第4節
「失礼します。」
護衛の彼が馬上のままアーサーに向かって言うと、そのまま背中を向けて走り去っていった。
この時アーサーの軍は、3000の兵を大きく3陣に分けていた、各1000の部隊を縦3列に並べた、1列目は1000全てが歩兵で、2列目は弓500、歩兵500、3列目は歩兵500、騎馬100、斥候隊400で構成されていた。
アーサー自身情報の正確さを重要視しているために、斥候隊の配分が多い。
将軍の軍は第1陣ウェリングバラ卿歩兵1500、2陣ステインズ卿重歩兵1000、重騎馬兵500、3陣・4陣1000、弓と歩兵が各500。
本隊は将軍旗下1000、騎馬200、歩兵800、将軍の陣形は先頭に1陣その後方に2陣、2陣の両脇に3・4陣、後方に本隊。
ステインズ卿の部隊を中心に左右前後に部隊を配置した、真上から見るとまるで十字架の様に見えた。
ウェリングバラ卿は馬上から右手を上げて再び進軍の合図を出した、横に居た副官がそれを確認すると。
「全軍進め。」
大きな声で叫ぶと、兵士たちが足並みをそろえて進み始めた、誰一人ずれる事無く進むさまは兵の練度を表していた。
少しずつだが確実に近付く両軍、荒くなる息遣い、神経が研ぎ澄まされて相手の心臓の音も聞こえてくる様だった。
震える手を握り、叫び声を上げる事で恐怖を誤魔化していた、一瞬だが両軍の息遣いが重なった瞬間。
「構え。」
ウェリングバラは号令を下すと、兵達は盾を叩くのを止めて盾を胸の前で構えて、槍先を相手の方に向けた。
その瞬間アーサーの本陣から、2本の旗が掲げられた、合計で3本の旗が並ぶように風に靡いていた。
その合図を待っていたように、アーサーの第1陣が真ん中から左右に分かれていった。
それは先の戦いで、ガイド卿が行った作戦だった、その1陣の後方から現れた2陣は、1列目が片膝を付き弓を構えた兵で2列目は立ったまま弓を構えていた。
その弦はギリギリまで引かれていて、いつでも射る事が出来る状態だった。
ウェリングバラの軍にしたら、敵がいきなり左右に分かれて逃げ出したと思ったら、その後方から弓兵が現れ、弓を構えていつでも射る準備ができていた。
その光景を前に足が止まってしまった、それを待っていたのかのように一気に矢が放たれた。
1列目の低い弾道は前衛の足や下半身に刺さり、前のめりに崩れるように倒れていった、その兵が倒れた後に2列目の矢が放たれた、前列の兵を失った兵にはそれを防ぐことが出来ずに、時間差で射られる矢によって多くの兵が矢の犠牲になっていた。
「ウェリングバラ様。」
先ほど号令を発っしていた副官が青い顔をしながら駆け寄ってきた、眉間にはしわが寄っていて早口だった。
「すぐに後退なさってください、ここは私が受け持ちます。一旦後退して体制を整えてください。」
「各隊に壁の防壁を作らせて、その場を死守させろ。」
「お待ちください、確かにその陣形なら矢は防げますが。」
言葉を濁しながら、一旦会話を切ってウェリングバラの顔を見上げた。
その顔は真っ直ぐアーサーの軍を見ていた、その眼差しからは覚悟が伝わってきた。
副官はわざとらしくため息をつく真似をすると、軽い笑みを浮かべ。
「了解。全部隊防壁の陣形を組め、第1部隊は2・4部隊と合流。3部隊は5・8・10と合流。損害が少ない6・7・9は密集隊形で他の部隊の前に出て盾になりつつ、陣形の変更。」
副官は前線を見渡すと、各部隊の被害状況を大間かに計算して命令を下した。
彼がここまで的確な判断を下せたのは、ウェリングバラの下に来る途中に見た部隊の状況と、行軍時の部隊配置と近くの部隊からの被害報告が来ていたからだった。
すぐさま数人の兵士が走り去った、近くにいた第6部隊は兵の間隔を詰めると、盾で頭と胴を隠すようにして進み始めた。
各部隊は合流しつつ、密集しながら陣形を変更していった。
この時下された防壁の陣形は、まず先頭の兵がうずくまる様な形で手に持った盾で、なるべく体を隠し別の兵がその盾の上に、別の盾を重ねていく。
そうして隙間なく積み重なった盾はまるで、1枚の壁の様になる、この陣形の利点矢による攻撃に対してはほとんど無敵だが。
兵達が固まりすぎているために、まったく動くことが出来ない事と、攻撃手段が隙間から槍を出すことしか出来ず。
守りには適している陣形だった、前衛の部隊の御蔭で兵を失いながらもなんとか持ちこたえていた。
突然手に伝わってくる衝撃と、金属を叩く音が止み攻撃に間が生まれた。
ウェリングバラの兵達は息を整えつつ、神経を研ぎ澄ませた、額を流れる汗と血を拭うこともせずに、ただただその場で耐えていた、しかしいつになっても新しい命令も攻撃も再開されない、不思議に思い少しだけ盾をずらして覗くように前方を確認した。
隙間から見えた光景は、矢によって死んだ仲間の死体と前方で弓矢を構えた敵兵だった。
敵兵を確認すると、急いでその隙間を塞いだ、本当ならこのまま手で両耳を塞ぎ蹲りたかった、そうでもしないと恐怖で押しつぶされそうだった。
隣の兵も貧乏ゆすりをする様に震えていた、その震えが兵から兵に伝わる様にして隣の兵の足もを震えさせていた。
たとえ数秒でも何も見えない状況で耐える兵にしたら、その時間は数倍にも感じられた、左右から何かの音が聞こえてきた。
最初は勘違いと思ったが、次第に近付く音に兵達は動揺を始めた。
その音の正体は左右に展開した、アーサーの第1陣が迫っていたためだった、第1陣が左右に分かれるとそのまま縦に並んで、敵軍をUの字の中に閉じ込めるような陣形に変わっていた。
そして左右の部隊が槍を突き出しながら近づいていった、この時逃げるために陣形を崩せば矢の攻撃を受けて、その場に居ても歩兵の攻撃にさらされる状況だった。
ウェリングバラは後方からその光景を見ると、奥歯を噛みしめた。
「ウェリングバラ様。今なら包囲網は完成していません、今のうちにウェリングバラ様だけでも後退してください。」
副官は魂願するように、今にもしがみ付きそうな勢いだった、ウェリングバラは副官の顔を見ると顔をゆっくりと左右に振った。
その光景を信じられないのか、とぼとぼと不安定な足取りで近づいてきた。
「今耐えれているのは、私がここにいるからだ。私がいなくなれば、兵達が四散しかねない。死守しろと命令しておいて、命が大事だから逃げましたでは示しがつかない。」
「しかし、御命あっての。」
「みなまで言うな、お前には伝えてほしい伝言がある。これは大事な指令だ、これを成功するまで死ぬことを禁じる。」
「ウェリングバラ様。」
副官は両膝を着くようにうな垂れると、両手を地面に付いた、その時地面に水滴が落ちた。
それは副官が流した涙で、その涙は流れ続けていた、顔を上げることが出来ずに黒い染みを作り続けていた。
そっと副官の肩に手を当てると、耳元で伝言を囁いだ、その声は戦場の音にまざり副官のみに聞こえていた。
一旦話し終えると、その肩に置いた手を離した、副官は顔を上げると手を伸ばして掴もうとしたが、その手は空を切った。
ウェリングバラは背中を向けると、そのまま歩きながら振り返ることもせずに。
「我が生涯の友ステインズに伝えろ。わが想いと、願いを。そして、今まで支えてくれた事に感謝を。」
副官は離れていく指令の後ろ姿に、自分の無力さを感じながら涙を流し頭を抱え空を見上げた。




