全員チート使いじゃっちゅうんもポイントじゃあね。拾い物の力っていうより、みんなして誂えたみたいにピッタリなインチキワザを使ってたし……もしかしたらチートって存在そのものの謎にも関わってるかも」
突然にして現れる異常存在、この世の理から外れたる『救えざるもの』。……その意味においてあの『白式』たちと『チート』は同じものであるかのようで。
「……『真白の幽鬼』は倒れました。残りの三人もなんとかできれば……いいのですが……」
「あぁ、それなんだけどねぇ白いのちゃん……」
と、興味深そうに聞き入っていたシロリドだったが歯切れ悪くドレッドヘアーをいじって。
「アンタらが帰ってくるちょいと前にね……世界各地でまた『白式』が暴れてったんだよ。……その『真白の幽鬼』も含めて、ね」
「えっ……!?」「な、なにぃ!?」「なんならあ!?」
「はあああん!? やいババアッ、なぁに耄碌したことぬかしてんでぃ!」
シェリスまでベッドから跳ね出てきたが、皆の反応が意外でもないようにシロリドはフェアリーを動かした。
ーー フロレンシックレコード 接続します! ーー
ーー サーバント名 聖女教会記録部 ーー
ーー ダウンロード 完了しました! ーー
ーー 写幻 表示します! ーー
シロリドの左右に、四枚の写幻が投影された。
……四つの地方で力を振るっている、四人の背徳者たちの姿が。
ーー「ーーーー
ーーーー」
南北エウル大陸の最果てである凍土の皇国にて、エーテル採掘プラントを裂いている『灰なる人狼』。
ーー「ギュルル。カチ、カチ、カチ」
聖霊大陸の熱帯雨林の狭間にて、D&E商会の工業団地を砕いている『赤き岩塊』。
ーー「ひははははは!」
ニューア大陸の荒野の開拓地にて、魅了状態の入植者たちに破壊活動をさせている『金色夢魔』。
ーー「皆さん……はじめまして」
そして。アイザ大陸の極東ニフ国にて、木造の摩天楼聳える街並みに数多の医療器具群を降らせた『真白の幽鬼』。
「あいつ、生きてたのか……っ?」
「いよいよ訳のわからない連中だよ。手当たり次第に破壊活動するワリにゃ人は直接襲わず消えてったそうでね、二次災害から怪我人は出ても死者は0だ。『星』の意志の代行者だとか宣ってたくせにこれじゃただの天災さね」
特に。『真白の幽鬼』は、あの薄い笑みを写幻の撮影者へ向けているかのようでもあって……。
「じゃあ、私たちが戦ったあの『真白の幽鬼』は……?」
分身、偽者、それとも。ハルトの脳裏によぎった不安を、イエも同じように感じているのだろうか。
「けーーっ、ここでビビっちまったらやつらの思うつぼなのだわ! もう腹はくくってんでぃっ、何度でもブッとばしてやんのだわぁ!」
「ったく、こういう時だけ持ってくねぇこの姫ちゃんは」
根性論ではあるがシェリスの言うとおりだ。彼女のふてぶてしいまでの笑みに、隊員たちは力強く頷く。
「次に出てきた時ゃあ第七隊に知らせやがれよなぃババア! 特別価格で引き受けてやるのだわ!」
「言われなくてもぶつけてやるよ。……各地の冒険者ギルドも今頃てんてこ舞いさ、遠からず大規模討伐対象なんかに指定されるだろうね」
かくて、この世界に異なる『敵』が降る。当たり前に在る日常を踏みにじる笑みを浮かべながら。
「……イエ。俺たちは……俺がそばにいるから。な」
「……はい。私もハルトさんのそばにいますから。です」
「すや……すや……ああ腹が立つわ……あの薄ら……笑い……」
「あ。それとお姉さんも」
「やっぱり台無しだな……」
それでもハルトは。この乙女の……できるかぎりのそばで奮闘していたいと思うのだ。
「あのうハルトさん、帰ったらお姉さんもアトリイエに置いてあげたいのですが……認知してもらえますか」
「意味わかってて言ってるか?」
「だって私たちのおうちですから私たちの子も同然ですし」
「わかってて言ってるのかよ!」
最強スキルは、最弱白魔法師を守って正しくお使いください。
続
(『HeALiNG』第1章、読了お疲れ様でした。皆様のご閲覧が執筆の励みになっております、いつもありがとうございます)
(これからもお付き合いくだされば幸いです。もし気が向きましたらブックマークや評価など頂ければさらなる原動力になります)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




