Karte.12-1「いきましょう、みなさん」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。
●
その世界は、壊れかけていた。
人間の過ぎたる繁栄が精霊を怒らせ、精霊の過ぎたる制約が人間を怒らせ、破壊しか知らない報復の連鎖が『星』を刻一刻と壊していた。
そんななか。この戦争を終わらせようと集いし者たちがいた。
ーー「オレ様に任せるのだわ!」
『金色な魔法剣士』、
ーー「わし、こう見えて魔法タイプじゃけんね」
『赤き魔導士』、
ーー「倒そう。✕✕だなんて騙るあいつを」
『灰なる騎士』、
ーー「……ええ。いきましょう、みなさん」
『真白の乙女』。
そして、
ーー「ああ。私も星の眼の『勇者』ではなく、一人の命として戦おう」
『勇者』。
彼女たちは、壊れかけた世界のために戦った。
しかし、もう遅すぎた……。
○
そこは静謐なる海だった。
異様に霧深く、黄昏とも暁ともつかない薄闇が天地に立ち込めている。
その実、霧中に乱反射する輝きは海底からの月光によるものだった。
今、地上の天に太陽があるならば、対極となるこの場所の底に……逆さまの天に月が沈んでいるは道理だ。
ここは深淵。
『星』から零れ落ちた悉くが溜まる、丸い『宇宙』の底だ。
「「「「~~~~~~~~!!」」」」
声ならざる悲鳴の塊が、陽光も月光も届かなかった地獄の狭間からついに降ってきた。
メイドメカな妖精機にしがみついた、ベルアーデ帝国騎士団第七隊である。
「《ソイルアブソーバー》……!」
「シュネーヴィっ、耐衝撃!」
『ガガガ!』
白魔法師イエの緩衝魔法。魔導技師マリーの似姿たる鉄巨人シュネーヴィにふかふかの土が纏われるとともに、各部からエーテルバーニアが逆噴射された。
「でゃ、っ」
ただし結果的には、海面に激突する直前……身構えていたシャベル姫シェリスがフワリと転げ落ちてしまう程度の、それは呆気ない到着だった。
「つ……着いた、のか?」
数百キロメートルは落ち続けてきたというのに。ふいに重力が和らいだように、青年騎士ハルトたちは緩やかに着水したのだった。
「キレイですね。お水の底に月が……星屑がキラキラしてます」
「呑気だなあ……ここは世界の底なんだぞ」
「ぶっはぁ! ほはははっ、なんでぃ『深淵』だの『地獄』っつっても案外フツーじゃねぃかぃ。ほれスーイスイッと、フツーに泳げるのだわ~」
「水底から足掴まれても知らないわよおシェリスさん。はよ上がってきんさい」
軽量化されているとはいえバトルドレス姿でよく平泳ぎができるものだ。ラバーメイド服なマリーがくしゅんとクシャミとともに手招きすると、ホバリングするシュネーヴィへシェリスは上がってきた。
たしかにここは霧中の海にしか見えなかった……、
……が、肌寒い静謐の中には数多の瓦礫や白骨が漂流していたのだ。
「うーん……さてさてどっちへ向こうたらええんじゃろか。イエちゃん、ハルト、その『人の島』には目印とか無いの?」
「砂浜にお姉さんの本体が……すごく大きなクリスタルがあるのですが、ここからは見えないですね」
「島の上から見ても、周りの海にはなーんにも無さそうだったしな。この霧じゃ見えるも見えないもないだろうけど」
イエはローブの胸元を改め、そこにタリスマンが下がっているのを確認すると安心した様子だった。
もっとも、細かな刃で大きく抉られたそれ自体はなんとも痛々しい有り様だったが……。
自称『闇』の守護精霊にして『勇者』アリステラ。闇色クリスタルに宿る彼女を救うため、ハルトたちはこの深淵まで降ってきたのだった。
「てやんでぃ、ここで立ち往生よか進むっきゃねぃのだわ。ネヴィは魔力さえありゃ永久機関なんだろぃ」
「半永久、ね。たしかにエーテルは満ちてる場所みたいだけど、安定せんのよねえ」
『プシュル~……』
どこか頼りなさげにバーニアを明滅させながら。シェリスが適当に指差した方向へ、第七隊を乗せたシュネーヴィは漕ぎだした。
マリーのホワイトブリム(メイドカチューシャ)の中からフェアリーが顔を出し、いくつかのウィンドウを虚空へ表示した。
ーー エラー! ーー
ーー フロレンシックレコード 接続不能! ーー
ーー マップ データ取得 失敗! ーー
ーー コンパス 精度レベル-(マイナス) ーー
「マップはのうて当然じゃあとしても……」
ーー マナエーテル 測定 ーー
ーー 火属性 0~99 ーー
ーー 水属性 0~99 ーー
ーー 土属性 0~99 ーー
ーー 風属性 0~99 ーー
ーー 光属性 0 ーー
ーー 闇属性 99……測定不能 ーー
「やっぱり! 大気魔力の属性が不安定すぎ! 数値がコロコロ変わるけん魔蒸機関が蒸かしにくいわあ~」
「ああそういえば、この霧がエーテルを偏向させてるとか……だから《リターン》も《ファストトラベル》も使えないんだってアリステラが言ってたな」
「この霧が『闇』のエーテルそのものなのね。わりゅーすりゃあ、こうやって進んでても次元ごと歪められよるかも……」
「ほーん、文字通りの『闇』雲ってわけだなぃ」
「いや霧だって」
『プップガ……ガ……』
「ふぁいと、ですシュネーヴィさん。あいにく潤滑油の持ち合わせは無いのでとりあえずアロマオイルを……」
「よしてイエちゃん!?」
何の澪標も無いなかで、第七隊は進む、進む……。
いつもの緩いやり取りを交わしながらも。時間の感覚すらも曖昧なこの霧中では、ただの沈黙も同義だった。
(……勢いでここまでは来れたものの。そもそも本当に、あの島がここにあるのかもわからないんだよな)
そんな不安を声に出すべくもない。四方八方を満たす霧は温かいような冷たいような……ひとたび弱音を吐いてしまえば代わりに体の奥底まで入り込んでしまいそうな『畏怖』を、ハルトは感じ取っていた。
そうしてどれくらいの時間、どのくらいの距離を進んだだろうか。
「……んんん? おいおまえたち、向こうでなんか動いたのだわ」
「は? どこだよ」
「シェリスさんシェリスさん、島は動かないと思います」
「バーロィ、んなもんじゃねぇのだわ。ほれほれあそこでぃ」
「……えっ? これって……生体反応じゃあ?」
ーー エーテルソナー 稼働中…… ーー
ーー 感 アリ! ーー
ーー 生体反応 数 1 2 4 7 13…… ーー
さすがレベル50の歴戦王女の観察眼。彼方を見据えれば確かに、進行方向に漂う瓦礫群の中に……、
「うう……」「あ……あ……」「コ……エ……?」「ヒカ、リ」「ああ……今度こ、そ……」
……多数の人々が、漂流していたのだ。
消沈しきっておよそ亡者がごとき人々が、板切れや魔物の骨へ縋っていた。
「ひぃっっっっゾンッッッッ……ビ……ではない、です? たいへんですっ、大丈夫ですかみなさ……」
「ちょっイエ待て待て待て! 不用意に近づくな!」
通りすぎざまに身を乗り出そうとしたイエをハルトは抑えた。シュネーヴィが漂流者たちと一定の距離を保つように舵をとる。
「治療の用意ならいつでもできていますハルトさん。皆さんあんなに辛そうな顔をしているのに……」
「いやそういうことじゃなくて……」
「ったくイエ子は優しいなぃ。見てみろぃ、辛そうな顔どころかどいつもこいつも凶悪なツラしてらぃ」
「人を見た目で判断しちゃあいけんよシェリスさん……って、あらま。げに(本当に)い~いかにもな悪人顔ばっかりね」
真白な乙女は唇を尖らせていたが、冒険者どもに混じって野を駆けてきたハルトたちにはわかる。
沈みかけていてもなお黒々とした生気を目の奥に滾らせた漂流者たちは……、独断と偏見を憚らずに述べるならば、己が命を食い繋ぐことしかできない『盗賊』や『狂戦士』によく見られる面構えだった。
「お、おーい……あんたら、どうしてこんなところにいるんだ? 俺たちに何かできることはあるか」
「…………」「ヒ……ヒ」「でき……ない……」「助……助け……るな、無駄……」「おまえたちも……こう、な……」
「はあ……? なんだよ、どいつもこいつも」
はたして第七隊を捉えているのかすらも怪しく、誰もが不明瞭な呟きとともに揺蕩うだけ。見たところ怪我人は一人もいないのだが、明らかに心は病んでいた。
「ーーやあきみたち! ひょっとして新入りか?」
と、ふいに。朗らかな男声に振り向けば……、
「「「「は」」」」
四人とも、ソレを見上げた。
霧を豪快に掻き分けてきた、瓦礫の城砦を。
ソレは違法建築すぎる巨大イカダだった。
そしてそこには、十人近い人々がしかと乗っていたのだ。
「安心してくれ、オレたちは話がしたいだけなんだ」
(胡散臭いなあ。なんだよその時代錯誤な装備は)
今どき演劇や絵本でしか見ない古風ゆかしい冒険装備を纏った、主に二十代前半ぐらいの男女だ。
リーダーらしい青年は、バケツをくり貫いただけのような大鎧姿の剣士だった。
「よかったらこっちに上がってくるかい? フカフカのソファとご馳走とはいかないが、精一杯のもてなしをさせてもらうよ」
「ノーサンキューでぃ。話がしてぃだけならここでもできらぁ」
「えっと……こんにちわ? わりゃーさんらはなしてこがーとこにおるん?」
どうやら巨大イカダは彼らの拠点らしい。寝室やリビング、それにままごとのようだが店舗も設えられていた。
「なんでって。きみたちもあの眼に堕とされてきたんだろ?」
微笑まれて。第七隊は、それこそ目を点にした。
「……眼。です、か」
いやただ一人、イエは無表情の中で眉根を寄せていて。
「それよりみんなも仲間にならないかなかな?」「うぬらには善なる炎が見える」「明るくいこうヨ、こんな場所なんだしサ!」「教えてください! 上の世界ではいま何年ですか、大きなニュースは、トレンドは?」
と、剣士以外の者たちも一歩前へ出てきた。
大きければ大きいほど良いとされていた大昔の三角帽子に頭を呑まれた魔法使いや、
専用装備が普及していなかった時代のほとんど裸一貫なモンクや、
上級職『賢者』への近道と信じられていたが近年のキャリアデザインの拡充によりジョブとしてはすっかり廃れた道化師や、
美女の等身大人形を背後から動かして額縁と水晶玉を持たせたよくわからない者や。
(まてよ? ここが伝承通りの場所なら、ひょっとしてこいつらは……)
次々と伸ばされてきた手に対して、ハルトがハッとしたその時……、
「「「「「デンジャァァァァァァ!」」」」」
霧中から突撃してきた別のイカダ城砦が、胡散臭い剣士たちの住処にぶち当たった。
「か……海賊なのだわーーーー!?」
こちらは一見だけでわかる、古今東西変わりのない粗末な羽織姿の悪党どもだった。
返しをつけて尖らせた船もといイカダにより標的へ噛みつき、スッ転ぶようにして乗り込んでいった。
「くっ、善人の道を阻む亡者め! やるぞみんな!」
「「「「おーーっ!」」」」
剣士の檄に仲間たちは武器を掲げ、突撃に応じた。
……無論、第七隊は呆気にとられながらもシュネーヴィをバックさせた。
あっという間の出来事だった。
「《ケサスラッシュ》!」「ぐげっ!」
切りつけ、刺され、
「《ファイアーボール》……あぁっ!?」「《毒ヨダレ》!」
燃やし、毒され、
「去ねっ、散れっ、死ねええぇえあああ!」「いひっひはひはひひひひ!」
殴る、噛みつく、引き裂く、潰す、伸ばす、入れる、抜く、戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う……。
人々から血が噴き出した、
人々から体が吹き飛んだ、
そんなことは全て起きなかった。
「あああっ……オレたちは生きるぞ! 生きているぞおお!」「あああっ……おれたちを殺して、殺してくれええ!」
剣士たちも、海賊たちも、血肉を失う前に霧が彼らを護ったのだ。
(なっ……!? 霧が……闇、が……!?)
血が噴き出す前に全ての攻撃を霧が絡め取り、混沌なる無意味へと和らげた。
肉が吹き飛ぶ前に全ての防御を霧が覆い、静謐なる相殺へと和らげた。
そんななか、優勢なのは剣士たちの一団だった。
「はははははははははは!」
哄笑。
彼らの笑う眼は、据わっていた。
「ああ! 眼よ! 眼よ! 迷い人たちを導き、亡者どもを罰する我々に救いを! 善行と正義を積む我々を、お願いしますっ、お願いしますっ、今日こそ今週こそ今月こそ今年こそ今世紀こそお掬い上げくださいいいいいいいい!!」
「「「「アイ! アイ! アイイイイイイイイ!!」」」」
(こいつらは全員……ここに堕とされた罪人たちか……!)
その『正義の一団』は、地下深くを足掻くカルト教団のようだった。
漂うばかりの亡者たちとさほど違いは無いのだ。
もちろん人の手によって堕とされてきた者や、その咎の故すら怪しい者さえいるだろうけども……。
少なくとも。『眼』により堕とされてきたという彼らは、良くも悪くもその畏れに浴しているようだった。
ともすれば不条理な、人の身には啓蒙しがたい罪と罰に。
「……力を貸してくださいお姉さん。お願いします。ここはたしかに『深淵』です、嫌な場所です」
「ビビってるなあ……」
「回復魔法の意味が無い、白魔法師の出る幕が無いなんて『地獄』そのものです」
「そっちかよ」
ーー 未知の智慧 獲得 ーー
ーー オドエーテル(経験値) 変換 ーー
ーー レベルアップ! ーー
ーー レベル11 イエ ーー
突き出した手にタリスマンを握り締め、イエはプルプルしていた。
「じゃ、じゃがあ、わしらもこんまま迷子じゃったんなら……同じ穴の狢になってまうけん。イエちゃんみたいにお祈りもしたくなっちゃうわ」
いまだ止まない阿鼻叫喚と祈りのなかで、マリーはシュネーヴィの航路を迷わせていた。
イエが、どこか不服そうに振り向く。
「違いますマリーさん……私、お祈りなんかしません。そんなの時間の無駄なのです。ムウ修道会の教えにもこうあります、『泣きそうなほど窮したときは怪我人病人でも叩き起こして使え』……と……うう……《ウィッチクラフト》、《クラフトウィッチ》……」
「泣かんでイエちゃん!」
「お、おいおい、聖庁舎で試した時も発動しなかっただろ。アリステラなら他の力も隠し持ってそうだが、少なくともおまえが教えてもらったスキルは他に…………ん?」
「ハッ。……《カミングホーム》」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル1 イエ ーー
と。イエの手中に、黄昏あるいは暁色の『闇』が灯った。
「……! やったですハルトさん、ありがとうございます……!」
「お、おおお……言ってみるもんだな……」
それはランタンの灯りほどにもかすかだったが、一つの方位を指し示していたのだ。
「でかしたぜぃイエ子ぉ! おうともよっ、ここがネエちゃんの領域ならワンチャンあってもおかしかねぇのだわ!」
「あ、いいえ、レベルが溜まったのでせっかくなら使ってみようと思っただけで。そういう閃き的なものはまったく」
「なんでやねん! ……ほははははっ、シェリスさんにエルフ弁を使わせるたぁ大したもんやでほはははは!」
「その啖呵はまったくわからないが、ノリにノッてるうちにいけいけ……あいつらにまた絡まれないうちにいってくれマリー」
「りょ、了解~っ。シュネーヴィそ~っとじゃあよ、そ~っと」
『ガププ……』
「え、でも……せっかくならあの人たちも」
「よせって……! とりあえず、なっ、今は目的に集中……!」
輝きが廻る。それが強まる先を読みながら、シュネーヴィおよび第七隊は地獄絵図から離脱していった。
「ーーあぁぁぁぁ!? おいてめえ、あの時の白い嬢ちゃん!? なんなんだよこの海はっ、おまえのせいでおれはずっとここからっっ……」
「……そうですね今はお姉さんのことだけを考えましょう考えましょう行きましょうみなさん早く」
「……? なあ言っといてなんだが、あそこに漂ってるヤツおまえのこと知ってるんじゃ……」
「ナメないでくださいハルトさん」
「なにが!?」
比較的イキの良い盗賊風の男が「だばぼごっ」、壊れたクローゼットを浮き輪代わりに追い縋ってきたが……シュネーヴィが起こした波に拐われていった。
そうして……、
たった数分後。
「あ……っ! 見てください、あそこ……!」
迷霧の答えは、あまりにもあっけなく現れたのだ。
闇の彼方に、灯台がごとき輝きがおぼろげに。
「あった……!? 人の島か!」
「でないと困ろーもんね! 飛ばしていくわよん!」
「全速前進ーーーーなのだわぁ!」
徐々に形を成していく島影へ、第七隊は突き進んでいった……。
○
糸ほどの輝きを手繰り寄せて。
そこには確かに陸地が……『人の島』があった。
「はて。お姉さんのクリスタルはどこでしょう?」
「おかしいわねえ。さっきまで見えちょったんに、違う場所に上がってもたんならあ?」
奇妙なことに。ハルトたちはあの灯台のようなクリスタルが聳える岸辺へではなく、漂流物まみれの砂浜へ上陸していた。
古めかしい外洋船の残骸や、風化しかけた深海魔物の骨、最新鋭のように見える魔導機械のスクラップなど。古今東西の混沌だけが横たわっている。
「ここは……アリステラがいるのとは反対側の浜じゃないか? そうだ、あの異世界人のせきば……女の子と話した場所だろ」
「ほほーん、件の『転生者』だか『転移者』ってヤツだなぃ。ひょっとすりゃ今もそこらに流れ着いてたりするのだわ? そういやパンダ牧場とやらはどこなのだわ! ほはははは探索開始なのだわぁ!」
「はしゃぐな! 俺とイエだって全部わかってるわけじゃないんだからなっ、島に呑まれても知らないぞ!」
「ひとまず島の真ん中を目指しましょう。集落があります」
ハルトが知る限り、この島にはアリステラの他に一人と二体が住んでいる。
(大丈夫かなあいつ……)
特に。包帯まみれのあの気弱な眼差しが思い起こされるのだ……。
○
島の中央。
漂着物で組まれた集落にて。
家屋は主に流木製。石材の欠片で組まれた浄水装置や畑は寄せ集めにしては高水準なものだが、無人の家屋たちには久しく人の手が入っていない。
ーーバウッミャメェ~ン……
「パンダなのだわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」「パンダじゃああああああああ!」
「だから今はやめろ! マリーまで!」
塔か礼拝堂のような集会所のそばには、たくさんのフォールンパンダたちが遊ぶ牧場が囲われていて。
さらにその裏手には、手製の墓碑がおびただしく並んでいて。
ハルトたちが足早に向かった目的地は墓地の外れにあった。
一際質素な掘っ立て小屋。
ハルトたちが夢の中でアリステラに呼ばれる時、彼女との語らいの場になる幻影……そのオリジナルだ。
「ごめんください。エルケちゃん、いますか…………いました」
ノックとほとんど同時にイエが扉を押し開けたのは、嫌な予感を覚えたからだろうか。
静謐に漂いゆく霧の中、閉ざされたこの小屋だけが息詰まっているかのようで……。
はたして室内に、彼女はいた。
「ーーーーーーーー」
「ひあ!? し……死んじょる!?」
「なんて怪我でぃ! 包帯まみれなのだわ!」
「それは元から! お、おいエルケぇ!?」
全身包帯ずくめの女の子が、テーブルセットに突っ伏していたのだ。
イエより少し年下、13か14歳くらいの背格好。全身を覆う包帯……に見せかけた呪符で、ノースリーブセーターやスカートや、ローヒールパンプスまで編み上げられている。
露わになっているのはエクリュベージュなボブカットと、白目と黒目が色相反転した目元だけだ。
……その目をドールよろしく見開いたまま、息すらしていない様子でただそこに在ったのだ。
自称『墓守代行』、アリステラ曰く彼女が雇ったアルバイト少女……エルケ。
どうやら食事中だったらしい。脂の冷え固まったはんぺんスープを目前にスプーンを握りしめていた。
「ど、どどどどっど、ど、どうしましょう。朝御飯だったのでしょうか昼御飯だったのでしょうか、それとも晩御飯? あるいはお夜食だったりはたまた『ぶらんち』……」
「今一番いらない情報だよなそれ!?」
無理もない、白魔法師とて『生きている命』へこそ技量を振るえるというものだ。あの漂流者たちは生死の境があまりに薄れていたし、この包帯少女だって見るからに……。
「しっかりしてくれ! こういう時こそ白魔法師の出番だろ!」
「っ……」
鼓動の震えを指先にまで露わにしながら、しかしイエはエルケの痩躯を改めていった。
「瞳孔が開いていて、呼吸……脈拍……ともに無し……体温高温……こうおん?」
目元、口元、手元。そうして何か思うところがあったらしく、胸元へ耳を近づけていって……。
その慎ましい双丘のちょうど狭間、包帯が破音とともに開いた。
「「え」」
イエが開いたのではない。彼女の手どころか耳も触れないうちからひとりでに開いたのだ。
その向こう、造りものじみて裂けた肉の奥には闇があった。
ーー✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!
不協和音たちとともに、魔の形をもった混沌が溢れた。
無数の、魔物の一部がエルケの中から突き出たのだ。
「ひああ!? く、喰われちょるう!?」
「なんてこったぃぃ! バケモンまみれなのだわぁ!」
「いやいやいやこれも元からだっての!」
「てやんでぃ意味がわからねぃのだわ! 斬ぃぃる!」
「シュネーヴィ~~!」
『プシュ、ガッ』
「仕舞えシャベル! 壁こじ開けるなシュネーヴィ!」
ミノタウロスの腕、クルーニートマトの牙、ハッシュドハヤシの皿、インプの翼、ユウダチオバケの10センチ連装高角砲、ゴーストの脚……などなど。
(魔物の体に変身できるのは知ってたが、こんな感じじゃなかったよな!?)
エルケは体を魔物の一部に変えられる異能を持っているのだ。
その故はハルトもイエも知らなかったが、少なくともこんなカオスな様相ではなかったはずだ。
「ど……どうしましょう。内臓がはみ出ている体で縫合するべきでしょうか」
袖の隠しポケットから縫合セットを取り出したイエをも止めてやりたかったが、ハルトはシェリスの回転斬りを抑えるだけでも精一杯だった。
(これじゃ変身能力っていうより、まるで…………体の中に魔物そのものがいるような)
しかし。
ーー✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕……
「「え?」」
見る間に溢れ続けていた魔物のパーツたちは、これまた突然に引っ込んでいったのだ。
そして最後に、たった一つだけ残った。
「人の手、です?」
そう。か細くて色白な、人の手だ。
一輪だけ咲いたそれは、ただしよく見れば古傷だらけだった。
切り傷を引っつめ、内出血は薄い痣と残り、潰れた血豆が指の付け根で痕になっている。
(……女の手?)
手だけでは確証こそなかったが、ハルトにはそれが若き女性の手であると見えた。……ただの直感だったがそう視えたのだ。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




