Karte.12-2「《ハローワールド》……!!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。
ーークイックイッ
「なんか言ってやがるのだわ」
「肉体言語ですね」
「いろいろ違うわよーイエちゃんー。ジェスチャー……ちゅうかこん場合はハンドサイン?」
「な、なんだ? 手招き……と? は? ん? ん? うんん?」
ーービシッ……フワフワ……ズルズル、トコトコカクカクピッカーズンベロパパパパ!
……女の手はお世辞にも上手とはいえない手振りを連続させた。不器用に指がもつれがちなのを差し引いても、まったく意味不明だった。
ーーパシッ
「「え……」」
三度、ハルトとイエは目を瞪った。
手がもう一本出てきて、白い手をひっぱたいたのだ。
「男の人の手、です」
イエが呟いたとおり、今度はわかりやすいかもしれない。白い手よりも関節が際立っていて手のひらも大きい。
そして白い手と同じくらいに、ひょっとすればそれ以上に傷だらけな若い男の手だった。
特に人差し指と親指の腹で、タコが硬くなっていた。
ーーシュン……
「これはわかるのだわ。しょげてらぁ」
「可哀想ですね。ハナコさんは一所懸命なだけなのにタロウさんってば乱暴です」
「もう名前つけちょるう~~愛着湧いちょるう~~」
「……あんまりシュンとしてるから謝りだしたぞ。いやわからないけどさ」
ーーアセ……アセ……トン、トン
枯れ落ちんばかりの女の手へ、男の手は見るだに慌ててノックノック。直前のツッコミとは打って変わって、それはそれはソフトな手つきだった。
そうして、ややあって女の手が持ち直せば。どこかホッとしたような呆れたような男の手は、第七隊の面々を見渡すように指差した。
ーーピシッ。……ピシッ。クイックイッ。グッ。
「……ん? 俺たちが? エルケを? 連れていくと……良し? どこに……ああ、アリステラのところかっ? あの岸に……」
「すごいですハルトさん。パチパチパチ」
「いやわかりやすかっただろ、こっちの手がへっぽこすぎるだけ……ぇええでででっ、つまむなつまむな聞こえてるのかよ!?」
ハルトは女の手に、脛と足の甲の間の一番柔らかい皮をつままれた。この手、人体の弱点を熟知している……!
「あいよーぃ、よくわからねぇがノッてやろうじゃねぇの。んじゃシェリスさんは右足、マリーは右手、イエ子は左手、兄弟は左足な」
「八つ裂きにする持ち方ああ……! 無駄すぎるだろ、俺とシェリスだけでいいって」
「いいえ、私にお任せください……はぁぅっ」
イエはエルケの上を横切る調子で前転……、直後、彼女の右手右足を束ねながら背負っていた。いわゆるファイアーマンズキャリー、軍隊でも広く採用されている搬送法だ。
「……おおう。そういうところはさすがだなおまえ」
「世界の底でも白魔法師ですから。……はぅぅっ」
「膝ぁぁ! そういうところだぞおまえ!」
二歩目で最弱白魔法師の膝が笑いだしたので、けっきょくハルトとイエの二人でエルケを運びはじめたのだった。
ーーヒラヒラ
ーーハラハラ
「はい。バイバイです」
女の手は天然そうにヒラヒラと、男の手は苦労人そうにハラハラと。二人(?)が闇の中へ戻っていくと、エルケの胸は何事も無かったかのように肌と包帯に閉じられていったのだった。
○
「えっほ、えっほ♪」
「わっしょぃわっしょぉぃ! ほんだららったへんだららった、だ~わだ~わだ~わだ~わ~」
「うるさいぞ!? 手持ち無沙汰だからって鬱陶しい応援するなって!」
「ぜひゅぅー……ぜひ、ぅぇ、けほこほ、ひっひっふううう……」
はたして第七隊はエルケを運び、かの岸辺へとたどり着いた。
そこには、闇色の輝きが灯台がごとく聳えていた。
クリスタルだ。
「聞こえるか! アリステラ!」
「このまえ見た時より輝きかたが変です……」
アリステラの本体……かどうかは定かではないが、少なくともタリスマンの大元である魔石だ。
以前は包容するような闇色に輝き続けていたそれは、今、不確かに明滅していた。
ハルトとイエがエルケを岩場へ下ろした一方、シェリスとマリーがクリスタルへ駆け寄る。
「おーいネエちゃん! 遠路はるばる来てやったのだわっ、寝ぼけてねぇで起きやがれってんでぃ!」
「こおら! 怪我人にローキックかまさんの!」
「なんでぃ、斬られたのはイエ子のタリスマンのほうだろぃ。話を聞く限りそっちが『端末』のほうだってんなら、『本体』のこっちはなんともねぇはすだろぃ」
「……シェリスさんが意外と考えてたのはエラいけど、そがー単純な話じゃあないんと違う?」
以前にハルトとイエが来訪した際、アリステラはスキルを介さずにクリスタルから喋っていた。シェリスが言ったとおり、タリスマンは遠隔地を視るための『端末』のような様子だった。
ただし今、クリスタルから声は返ってこなかった。
言うまでもなくタリスマンが半壊させられたせいだろう。
となれば……。
「……『本体』と『端末』っていうより。クリスタルもタリスマンもこいつの入れ物にすぎないんだとしたら?」
「ああん? わかるように言いやがれぃ」
「見えてるものはアリステラのカラダでしかなくて、視えない魂みたいなものがあるんだとしたら。こいつはクリスタルからタリスマンを操ってるんじゃなくて、遠くで活動するために魂そのものをタリスマンへ移してるんじゃないか?」
精霊とか『勇者』以前に、アリステラを一人の人間だと考えれば……きっと、人智の及ばない難題ではないはずだ。
「ちゅうと……そのカラダが大怪我しょーたけん、動きたくても動けない植物状態になってるってこと?」
「なんでぃ、このクリスタルんとこ来たってけっきょく無駄足ってかぃ? 」
「いいえ……いいえ。それでも『できる』ことをやりましょう。やります」
イエがフードを被ると、その隠し機能であるマスクをも着けた。
「私は白魔法師です。そして、お姉さんの家族ですから」
袖を振れば。その隠しポケットの中から、紐で結われたアイテムたちが救急箱をひっくり返したように垂れ出た。
医術、薬術、魔術の別なく。
そして命の形の別もなく、救うために『できる』手の数々だ。
「《インベントリ》」
収納魔法、背に『闇』色の次元の狭間を負って。
「……タリスマンは仮のカラダ……つまり義体ということですよね。それなら療法は明快です、新しい義体を用意するか元の体へ魂を移植すればいいのです」
最弱乙女の黒曜なる眼差しは底知れないのだ。
「お、おいおい……簡単に言うけどなあ実際どうするんだ?」
「……どうしたらいいのでしょうエルケさん」
「おい!? 病人2号にムチャ振りするなよ!」
さすさす。イエはエルケを揺さぶった……。
「イエ子ぉ、そりゃさすがに情けねぃのだわ」
「私が情けないくらいで命が救えるのならなんでもします……えっちなこと以外は……」
「少なくとも貞操観念はエラいわねえ」
「だって、あの、エルケちゃんから出てきたハナコさんとタロウさんはここに連れてくるのを望んでいたはずです。意味があるはずなのです」
「そうは言っても現状、何も変わり無いしな……。アリステラの起こしかたを教えてくれ、なんて訊く前にまずこいつを起こさなきゃだぞ」
こんな調子で人命救助ができるものやら、ハルトもイエの隣に膝を付いたのだが……、
「コマンド受理。セーフモード起動中」
エルケが目を開けると、頭からクリスタルの角が無数に生えたのだ。
ハルトとイエのみならず第七隊は、今度は声にもならずにギョッとした。
色とりどりの属性に満ちた角たちは、ハイフェアリーが持つものに似ていて……。
「自己診断開始……不明なエラー。マスター《 》との接続、失敗。再試行……失敗。マスターの位置情報を検索中……ですです」
「ほははは器用なヤツめぃ。目ぇ開けたまま寝言言ってやがるのだわ」
「ね、寝言っていうかフェアリーの詠唱みたいな……なんならあこん子?」
そう、目は開けていても目覚めてはいないのは明らかだった。白目と黒目が色相反転した眼が、あの気弱な様子なんて見せずにただ見開かれている。
「発見。端末識別『#LRWO01』。接続……失敗。再試行……失敗。診断開始…………警告! クリティカルエラー! マスターの権能低下、覚醒率8.5%! 修復プロトコルを表示します……です、です!」
震えあった角が共鳴するとウィンドウを表示した。フェアリーのものとはカラートーンの異なる、どこか古めかしい様式だった。
そしてそこには、少なくともハルトには読めない表意文字が連なっていたのだ。
「これって……魔法の術式、か? X言語の」
「んだよ見たらわかんだろぃ! 魔法の心得がねぇヤツはこれだからなぃ」
「おまえに言われると釈然としない」
「アテンション、アテンション。本個体、端末識別『J&$』……登録名『エルケーニヒ』はシステム『魔法』が使えません……です。ウィザードクラスのマジックユーザーを呼んでください。ないようがわからないときは、おとなのひとといっしょにきいてください。繰り返します……」
『Xeno』、すなわちエーテルに代表される高次元要素へ便宜的に名と形を与えた言語。マジックユーザーたちの魔法詠唱の構文だ。
「ちなみにシェリスさんは読めねぇぜぃ。魔法シャベルはオドエーテル(体内魔力)しか使わねぇから術式はいらねぇのだわほははは!」
「勉強サボってきただけじゃろてぇ。かくいうわしも魔導術式しか心得が無いから……自信無いかも」
「となるとだ、うちのパーティでなんとかできるのは……やっぱり……」
「……なんでしょうか皆さん、その生暖かい目は。もとより私がヤル気元気損気ですが」
「損気は余計だ」
被ったばかりのフードも、出したばかりのアイテムたちも、わちゃわちゃと仕舞って。イエはふんすと袖捲りしてみせるのだ。
(ウィザード……レベル3の魔法スキルを複数持ってるような、世界でも十指に入る大魔法使いの称号じゃなかったっけか)
しかしてここにいる彼女は、天然危険物な最弱乙女だ。
ステータスはまたまたレベル1。力量においても人並みのスキルを備えた、ごく普通の白魔法師でしかない。
いや、むしろ最弱といっていい乙女だ。
だが、他と違うところがあるとすれば……、
「……ま、そもそもおまえや俺みたいなのを引き込んだのはアリステラなんだ。恨むならその『縁』を恨んでもらうってことで、『できる』ことやってみろ」
「はいっ。白魔法師イエ、やります」
こんな世界の深淵までへも至った『縁』を、それでも、何の迷いも無く愛する強さだろうか。
(こいつなら大丈夫だ。なんだかんだあっても、情けなくても、バカでも、最後にはきっとなんとかなる……なんとかできる)
彼女の肩に手を添えたハルトもまた、彼女のまっすぐな眼差しに救われている一人だから。
だから、寄り添ってやりたいと思うのだ。
「っ……!」
イエは。胸元からタリスマンを外すと、杖すら持たない両手にそれを掲げた。
詠唱。言葉ならざる、『意味』の連なり……。
するとどうだろう。タリスマンから、二条の『闇』が放たれた。
それはクリスタルとエルケと繋ぎあい、三角形の魔方陣を成したのだ。
「……? この術式は、《インベントリ》と……《ヒーリング》?」
呼応するように進んでいく術式を、増えていくウィンドウを読み進める。イエの眼差しが縦横無尽に行き交う。
頬へ滲んでいった汗が、食い縛った口元へ、息を呑んだ喉へ伝っていく。
「おいマリー。冷やせるモン持ってたらデコの真ん中に当ててやるのだわ。魔力を使いすぎると上丹田から熱くなるからなぃ」
「ま、任せんさいっ!」
「ほい兄弟、魔力補給にゲッコー飴ちゃん」
「わっ、と……! お、おまえなあ、急に隊長ぶるなら自分でも動けよ」
「ほはははは。ほーっはっはっは」
「ちべた……もぐもぐ……ころころガリボリ……ありがとうございます、皆さん……っ」
妖精機用の冷却水筒を眉間に当てられ。三日月のような……もといトカゲの尻尾を象った高級飴ちゃんを食まされ。魔方陣の輝きが加速していく。
そして。
「っっ……《ハローワールド》……!!」
(くっ……!!)
エルケから輝きを束ねたタリスマンが。イエに寄り添ったハルトごと吹き飛ばすような衝撃とともに、『闇』を放った。
長すぎる髪の少女の形をした、眠れる『闇』を。
それはクリスタルへとまっすぐに届けられ、内へと重なっていったのだ。
そして……、
「あっ」
「あっ!? おいっなんだよその『あっ』って!?」
「よく見たら術式の一部が旧字体で、少し……ほんのちょっぴりだけアレンジしてしまったかもしれません」
「バカァァァァこんな時までズッコケるなよーーーー!」
ーーポンッ
と。魔法の結びは、そんな気の抜けた響きだった。
鼓動がごとく、クリスタルから一際強い輝きが剥がれ落ちたのだ。
それはミニクリスタルなタリスマン……、
では、なく。
「ーーぐう……くう……すてぁ……」
「「……………………」」
イエの手元にストンとキャッチされ、ハルトを仰天させたのは……人型。
「……。…………。………………おはよう」
もとい。人形。のような。
そんなアリステラは、闇色の眼を開けたのだ。
「ねえ。どこを、どうしたら、こうなるのかしら」
「え……ええええええええ!? ななななんだあ!?」
生きたドールがごとき少女は、長すぎる『闇』色髪を旅人の服へ逆巻かせたのだった。
「お…………おは、よう、アリステラ。ひょっとして怒ってる……か?」
「質問しているのは私」
「わるい」
「もう一度訊くわよ。どこの術式を、どう改変したら……」
「バンザイ、っ、です……! やってやりましたのですっ、おかえりなさいお姉さん……!」
「やあんんんん可愛ええええええ! イエちゃん貸して貸してっ、わしにも抱っこさせて!」
「ほははははははは先取ったぁぃ! ほーらネエちゃん高い高ーい、低い低ーい、ジャァァイアントスイングからの後ろ振り前方開脚宙返りーー!」
「やめなさい。かつてないほど怒るわよ」
平時の静謐さはどこへやら。不機嫌極まる無表情を完全に怒らせていた彼女は、ちびキャラと化してはいてもたしかにアリステラだった。
フェアリーより二回りほど大きいだけのサイズ。いわゆるSD等身で、赤子と似て非なる可愛らしさには『生きている人形』と呼ぶにふさわしい被造物の趣があった。
「こらっ、落ち着けおまえら! ……たのむって俺もパニクりたいんだから! とりあえずイエに返してやれ!」
「どーなろーにい(しかたないわねえ)」
「ほぉれ、パパとママのとこに帰るのだわ」
「誰がパパだ」
「ど、ど、どうしましょうハルトさん、認知していただけますかハルトさん」
「お・ち・つ・け!」
借りてきた猫……いや意味は違うのだがそんな有り様にしか見えない仏頂面アリステラを受け取って。……ハルトは少し迷ったが、イエの背で膨らんだフードへ乗せてやった。
「……ぷっ」
「誰が有袋類かしら」
「そこまでは言ってなかったがそのとおりだな」
「あの、あの、かくかくしかじかなのですお姉さん。もうお別れだなんて諦められなかったので、この島を探して……それで……」
「……イエ、それくらいはわかるわ。あなたたちのことだから、私を救うためにできることをやり続けてくれたのでしょう」
アリステラは具合を確かめるように五指を動かした。ドールじみた等身ではあるが関節も肌も生きた人間のそれで、フェアリーと同じような受肉体らしかった。
「……怒るに怒れないわね。失敗したのならまだしも、こんな体まで貰ってしまったら『ありがとう』しか言えないわ」
「……! はいっ、お大事に……!」
触れえざる彼女は。夢でも幻でもなく、イエのほつれた桜髪をクスと撫でたのだ。
「それともう一人労ってあげないといけないわね……起きなさいエルケ、もう目覚めているのはわかっているのよ」
「ひゃ、ひゃぁっっ、はわわわわわわはいですっ! おかえりなさいですおはようございます墓守さんっ、なんだかハッピーエンドな感じだったですので起きづらくって……つい」
角たちが引っ込むとともに、包帯少女エルケが跳ね起きた。
「まさか。なにも終わってはいないわ……始まったばかりだもの」
「え、えへへ……そうですですね。はじめましてです、エルケは墓守さんの代わりにこの島を管理してるエルケなのですっ。こうしてご挨拶できて嬉しいです、シドニーお姉ちゃんもマリベルお姉ちゃんも……」
「てやんでぃ人ん名前はちゃんと覚えろぃっ、シェリスさんはシェリスさんなのだわ! ほはははは、よろしくなぃエール!」
「エ・ル・ケ! シェリスさんには言われとおない思うんよ……。それはともかく、わしのフルネームもたしかにマリー・ベルだけど気軽にマリーって呼んでね~」
「あ、あわわわわ! ごめんなさいなのです、あのそのっ、ま、間違えたのです……!」
さすが王女侍女コンビは肝が据わっている。赤面したエルケが脚を人妖花ベラドンナの花弁に変身させてくるまっても「「おおお~」」、興味津々にくすぐっていた。
「あの、エルケちゃんのおかげでお姉さんを救うことができました。ありがとうございます」
「う、ううんですこちらこそ! イエお姉ちゃんにハルトお兄ちゃん、墓守さんとエルケを忘れないでくれてありがとうなのです!」
「……? あ、ああ……どういたしまして。それはいいんだが、どうしてエルケまで倒れてたんだよ」
「は、はいです。エルケは墓守さんに命を救われてるですので、墓守さんがピンチだとエルケもピンチなのです……」
「……??」
巨大花びらの間から覗いてきたエルケに対して、ハルトは首を傾げるしかなかった。
「ああ、エルケは私の状態にひどく影響されるの。一言で定義するのは難しいのだけれど、その子は私と結びついた変わり種の『精霊』……というよりも『亡霊』だから」
「わるい、何一つわからないぞ」
ハンモックよろしくフードの裏地へ身を預けたアリステラが、微睡むように笑ってみせる。
「今はこの子の正体より訊きたいことがあるでしょう? 多くを精霊へ願う者は、往々にして本当の願いを叶えられないものよ」
「けーっ、九死に一生貰っといて太ぇ精霊サマなのだわ。さっそくいつもの秘密主義かぃ」
「まあそう言ってやるなって、こいつはなにも意地悪で話さないんじゃないさ。……人が悪戦苦闘してるのを真顔で見守る性格なのは間違いないが、話したいことがあっても話すべき時まで話せないからこうやって死にかけたんだろ」
肩をすくめた自称『闇』の『守護精霊』へ、ハルトは改めて向き合うのだ。
「だけど、さすがにもうそんなレベルじゃないよな? おまえの問題だけじゃなくて俺たちももう知らないままではいられないんだ。……識りたいんだ」
ステータス(数値)としてのレベルではなく。そんなものは事あるごとに使い捨てる最弱白魔法師とともに、第七隊は多くの『縁』に触れてきたから。
それは『経験値』以上に、ハルトたち自身の『経験』となって眼を開かせてきた。
そのうえで、識りたいのだ。
「教えてくれ。おまえを知ってるみたいだったあの『白式』たちはなんだ? どうして俺たちをフルオラ教国へ行かせた?」
訊きたいことは山ほどあるが。ランタンのような灯から出でた精霊へ、とりあえず今は3つの願いもあれば十分だ。1つ、2つ、そして……、
「……イエがおまえと出会ったのは……それに俺たちと出会ったのは、偶然じゃないんだな?」
3つめの、確信にも似た願い。
……アリステラの眼が、かすかに見開かれたようだった。
「……ええ、きみたちと私には因果がある。海に落ちたイエがこの島に呼ばれた時にはもう、神代から続く因果は廻りはじめていた」
瞼を下ろし、『闇』の守護精霊は長い息を吸い込んで。
そして、頷いた。
「あの『白式』たちは私たちの…………………………………………なんだったかしら」
開かれた半眼に、第七隊はズッコケたのだった。
「おい!? ふざっっっっけるなよ!?」
「こっち来んさいアリステラちゃん? お尻ペンペンしたるけん」
「尻が一つになるぐらい叩いてやれぃ!」
「シェリスさん、二つに割れててもお尻はいつも一つです」
「待ちなさい。落ち着きなさい。……いま思い出すから」
ハルトたちへ言っているというより自分へ言い聞かせるように。虚空を見つめたアリステラだったが……。
その頭上に『闇』のエーテルが現れた。
形を成したそれは、薄い笑み……、
いや、無数に喰い散らされた『薄眼』だった。
「……思い出す? そんなわけは……忘れるはずのないことよ。ずっと見据えてきたこと……」
……やがて。彼女は首を振った。
「…………ダメ。どうして、全部識っているはずなのにわからないわ」
「おーーいネエちゃん、寝ぼけるどころかボケてんのだわ? ミニババアなのだわ?」
「な、なあ……言いたくはないんだがイエがヘマしたからじゃないよな」
「記憶に作用する術式は正しく読みました……はず、です、けど」
「あ、あはは……きっと新しい体にまだ慣れてないんですです。墓守さんが『白式』のことを忘れるなんてないのです! だってエルケもっ……」
と。『こんなこともあろうかと』とでも言いたげにエルケが手を打って……、
「……………………あ、あれ? あれれえ? …………あれええええ思い出せないですごめんなさいいいい!」
「……やっぱりね」
頭が破裂した……いやメデューサの蛇髪が飛び出した彼女だったが、アリステラは仕方なさそうな様子だった。
「二人ともド忘れした、などという話ではないわね。私とエーテル(魂)で繋がったこの子までそうなのなら……コレはエーテルの汚染だわ」
彼女が忌々しげに見上げたのは頭上の『薄眼』。
「『白式』の正体だけじゃない……とても重要な何かが、答えが、私の記憶から喰い散らされてしまっている。それはあなたたちにとっても次に識るべきものだったはずなのに」
掻き分けた髪を握り、なおも己の内から手繰ろうとしているようだったが……歯噛みして。
『薄眼』は、霧散しながら彼女の内へ戻っていった。
「そがー記憶も思いもあるんに、答えだけが虫食いみたいに無うなっちょるちゅうことじゃあね……」
「んでも妙だろぃ、そんなふうになっちまった原因はなんなのだわ? まるでよぉ……ネエちゃんがここで話すのをわかってて誰かがジャマしたみたいじゃねぃかぃ」
まだアタフタしているエルケはともかく、皆の注目が一点へ集まっていった。
すなわち、イエの手元のタリスマンだ。
「……あの『真白の幽鬼』に斬られた時、でしょうか」
それはアリステラの依り代としての役目を終えたのだろう。抉られた傷の奥まで覗いても、輝きどころか元の『闇』色さえ褪せていた。
「イエ。見せてくれる」
「あ、はい。この中にはまた入れるのですか?」
「それは無理だけれど読み取れることがあるかもしれないわ。せっかく受肉体を手に入れたことだし、久しぶりにこの手で魔術を使ってみてもいいわね……」
(……お母さんからクッキー貰う子供みたいな)
後ろ手に、イエからフードの中のアリステラへタリスマンが差し出された……、
そして指先が触れた途端、
アリステラはハッと身を引いた。
「っっ……! イエッ、捨てなさい!!」
「捨てます」
愛着はあってもそのモノに未練は無いのだろう、驚いた様子のイエだったが投げ捨てるまでは早かった。
弧を描いて非力に飛んでいったタリスマン……、
その傷の奥底から、一滴の雫が溢れた。
白い『光』の雫……、
しかして澱んだ、血膿のような『光』だ。
タリスマンが水面へ消えていったのと同時、雫は波打ち際の岩地へ落ちた。
「ーー正解です。流石の『眼』ですが、漂泊チートはうまく働いているようですね」
雫が沸き立ち、血、肉、皮となって瞬く間に立ち上がった。
「アドベンチャーパートはもう終わりですね? 説明していないことはないですね? ええ、ではタイトルコールといきましょう」
あの『真白の幽鬼』が、湧いたのだった。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




