第5節
「陛下。帝国が国境付近に部隊を集結しつつあると報告がありました。」
駆け込んできた伝令は息を切らせながらも、早口で報告すると目を伏せたまま暗い口調で再び口を開く。
「現在で2万近く集まっており、現在も増え続けている模様です。なにより第一軍隊の旗があり、このままだと3万を超え司令官は帝国の王弟が率いるかと思われます。」
帝国の王弟といえば帝国の軍のトップであり、その貴下である第一軍隊も精鋭中の精鋭と言われている。
伝令は目を伏せたまま顔を上げることができずに、顔に暗い影を落とし続けていた。
「ベディヴィア。」
「はっ。」
「我が軍が集めれる最大兵力はどのくらいだ。」
「5000。いえ、各地から警備などを呼び寄せれば8000ほどにはなるかと。」
ベディヴィアは一瞬の沈黙の間に常備軍と各地に散らばっている数を思い出し、大まかな数をはじき出し答える。
なぜここまで早く数を計算できたかというと、先ほどまでアーサー王に頼まれ各地の兵力配置と常備軍の数を調べるように言われていたためである。
「警備を集めなければ5000か。ケイリーを呼べ。」
「ケイリー卿ですか。」
伝令の兵士は想像もしていなかった言葉に思わず目を見開き伏せていた顔には驚きの表情を隠せずにいたが、兵士よりもベディヴィアの方が衝撃が大きく思わず王に対して聞き返していた。
「しかし、ケイリー卿は先の内乱でその、何というか。」
「お前らしくないな。はっきり言ったらどうだ。」
ベディヴィアは椅子から降りるとその場に跪き頭を深く下げると、重い口を開く。
「失礼を承知で進言させていただきます。ケイリー卿は先の反乱の首謀者の腹心として王都を占拠しており、実質反乱軍のナンバー2と言われておりました。将軍の死後は速やかに降伏し、混乱を抑えた功労があり貴族としての地位は守りましたが正直信用なる人物とはいえません。現に反乱を起こした者たちの依り代になりつつあり、今彼の者の名前が出てきたことに驚いを隠しきれません。確かに彼を引っ張り出せばその下にいる兵たちが集まり、4000~5000は集まる可能性はあります。しかし、彼らを一か所に集めれば反乱の危険が高まります。その対策のため現在は各地に分散させてから、我らの息がかかったものに監視させることで一時的な秩序を持っています。下手をするとそのまま寝がえり我が国に不利益をもたらす可能性が高く、わたくしめには理解が遠く及びません。」
まるでアーサーに話をさせないような勢いで話し終えると、小さくため息をつく。
「王よ。ケイリー卿は優秀で経験豊富な指揮官です、彼の忠誠心は国ではなく将軍に向けられていました。だからこ危ういのです、今すぐにでも恨みを晴らそうと動き出すかわかりません。だからこそ。」
「ベディヴィア。ケイリーを呼んでくるんだ。」
見上げるように見る王の目には強い意志が宿っており、自分の言葉では覆すことができないと理解すると護衛の彼の方に視線を向けるが、視線の先には彼はいなく扉が閉まる鈍い音が背中から聞こえてきた。
ベディヴィアは彼が呼びに行ったことを理解すると、あからさまな溜息をつきやれやれと首を左右に振る。
「ベディヴィア。今は一刻を争う時だ、貴殿なら理解してると思うが今回は議論している時間も少ない。私自身にも考えるがあるため少し強引に話を進めた、将軍の副官を務めていたケイリーのことは調べれるだけ調べた。」
アーサーは無造作に積まれている紙の中から一枚取り出すと、それに目を通しながら。
「この経歴を見る限り貴殿の言ってることはあっていると思う、彼自身国への忠誠心ではなく将軍個人に忠誠心をささげている。彼が軍に入ったころから将軍の下につき数々の戦場を共にし、私生活でも交流があったらしく10年以上の年月をかけて副官の地位についている。仲間内では国より将軍のために戦っていますと公言するほどだ、まぁこの記述も副官になる前の話で、副官になってからは物静かになり口数も減ったと書かれているがな。」
若いころは血気に盛んで経験を積んで穏やかになる者は少なくない、どこにでもあるような話ではあるがケイリーにとっての10年間とは何だったんだろうか。
10年以上の下積みで副官になり、それと同じくらいの年月を将軍とともに過ごした。
そんな彼がどんなことを考えているか、ベディヴィアにとっては気になる事であったがその思考を中断させるように扉をたたく音が響く。
「入れ。」
アーサーは相手を確認することもせずに言い放つと視線を扉の方に向け、つられるようにベディヴィアも扉を見つめる。
ゆっくりと開けられた扉の向こうには40前後の長髪の兵士が膝まづいており、置物かと勘違いしてしまうほど微動だにしない。
「ケイリー卿入られよ。」
名前を呼ばれたケイリーは背筋を伸ばすように立ち上がり、行進をするかのように悠然と部屋に入ると扉の付近で再び膝まづく。
「いきなり呼んで済まないと思うが今は緊急事態のためいろいろ省かせてもらった、思うことはあると思うがこれを見てほしい。」
アーサーはテーブルの上に無造作に積み上げられている書類を押すようにして寄せると、4つ折りにたたまれていた縦横50cmほどの紙を広げ中央部分を指さす。
その様子を横から見ていたベディヴィアには理解することができず首をかしげながら眉をひそめ、王の意図が読めない事にいら立ちを覚えながらも自然とケイリーの方に視線が向く。
「まさか。」
先ほどまでの無表情とは打って変わり、ケイリーは驚きのあまり口を半開きにしたまま右手で口元を抑えていた。
「あなたという人は。」
まるで怪物を見るような恐怖と好奇心を混ぜ合わせたような視線を送ると、一瞬うつむき自分に言い聞かせるように何かをつぶやく。
「まさか。ありえない、しかし。それだったら。」
「ケイリー。貴殿はすぐに2000の兵を集めこの場所に行ってもらいたい。」
「2000もの兵を割いてしまえば。」
「いや。集めてもらいたい。」
「集めるですか。」
ケイリーは王の意思を読もうと思考を巡らす、集めるということは常備軍ではなく自分の伝を使って集めるほかない。
しかし自分につながりがある者の大半は先の反乱のおりに共に行動した元将軍の部下たちしかいない、もし考えている通りだとすれば、反乱を助長しているとしか言いようがない。
「そうだ。そしてここで帝国を迎え撃ってもらいたい。」
アーサーは指をさした場所から波を打つような線をなぞるように動かず。
「いかほど持たせればよろしいですか。」
「最低でも5日。できれば10日は持ちこたえてくれ。」
「手段を択ばなければいけるかと。」
ケイリーの言葉に反応するように、ベディヴィアは目を細め視線を鋭くする。
「かまわない。貴殿が思う最善を尽くせ。」
「了解。」
ケイリーは再び跪き床に額をつけるほど頭を下げ、1秒2秒と深々と礼をすると勢いよく立ち上がり部屋を出ていく。
しかしその横顔には入ってきた時の無表情ではなく、わずかだが口元が上がり微笑んでいるようだった。
ケイリーは自分の口元が上がっていることに驚きながらも、そのことがうれしく両手で顔を包み込むように表情を隠し扉の前で待っていた若者に話しかける。
「すぐに主だったものを集めろ。戦いの準備を整えるぞ。」
「兵をあげるのですか。」
若者は驚きを隠せず思わず聞き返す。
「王直々の命令だ。帝国を迎え撃つ。」
ケイリーは指先で口元を撫でるように確かめ、笑みが消えているのを確認すると返事を待つ前に歩き出す。
(面白くなるぞ。将軍。いい思い出話が増えました、極上の酒を用意しておいてください。)
あっけにとられていた若者は我に返ると、小走りでその背中を追いかける。




