第4節
ガイドの声は虚しく反響するのみで、冷たい門は彼の帰りを拒絶していた。
「父上。母上。ガイドです。誰かいないのか。誰か、誰か。」
その声はだんだんと弱々しくなり、最後の方は力を失い涙が混じっている。
「おねがいだ。誰か返事をしてくれ。」
柵を握る力は強くなり、指の爪が皮膚に食い込み手のひらが裂け、うっすらと血が滲みだす。
血は重力に従い柵をつたっていく、柵自体がガイドの心情を察して涙を流す様に。
滴る血は地面に小さな赤黒い染みを作り、ガイドの影に溶け込んでいく。
永遠にも思える時の中で、石を何かでたたく音が聞こえてきた。
それは一定のテンポでリズムよく、確実に近づいてきている。
「この音は。」
ガイドは懐かしい音を耳にし、無意識のうちに呟いた。それは小さい時から何度も聞き、子守唄代わりに眠りにつくこともあった。
「父上。」
石畳の道を革靴のかかとをぶつける様に音を奏でながら歩く、ガイドの父親の独特な歩き方。
顔を上げたガイドの瞳孔は開き、その眼には遠くから近づいてくる父親の姿しか映っていなかった。
見た目は50代でガイドと似た顔のつくりをし、髪には白髪が混じり光を反射している。上下を黒のスーツで決めた姿は、年齢以外の何か風格があった。
「父上。」
ガイドは血を吐くような叫びをあげ、最愛の父親の呼ぶ。
子供の声が聞こえているはずだが、父親の足は早まることなく、一定のテンポで近づいてくる。
ガイドは何故かわからないが、心の底から不安が込み上げてきて、嗚咽を漏らす。
緊張の為か、気が抜けたためかはわからないが。なぜか近づいてくる父親の足音は、心を締め付け死刑宣告を待つようだ。
父親は不意に柵から2メートルほど離れたところで立ち止まると、重い口を開いた。
「去れ。」
ガイドは自分の耳を疑った、父親の口から出た言葉冷たく感情がこもっていない声だった。
「何故ですか父上。私はガイドです、あなたの息子で次期当主です。」
ガイドは柵の中に右手を肩まで入れると、父親に向かって手を伸ばす。
少しでも近づける様に、その手を握ってもらうために。しかし、手は空を切るばかりで、父親のぬくもりを感じる事は出来なかった。
悲痛なる叫び、父親は自分をガイドだとわかっているのに、あえて他人のふりをしていた。
「ガイドだからだ。」
「意味が分かりません。」
ガイドは父親の言葉が理解できず、うつむきながら見上げる様にして父親の顔色を窺った。
空を見上げていた父親が頭をうなずく様にして、視線をガイドに向ける。
しかし、その眼は冷たくガイドの知ってるいる父親の目ではなく、鋭く殺意がこもっていた。
「先のベイドン丘の戦いで、騎馬に乗った兵士が、味方を殺しながら逃げ出したらしい。」
「私ではありません。」
ガイドは父親の言葉を遮る様に即座に言葉を発し、その先を話させないようにした。
いや、聞きたくないだけだったのかもしれない。
この先に続く言葉は容易に想像が付き、なんとしても言わせたくない。
「私は先の戦いで退却はしました。しかし、それは。」
「お前に付いていった部下は皆死に、お前だけが生き残った。馬に乗っていたお前が。」
「それは部下たちが私を逃がしてくれたから、死ににいくものと約束したのです。お前たちが死んでも家族にはそれ以上の恩義で報いると、だからこそ彼らは望んで。」
「残った者たちの願いは一つだ。」
ガイドは父親の視線に耐えきれず、膝から崩れ落ちると、自分の体を抱くようにしてうずくまった。
まるでアルマジロなどの動物が、自らを守るために丸くなるように。
防衛反応だったのかもしれない、あまりの出来事で思考が追いつかず、現実を拒絶した。
「お前の命だ。」
死刑判決が下った、ガイドはうずくまったままブツブツと何かを呟いている。
「自分じゃない。夢だ。自分じゃない。間違いだ。夢だ。」
ガイドは壊れたように、同じ言葉を繰り返すばかり。
「確かにお前ではなかったのかもしれない、だがそんなことは関係ない。味方を殺して逃げ出した騎馬兵がいた。その事実が重要なのだ。ならば、誰かがその騎馬兵にならなければいけない。その者に処罰を下さなければ民が納得しない。」
「自分は身代わりですか。」
「そうだ。」
父親は空を見上げる様にため息をつき、その場で背中を見せる様に後ろを振り返る。
「家の事は心配するな、養子を迎えることで話はついている。お前はお前の責任をとれ。」
「責任。」
「そうだ、あの軍の象徴といえる将軍の処刑が決まった。此度の戦いの責任を取る形だそうだ。王子の初陣を台無しにした責任だ。私は思っていたんだ、もしもお前がアーサー卿と共にあの場に残り戦っていたらと。いや、無様でも構わなかった、死んでくれていたらと。そうすれば、お前は我が家の誇りとして供養し民も敬っていた。」
父親はゆっくりと歩きだす、かつての息子に背を向けながら。
「数日前王都から使者が来た。お前に味方殺しの罪状があると。だがな、私は戦いの前に、息子とは縁を切っていると。使者は納得していなかったが、我が家と無関係と、突き通し使者を追い返した。その時からお前はもう他人だ、最後の慈悲として殺しはしない。自らを裁け。」
遠のく足音、その懐かしい音が遠のいていく。
ガイドの目には光は映っていない、その意識は闇に落ちていく。
只々深く意識の奥に、ガイドの体は跳ねる様に痙攣をおこすと、目を力いっぱい開き。怒号のような悲鳴を上げる、うちにあるものをすべて吐き出す様に。肺の中の空気をすべて吐き出す、と同時に体の力が抜け地面に体をなげだす。
額を地面に付け、突っ伏していたガイドの心にはある感情のみが残った。
アーサーへの恨み、妬み、嫉妬、悔しさ、怒り。アーサーに対する不の感情のみが、彼をこの場につなぎとめた。
「アーサー許さない。」
ガイドは再び壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返し続けた。
急に立ちあがると、その場で両手を広げ、ステージの上で踊る様に回りながら笑い続ける。
この時ガイドの心は死に、新しく生まれ変わった。
復讐者として。
額から流れる血はガイドの視界を赤く染め、辺りに血の雨を降らせた。




