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王の友  作者: ARIKA
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第4節

ベディヴィアは馬の上から見下ろすように、戦場を見ていた。

しかし、その視界は顔を覆ったマスクの隙間から覗き込むように見ているため。視界は非常に悪く、ドアの隙間から見ているようだ。

ベディヴィアがそこまでして顔を隠すには理由があった、簡単であるが大きい問題。

ベディヴィアが女性の為である、確かに女性でも非常時には弓矢などの武器を持ち。身を守ったり、町を守ることはあった。しかし、女性が指揮官として指揮を執ることはまずない。第一に部下が付いていかない、そのせいでまともに指揮を執る事さえできない。

そのためベディヴィアは体のラインが出にくい、フルプレートアーマーを着ていた。それも自分のサイズより一回り大きいものを着こんでいる、そのせいで鎧の鉄と鉄の継ぎ目が合っておらず。腕一つも満足に動かすことが出来ない、そのため常に馬に騎乗し、体が動かないことをごまかしている。

ベディヴィアは周りに気づかれないように、静かにため息をついた。

彼女自身ここまでうまく事が進むとは思ってもいなかった、だが逆にそれが恐怖につながっている。

彼女の脳裏には、先ほどアーサーとの出来事が浮かんでいる。

「アーサー様。」

ベディヴィアは馬術が苦手だ、普通に走らせる程度なら何とかなるが。重い鎧を身にまとい、全力で走る馬の上でバランスを取るのは至難の業だ。

ベディヴィアは吹き付ける風を全身で感じながらも、馬から振り落とされないように馬の首にしがみ付きながら馬に騎乗していた。

はたから見たら不格好だが、彼女にとっては死活問題で周りの目を気にすることが出来ない。

「ベディヴィアどうした。」

アーサーは手綱を巧みに操り、馬上でも体の芯はぶれておらず、まるで椅子にでも座っているようだ。

「アーサー様、もういいのではないですか。」

「何の事だ。」

「今の我々が向かっている所を、教えてもらえませんか」

ベディヴィアはアーサーの沈黙を答えとして受け取ると、再び口を開いた。

「先ほどの所から後退していますが、僅かですが斜めに動いています。まるで交を描く様に、このままだと大きく迂回しながらも最後には前線につきます。」

ベディヴィアは左手を馬の首に回しながらも、器用に右手で円を描く。

「ベディヴィア。この戦いでどれほどの人が死んだかわかるか。」

親が子供を諭すような声だったが、それはある意味恐怖を覚えさせる。

ベディヴィアは口ごもり、目を伏せる事しかできなかった。

「昨日までに約1万1千人が命を落とした。ガイド卿、ニール卿、カールトン卿、ウィルム卿、ガバイヤ卿。他にも多くの者が命を失った。敵味方は関係ない、どちらも同じ国の者同士なのだから。それ以上にその家族などの悲しみは、何倍にも及ぶ。我々の知らないところでも、敵味方に分かれて争い続けている。」

「しかし、それは。」

「だからこそ、自分だけが逃げることはできない。ベディヴィア、私は思う。戦場という天秤は、載せた命の重さに比例して戦果を得ることが出来る。簡単に言うと賭けたものの大きさで決まる、そして今が命を賭ける時だ。」

「何を言っても止まってはくださらないのですね、わかりました。せめてこれをかぶってください。」

ベディヴィアはわざとらしく、首を左右に振りながら渋々と、馬に括り付けていた皮袋から、徐に兜を取り出した。その兜は全体を鉄で覆い、顔を隠すようにフルフェイス型になっていた。兜の前面は縦の線を描いたような細いスリット状になっていて、その隙間から覗き込むようにしなければ、視界を確保することはできない。しかし、その兜なら顔を見られる心配はなかった。

アーサーは握った手綱を左右均等に軽く引き、馬の背を挟んでいる股にゆっくりと力を込めた。

馬は軽く首をのけ反らせると、徐々にスピードを落としていく。

アーサーは上半身を捻る様にして後ろを振り返ると、ベディヴィアに手を差し出した。

馬の歩みが緩やかになったおかげで、ベディヴィアは馬上でもバランスをとれるようになり。馬の首にしがみ付いていた腕を放し、持っていた兜をアーサーの手にそっと乗せた。

鉄でできた兜は腕に重くのしかかり、普通ならバランスを崩してもおかしくないが。アーサーはトレイでも受け取る様に、手のひらに載せている。

アーサーは受け取った兜を目の前に持っていく。すると、兜のスリット部分を覗き込むように見ていた。兜の中に顔があるかのように、見つめあっている。

一瞬の間の後、アーサーは兜の表面をなでるように触り。下から覗き込んだり、回転させたりしながら兜を観察した。

受け取って初めて分かったが、兜は全体にまだら模様のように錆と染みがこびり付いて。表面には小さな傷が多く刻まれ、所々に凹凸があり波打っている。

それはこの兜の持ち主が、どんな状況だったかを容易に想像がつく。アーサーはその持ち主の事を思うと、自然と目じりが熱くなった。

それを誤魔化す様に、慣れた手つきで兜をかぶり顔を覆うスリットを下す。

錆びついたような金属音と共に視界が狭まり、目じりを隠すことも拭うこともできなくなった。

「ベディヴィアお前も。」

「私にはこれがあります。」

ベディヴィアは悪戯が成功した子供の様な笑顔を浮かべながら、袋からもう一つ兜を取り出した。

その兜は先ほどアーサーに渡したのと同じような形をしていたが、色だけが違う。簡単に言うと黒である、深みを帯びた暗い黒。彼女からは想像できない黒い兜に、アーサーはスリットの下で苦笑いを浮かべていた。

「なら行くか。」

アーサーは馬の首を軽くたたく、その動作を合図に馬は徐々に走るスピードを上げていく。

ベディヴィアはその背中を追いかけるように走り出す。

(この背中を追いかけるのは何度目だろうか、いつもこの背中を見ている気がする。それよりも、この事がばれたら彼はどんな顔をするのかな。任せられたのに、それを裏切る形になってしまった。それでも私にはこの人を止めることはできない。なぜなら私たちがこの人を王に祭り上げようとしているのだから。)

ベディヴィアは耳元に響く金属音で現実に引き戻された、ベディヴィアは耳元を撫でる様に触ることで、自分が兜を被っていたのを思い出した。

耳を隠す様に手を添えながら、音のした方を向くと一人の兵士が今にも泣きそうな表情を浮かべ、食い入るように地面を見ている。

ベディヴィアもそれに釣られるように、視線を下げるとその表情は凍りつく。

最初は理解できなかった、1本の矢が深々と地面に突き刺さっているだけだ。

しかし、思考が巡る度に全身を流れる汗の量が増え、全身を寒気と悪寒が襲う。

そこである結論に至った、ベディヴィアは恐怖で体がすくみあがった。

(この矢が耳元をかすめていった。あと数ミリずれていれば死んでいたかもしれない。戦場に立てば死に直面する場面は沢山ある、今までは運が良かった。部隊を率いて戦うことはあったが、一度も攻撃をされたことはなかった。奇襲や不意打ちで、相手が反撃する暇がなかっただけだった。これが戦いで、彼はこの中にいるの。私は無理だ、怖い、怖い、怖い。足がすくむ。体が動かない。)

ベディヴィアはまじかに感じた恐怖に顔をひきつらせ、血の気の引いた顔は真っ青になっている。

「全軍声を上げろ。」

どこからか響いてくる声は、彼女の意識を戻させるきっかけになった。

「我々の仲間が目の前で戦っている。我々が声を上げて仲間を鼓舞し、敵の注意をひきつける。そうすれば、彼らが生き残る確率が上がる。さぁ声を上げろ。叫べ、仲間の為に。」

アーサーは騎乗したまま、号令をかける様に手を振り下ろした。その声は、兜を被っているとは思えないほど澄んで、心が温まる。

ベディヴィアは唇を噛み、無理やり体の震えを止めた。それでも手は小刻みに震えていたが、先ほどのように戦意を失うことはない。

周りの兵士達は、各々叫び声に近い声を上げる。咆哮ではなく、ただ声を無理やり絞り出している。それでも相手の意識を、こちら側に向ける事には成功した。

ベディヴィアはここにきて、正体を隠し続けなければいけない自分の身を呪った。

自分も仲間たちのように、声を上げることが出来ないことが悔しく、先ほどとは違う意味で体を震わせている。

(私は彼からあの方を頼まれた。なのにあの方に助けてもらっている。不甲斐無い、不甲斐無い、なぜこんなにも無力なの。彼の期待を裏切って戦場にたどり着き、兵達を指揮することもできずに。逆に助けてもらっている。)

ベディヴィアは不甲斐無さを隠す様に、目の前で繰り広げられている戦闘に視線を移した。

逃げるような視線だが、無意識に白銀の兵士を探していた。

彼女自身わからなかった、彼に対して申し訳なくて探しているのか。

それとも、その目立つ鎧を見つけることで安心を得たいのか。

ベディヴィアは首を固定したまま、周りに気取られないように目だけで彼の姿を探す。

不意に強烈な光が目に差し込んだ、何か金属製の物に光が反射し、それが目に差し込んだ。

最初は何の光かわからなかったが、目の端に光の塊のようなものがうごめいているのが見えた。

それが彼だと判断するには少しの間が必要だった、なぜそれが人であると判断するのに時間を要したのかは、ベディヴィア自身理解できない。

彼は目立つ鎧で全身を包んでいる、それなのに誰も彼の事を気にも留めずに、彼はその間を縫うように進んでいた。

まるで空からでも見下ろしているかのように、どう動けばぶつからずに済むかわかっているかのようだ。

ベディヴィアは安心と感心、そして言いようもない恐怖を感じた。

(なぜあの中で気配を完全に殺して進むことが出来るの。あれほど目立つ鎧を身に着けているのに、わからない。彼は何者なの。)

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