第4節
見渡す限り視界を遮る物はなく、辺りは緑色の草が絨毯の様に敷き詰められていた。
草たちは風が吹く度に同じ動きを繰り返し、止むとその動きを止めた。
しかし、兵達が歩くことによってその場所だけが別の動きをしていた。
アーサー達は地平線の先に、朧げだが何か近付いてくる影が見えていた、その影は太陽の光が地面を熱しているためか、歪んでぼやけていた。
しかし太陽が雲に隠れ、その影が近付いてくる度にはっきりと確認することが出来た、その影はラメラーアーマーと呼ばれる、小さい鉄状の板に穴を空けて紐などで縫い合わせた鎧で、首から膝まで覆っていた。
その左手にはバックラーと呼ばれる、円形の直径50センチほどの大きめの盾を持っていた、反対の手には2メートル前後の槍を持っていた。
敵兵が近付いてくる度に鎧が擦れる金属音や、足音による地響きを感じていた、敵の戦闘の旗を確認できる距離に近付いた時、敵兵は歩幅を縮めさせて足音を大きくさせながら、手に持った槍を盾にぶつけて大きな音を出しながら。
威嚇を始めた、アーサーの軍にすればここまで真正面で敵兵に対峙したことはなく、相手の落ち着きと威圧感に圧倒されていた。
そのせいか実際より相手が大きく見えてきた、兵士たちは手に持った槍を杖代わりにして、なんとか立っていることが出来た。
しかし、その顔は恐怖で引きつり体を震わせていた、相手の旗は赤い布でその中央に五角の盾が金色の糸で刺繍されていた。
「ウェリングバラ卿だ。」
「将軍の盾。」
「槍もしかして、槍も来ているのか。」
震える声で1人の兵が呟くと、関を切った様に兵士たちが口々にしはじめた。
その声は段々大きくなりすぐにアーサーの下にも伝わった、目の前に迫った恐怖が見えない靄のようなもので、軍全体を包み込んでいくのがわかった。
アーサーは奥歯を噛みしめながら、どうすればいいのか思考を巡らせていた。
引いた方がいいのか、体制を立て直さないと兵は逃げ出すか、立ったまま相手の攻撃にさらされて無駄に死なせてしまう。
アーサーは考えがまとまらなかった、今までは攻める側で相手をどう崩せばいいか、意表を突くためにはどうすればいいか。
そんな事を考えていたが、今回は立場が逆だった正直戦場で守りに入るといことが、どのようなプレッシャーがありどの様に進んでいるかを理解してなかった。
ここに来て経験の差が大きく出てしまった、今まで不利な状況は多かったが、その都度兵達が自分の指示通り動いてくれた、そのおかげでうまくいっていた。
アーサーは自分の不甲斐無さに打ちのめされていた、自分の事が精いっぱいで周りに対しての気遣いが出来ていなかった。
「旗を上げろ。何をしている我らはまだ戦ってもいない、逃げたい者は背中を向けて立ち去れ。旗を早く上げろ。」
アーサーの後ろから、彼は自らの剣であるカレトヴルッフを抜き頭上に掲げ後方の兵に対して旗を上げる指示を出していた。
兵士はアーサーの顔を窺いながら困惑したが、再び強い口調で怒鳴りつけられると驚き背筋を伸ばして旗を高くに掲げた。
金の獅子の旗が本隊高く掲げられ、風にによって波打つように靡いていた。
相手の兵にも確認ができるほどだった、急に掲げられた旗にウェリングバラの兵の動きが一瞬止まった、戦場に一瞬の静寂が生まれた。
アーサーの兵達も視線の先を追うように振り返って旗を見ていた、彼は静かにアーサーの背中を押して耳元で。
「主よ。」
たった一言だった、しかしその言葉はアーサーにとって、何事にも代えられないほどの意味が込められていた。
アーサーは大きな深呼吸をすると、カリバーンを頭上高く掲げ戦場全体に響き渡る様に。
「我が戦友たちよ、前を向け武器を持て心の底から声を上げろ。この戦いでこの国の運命が決まる、自らの手で友や家族を殺めた者もいるだろう、だがその罪はすべてこのアーサー・ペンドラゴンが背負う。だから心置きなくアヴァロンへの道を進め。」
アーサーの言葉だけが戦場にこだまし、風に乗って声が響き渡った。
馬上から見渡すように兵達を見ると、皆前のめりになる様にして俯いて誰とも目を合わせないようにしていた。
兵達は沈黙していた、先ほどの静寂ではなく口を固く結び声を発しないようにして黙っていた。
アーサーはそれでもカリバーンを掲げて続けた、再び敵兵が前進しようと1歩を踏み出した瞬間に、雲の隙間から一筋の光が降り注いだ。
兵達は困惑や苦悩の表情を浮かべながら、下から覗き込むようにして辺りを見渡した、誰かが逃げ出せばそれに便乗して、逃亡しようと考えていた。
左右を見渡すと、数人の兵が呆然としながら同じ方向を見ていた、その目には涙を浮かべるものさえもいた。
兵達はまるで吸い寄せられるようにして、その方向に視線を向けていった。
そこには、光が意思を持っているかのようにアーサーに降り注そそぎ、そして手に持ったカリバーンが光を反射して、まるで黄金に輝いていた。
それはベイドン丘の戦いの時と同じく、剣自体が光を発しているように見えた。
兵の中にはその戦いに参加していた者もいた、再びの奇跡を目の辺りにして両膝を付き、祈りを捧げるようにして見上げた。
「黄金に輝く剣。」
「アーサー様こそ、アークトゥルス王の生まれ変わり。」
「我らの王だ。」
1人の兵が沈黙を破ると、他の兵も続く様に呟き始めた、誰かが王と呟いた時それに続く様にして、皆が「王」という単語を使い始めた。
「王様だ。」
「アーサー王。」
「我らの王、アーサー王。」
その声は次第に増え始め、何かに取りつかれたように「王」と連呼し始めた。
兵達の中から恐怖は消え、真剣な顔つきに変わり、その心は偉大なる王への信仰心に満たされた。
兵達は立ち上がると、体の向きを直して敵兵を睨みつけた、土壇場でなんとか持ち直すことが出来た、流れが変わった瞬間だった。




