Karte.10-1「聖女フロレンシアについて」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。
ベルアーデ帝国、帝都ベルロンド。
グレードベルアーデ城(正式名)外苑のパラダイスナイトガーデン(正式名)にて。
最小最貧な騎士団詰所『七番館』は、他の砦たちに見下されながら本日も呑気だった。
「最終確認でぃ! 一列に並びやがれぃ!」
ロビー兼事務所、もとい住人たちがグダグダするためのリビングにて。ベルアーデ騎士団第七隊隊長シェリスが仁王立ちした。
縦ロールな金髪ショートカット。黄金色のバトルドレス姿の彼女はこの帝国の王女であり、フルネームをシェリザベート・ハーフェン・ベルアーデという。
「まずは兄弟! 『弁当』!」
「バゲットサンドでいいよな。ていうかこれくらいしか作れないぞ、俺」
「うむ! アンチョビ抜きなら文句は言わねぇのだわ!」
青年騎士リヒャルトもといハルトは、プロテクター付き制服の胸に大きなバスケットを抱える。ため息に合わせるように短めの灰髪が揺れた。
「次はイエ子! 『アイテム』!」
「あの。《ファストトラベル》の魔法書はこれでいいのでしょうか」
「あーちゃうちゃう、こりゃスキルレベル0のファストラだろぃ。国外用はレベル1なのだわ。帰りの分も忘れんなよぃー」
「あいあいまむ……です」
第七隊顧問白魔法師イエは、収納魔法の次元の狭間を開く。暗澹と口を開けたそこへ地図やらリペアパウダーやらをどんどこ放り込んでいけば、真白の白魔法師ローブが踊るように揺れた。
……たったそれだけで「ぜひゅぅぅ……」、とグロッキーになってしまったがさもありなん。この桜髪な極東乙女はレベル1であることを差し引いても最弱なイキモノである。
「そんでもってマリー! スケジュールの構築と旅先の予約と軍資金の計算と七番館の戸締まりとその他諸々済ましたのだわ?」
「とりあえず全部終わってるけど、わしだけ分担よーけぇすぎん?」
「その代わり、兄弟とイエ子にも苦手な分野を任せたから平等に不公平だろぃほはははは」
「何一つまっとうな答えになっちょらんねえ」
シェリスおよび第七隊付きの侍女でありメイドさん、マリーはめいっぱいに書きつくした手帳を閉じる。見た目こそラバーメイドを纏った赤髪幼女だが、その実、彼女は王女様より一つ年下なだけのドワーフの淑女である。
「いよっし、んじゃ出陣の鬨は兄弟に上げてもらおっかねぃ」
「そんな大げさなものじゃないだろ。ま、言い出したのは俺とイエだからいいけどさ」
「恐れ入ります、みなさん」
「ええけえ~ええけえ~。後学のために役立つかもしれないし」
たった四人の『何でも屋』部隊。奇縁が結んだスチャラカファミリー。
「えー、と……目的地は南エウル大陸の最南端、フルオラ教国……」
青年騎士は、柄にもない先導に苦笑するのだった。
「……聖女教会の見学旅行に出発するぞー……お、おー……」
「おー。です」
「おーう!」
「おうよぉ!」
○
事の発端は、昨晩まで遡る。
「パンダ牧場だってぃぃ~~? てやんでぃっ、んな面白ぇとこになんで誘いやがらねぇんでぃ! よしイエ子っ、その人の島とやらにもっかい連れてくのだわ今すぐ行くのだわ」
「あぅ、あぅ」
「こらこらこら、無茶言うなって。やっと帰ってきたっていうのに」
「そもそもシェリスさんはもうレベルカンストじゃろてえ」
第七隊の四人は廃材で組んだテーブルセットにつき、くっちゃべっていた。
ここは質素すぎる小屋である。
まるで舞台に組まれた演劇セットのように一面だけ壁が無く……、
その向こうには観客席ではなく、果ての見えない闇が広がっていた。
ここは次元の狭間ならぬ夢の狭間……、
「あなたたち。聖女教会の見学に行ってきて」
一家に交わっていた異空間の主、少女アリステラは急にそんなことを言ったのだ。
「藪から棒になんだよ、アリステラ」
「どれほど知っているかしら。聖女フロレンシアについて」
「義妹とは違った意味で話を聞かないヤツだな……」
「それは違いますハルトさん。お姉さんは話を聞いているうえでスルーしますが、私は話を聞く余裕が無くてあうあうしているだけです」
「うんわるい、どっちもどっちだ」
どこにでもある旅人の服を着込んだ、長すぎる闇色の髪の少女。
神代に世界から追放されたという『精霊』を自称する、イエの守護者というか保護者である。
実体をもたない彼女は、時たま、ハルトたちを夢の異空間にいざなうことで交流を深めているのだった。
それはともかく、アリステラの問いにまずハルトが答える。
「……別名『再世女』だっけ? 人間と……精霊が戦ったクリア聖戦を終わらせて、壊れかけた世界を創りなおしたとかなんとか。そのくらいかな」
「えっと……聖女……教会の……すごい人、くらいなら知っています」
「毛ほども知らねぇならそう言うのだわイエ子。シェリスさんも宗教にはまったく興味無いぜぃほはははは!」
「わしもみんなと同じくらいかなあ。聖書は一度も読んだことないけど、有名なエピソードくらいなら何かの引用で知っちょる的な」
それだ、とハルトたちはマリーの言葉に頷いた。
一方のアリステラは、静謐なる面持ちながらも可笑しそうに目を細めた。
「ほとんど何も知らないということね。合格」
「んだよネエちゃん、それって皮肉かぃ?」
「いいえ、無知とは言い換えるなら可能性だわ。大切なのは、知らないことを正しい方法で知ること……知ろうとすることよ」
「相変わらずよくわからんがのう、宗教に正しいも間違いもないんじゃない? 『信じる者は救われる』、もとい、『信じる者なら救われる』……でしょ?」
「だからあなたたちの眼で見学してきてもらいたいの。なにも教徒になれと言っているのではないわ」
「はあ。珍しいですね、お姉さんが私たちにお願いごとなんて」
……顔を見合わせた第七隊は、こうして、聖女教会見学旅行を計画したのだった。
○
フルオラ教国の『フルオラ』は、聖女フロレンシアの名から変形したものだ。
世界に宗教は数あれども、普通、『教会』といえば聖女教会のことを指すし、他の信仰だってそのルーツには必ず聖女の威光がある。
ゆえに彼女を敬う教えに特別な名など必要はなかったのだが、聖女教会の総本山が立てられるにあたって便宜的に『フルオラ』という名を拝領したのだ。
神代の終焉の舞台となった聖霊大陸と、南エウル大陸とを繋ぐ橋渡しの地……、長靴のようなフルオラ半島全土を以てこの宗教国家は存在している。
「ここが中央の首都エヌシア……もとい、そのまた中央のエスト市国か」
教国中南部、長靴の脛の辺り。経済上の首都であるエヌシアの中にこそ、世俗から独立した総本山エスト市国があった。
「……って、大道芸人の国なのか?」
ーーようこそ、聖女を識る街エスト市国へ!
そこでは。どこからともなく、底抜けに明るそうな呼び声たちがこだましあっていた。
白黒ツートーンな法衣姿の神官たちが歌い、踊り、わんさかと行き交う観光客たちを喜ばせていた。
地に降りた極光が如き大聖堂を中心に……、観覧車、サーカス、劇場、動物園などのパビリオンが居並んでいたのだった。
「徳の高~い司祭さんとかが集まる総本山だけど、大人から子供まで聖女フロレンシアをよく識ってもらうための観光都市でもあるんですって。いわゆるテーマパークじゃあね!」
「けーーっ、ガキっぽい遊園地だぜぃ。おっっ、あの屋台のポップコーン超旨そうなのだわ! 聖女像型のスーベニアバケット付きで小金貨3枚とか超高ぇぇぇぇほははははは」
「すーべに……お土産……バゲットパン、です……? もぐもぐ」
「バゲットじゃなくてバケット。ただの飾り付きのバケツ……ってこら早弁すんな!」
ベルアーデ帝国騎士団第七隊は、壮大な聖女像が見守るメインストリートを歩いていた。
(……これが聖女? 案外、普通だな)
ハルトは聖女像を見上げた。
長すぎる髪の少女だ。チュニックとマキシスカートを纏っていて、薄い笑みを湛えながら祈りの手を組んでいる。
歯車を繋げた翼を背負っているが、それは写実的というよりは後光に近い記号なのだろう。
石像なので彩りはないとはいえ、なぜか……、
その髪色は、きっと深い色ではないかとハルトには感じられた。
「んーとぉ、予約しちょいた資料館はーと……あっ、これこれ。みんな、ついてきてつかあさい」
無駄にホイッスルと手旗なんて持ってきていたミニマムメイドのガイドで、四人はドールハウスのような館へ入場していって……。
「ーーこぉーんにぃーちわぁーーっ。やあみんなっ、『フルオラニア』へようこそ☆」
「「「「…………」」」」
小舞台じみたファンシーなロビーで、ボディランゲージがフルスイングすぎる学芸員に出迎えられた。
白黒法衣に短パンを履き、大きな羽飾り付きのキャップを被った男性だ。二十代後半ぐらいの年頃だろうか、いろんな意味で『おじさん』とは呼びづらい。
「ヒュムモ……なんですか?」
「フルオラニアだよっ☆ もともとは『私の聖女館』って名前だったんだけど、いかがわしい響きだって抗議が週一で来るから改名したんだっ」
「微妙に言いにくいうえにバックストーリーが生々しいぜぃ」
「あ、あのーガイドさん? それとも神官さん? わしらは予約してた『シェリスの麗しきうなじ団』なんじゃがあ……」
「はあいっ、待ってたよ『シェリスの麗しきうなじ団』! 僕はアイク! みんなをドキドキワクワクの神話ツアーに案内するしがないアラサー神官だよ! アイクお兄さんって呼んでね☆」
「うちのテキトーな団体名が霞むぐらいツッコみどころ満載だな」
ハルトは脱力した。
一方通行の順路を奥へ奥へと伸ばした館内は、どう見ても、子供向けの様相を呈していたからだ。
「ハルトお、言いたいことはわかっちょるわかっちょる。ここはお遊戯感覚で聖女神話がわかる人気の資料館なのよ。ほら、主にシェリスさんが真面目に見学できないから……ごにょごにょ……」
「おいこらマリー、ゴニョらすところが違ぇのだわ」
「……人気なのか? ここが?」
「じゃけん、完全予約制だったもん。人気施設っぽいぽい」
「でも即日予約できたんだよな?」
「…………どわじゃあ!?」
ハルトはさらに脱力した。
完全予約制といえばなるほど体裁は整うだろうけども、なるほど……、
「なるほど、どおりで他に誰も客がいないわけだ……」
館内は実に静かなものであり、第七隊以外に客の姿は無し。あとは掃除用具を持った神官たちがバックヤードに見切れている程度の賑わいなのだった。
「大丈夫っ、大きなお友達向けの本格解説コースもあるよ☆ さあみんな、この聖杯号に乗って出発しようしよう!」
と、アイクお兄さんは順路……というか順路の上に敷かれていた線路をエビ反りに示すのだ。
そこに、聖杯号なる方舟があった。
「トロロッコ。です」
「トロッコよイエちゃん。わしも地元では通勤に使いよったわあ」
「トロッコってそういうものだっけか……?」
トロッコだ。
「さあ乗って乗って! お兄さん、久しぶりに筋肉痛度外視で引っ張っちゃうよ☆」
しかも、ロープ付きの人力車。
……四人は、ギュウギュウみっちりと乗り込むのだった。
○
「ごめんね! できたら妖精機でも導入したいんだけど、フェアリーの扱いは教会内で論争の的だからそうもいかないんだ☆」
「なんでちょいちょいエグめの裏事情をぶっ込んでくるんだよ」
四人を乗せたトロッコ聖杯号が往く。アイクお兄さんに文字通り引率されて、なんだか育児院のお散歩タイムのようだ。
「ふむふむなるほどお、フェアリーは精霊の残り香から創られるけんデリケートなんね。かつて争った敵の生まれ変わりを教義的にどう扱うかと……ふむふむふむ」
「まだなんも始まってねぇのに勉強になってんじなねぇのだわ」
「ダナ、ダナ、ダ~ナ~ダ~~ナ~……♪」
「上機嫌なところわるいがその歌はなんか不安になるからやめてくれ、イエ」
ベルアーデ帝国は機工技術が普及しているし、北の海を越えたブライティナ連合国では魔法技術が普及している。この二大国周辺がむしろテクノロジーというものに慣れすぎているのであって、『人力』を後進的だと笑うことはできないだろう。
それにしたって滑車仕掛けぐらい導入してもよさそうなものだが、とにかくトロッコは進むのである。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




