第4節
モーカム卿が最後に見た人影が、自分の体だったと気づくことが出来ずに、彼の意識は途絶えた。
馬上で首を失った胴体がぐらりと揺れると、そのまま力なく前のめりに倒れていった、主を失った馬は戦場を彷徨うようにゆっくりと歩き出した。新たな主人を探す様に、敵味方入り混じる戦場の中に溶け込むように消えていった。
「モーカム卿。」
モーカム卿の下に跪いていた兵士はいったい何が起きた理解していなかった、突然目の前を黒い影が通り過ぎたとおもったら、首を無くした騎馬兵が佇んでいた。
彼は無意識に呟いていた、何度も何度も、まるで自分自身に言い聞かせる様に。
「モーカム卿。モーカム卿。モーカム卿。」
その声は段々と大きくなり、感情のない声から悲痛の叫びに変わり。
初めてモーカム卿が死んだのだと理解をした、背中に載せていた主を落として。馬がゆっくりと歩き出した、彼はその後ろ姿を見つめている事しかできなかった。
土煙り舞う中、白銀の鎧を着た彼は戦場を駆け抜けている。右手には剣を握り、左手には手綱を握り器用に片手で馬を操っている。
戦場を駆ける事は、いつもの乗馬の練習や狩りの時とは違い。整備された平坦な道ではなく、どのような道なのか想像が付かない。
死体や武具が散乱し、時には息を吹き返した兵が槍を突き出してくることもある。もしくは、馬用の罠や柵などの行く手を遮る物はいくらでもある。
少しでも速度を落とせば、ロープや鉤爪などで引き落とされる事にも注意をくばらなければいけない。
その中を片手で馬を操って走ることは、歴戦の兵士でも難しい事だ。
しかし、彼は絶妙なバランスでそれをこなしていた。もし座る位置少しでも間違えていたら、バランスを崩して落馬していたかもしれない。
偶然だったのかもしれない、それでもこの戦場で最も馬をうまく操っているのは彼だった。
彼は馬の首を抱く様に体を密着させれると、剣先を地面の方に向けると。草を削りながら進んでいった、地面との間はわずかしかなく。
少しでも体を沈めれば、地面に跡を付けながら進むことになっていた。
彼は息を殺しながら、自分の呼吸を馬の呼吸に合わせる事で。不思議な一体化と共に、意思疎通をしていた、。彼の思い込みかもしれない、それでも馬が歩幅を変えたり、息継ぎのタイミングが手に取るようにわかった。
彼はそれに合わせて、前後の体重の比率や手綱の強さなど変えていた。不意に馬の頭が下がり、視界が広がると。その先に1人の騎馬兵が視界に飛び込んできた、馬はまるでその騎馬兵に向かって走っているようだった。
彼は剣を鞭代わりに軽くたたくと、馬は速度を上げた。彼は振り落とされないように手綱を強く握りしめた。
その距離は少しずつだが縮まっていった、彼は10メートルほどまで近づくと。手綱を左側に力一杯引くと、馬はその力に逆らわずに一歩分左に体を寄せた。
両者の間に一歩の隙間が生まれた、そしてその隙間を縫うようにすれ違いざま剣を斜めに振り上げた。
その一閃は馬の勢いも加わっていたために、本人が思っているより滑らかな動きで。衝撃もほとんどなく、剣にこびりついた血と舞い上がった鮮血のみが、今おきた事を証明していた。
彼はそのまま振り返ることもせずに、再び剣を振り降ろし刃に付いていた血を落とした。
その剣は刃こぼれ1つせずに、太陽の光を集めてきれいな輝きを放っていた。
彼はそのまま剣を鞘に納めると、突然馬が前足を上げて嘶いた、無意識だったが嘶に合わせて体を仰け反らした。すると彼の体がいた場所に、下から槍が突き出されていた。
そのまま条件反射で掴み取ると、槍を引っ張り上げながら鋭い蹴りで相手の頭を踏みつけた。
相手の頭は兜で覆われていたが、馬が前足を下ろす時の反動と鉄のブーツの力が加わり、まるで鈍器で殴られたような衝撃を生み出した。
兵士の首は通常ではありえない方向に曲がっていた、即死だったのか突き出されていた槍からは力が抜けて。槍にもたれかかる様に倒れていった、彼はそのまま槍を奪い取った。
支えを失った兵士は、そのまま前のめりに倒れ込むと動くことはなっかた。
手にした槍を頭の横まで持ち上げると、前方を見据えて腰を捻りながら槍を投げるように構えた。
そして1人の兵士に狙いを定めると、股に力を込めると馬の背を強くはさみ。捻っていた腰を反対側に廻し、力が腰から体へ、そして腕から槍に伝わった。
まるでボールでも投げる様に、放たれた槍は風を切りながら放物線を描き1人の兵士に向かって。進んで行った、槍はまるで吸い込まれるようにして兵士の胸に深々と刺さった。
焼ける痛みと共に胸を見ると、そこには槍が深々と突き刺さっていた。兵士は悲鳴を上げる間もなく反射的に槍を抜こうと掴んだが、胸をを貫かれたために。肺から逆流してき血を、口から泡の様に吐き出した。その光景はカニが泡を吹いているのにも似ていた、血で軌道がふさがれていたたために。悲鳴を上げることも出来ずに、目から大量の涙をながしながら両手で必死に抜こうとしていた。
その手は小刻みに震えて、目の焦点が合ってなかった。もし兵士が冷静だったら、槍を抜けば血が噴き出して。ショック死と考えてだろう、だが抜かなくてもこの傷では助かるはずはなかった。それでも兵士は体を震わせながら、本能のままに槍を抜こうと必死だった。兵士は自分に近付いてくる足音も耳には入ってこなかった、それは死神の足音で様に死への誘いだった。
意外なことにその槍はあっさりと抜けた、近付いてきた騎馬兵が槍を掴むと兵士の胸に足を乗せて。蹴る様にして、そのまま強引に引き抜いたせいだった。
兵士の手から滑る様に槍は抜けれたいった、必死に握っていたために、掌で槍に付いた血をふいているようにも見えた。両手にはべったりと血がこびり付いた、兵士の傷口からは噴水の様に血が噴き出すと。必死に胸に手を当てて、少しでも血を止めて傷口を塞ごうと必死だった。
しかし、兵士の意思とは関係なく血は流れ続け。槍に付いていた血なのか、胸から流れ出した血なのか。わからないほど兵士の両手は血にまみれていた、そのまま膝を折る様に倒れると。2度3度痙攣を起すと、動かなくなった。
槍を引き抜いた騎馬兵は、投げたものと同じ白銀の兵士だった。ブーツの裏にも血がこびり付いていたが、それを気にする様子もなく。引き抜いた槍先を眺めていた、まるでさめたような冷たいまなざしだった。
(刃の部分が欠けている、安物の槍か。まぁこんな物か。)
彼は半分あきらめたような感じに考えていた、槍先の刃が根本の部分で折れていて。槍というより棒に近い状態だった、しかし血で赤黒くに染まった槍は見る者にしたら。異様な物に見えた、まるで槍が血を啜っているように。




