第4節
「ご無事ですか。」
まだ若くどこかで聞いたことがある、何か懐かしい声が背中越しに聞こえてきた。
「セント。セント・オールバンズだったな。」
「はい。覚えてくださっていて光栄です。」
地面を削る音と共に、金属が擦れる音が聞こえてきた。白銀の兵士は首だけを動かして声の主を確認しようと振り返った、そこには膝を折った兵士がこちらを見上げていた。兵士は開戦前と同じレザーアーマーを着ていたが、その表面はワックスを塗ったような輝きはなく。血と泥で汚れ、至る所に切り傷が刻まれていた。傷も数センチに及ぶ大きいものから、1cmにも満たない小さいものまでもが刻まれていた。その傷の一つ一つが、セントが乱戦をいかに潜り抜けたか物語っている。
「どのくらい付いてきている。」
「500ほどかと。」
セントは一緒に突撃してきた人数と、突破している中で倒れていった仲間の顔を思い出しながら。悲痛な表情を浮かべると喉の奥から声を絞り出した。
「500か。よく付いてきてくれているな。」
(皆私が主であるアーサー様だと思って付いてきているのだろう。もしそれが別人だと気づいたら、どんな顔をするだろう。私のみならず主まで恨みを買う可能性が高い。何があっても主の名に傷をつけることは出来ない。例え命が尽きるとしても、隠し通さなければ。)
白銀の兵士が思考を巡らしていた、その思考を邪魔するように全身を鉄の鎧で覆った兵士が、鈴の音を奏でる様に金属のぶつかる音を鳴らしながら。激しい足音と共に土煙を巻き上げながら近づいてきた。
「アーサー覚悟。」
先頭を走っていた兵士は、獲物を見つけたように白銀の兵士に狙いを定めると。両手で握っていた剣を肩に担ぐように構えて、息を吐きながら汗ばんでる手で剣の握りを何度も握りなおした。
セントは跪いた状態で足の指先に力を込めて体を前のめりにして、地面に付いていた指先にも力を込めた。指先から伝わる力は筋肉を収縮して力をため込んだ。
その姿は陸上選手のクラウチングスタートに似ている。
セントはそのままため込んでた力を開放して、地面を力一杯蹴ると矢の様に走りだした。
最初の1歩は小さく2歩3歩と歩幅が広くなっていった、しかしセントは5歩目を踏み出さず。
4歩目を踏み出した瞬間に腰を落とし、左手で腰にさしていた剣の鞘を握りしめた。セントは鞘を握った左手を後ろに引きながら、右手で剣の柄を握りしめると一気に引き抜いた。
セントの剣は一般的にロングソードと言われる、細身の刀身に両刃が付いた剣を使っていた。
その剣は一切の歪みもなく柄の部分から剣先まで真っ直ぐな線を描いていた、そのため鞘から抜くときは必ず、鞘から直線的に抜かなければ途中で引っかかって抜くことが出来ない。
セントは抜く時間を短縮するために剣だけではなく、鞘を動かしたのである。その姿は立居合に似ていた。引き抜かれた剣はその力に逆らわなずに、半円を描く様に剣先を前方に突き出した。
先頭を走っていた兵士の行く手を遮る様に、影が白銀の兵士との間に入り込んだ。突然現れた影に驚いたが、兵士は足を止める事無く1歩また1歩と走り続けた。しかし、兵士は次の瞬間には足を止める事になった。兵士の喉に激痛が走り呼吸ができなくなり、口の中では逆流してきた血で満ちていた。
兵士の喉にはセントの突き出した剣が突き刺さり、今まさに兵士の命を奪おうとしている。兵士は影の事を少しでも警戒していればこのような結果にはならなかった、そのせいで先ほど突き出された剣に兵士自ら刺さりに行った形になった。剣先から流れる血は刀身をゆっくり流れ、柄の部分まで流れセントの手を赤く染めている。
セントは右足を上げると兵士の胸を蹴る様にして、剣を無理やり引き抜く。
後ろに倒れていく兵士の首から血が噴水の様に舞い上ががり、辺り一面に血の雨が降りそそぐ。
後ろを走っていた兵士は仰向けに倒れていく仲間と一瞬目が合い、その目は瞳孔が見開かれ助けを求めている気がした。
血を吹き出しながら倒れる仲間の姿に兵士達の足が止まる、あっけなく死ぬ仲間に戸惑いの色を隠せない。




