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王の友  作者: ARIKA
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第5節

「ケイリー久しぶりだな。」

「そうですな。王弟殿。」

ケイリーは帝国軍の陣地の真ん中で、60センチ程の座るには手ごろな石に腰掛けると大袈裟に周りを見渡すしぐさをする。

「随分大勢お連れになりましたね。」

「お前は共を1人か。」

「えぇ。彼はネイドで私の補佐をしてもらっています。」

王弟はネイドに視線を移すと値踏みをするように、下から上へと視線を動かす。

ネイドは今まで受けたことのない鋭い視線を向けられ、体を硬直させ恐怖のせいか全身から嫌な汗が噴き出す。

「まぁいい。」

王弟はネイドに対しての興味をなくすとケイリーに視線を変え、先ほどより鋭い眼差しを向ける。

ネイドは自分に向けられていた視線がケイリーの方に移ったことに安堵し軽いため息をつき、額の汗を手の甲でぬぐう。

「若者をいじめるのは感心しませんな。」

「どの口が言う。貴様らの方が散々振り回したはずだ。」

「覚えておりませんな。」

「いらん前置きなど必要ない。さっさと用件を言え、ただの世間話をしに来たわけではないはずだ。」

王弟は吐き捨てるように言うと、ケイリーに向けている視線に殺気を込め脅しに入る。

「せっかちなのは相変わらずのようで。簡単に言いますと、アーサーが兵を集めており10日以内にここに到着します。」

「10日以内にアーサーが来ると。」

ネイドは聞こえた言葉に耳を疑い口が半開きになり、呆けた表情のままケイリーの顔を覗き込む。

上官に対して顔を覗き込むようにするなどあってはならないことで、公的な場では罰せられる可能性さえあったがネイドにとってはそれほどの衝撃であった。

「今の言葉は裏切り行為だぞ。貴様はアーサーを裏切りこちら側につき、将軍の仇でも討とうというのか。」

王弟は眉間にしわを寄せ考えこむように口元を手で隠し、先ほどまで向けていたのとは比べ物にならない程の鋭い視線をケイリーに向ける。

「いえ、わたくしは裏切る気など毛頭ありません。ただここで待っていればアーサーがやってくるとお教えしただけです。もしも刃を向けるとしたらあなた方に向けます。」

その言葉を聞いた周りの兵士達は腰の剣をつかむと、いつでも抜けるように軽く腰を落とし王弟の命令を待つ。

「今の発言はうかつだとは思わないか、お前は我らの手の中にいるのだ。俺が号令を下せば貴様らの首など10秒もたたずに切り落とすことができる。立場をわきまえて発言をしろ、これは命令だ次はないぞ。それにここで俺たちが待ってなくとも、王都に向かえばアーサーに会うことができる。奴の来る道をさかのぼればすぐにでも会うことができる。ここで待つ意味などない、違うか。」

ケイリーは大袈裟にため息をつき首を左右に振りながら、やれやれと言わんばかりのしぐさおする。

その行動は帝国軍の感情を逆なでするのには十分で、周りの兵士は握っていた剣を引き抜きケイリーに刃先を突きつける。

向けられて剣の数にネイドは何度目かわからない息を飲み込むと恐怖のあまり呼吸をするのを忘れ、次第に顔を青くし油が切れたブリキ人形のように小刻みに震えながらケイリーの方を見る。

事の元凶は涼しい顔をしたまま、子供が新しいおもちゃを与えられたような笑みを浮かべていた。

「失礼。まさかあの誉れ高い帝国第一軍隊が、使者と総司令の会話を邪魔するような行動をとるとは考えておりませんでした。こちらが武器を持っていたならば剣を抜く可能性はあります。しかし、わたくしはこの通り丸腰です。陣中深く武器も持たず供を1人だけ連れてきた者にここまで過剰に反応するとは思っておりませんでした。わたくしの勉強不足でしたかな、改めて問いたい、なぜ総司令官の前で命令もなしに武器を抜いたのだ。帝国軍では上官の前で許可なく武器を抜き、会談を邪魔するのが礼儀なのか。」

「いえ、それは。」

ケイリーの突然の豹変に兵士たちは驚き、口を紡ぎ地面を見るように目を伏せ静寂があたりを包み込み静寂な時間が流れる。

兵士たちの顔には影が差しばつが悪い思いをしているようで、先ほどまでの鋭さはみじんもなく意気消沈している。

その中で唯一王弟だけは鋭い目つきのままケイリーをじっと岩のように動かず、瞬きもしないで見続けていた。

その眼差を受けている本人は自分の心が読まれているような錯覚に陥り内心焦りながらも、この場を乗り切るために勢いそのまま畳みかけた。

「いえ、私こそ誠にすいませんでした。少々熱くなりすぎたようで、皆さまには不快な思いをさせてしまい謝ることしかできません。」

ケイリーは先ほどまでの荒々しい口調から段々とやさしく柔らかい口調に変わっていき、それにつられて眼尻もやや下がったように見える。

「いや。そのな。」

「まぁ。なっ。」

兵士たちは顔を見合わせると、苦笑いを浮かべ同意を得るような小さな会話を続けることしかできず、皆がケイリーの顔色を窺っていた。

内心でため息をつきながらも場の空気を制したことに安堵し、目線を下げながら柔らかい口調で話し始める。

「この場には総司令の忠臣ばかりがおられるようですな、そうでなければわたくしの首は胴と別れていたところでした。」

言葉の中に冗談を混ぜることで焦りを隠しつつ、兵士たちに苦笑いをさせて場の空気をゆるやかにすることができた。

「何日待てばアーサーは来るんだ。」

突然王弟の声が響き少し眼尻が下がり、緩んでいた兵士たちの顔色が先ほどまでの強張った顔に変わり、背中に棒を入れられた様に背筋をまっすぐ伸ばす。

たった一言でケイリーが作り出した空気をぶち壊し主導権を握った王弟に舌打ちをしながらも、そのことは顔には出さず、笑みを浮かべたまま口元に手を当て悩んでいるふりをする。

「そうですな。12日ほどかと。」

「5日だ。」

間髪入れずに発せられた言葉に再びうなり考えたふりをし。

「10日。」

「8日だ。これ以上は無理だ。」

2人の間で交わされた言葉は少ないが、お互いに自分の意見を通そうとするところは、自分たちの立場を再確認することができ、やはり相いれない存在だと思い知った。

2人の会話が途切れたことに場の緊張感は高まり、この少しの間でも周りにいる兵士たちにすれば冷や汗ものでたまったものではない。

「8日ですか。」

「不満か。」

「いえ。わかりました。それでは帰らせてもらいますか、ネイドいきますよ。」

「了解です。」

ケイリーたちは立ち上がるとその場で一礼し、帝国軍に背中を見せ立ち去ろうとする。

「爺は満足していったのか。」

突然呟くように聞こえた言葉に動き出した足は止まり、片足を上げたままの奇妙な格好をしながらも、振り返ることもせず。

「ネイドが最期をみとりました。」

ネイドは蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させ、何かに耐えるように下唇を噛むことで出かけた言葉を飲み込み、口の隙間からはヒューヒューと何度も空気が出る音が響き息が荒くなる。

いったいどのくらいの時間がたったのだろうか、1分か1時間か、もしかしたら1秒もたっていないのかもしれない。

それほどネイドにとっては耐えがたいことであり、トラウマのようなものである。

しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかず血を吐くように口を開く。

「穏やかな笑みを浮かべてました。まるで古い友人にに会ったような表情でした。」

「そうか。爺は満足していたんだな。さっさと行け、今回は爺の顔を立てて会ってやったが次はないぞ。」

その言葉を聞くと2人は再び歩き出す、もうその歩みが止まる事はないだろう。

「総司令。8日もの時間を与えてよかったのでしょうか。」

2人の背中が遠ざかったのを確認すると1人の兵士が口を開く。

「問題ない。正直補給路を確保するのには早くて7日、遅ければ10日かかると報告が来ていた。だからこそ8日の方が都合がいい。」

王弟の説明に兵士たちは顔を見合わせると鈍い頷きをし、どうも腑に落ちない顔をしていた。

確かに補給路を確保するのは最優先であるが、今は少しでも進攻して相手に考える時間を与えない事が得策である様に思え、兵士たちの反応はどこか鈍かった。

不審な空気を察したのかセントリッヒが代表し手を上げ発言の許可を得ようとする。

王弟は無言のまま頷き発言しろと無言の圧力をかけた。

「総司令にお伺いしたいことがあります。確かに補給路を確保するのは大事ですが、せめて敵が少ないうちに川を渡ってしまえばどうでしょうか。そうすればアーサーどもが大群を率いてきても、川沿いに陣を置くことができず味方の被害が少なく済むはずです。確かに川を挟めば補給が滞る可能性はありますが、今の輸送隊の数を考えれば担いで渡っても十分な量を確保できるかと思います。」

「確かにお前たちの意見もわかる。だがな俺は第7軍隊の二の舞を踏むつもりはない。」

第7軍隊の二の舞と聞いた瞬間兵士たちの顔色は冷めたような、冷たいものに変わり先ほどまでの戸惑いがなくなっていた。

帝国軍第7軍隊は今でこそ輸送部隊の後方支援を中心とした部隊だが、10年ほど前は帝国軍の中でも1・2を争う勇猛さで守りの第1軍隊・攻めの第7軍隊といわれるほどの戦闘集団だった。

しかし、ある事件が切っ掛けで第7軍隊は後方支援の部隊に変わり、それを引き継ぐように第1軍隊が進行の要と呼ばれるようになっていった。

「確か第7軍隊の前任者だったか。あの大敗北を喫したのは。」

王弟の言葉に再び兵士たちは口を紡ぐ、何故なら帝国軍内部でもこのことは禁句とされており、表立って言うものはいない。

それはかつて攻めの第7軍隊といわれていた時、2万の兵を率いてこの川を渡り攻め込んだ時のことである。

その時第7軍隊は躊躇せず川を渡りその勢いのまま敵領内深く進攻し続け、帝国史上最大の進攻を成功させていた。

周りから見ればこのままの勢いのまま王都にまで達することができるかに見えたが、本人たちにすれば進めば進むほど状況が悪化していた。

当時防衛の最高責任者であった顎髭の将軍が焦土戦を実行し、第7軍隊を追い詰めていたせいであった。

顎髭の将軍は最初に近隣の村から食料をすべて移動させ、井戸には毒を混入し麦1つすら残さない徹底ぶりであった。

第7軍隊にすれば村人がいない可能性は高いと思っていたが、まさか井戸の水までも毒を入れているとは考えておらず、速度を優先するためにあまり持ってきておらず、すぐに手持ちの物資が欠乏し始めた。

そうなると帝国からの輸送隊が頼みになってくるが、両国の国境付近にはあの川が国を分けるように流れており、満足な量の物資が送られてくることはなかった。

そこに追い打ちをかけるように、将軍の100人規模の部隊が断続的に補給隊を襲い物資を焼き払っていった。

そのため敵領内深くでとどまることは愚策だとわかっていても進むことができず、下がることもできなくなり一種の放心状態になり身動きが取れなくなっていた。

第7軍隊の上層部は強行軍を主張するものと退却を主張するものに分かれてしまい、軍の士気は下がる一方だった。

昼夜繰り返す激論に司令官も心身ともに疲れ気が抜けて一瞬だが警備が緩んだその瞬間、顎髭の将軍は全軍に攻撃命令を下し、奇襲であったが5000の兵で2万の軍勢を破ったため近隣でその名を知らないものはいないとまで言われた。

この時帝国軍は2万の精鋭を失い、それに激怒した皇帝がそれ以降第7軍隊に兵士の増員をせず、1万ほど残っていた兵士達も他の軍隊に移動させ、抜けた穴埋めに徴兵したばかりの新兵を組み込んだ。

そのため第7軍隊の戦闘力は著しく下がり、それからは補給部隊として運用されていくようになった。

「あの作戦を立案したのが当時副官になったばかりのケイリーだ。」

「ケイリーが。」

セントリッヒは呟くようにその名を口にする。

「わかった。奴なら再び焦土戦を仕掛けてくる可能性が高い。今度は司令官として無理もできる。このまま川を渡り物資が満足に輸送できない状態を作るよりは、アーサーが来てから2人まとめて徹底的につぶせばいい。なに、10日もすれば船も届く。そうなれば補給路の心配はない、今度こそ王都まで進むことができる。奴らが時間を得たと喜んでいるかもしれないが、それも我らの手の中だ。心配することはない、我らに負けはない。」

王弟の言葉に兵士たちは皆頷き、今の状況が得策だと知り笑みまで浮かべている者もいた。

その中でセントリッヒだけがのどに骨が刺さっているかのような違和感を感じ、表情を曇らせたままでいる。

この漠然とした不安は何だろうかと、こちらが有利に事を進めているはずなのに何かかみ合ってない。

セントリッヒの思考は1人の伝令の声に遮られ、新しい報告に思考を巡らした。

「報告します。奴らは川沿いに複数の櫓を建てており、川の向こうからでもこちらの状況がよく把握できるようにしていました。」

「複数とはどのていどだ。」

「最低でも10や20ではきかない数で、どの位置から我々が渡河してもわかるようになっておりました。」

「先手を打たれていたか。しかし、建てるのにはそれ相応の時間がかかるはずだ。今回の進攻に合わせてではなく、前々から建てていたと考えるのが普通か。爺の置き土産だな。」

「総司令。ここは作戦を変更したほうがよろしいのではないでしょうか。」

進攻前の取り決めでは、相手が内乱の処理にバタついている隙に進めるだけ進み領土を切り崩しながら王都に進む予定だった。

しかし素早い兵の派遣と司令官としてケイリーが着任し、櫓までも複数建てられている状況に当初の目論見は潰えたため作戦の変更を迫られた。

「それぞれ意見を述べろ。」

「自分から提案します。正直相手は多くても1万前後にしかならないため、圧倒的な兵力を利用した一点突破を提案します。」

1人の兵士が手を上げると王弟の方に視線を向け返事を待つと、王弟は無言のまま頷き兵士はそれを了承と判断し発言した。

「この作為戦なら相手が建てた櫓は意味をなくし、小癪な策略も数の前に意味をなしません。相手の抵抗が激しく損害は大きくなる可能性はありますが、からめ手を使われて予想外の損害を出すよりは少なくなります。」

「自分は正面に敵の倍の数をぶつけることで動きを制限し、その間に敵と同数の別動隊で渡河する作戦がいいかと思います。敵側の櫓に察知される可能性は高いですが、その分正面が薄くなれば予備兵力を投入し、一気に渡ることができればそれだけで決着します。下手に少ない兵力を送っても渡河を防ぐことができず、自分たちと同数の兵が背後から襲えば崩れるのは必須かと。この作戦では相手が守れ切れないと判断しすぐに撤退する可能性があり、後顧の憂いを除くことを考えれば適しておりません。多くの敵を逃せば、相手が焦土作戦に切り替えてくる可能性があります。」

兵たちは積極的に自分たちの意見を出し合い多くの作戦を立案するだけではなく、自分の作戦のメリットとデメリットを必ず説明することで、周りから修正点などの発言が出やすくなる。

皆が意見を出し合ってる中、王弟は岩のように動かず兵士たちの意見に耳を貸し続ける。

そして数時間の討論の結果1つの作戦が決まり、王弟も納得し実行に移されることになり。

お互い川を挟んだままのにらみ合いが続き、約束の7日が過ぎ。

「作戦を実行せよ。」

力強い声が戦場に響き渡り兵士たちの間には緊張が駆け巡り、一斉に手に持った武器を打ち付けて自分たちを鼓舞する。

耳を塞ぎたくなる轟音の中、兵士たちはゆっくりと確実に進み始めた。

これから起こる一方的な蹂躙を夢見ながら。



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