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Karte.9-2「は、はいです!」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。


 ○


「あぅっ」「うっ、ぶ……!」

 《カミングホーム》とやらは、転移魔法ファストトラベルと流れは同じのようだった。

 ゲートは頭上からくぐるが、出る時は足元から突き上げられるようにして抜ける。だから地面をよく見て着地しないといけない。

 ……慣れた動作なのに、ハルトは渇いた大地にカックンと膝を付いてしまった。

 Vの字に尻餅を付きかけたイエを受け止めるところまで慣れているのに、二人してぐったりしてしまったのだ。

「な、なんだよ、この、この世の果てみたいなエーテル酔いはああ……ッ!」

「…………ぇぷ……」

 異次元を通り抜けたことによる、マナエーテルの過剰吸収。ただし《ファストトラベル》の比ではない嘔吐感、頭痛、眠気、言い知れない恐怖、倦怠感が襲ってきていた。

「…………ご。ごきゅ、ん」

「イエ? おいひょっとして、飲んだのかゲ……」

「飲み込んでくださいハルトさん」

「わるい」

「ーーようこそ。おかえりなさい」

 そしてようよう立ち上がった二人に、霧の向こうから、闇色の輝きが降り注いだ。

「って! アリステラっ……の、クリスタル!?」

「ええ。夢で見せて以来ね」

 闇色の輝きが、灯台がごとく聳えていた。

 そこは静謐なる岸辺だった。

 異様に霧深く、黄昏とも暁ともつかない薄闇が天地に立ち込めている……。

「お姉さんがいる、です? ということはここは……人の島?」

「おまえが流れ着いたっていう例の島か……、また幻影とかじゃなくて?」

 人の島。イエが白魔法師になった時に事故で漂着したという、アリステラとの出会いの場所だ。

 ハルトは足元の土を掬ってみたが、灰のように風化した感触はともかく幻影ではなさそうだった。

「信じられないのなら、私に触れてみてもいいわよ」

「けっこうだ。喋るクリスタルに取り込まれるなんて死に方したくないし」

「それなら安心しなさい。この私にできるのは、その『喋る』ことだけだから」

 と。クリスタルから分かたれるようにイエのタリスマンへ輝きが灯る。……「『喋る』ことだけだから」、とアリステラの声が二重になる。

 クリスタルとタリスマンの両方から声が発せられたのだ。

「こんな風に、ここにいる限りはイエの経験値を使わなくとも対話できるけれどそれだけ。私はあなたたちの()()がないと他に何もできない観測者よ」

「お姉さん。まったく意味がわかりません」

「まったく同感だが一蹴してやるなよ……なんかたぶん大事なこと言ってるんだから」

「……ふふ。いいわ、今の言葉は忘れて」

 ハルトは肩をすくめた。いつか訊いてみた時だって精霊や『勇者』のことは何も教えてくれなかったのだから、アリステラの謎めいた言葉に都度悩んでいても仕方ないだろう。

 ……面白くないことに、クリスタルは悪戯っぽく輝きを移ろわせるのだ。何も訊いてやらない青年の意地悪をも見透かすように。

「それで? スキルの効果っていうのはこの島に連れてくることなのか?」

「効果だけならそのとおり。ここは私以外には誰も見つけられない、たとえ聖女でも視えはしない島だからね」

「離島の楽園にも見えないけどな……。大地は枯れてるし、妙に肌寒いし、何より霧ばっかでいろいろと暗い」

 その静謐さから想起してしまうのは、相反する『生』と『死』のイメージ。

 星に還るエーテルが視るという自我の境界……たとえば西方でいうところの『星涙の川』、東方でいうところの『葬霊河』(そうれいか)をも思わせる。

 伝承と異なるのは川ではなく海が広がっていることと、向こう岸どころか100メートル先も見えそうにないことだ。

「それほど悪い場所ではありません、ハルトさん。住めばあそこです」

「どこだよ。都な」

「あなたたちの帝都ほど豊かではなくても、静かに過ごせるだけの環境は整っているわよ。中心部に行けば井戸や畑があるわ」

「へえ? おまえが拵えたっていうのか?」

「ええ。私の手になってくれる自慢の()()()()()がいるの」

「バイト……?」

 ーーワニャメェ~ン

 ハルトが首を傾げた時だった。聞き覚えのありすぎる鳴き声がしたのは。

 島の奥地へと続く霧中から。……バホバホと、肉球な足音たちが大きくなっていく。

「ーーお、おかえりなさいです! お姉ちゃん!」

 そうして、あの白黒珍獣……ではありえない姿が、静謐なる薄闇から現れた。

「わ、わあやっぱり! イエお姉ちゃんとハルトお兄ちゃん……ですよねです?」

(くあッ……!?)

 ()()()()()()()()が、視界いっぱい左右に広がる。

 ーーワンニャッ

 ーーニャメェ~

 ーーバウミィ~

 ーーンミャ~メメ~

 ーーメゥロロロ~ーー

 触腕たちが握ったロープ越しに、可愛い首輪を着けたパンダたちがお散歩していた。

「エルケ。散歩中に呼び出して悪いわね」

「ぜ、ぜんぜんです! 墓守さんも、おかえりなさい!」

 全容の掴みきれない触腕たちの混沌……、しかしそれらの源は、あどけない女声を発した一つの影だった。

 原寸大のイカダコアームに埋もれたオマケのようだったが、本体は、小柄な人影だったのだ。

「み、みんな、ちょっと大人しくしててねです」

 パンダたちを手離した触腕が、成長から巻き戻るようにして縮んでいった。

 瞬く間に。人間の腕に戻ると、包帯が巻きついた。

「お久しぶりです。エルケちゃん」

「は、はいです!」

「な、っ…………ミイラの女の子?」

「え、えええっ? エルケはミイラさんじゃないですようっ、エルケなのですです!」

「え、ああ……わ、わるい……?」

 ハルトとイエの前に歩み出たのは、もう、()()()()()()()()()()()()()()だった。

 イエより少し年下、13か14歳くらいの背格好だろうか。

 全身を覆う包帯……に見せかけた()()で、ノースリーブセーターやスカートや、ローヒールパンプスまで編み上げられている。

 露わになっているのはエクリュベージュなボブカットと、白目と黒目が色相反転した目元だけだ。

 ……人間型の魔物。ミイラではないとしてもそう感じずにはいられない異質さが、不定形に渦巻いているかのようだった……が……、

「え、えっと、エルケはエルケっていうです! 今は墓守代行さんをやってますです……よろしくお願いしますです!」

「墓守代行……? ま、まあ、よろしく」

「可愛いでしょう。ハルトさん」

「なんでおまえが胸張ってるんだ?」

「私の妹分なので」

「で、です! イエお姉ちゃんの妹分でもありますです!」

 ……イエが頭を撫でてあげるぐらいには、すごく良い子に見えた。


 ○


 島の中央には、漂着物で組まれた集落があった。

 家屋は主に流木製。

 石材の欠片で組まれた浄水装置や畑は、寄せ集めにしては高水準なものだ。

 しかし畑はともかく、無人の家屋たちには久しく人の手が入っていないようだった。

 ーーワンダバダ~

 塔か礼拝堂のような集会所のそばには、たくさんのパンダたちが遊ぶ牧場が囲われていた。

 ……さらにその裏手には、手製の墓碑がおびただしく並んでいて。

(この小屋……アリステラに呼ばれた夢の中にそっくりだ)

 墓地の外れに、一際質素な掘っ立て小屋があった。

 あの夢のように無限の闇を漂流してはいないし、演劇セットのように壁が無かったりもしていない。

 テーブルに着いたハルトは、隣のイエとは対照的に落ち着き無く周囲を見渡していた。

「あ、あっ、危ないです!」

「へ……ぬぁぉぅっ、脚ィ!?」

 声に振り向いた青年の脇を、逆関節な巨大甲虫の脚が伸びていった。

「ご、ごめんなさいです! もう少し小さい魔物さんに助けてもらったらよかったです……!」

 戸棚の前で背伸びをしていたエルケが、腰から下をハイラインバグズの歩脚に変えていたのだ。

 人間より数段大きな虫を原寸大に再現したため、天井に迫るほど縦横無尽に脚を伸ばしてしまったのだ。

「そ……その()()能力、ちょうどいい感じにできないのか?」

「は、はいい……小さくも大きくもできないです、原寸大オンリーです……」

 エルケは、体を魔物の一部に変えられる異能を持っているらしい。

 擬態者ミミックに代表されるシェイプシフター系の魔物を思わせる……のだが、彼女が人語を解するモンスターなのだとは思えなかった。

 あくまでも、そういう変身能力を持った人間の女の子。そう認識を改めさせるだけの何かが、二言三言の言葉を交わすだけで伝わってくるからだった。

「え、えへへ……お待たせしましたです。一緒にお茶を飲めるお客さんが来てくれたの、久しぶりですなので……」

 戸棚の上から木製コップたちを取ったエルケは、着地するように歩脚を元に戻した。

「そうですね。エルケちゃんには島を脱出するまでお世話になっていたのです、ハルトさん。何週間もここで寝泊まりさせてもらいました」

「ああ……《ウィッチクラフト》で脱出アイテムが出るまで粘ってたんだっけ?」

「ど、どうぞですお兄ちゃんっ、旬の絞りたてドリアンジュースですです!」

「ああ……ってクッサッッ臭ぁぁぁぁ!?」

 コップの上で、巨大なゴーレムの手が絞ったトゲトゲの果物。……エルケが本当に絞りたてなドリアン汁を給仕していた。

「ゴクゴクゴク……? これくらいの、ゆで卵と潤滑油を混ぜたみたいな腐乱臭ならアトリイエで慣れっこですよね」

「のけぞりながら飲んでるヤツに言われたくはないぞ!」

「あ、あわわわわわごめんなさいです……っ」

「いいのですエルケちゃん、ハルトさんはいつもこんなふうに楽しい人なのです」

「は、はいっ。知ってるですっ」

「げほごほ……ん? まてよ、知ってるってどういう……そういえばおまえ俺の名前も知ってたよな?」

「え、えっ」

 ヤケッパチにハルトがコップを呷ればエルケはわかりやすく飛び上がった。

「あ、あ、あのう……それはあ……」

「私が話していたの。あなたたちの冒険譚をね」

 と。れっきとした参加者の一人として椅子に掛けられていたタリスマン……アリステラが答えた。

「この子は墓守代行だから。もうずっと島の外に出ていない代わりに、寝物語くらいしてあげないと可哀想だわ」

「墓守代行……?」

「墓守は私。私の代わりにアルバイトしてくれているから墓守代行。ねえ、エルケ」

「は、は、はいい……ですです……」

「答えになってないぞ」

 なにかはぐらかされたような気もするが、タリスマンの輝きは微笑むように瞬くのだ。

「私はこの島に流れ着いてくるものを見届けて、新しい旅立ちの場を提供しているの。だから、墓守」

「ちゃんと聞いても説明になってるようななってないような……」

 流れ着いたもの。例えばハルトの隣で、ウサギみたいな『✕』口になってドリアンの味に戦慄している乙女のことだろうか。

 しかしそれなら、『墓守』なんて名乗りは不穏すぎる。

「……言われてみれば。私も墓守云々と聞いたような聞いてないような気がしますけど、ぜんぜん気にしていませんでした」

「おまえはもっといろんなことに気を張ってくれ」

「私は白魔法師です。生きている方のことならともかくお墓のことは専門外ですから」

「そういう問題か?」

「それなら良いタイミングで帰ってきたわね。百聞は一見に如かず……エルケ、()()()()はどうなったのかしら」

「ひゃ、ひゃいっ」

 ドリアンの絞り滓をはみはみしていたエルケより、ハルトはギョッとしてしまった。

 ……頷いてみせたエルケの頭から、クリスタルの角が無数に生えたからだ。  

「え、えっと、昨日と同じところにいるです……お兄ちゃんとお姉ちゃんがそろそろ居眠りさんです」

「そう。ミーデを……いいえ、せっかくだから二人とも呼んで」

「は、はいです!」

 色とりどりの属性に満ちたそれらは、上位の擬似精霊ハイフェアリーが持つものに似ていた。

 窓を開けたエルケが景色へ手を振ると、またも瞬く間に引っ込んでいって……。

 霧の彼方で、『風』色と『土』色が螺旋を描いた。

「ーーフウ……」「ーードドド!」

「うあ!?」「あ」

 窓から飛び込んできた二色。ハルトは椅子から転げ落ちそうになったが、イエはきょとんとするばかりで……。

「またまたお久しぶりです。フィード、ミーデ」

「フウ、フウ」「ドッドド!」

「は……ハイフェアリー?」

 見覚えのある旅人の服を着た、二体のハイフェアリー。

 一体は『風』色な長髪の青年の姿で、

 一体は『土』色な短髪の少女の姿で。

「……やたら懐かれてるな。フェアリー音痴のおまえが」

「はい。めったら懐かれています」

「フウ……!」「ドド~」

 なぜかイエの両肩に乗り、彼女と一緒に胸を張っていたのだった。

(1話につき4部分構成の短編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)


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