Karte.9-4「この世界は、逆さまの瓶」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。
「とはいえハルト、きみが持っているようなチートスキルとは性質が異なるのだけれど。転生者や転移者はこの世界へ降ってきた時にチートスキルを贈られるの」
「……性質が異なる? 待てよアリステラ、それはどういう……」
「『え、ナイトさんもチートスキルが使えるんだっ? どういうスキル? 見せて見せて!』」
「いや、ちょっと今は…………ていうかそんなふうに見せるもんじゃないだろ、チートなんて」
「『え? あー……えっと、ごめん?』……はうう、空気読めなくてごめんなさいですハルトお兄ちゃん……」
「って、いやいやエルケは通訳してるだけだからべつに……いや、わるい。ちょっとムキになってた」
一子とエルケの両方へ向けて、いささか険しすぎる眼差しを尖らせていたハルトは手を振った。
「わかればいいのですハルトさん。よしよしです」
「なんでおまえに撫でられるんだよ」
お背伸びしたイエに頭を撫でられてしまい、しかし、不覚にもほだされてしまったハルトである。ささくれだった緊張が取り除かれていく……。
「ハルト。もういいのかしら、私への質問は」
「よくはないけどな、今はもういい。さっきからなんかおまえのしたり顔がちらつくんだよ……『あとは自分で考えろ』って顔がな」
「正解。今はまだ私に教えられるのではなくて、せいぜいきみたち自身でうんと悩みなさい」
「くそう……」
今はまだ。……意味不明なる自称『勇者』とやらは、何の意図を持ち、ハルトたちに何をさせようとしているのか。
(……アリステラはチートの何を知ってる? いや何にしたって、どうしてそんなことを知ってるんだ?)
こう考え込んでしまうこと自体が彼女の意図だと思うと癪だし、案外そんな苦悩を見るのが好きなだけの魔女なのかもしれないけれども……。
「ではこれが最終確認よ、栗巣 一子」
タリスマンは、改めて異邦人へ声を向けるのだ。
「あなたの意志はこの島から出て異世界に降り立つこと。……その決意は固いのね」
「『うんっ。あたしなら大丈夫だよ、クリスタルさん!』」
「今なら私が元の世界に帰してあげられる。脅かすわけではないけれども、島を出たらもう後戻りはできない。それでもいいのね」
「『それでいい! だってここは異世界なんだもん、あたしが頑張れば何だってできるよ!』」
「そう。わかった」
ハルトは、アリステラがごく小さな息をこぼしたのを聞いた気がした。
「……一つだけ忠告するわ。外に出たら、絶対に、チートスキルは使わないで」
「『え……なんで? 誰にも迷惑かけないよ』」
「迷惑とか善悪は関係無い。チートを使うこと自体が問題なの」
(……なんだ? なにをそんなに……)
ハルトだってチートスキル持ちだが、アリステラから何か言われたことはない。それなのに。
「でなければあなたは。死ぬよりも救いようのない天獄へ堕ちることになる」
(……なにをそんなに、必死になってるんだ?)
それはなんだか、まるで……、
「私の言葉の意味がわからなくても。忘れないで」
……もはや救えないのだと視てしまった者を、必死に、無力に救おうとするように。
「あなたは私の言葉に従ってもいいし従わなくてもいい……、けれども、できるのなら約束してほしいわ」
残念ながら、向き合うタリスマンと石版とでは表情を読めはしない。しかしハルトには……、静謐なる守護精霊の揺らぎが視えるような気がした。
一子には、どうだろうか。
「『わかった。覚えておくね』」
快活な返事。
それでも、一子は揺らいではいなかったのだろう。
「……ええ。では今からあなたを世界に送り出すわ。三人とも、旅立つ彼女を見送ってあげて」
「ああ……その、達者でな。ベルアーデに来た時は帝都の第七騎士団に寄ってくれ」
「こちら、『無一文で旅立つ時用』の救急箱です。餞別とお近づきの印にお持ちください」
「『ありがとう! 絶対にあたし、この異世界で何かおっきなことをしてみせるよ!』 ……バ、バイバイです転移者さん。気をつけてくださいですです」
念力で浮いた救急箱が石版の中に呑まれて。
「《 》」
そうしてアリステラが、名という形に依らざる魔法を唱えて。
「♪♪♪♪♪♪♪♪」
『闇』のエーテルに包まれた転移者一子は、一塊の輝きとなって空の彼方へ昇っていった。
広い世界へ。……天へ……。
「っ……?」
霧深い……闇深いこの島において、その輝きは強すぎるほどなのに空虚に見えた。
「……クエスト完了。私としては、元の世界に帰る結末を迎えてほしかったわね」
「お、おつかれさまでしたです墓守さん」
「フウウ」「ドド!」
立ち込めた静けさを掌握したのはやはりアリステラだった。エルケのクリスタル角が引っ込めば、フェアリーコンビとの接続も終わった。
「それはそうと。イエ、なぜ私を砂へ埋めようとしているのかしら」
「……お姉さん。自力で脱出できないことは知っていましたけど、お姉さんの魔法で出してあげられることも知りませんでした」
されどタリスマンな魔女は、妹分によって砂浜へグリグリされていた。
「ええ。だから?」
「私が流れ着いた時も、どうして同じように助けてくれなかったのですか」
「意地悪魔女だからだろ」
「否定はしないけれどもそれは答えではないわね。イエはこの世界の人間だから、異邦人の彼女とは異なる方法で脱出してもらう他なかったの」
「どう違うんだ?」
イエと、彼女に手招きされてキャッキャとお砂遊びに参加したエルケから、ハルトはアリステラを救いだした。
「例えるのならこの世界は、逆さまの瓶」
「はあ?」
いっそイエよりもマイペースなのではないか、このお喋り守護精霊は。
「そしてこの島は、口を覆う蓋のようなもの。瓶の内から降ってきたイエは、昇るということをしなければ元の場所には戻れなかった」
「……エルケちゃんエルケちゃん。わかりますか」
「え、えっとえっと……待ってくださいです、絵に描いてみますです」
「フウッ……」「ドド」
三角フラスコを描くか丸型フラスコを描くかでフィードとミーデがモメていて、ハルトとしては普通の瓶でいいのではないかと思った……が、それはともかくアリステラは続ける。
「一方、瓶の外から降ってきた彼女たちにはこの世界は逆さまではないの。一度受け止める蓋が無ければ……私の加護を外せば、後は瓶の中へ堕ちていくだけ」
「加護、だって?」
思い返されたのは……一子が光に引き上げられる前に彼女から霧散した、『闇』色の魔力。
「なあ。俺にはおまえが、世界の厳しさだけであいつを引き留めてたようには思えないんだ」
「…………」
元の世界からの惰性なドロップアウト(抜け出し)だったり、新しいゲームのような感覚で生きていこうとするのなら、おそらくあの転移者は死ぬほど救いようのない地獄を味わうだろう。
しかし……、
(俺たちだって生きてる瓶の中に、いったい、何があるっていうんだ?)
しかしそれは、アリステラが言っていた『死ぬよりも救いようのない天獄』とはきっと異なるのだ。
「……ったく。『天獄』だとか『勇者』とか、そこまで吹くならいつかちゃんと話せよな」
「寂しいことを言うわね。意地悪魔女の無理問答にもっと付き合ってほしいものだわ」
「こいつや俺が妙なことに巻き込まれる前に、改めてじっくりとな。さもないと今度は俺が海に投げ捨てるぞ」
ハルトはイエにタリスマンを掛けてやった。
「忠告されるまでもないわ。私はこの子の守護精霊なのだから」
「ああ。俺だってこいつのお目付け役だよ」
……この自称精霊はきっと、イエに……そしてハルトに何かを視せようとしている。
それだけはもうわかりきっていることだ。
ともすれば。ハルトがこうして霧の深淵を覗き込もうとしていることさえ……魔女には覗き込まれている。
「あの。つまりどういうことなのでしょう。けっきょく丸型フラスコなのでしょうか、三角フラスコなのでしょうか」
「……強いて言うなら、ミックスピクルスの瓶かな」
「なるほど。お新香はけっこう好きです」
ただでさえこの相棒はへっぽこなのだから。ハルトがしっかり考えてやらないといけないだろう……。
青年は、まっすぐすぎる黒曜の眼差しに苦笑するのだった。
「ところでアリステラ。イエのレベルを10も使っておいて、こんな島歩きのどこが『幸せになれる』スキルだったんだ?」
「パンダ」
「ナンダって?」
「パンダ。きみとイエは《ウィッチクラフト》で脱出アイテムを引き当てるまで島から出られないのだから、あの経験値モンスターたちと幸せにモフり放題」
……ハルトは膝から崩れ落ちた。
「《リターン》も《ファストトラベル》も無駄よ。この霧がマナエーテル(大気魔力)を絶えず偏向させているから」
「ですよね」
その一方で、イエはあらかじめわかっていたような様子だった。
「……ですから、パンダは、もう、うんざりなのです」
噛み締められた唇がごとく、ローブの袖を握って。
「あんなに可愛い可愛いパンダさんたちを、イジめないといけないなんて……!」
「そこかよ」
「あ、あのうイエお姉ちゃん、あの子たちは楽しんでるですので……」
「モフモフで、あざと可愛くて、真っ白なのに……!」
「真っ白ではない、半々ぐらい黒い」
今日は……いや実際のところ今日だけで帰られるかはわからないが、ハルトももう1つぐらいはレベル上げができそうだった。
最強スキルは、最弱白魔法師を守って正しくお使いください。
○
……。
…………。
……………………。
○
「♪♪♪♪」
光が収まると。栗巣 一子は、広大な草原の只中に立っていた。
「♪♪♪♪♪♪」
電線なんて一本も走っていない吹き抜けの青空。翼をもつ牛が飛び、狸の足が生えた卵たちが草地を全力疾走していた。
異世界だ。いかにもそれらしい。
石版少女は小躍りした。ようやくの冒険あるいはスローライフへの旅立ちだ。
「♪♪♪♪」
とはいえ、いきなり大草原の真ん中にログインというのも少々味気無い。伝説の起点にふさわしい大都市とか、物語の芽生えを感じさせるような小村でもあればなおよかったのだが……、
「♪♪」
と、ふと気づく。
振り向けばそこに、
廃村ならあった。
「♪♪♪♪」
何年も放置された村に見える。泥材や藁でできた家々は柱や壁が崩れ、枯れ井戸のある広場は雑草で滲み、内外の境界を成す柵はほとんど踏み荒らされていた。
それでも、まだ使える背景でもある。
「《♪♪♪♪♪♪♪♪》」
ご機嫌なままに一子は唱えた。……《セル・ア・セット》、きっと自分だけのチートスキルの名を。
ーーコ コ コ コ コ
ーーカッコン、ッ、カッコン
ーーシャラララ
家、桶、柵。それらに落書きの手足が生え、一子のパーティメンバーとして仲間入りした。
「♪♪♪♪♪♪」
ちょっとアンデッドっぽいが、廃村も命を吹き込めばなかなかに可愛らしい。
……あの優しいクリスタルの忠告はもちろん覚えているし、無駄にはしないつもりだ。
大丈夫。何が起こっても、新しい自分ならなんとかなる。
なにができるかも、なにがしたいかもわからないが、なんとかなる。
特に根拠なんてない自信は、一子にとって原動力だった。
「ーーはい。チート」
声が、した。
背の向こうから。
まるで首筋を啄むように、愛に満ちた女声が。
一子は振り向いて……、
「 B A N 」
そして、何もなくなった。
……。
…………。
………………。
命を失った使い魔たちが、何も始まりはしなかった草原に落ちていた。
ーーチ、チ、チ、チ、チ
ただ。舌先を鳴らしてからかうような残響があった。
何もいない虚空に、一条の光がほどけかかっていた。
それは極光の中で笑う上弦の月……、
あるいは、月のように薄く笑う口元のようだった。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




