第4節
陣内には不穏な空気が漂っていた、皆アーサーが将軍を狙っているのではないかと頭をよぎった。
将軍は目を閉じると、腕を組んだまま空を見上げていた。
将軍が何を考えているのかはわからなかったが、アーサーの思惑を考えると自分の命が、狙われる可能性が高いのは容易に想像できた。
それでも将軍は目を瞑ったまま、沈黙を守っていたまるで何かを待っているかのようだった。
重い空気が漂ってきた、まるで見えない何かに押しつぶされているかのように、背中に重りを背負わされて、その重さが増えていくみたいだった。
体中からは汗が吹き出し、流れ落ちる汗の一つ一つが癇にさわった。
それでも誰一人汗を拭おうとはしなかった、何かに取りつかれて様に将軍だけを見つめていた。
沈黙を破ったのは不意に訪れた来訪者だった。
「報告します、ウェリングバラ様の戦死を確認しました。」
皆の視線が来訪者に向けられた、来訪者は軽装備をした伝令だった。
上半身を革製の鎧で覆っていた、鎧の表面には漆が塗られていて光で少し反射をしていた。下半身はすね当てだけをしていて動きやすさを重視した、一般的な軽兵士の格好をしていた。
(やはりウェリングバラ卿は死んでいたか。)
この場にいるすべての者が、同じことを考えていた。
1人の兵士が何かを話そうと手を上げて口を開いた、しかしその手は肩まで上がると、それ以上挙げられることはなかった。
「ボンド卿討死。」
次々と駆け込んでくる伝令と、知らされる戦死の報告。
その場にいる誰も呆然と立ち尽くした、次々と名があげられる者達は、幾度も同じ戦場で死線を越えてきた戦友たちの名だった。
古くからこの国に仕えてきた者、若く将来を嘱望されていた者。
様々な者の名前が挙げられていくたびに、士気は落ち自然と視線が下がっていき誰も視線を合わせようとはしなかった。
それでも将軍は静かに空を見上げたままだった、傍から見たら寝ているのではないかと、錯覚させるほど微動だにしていなかった。
刻一刻と時間だけが進んで行った、もたらされる報告に誰一人口を開くことが出来なかった。
クレータム卿さえ状況を把握できなかった(どうする、想像していたとしても頭が付いていってい居ない。ここで私が兵達を鼓舞しなければ、兵が四散しかねない。だが何を言えばいいのか。)
クレータム卿は自問自答を繰り返していた、照りつける太陽が肌を焼き呼吸だけが荒く、大きくなっていた。
「顔を上げろ。胸を張れ。」
兵達がうな垂れている中、将軍の声が陣中に響いた。
兵達は意気消沈していた、将軍の声さえ心に響かずただ俯くばかりだった。
何かにやる気や生気を吸われたのか、それとも何かに絶望したのか。
「再び問うぞ、貴様らは何をしに来た。名誉・名声・富、そのようなものが欲しかったのか。」
クロスビーは震える体を両手で抱くように押さえつけていた、それでも震えは収まらず、小刻みに震えながら顔を上げた。
「私は悪名を背負うために来ました。将軍の意思とウェリングバラ様の理想の為に、民に嫌われても後の人々になんと言われようが。」
「ならばこそ、今この時胸を張れ。他の者達はどうだ、己が理想のためにこの戦場に立っているのではないのか。違うのなら立ち去れ、ここはお前たちの死地ではない。もし迷いがあるのなら振り払え、振り払えないのなら死ぬだけだ。この場にはその場の雰囲気で来ている者もいるかもしれない、主に言われてきているだけだと。言う者もいるかもしれない、だがなこれ以上迷う様だったら立ち去れ。罪に問わない、お前たちの主には私から伝える。全ての業を背負う覚悟のある者だけ残れ、私はこの戦い勝っても負けても、私の名は大陸1の卑怯者だと恩知らずだと言われるだろう。だが私は後悔は微塵もない、私は亡き友に誓ったのだから。」
将軍は言い切ると、目を閉じて感傷に浸っていた。
今は亡き友の事、死んで逝った部下や仲間の事を。
静かに息を吐くと、この場に似つかわしい笑みを浮かべた。
「今思えば敵左翼の動きが鈍かったのは、本当に足元が悪く動きが制限されていたためかもしれない。逆に動きに乱れがなかった、右翼に罠はまずない。クレータム卿3・4陣を前進させて、陣形が崩れている敵側面を攻撃させろ。」
「しかし、将軍。」
心の奥に埋め込まれた恐怖に抗おうとして、顔をゆがめながら声を絞り出したクレータム卿の言葉を遮る様に。
「敵左翼を突破するのではなく、そのままステインズ卿が罠にかかった場所まで押し込め。罠を利用するのだ、敵が自らの罠から逃げるために陣形が完全に崩れれば、そのまま敵右翼を包囲しろ。もしも、敵が自らの罠にかかり動きが鈍れば。」
将軍はわざと言葉を切ると、先ほどとまでの笑みとは正反対の鋭い目つきで。
「殺せ。」
ただの一言だったが、その一言で空気が変わり兵士達の顔色が変わった。目は研ぎ澄まされ、誰一人俯くものはいなくなった。
その短い言葉は力強さと重さを持っていたが、その反面畏怖や怒りなど、不の感情も込められていた。
その相反する意味を矛盾を生じさせる言葉だった。




