karte.6-1「そんじゃいってらっせぃ」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回す残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する自称『闇の精霊』にして、自称『勇者』。自称17歳。
△
その日は、早朝からずっと雨模様だった。
外套無しでも出歩けるだろう勢いの弱い雨ではあったが、落涙にも似た大きな雨粒がいつまでも降っていた。
帝都ベルロンド、グレートベルアーデ城内は玉座の間……。
書類の山で溢れたそこに、黄金なる王女が踏み込んだ。
詰め寄る。
近衛も近臣も置かず、玉座に据えた執務机へ一人相対していた帝王へ。
しばし、今にも噛みつきそうな語気で王女は語り続けていた。
やがて帝王が、その隆々とした影には似つかわしくないほど恐縮した。
語り、記し、一枚の紙を差し出した。
受け取った王女は呆れに唇を尖らせ、さっさと踵を返した。
父が言葉を投げかけたが、娘は汚いハンドサインを後ろ手に返しただけだった。
そう。それはもはや帝王と王女との言の葉ではなく、父と娘との会話に他ならなかった。
○
グレートベルアーデ城外苑、パラダイスナイトガーデン。
帝国軍に代わって民の困り事を解決する準正規軍、ベルアーデ騎士団の砦たちがそこにある。
なかでも最も小さく貧乏な拠点、七番館にて……。
「おまえが来てからもう二週間か。早いんだかそうでもないんだか」
「わあ。二週間、ですか」
窓を打つ小雨を眺めていた青年騎士リヒャルト……もといハルトに、喜んでいるのだかそうでもないのだか淡白な声が応えた。
「私は早かったと思います。楽しい時間ほどあっという間に過ぎる……と偉い爆弾魔さんが言ったそうなので、たぶんそういうことですね」
「そうだなあ……って共感できるか」
この魔術工房『アトリイエ』を七番館に激突合体させた、極東ニフ国よりの天然危険物……イエだ。
第七隊の顧問白魔法師である彼女と、ハルトは何の因果か同居生活をしているのだった。
「そうですね、乾杯しましょうハルトさん。着任二週間記念です」
「いやいやいや、言い出しといてなんだが中途半端すぎるだろ。やるにしても一ヶ月記念とかだろ」
「記念日に決まった秤はありません、思い立った時がお祝い時なのです。もちろん一ヶ月記念もしましょう」
「……おまえってほんと、妙なとこだけしたたかだよな」
「あっ」
「ピッチャーァァァァ!」
冷蔵棚から水差しピッチャーを取り出したイエが、とくに何も無い場所で躓き大回転。顔面を殴打されそうになったところでしゃがみ回避したハルトは、ローブの袖を引っ掴んで止めてやった。
「し、失礼しました。お詫びにハルトさんには黒蜜を増量サービスです」
「……で、この黒い粒々入りの黒い飲み物はなんなんだ?」
「冷やしタピオカぜんざいです。黒蜜を入れて飲むとさらに美味しいです」
「……。……カンパイ」
「乾杯です。これからもよろしくお願いいたします、ハルトさん」
コップ一杯の半固体ドリンクを、ハルトとイエは掲揚とともに呷った。
「喉越しが最高だなこれ」
「濃厚なとろみから優しい甘さがこんにちは、です」
ーーチリリン!
そんな感じで昼前からしっとりしていると。ドアにくくられた鈴が来客を知らせた。
「いらっしゃいませ。アトリイエにようこそ」
(んっ……?)
お決まりの台詞で迎えたイエに対して。いちおうハルトも暇な時はアトリイエの助手なのだが、声掛けよりも眉をひそめてしまった。
「…………」
その客は、大剣を背負った無言の少年だった。
12、3歳ぐらいか。パンツとシャツの活発そうな格好に加えてバンダナを額に巻き、一見すると駆け出し冒険者かのようだ。
だが背の大剣は神々しいまでの輝きと意匠に満ちた、いわゆる『ユニーク』や『レジェンド』などと呼ばれる激レア装備に間違いないだろう。
そしてその大剣に圧されるようにではあったが、『EinzRitter』(騎士団第一隊)と刺繍された白金色のマントを纏っていた。
「第一隊じゃないか。めっずらし……ああ、いや、いらっしゃい」
「…………」 ーー C ロルは驚いた。店主が東方の女の子だったからで、隣の助手っぽい男にはとくに何も思わなかった ーー
「俺はおまえに思うところあるけどな!? 自分で喋れよ!」
……胸ポケットに収まった角付きフェアリーが、少年剣士のナレーションを務めていた。
「声が出せないのでしょうか? 『沈黙』の状態変化ならお薬をご用意できますが」
「…………」 ーー A ロルは否定した。自分は口下手なのでハイフェアリーの『リップスサービス』を利用していると説明する ーー
「お世辞、です?」
「違う違う、リップスサービス。契約者の思考に合わせてフェアリー……もとい上位種のハイフェアリーがいくつか選択肢を出すから、そこから選べばテキトーに代弁してくれるって拡張術式だよ」
「はあ。便利……ですね?」
「コミュニケーションが面倒くさい冒険者とかにはな。……それと、通常種と違って家一軒買えるぐらいの契約料が払えるヤツには」
クリスタルの角はハイグレードフェアリー……略称ハイフェアリーの証。ラバースーツを装備した手乗りサイズなのは変わらないが、『INT』(啓蒙)と『RES』(人間性)値がより高いので術式の処理性能に秀でている。
通常種フェアリーの機能が主に『念話』・『Fメール』・『《イークイップ》』・『《ステータス》』の四つのみにフィーチャーされているのに対して、ハイフェアリーは多種多様な応用術式をスマートに扱えるのだ。
「…………」 ーー A ロルは自己紹介した。自分はアインツリッターのロル。人呼んでロワイヤル・ロルだと ーー
「誰から呼ばれてるんだよ。あと普通に第一隊って言えよ、通り名の重ね着でゴチャゴチャするんだよ」
「…………」 ーー B ロルは注文した。このメモのとおりにアイテムを揃えてほしい、と白魔法師に伝える ーー
「無視かよ」
「少々お待ちください、騎士さん。……はい、なるほど、これなら今すぐにご用意できます」
この乙女のマイペースぶりが、いや、白魔法師としての実直さが羨ましい。イエは注文書に記された箇条書きのいくつかに赤丸をつけた。
「ハルトさん、印をつけた分だけお願いします。引き出しの番号もいりますか」
「いや大丈夫だ。それより今度、素材の種類別にラベル作らないか」
この二週間で助手の仕事も板についてきてしまった。だからこそ今は集中して、黙然と突っ立ったままでいる生意気少年にさっさと納品してやろう。
ハルトは常備してあるアイテムをピックアップしていき、イエは分包や活性化が必要なアイテムを処理していった。
そして。大きめの革袋になら入りきるだろうか、そこそこ大量の品々が床に並べられた。
「お待たせしました。どうぞ」
ーー レベルアップ! ーー
ーー イエ レベル2 ーー
「日常業務でレベル上がるんだもんなあ、おまえ……」
「…………」 ーー A ロルは礼を言った ーー
ーー 《ミニ・インベントリ》 ーー
本式よりも術式が少ない次元の狭間……簡易型の収納魔法へ、アイテムたちが放り込まれていった。
(さすがハイフェアリー。ミニでもインベントリを使えるのは便利だろうな)
《インベントリ》の収納数がスタック単位でも最低1000を超えるのに対し、《ミニ・インベントリ》は100程度。しかしマジックユーザーに依らず簡易でも荷物を減らせる利点は大きい。
(……ていうかハイフェアリーでも《イークイップ》は標準習得だろ。仕舞えよその大剣。べつにいいけどさ)
用心のために街中でも得物を提げる者はいなくもないが、ハルトは『第一隊騎士』というものへはどうも斜に構えずにはいられなかった。
「……ハルトさん、ひょっとして今日はご機嫌三角ですか?」
「斜めだろ? ……って、いや、べつにそんなことは……」
「ありがとうございました。お大事に」
くすぐったいような小声に振り向くも。すでに傍らのイエは、大剣しか見えない背中へお辞儀をしていた。
だからハルトだって、続く言葉の代わりにため息を吐き出すしかなかった。
と……、
「ーーうーっすガキぃ、その剣チョコバーみたいだなぃ。チョコミント味の」
開け放たれたドアが閉まる前に、バトルドレスのつま先が行儀悪く差し込まれた。
大剣の飾りが揺れる音、そして早足の音が遠ざかっていって……、
「ほははは、なんでぃあいつ顔真っ赤にしやがってぃ。きっとシェリスさんのつよつよな魅力にノックアウトなのだわ」
代わりに入店してきたのは、第七隊隊長シェリス。
金髪縦ロールの残念系王女、シェリザベート・ハーフェン・ベルアーデである。
「おかえりなさい、シェリスさん」
「シェリス? ほんとにずいぶん早いお帰りだな、今日のダンジョン荒らしは雨天中止か」
「てやんでぃ、こんな小雨でそんなナマ言わねぇやぃ。午後からマリーとクエストの待ち合わせしてっからよ、いったん帰ってきただけなのだわ」
「マリー……は、シュネーヴィのストレステストだかなんだかで外出か。どこまで飛んでくって言ってたっけな」
「私たちもお手伝いさせてもらいましょうか?」
「んや、イエ子と兄弟には別件のクエストを用意したのだわ」
と、イエにやたらと豪奢な用紙が渡された。
それは依頼書の様式ではあったが、王宮で用いられる公文書の用紙だった。
「そんじゃいってらっせぃ。シェリスさんもいってくるのだわー」
「お、おいっ? そんな急に……」
「そうですシェリスさん、せっかくですからお昼ごはんをご一緒に……」
「そこじゃない」
冷やしぜんざいのピッチャーを掲げたイエに気を取られているうちに、シェリスは出ていってしまったのだった。
「あんなのが姉貴分なんてな……ってこの依頼書っ、ひょっとして帝王の直筆か?」
「シェリスさんのお父さん、です?」
「ああ、サインは無いがこの筆跡はたぶんそうだ……」
筆圧が強すぎるのに流れるような字体が走っている。
その内容は……、
「……『ニテ牢城で音信不通となった騎士団第一隊パーティの追跡、並びに同部隊によるチート処理の救援』」
イエとともに広げた依頼書が、強張ったように音を立てた。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




