Karte.9-3「さすが異世界!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。
○
アリステラが鎮座する岸辺から見て、反対側の島端。
その砂浜には様々なものが漂着していた。
古めかしい外洋船の残骸や、風化しかけた深海魔物の骨、最新鋭のように見える魔導機械のスクラップなど。
「なんでか俺まで懐かれた……」
「フウ」「ドドッ」
「可愛いですね。不思議なフェアリーさんたちです」
白砂を踏み行くハルトの灰髪に、フィードとミーデなるハイフェアリーペアが腰かけていた。
「ふ、不思議じゃないですですっ。二人はイエお姉ちゃんもハルトお兄ちゃんも大好きですなのです!」
「はは……いや、だからそこが不思議なんだけどな。なんていうかこいつら、ハイフェアリーにしてもちょこまかしてるし」
「ドドド~」「フウ。フウ」
ミーデが腰のホルスターへ手を振ってみせれば、そこに収まったハルトのフェアリーが擬似精霊同士のコミュニケーション術式に基づいて手を振り返した。それを見て首を振ったフィードは、まるで相方を嗜めているかのようだった。
「エルケ。あまりはしゃがない」
「は、はぅっ。猛省しますです……!」
エルケは背中から大怪鳥エレファントニクマシの翼を生やすと、砂浜を蟻地獄よろしく抉りながらくるまってしまった。
「そこまでしなくてもいいけれど、公私のメリハリは持つことね。……ほらあなたたち、彼女がいたわよ」
「んん……?」
「ぷは……?」
蟻地獄に頭から埋まってしまったイエを引きずり出しながら、ハルトは砂浜を見渡した。
と……、
そこでは、折れた尖塔がちょっとしたシェルターのように漂着していた。
そこに焚き火が揺れていたのだ。
「ーー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」
……意味不明な旋律をこぼしながら、彼女は魔法仕掛けの松明をしげしげと弄くっていた。
人間大の石版が、念力らしいパワーで松明を浮かばせていた。
「……もうやめてくれ。ここ一時間でいろんなものが出てきすぎだ」
脳の疲れが目にきたのだろうか。石版が赤、青、緑色のマーブルに移ろっているように見える……いや錯覚ではなく本当にそういうイキモノのようだ。
皆の姿を認めたソレは、向き直る調子で真っ平らな表面を見せてきた。
「♪♪♪♪♪♪♪♪」
旋律。上質なオーケストラのように壮大だが意味不明。それはどうやら音色の形をとった何らかの言葉のようだった。
「は? ……挨拶してるのか?」
「……コニチワ。ニフ、ノ、イエ、トモウシマスル」
「カタコトにしただけじゃないかよ。こら、不用意に近づくな近づくな」
「あ、あっ、エルケたちに任せてくださいです! フィードお兄ちゃん、ミーデお姉ちゃん!」
「フウ!」「ド!」
エルケがクリスタルの角たちを生やすと、フィードとミーデが彼女の左右に滞空した。
『風』色と『土』色の魔力の線が、三者を繋ぐ。
「♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」
「こ、こほん……『ねえ墓守さん、いくら泳いでも元の場所に戻ってきちゃうんだよ。どうなってるの?』」
(エルケの声が変わった……!?)
フィードが石版を注視し、ミーデが口を動かし、エルケが素朴な少女の声を出して。どうやら三位一体に通訳しているらしかった。
「あ、あのう、どうと言われても、あの、そうなってるんです……ごめんなさい……」ーー♪♪♪♪♪♪
しかもエルケが喋るのと同時に、震えあった角が件の旋律を奏でていた。同時通訳らしい。
「忠告したのにやはり試したのね。この島から自力で脱出するのは不可能よ」ーー♪♪♪♪♪♪
(って。アリステラもできるのかよ……)
タリスマンからも二重音声が発せられていたが、この自称精霊ができることに今さらツッコむべくもなかった。
「『あれっ、その声はクリスタルのお姉さん? ……ていうか、その白魔道士っぽい人とタンクっぽい人はだぁれ?』」
「白魔法師のイエと騎士のハルト。私の家族よ」
「白魔道士……?」
「タンク……?」
ハルトとイエは顔を見合わせた。『白魔道士』は白魔法師の言い間違えだろうか、なんとなく意味はわかるものの……『TANK』とはなんだろう。
「まあとりあえず……よろしく。ベルアーデのハルトだ」
「はじめましてです。ニフのイエと申します、白魔法師です」
「『うん! はじめまして、よろしく! あたしはイチコ・クリスだよ』」
……ハルトとイエはまたも顔を見合わせた。
「……どっちが名前だ?」
「『ほえ? あはは、たまに言われるけどクリスは名字だよ。漢字で書くと食べ物の栗に巣穴の巣、一、二、三の一に子供の子。栗巣 一子』」
…………ハルトとイエはまたまた顔を見合わせた。
「カンジ……? なあイエ、名前の感じからして極東のニンゲンっぽいがわかるか?」
「さあ……ニフ文字のことでしょうか……? 」
「『うわあ、ほんとにこういう反応されるんだ。さすが異世界!』」
「「い、異世界っ?」」
ハルトとイエはまたまたまた……、
「そこまで。見ていて面白いけれど、埒が明かないからまとめて説明するわ」
「お姉さん。最初からそうしてください」
「嫌よ」
顔を見合わせる前に、人間観察が生き甲斐だと宣うこの魔女に制されたのだ。
「私たちの『星』にはごく稀に異世界人が降ってくるの。正確に表現するなら異世界からの『転生者』と『転移者』」
……対してハルトとイエは、言葉を失ってしまった。
「『あたし、ペットのウッキーと遊んでたら急に光に包まれて……気がついたらここにいたんだよ』」
「彼女の場合は『転移者』ね。元の姿のまま転移してきた者」
「……ちなみに『転生者』っていうのは?」
「死した後に魂だけが世界を渡ってきた者。こちら側で元の姿のまま受肉することもあるけれど、他者への憑依・乗っ取り・融合を以て生まれ変わることもあるわ」
「こっわ。なんだよその傍迷惑な亡霊」
「……ふ。本人たちにしてみればなりふりかまっていられない事情があるのでしょう。『非業の死』の払拭だとか『夢』の成就だとか、いかにも、情念を果たそうとしてこその亡霊だわ」
「『ねえクリスタルさんっ、あたしの気持ちは変わらないよ! この島から出してほしいんだ!』」
と、『転移者』一子は皆の前で跳び跳ねた。……よく見ると地面から数センチ浮かんでいるカラダでフワフワと。
「そう。元の世界へ帰る気になったのかしら」
「『まさか! この島の外には異世界が広がってるんでしょ? あたし、新しい世界で新しい人生をやり直したいの! 冒険とかスローライフとかそういうの!』」
(何一つ想像できないな)
石版が魔物を角でぶちのめしている姿や、日向ぼっこという名の天日干しな姿くらいしか空想できない。
「……新しい人生って。簡単に言うけどな……おまえ、そんなにひどい人生送ってきたのか?」
「ハルトさん。失礼ですよ」
「あ、ああわるい。だけどなあ……」
「『超ひどい人生だよ!』」
と、一子は語るのだ。
「『親の間で評判だからってさ、気づいたら小中高一貫性の進学校に入れられたのが不運のはじまり。人気者がいるクラスだと友達できにくいし、部活じゃ先輩たちが強すぎて補欠だし。初等部からずっとそんな繰り返しなんだもん』」
石版は自虐的に、されどどこか流暢に語るのだ。
「『あたしだってさ、あたしにしかできない大活躍がしたいな! だから、みんなとおんなじような、おんなじことの繰り返しの人生じゃなくてさ……今度こそあたしだけの人生を見つけるんだよ!』」
「……あの。あなたの人生は、最初からあなただけの人生では?」
「『えっ?』」
対して、イエが桜髪を揺らした。
「本当にやり直したいと願ったのなら、どんな痛みを伴ってでも『できる』ことがあったのに……そうしなかったのなら。それも含めて、あなたが選んだあなただけの人生ではないでしょうか」
批難するでも嘲るでもなく、ただ、不思議そうにまっすぐに。
「シンガク校とかブカツとか、言ってることは半分くらいしかわからないが……学校ってことはおまえ、俺たちと同年代なのか?」
ハルトも頷かざるをえなかった。
「……そんな年で悟った顔してるなら、アホらしいことこの上ないが他のアホガキよりは人生を考えてるよ。その調子で自分の『できる』ことに向き合って、まずは向こうウン十年の食い扶持の心配でもしたらどうだ?」
「『ええぇ……それって結局、大人になってもみんなとおんなじようなお仕事を毎日繰り返す人生ってことでしょ? だからあ、あたしはあたしにしかできない生き方がしたいんだってばあっ』」
「あのな、世の中の仕事の大半はみんな同じようにできて代えが利くからうまく回ってるんだよ。決まった誰かにしかできない生き方なんてな、王様か芸術家ぐらいのものだぞ」
「『いいね、夢はでっかくいこ。あたし、たまに小説書いてるし演劇部なの、のんびり続けたらそのうち伸びるかも?』」
「それは夢じゃなくて趣味っていうんだよ……ってもういいもういい、なんで石版の人生相談受けてるんだ」
「そもそも、家族の方針で学校に通えるなんて素敵なことですよね。私なんか実家を出てから修道会で教養など学びましたが、奨学金返納で向こう十年はてんてこ舞いです」
「『む、むむう~出た出たそういう……そういうのはそっちの世界のカンソウでしょ! あたしたちの窮屈な世界のことは知らないじゃない!』」
「その言葉、そのまま返すわ」
静謐に、タリスマンの輝きは揺らがなかった。
「世界を知らない異邦人さん。ここはあなたたちがいた場所とは異なるだけの現実よ。……あなたたちが都合の良い人生をやり直すための遊戯場では、けっしてない」
しかしアリステラの語気には、深く押し殺すような響きもあった。
「起きて仕事をして、眠って、魔物や税金や対人関係に頭を抱えて、眠って、たまに命懸けのことに巻き込まれたりして、また眠って。胸躍る冒険も心救われる日常も、その繰り返しの中で見出だされる白昼夢のようなものよ」
「『夢の無いこと言わないでよう……』」
(こんな現実味のあるクリスタルは嫌だな)
正論ではあるのだが、たいてい夢心地でイエの胸元にぶら下がっている魔石に言われても。なんともはや。
「『とにかくあたしはっ、こんなちっちゃな島だけじゃなくて異世界を見たいんだ! せっかくこんな力にも目覚めたんだし!』」
と……一子の全身に絵筆が躍るような輝きが迸った。
それらは、そこらの石ころやら流木に飛び込んでいった。
「っ? これは……!?」
ハルトは気づいた。
それが異物であるという直感は、身に覚えのないものではなかった。
「『えっと……《セル・ア・セット》!』」
ーーポンッ
そうして、気の抜けた音とともに……、
ーーコロコロ
ーーカタカタ
石ころや流木に落書きじみた手足が生え、動きだしたのだ。
「わあ。可愛いですね、使い魔ですか」
「『えへへ、そうでしょー』」
仮初めの命を吹き込まれたように、一子の周りで踊りだしたのだった。
ーーゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
「『これはね~、背景をキャラにする能力なんだよ!』」
……同じように立ち上がった尖塔も、足が無い代わりに小さすぎるお手々をシェイクしていたのだ。
「……背景、とはなんでしょうか」
「『だからほら、こういう石とか木とか……。あっほら、昔のアニメって動くやつと背景の描きかたが違ってたりしてたじゃない?』」
「ごめんなさい、何を言っているのか半分もわかりません」
「つまり……あー、と、物に命を吹き込む能力ってことでいいのか? それだけならゴーレム法とか陰陽術とかいくらでもあるが、心核や形代無しで使い魔にするなんて……」
エーテルだけで物を自由に『操る』ことはできても、エーテルだけで物を自在に『生かす』ことはできない。
物に命を吹き込むためには、それらの『個』を成すべきコアや……魔力を生態的な『現象』に変換し続けるコンバーターが必要だ。
この物質的な次元に在る命だからこそ。たとえ魔法の力であってもそれを保たせるには、やはり物質的な中核が必要なのである。
それなのに一子は、あのメルヘンなエーテルを流し込むだけで何から何まで生かしてみせたから……。
ーー ???? レベル??? ーー
ーー エラー 《ステータス》 失敗 ーー
ーー エラー フロレンシック・レコード 接続不能
ーー 記憶済み ライブラリー より 検索 ーー
ーー 該当無し ーー
フェアリーに《ステータス》分析させたハルトは面食らったのだ。
「該当無しだって? でも、この感じはたぶん……」
「この島では聖女教会からのライブラリー更新も届かないから。彼女はまだ世界に存在していないことになっているの」
応えたのはアリステラだった。
「そう。これはきみたちが云うところのチートスキルよ」
かつて二人の前でチートアイテムを還してみせた彼女は、ため息をこぼした。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




