第4節
将軍達の危惧した通り、数日のうちにクレイガボン砦陥落の報は民衆の知る所にいたった。
それは辺境の村や町だけではなく、警備や取り締まりの兵が多い王都でも家の影や、買い物の最中の噂話として話していた。
人の噂は広まるにつれて尾ひれがつくものだが、今回も率先して流す者がいた、それはベディヴィアの部下たちだった。
ベディヴィア自身兄がいたため家を継ぐことが出来なかった、そのため小さい頃から情報収集や情報統制などの情報戦を学んでいた。
そちらの方面に疎い兄を補佐するために学んでいたが、兄が亡き今アーサーの下でその実力を遺憾なく発揮していた。
アーサー達は補給をしながら王都への道を進んだ、その軍勢は3000まで戻ってきていた。
王都まで2日までの距離に近付いた時、進軍中のアーサーに将軍が軍勢を率いて王都を出たと知らせが入ってきた。
息を切らしながら、20前後の男が馬上のアーサーの下にきて跪いた。
上から見下ろす様にその男を見た、男の服装はどこにでも売ってそうな布の服を着ていたが、何度も手直しをしたのか、所々破けた後もあった。
「報告します、3日前将軍が旗下の部隊を率いて王都を出ました。その数約6000、その中には将軍の盾とランスと言われている、ステインズ卿とウェリングバラ卿です。」
「ステインズ卿か、確かニール卿のご子息だったか。自分は会ったことはなかったが、ベディヴィア貴女は会ったことはあるか。」
「確か式典などで顔を合わせた事があります、ニール卿に負けず劣らずかなりの巨漢で、近くで見た時はその大きさと威圧感に圧倒されました。その隣には彼より1回りは小さい人もいました、かなり親しげに話していましたし。一緒に行動もしていたので、もしかしたら彼がウェリングバラ卿だったのかもしれません。かなりアンバランスな組み合わせだったので、印象に残ってました。」
「顔見知りと戦場で会うのか、かなり辛いがそれでも前線に来るのか。」
「もう覚悟はできています、部下の中にはかつての仲間の屍や、己の手で殺してしまった者もいました。今でも夢に出て魘されると言ってました。」
アーサーはゆっくりと目を閉じ、瞼の裏に焼き付いていた光景を思い出していた。その光景は初めて戦場に出た時馬上から無我夢中に槍を突き出し、初めて人を殺してしまった時の事を。
あの時の槍が刺さっていく感覚と、相手の唖然とした顔は一生忘れる事は出来ないだろう、自分もあの時の事は毎晩夢に出て何度も魘されていた。
それでも彼は戦いの歩みを止めることは出来なかった、あの時の誓いのために。
「やはり将軍は今度の戦いで、我々との決着をつけるつもりですね。このままのペースを維持するとして。報告の時間と軍の規模を考えれば、明日にはぶつかる可能性が高いかと。」
アーサーはベディヴィアの声で、現実に引き戻されるようにして我に返ってた、しかしその顔は急な事で、口を少し開けて目を見開く様にして驚いていた。
その顔を見た時ベディヴィアも驚き、肩を持ち上げるようにし1度体を震わした。
「すまない、少しだけ考え事をしていた。すぐに斥候隊を出して相手の位置を探らせろ、相手も同じ事をしてくると思うが。相手の兵を見つけても捕まえずに、泳がして相手の位置を確認しつつ、こちらの位置を教えてやれ。」
「こちらの位置を教えてしまったら、攻撃してくれと言っているようなものです。態々自分たちを不利な状況に追い込む意味がありますか、せめて一度後退して体制を整えてから、考えた方がいいかと。」
「確かにその意見ももっともだ、しかしお互い相手の位置を掴んでいれば、奇襲や横槍を入れられる確率は減る。それに相手も早期決着を望んでいる、軍を戻すことが出来ずに進むことしかできない。ならばこちらが先に戦場を決めてしまえば、こちらの有利な地形に誘い込むことも可能だ。一旦軍を止めて、周辺の地図と兵の中からこの地域に詳しい者を呼んで来い。そして近くに町や村があれば、そこにも兵を送って周辺の地形、気候、風習なんでもいいから情報を集めてきてくれ。」
「了解です。」
言葉の端に不満の色がにじみ出ていたが、一礼をして伝令の兵と共に兵の中に入っていった。
「主よ。あれでのよかったのですか、まだ納得はしていない様子でしたが。」
背後から主に気を使うような静かな声が聞こえてきた、アーサーは驚く仕草も振り返ることもなく、彼がそこにいるのが当たり前のように。
「ベディヴィアは優秀だが融通が利かない所があるみたいだな、だからこそ彼女は貴重な人物だ。」
「確かに彼女がいなければ、他の地域の情報をいち早くつかむ事も困難です。他にも軍同士のパイプ役を担っています、どちらかと言うと武官より文官向きです。」
2人の会話は周りから見れば奇妙で、アーサーが前を向いたままで1~2歩後ろに護衛の彼がいて、アーサーの背中に声をかけてそれに返事をしていた、そんな状況で会話が成立していた。
護衛の彼のが目の端で影を捉えると、風が通り過ぎるかのように、足音も立てずに静かに彼の脇を通ってアーサーの前に出るとそのまま跪いた、その影は黄色と肌色を混ぜて色を薄めたような色をし、表面がワックスによって日の光を鈍く反射するレザーアーマーを着込んでおり、その恰好は先ほどの兵とは真逆で兵士らしい装いだった。
「申し上げます。ベディヴィア様が近くに天幕を張られたので、お越しになられるようにと。」
「すぐ向かう、案内を頼む。」
「了解。失礼します。」
伝令の兵士は断りをいれると、アーサーが乗っている馬に近付き轡を掴むと、馬を引っ張るよう様にして先導していった。
アーサーは兵士に逆らわずに、軽く馬の腹を蹴り先導をしやすくさせた。
その背中を追うように彼も後ろを付いていった、兵士に連れられて進むと周りが拓けた広場の様な所に、1つだけ天幕がありその周辺を兵士が警備をしていた。
入り口の兵士はアーサーの姿を見つけると、緊張で体を強張らせながら深い一礼をした、兵士はアーサーが馬から降りても頭を下げたままで、その横を通り過ぎたのを確認すると慌てて頭を上げた。
その顔は安どの表情を浮かべていた、アーサーは自分の馬を兵士に預けるとそのまま天幕を潜った。
中にはテーブルと3つの椅子があり、その1つの前にベディヴィアが立って待っていた、その隣には見慣れない兵士が頭を下げた状態で立っていた、その兵士を横目にアーサーは一番奥の椅子に座った、視線を下げてテーブルを見ると1枚の地図が広げてあった。
「申し上げます、その地図はこの周辺の物です。行軍中に手に入れた物資の中に入っていたため、早めに見つける事が出来ました。左に居る兵はこの地域の町の出身の者です。聞き込みの兵はもうしばらくかかりますが、今ある状況を整理するための準備が出来たため、お呼びしました。」
ベディヴィアが左手を兵士に向けて紹介をすると、兵士は深く下げた頭をさらに下げて地面に向かって話すように。
「失礼します。この度はアーサー様の直々の御呼出し、光栄の極みです。」
その声は緊張で単調で大きな声になっていた、兵士は荒い息を整える事が出来ずに呼吸が荒くなる一方で、話をできる状態ではなかった。
「一旦落ち着きなさい、司令官の前だとは分かりますが。その状態では正確な情報をお伝えもできません、深呼吸をして気を落ち着かせなさい。」
「そこまで畏まらなくてもいい、もう少し近付いて地図の地形を詳しく教えてくれないか。」
アーサーは地図の中央部分を指していた、兵士は慌てて頭を上げると、空気を目一杯吸い込んだ、あまりにも吸い込んだために鎧の上からでも腹部が膨れていくのがわかった。
一度口元を手で隠すと、離した瞬間目一杯吸い込んだ息を一気に吐き出した。
気持ちが落ち着いたのか、吐いた勢いで強張っていた体はほぐれ肩が少しだけ下がっていた。
「了解。」
兵士は地図に近付きアーサーが指さしていた場所を見た、そこはここから王都に向かって30分ほど進んだ先にある平原だった。
周りには木々はほとんどなく、草しか生えていないところだった、兵士は謙遜した口調で。
「この場所はここから歩いて30分ほどで、木々は生えておらずに身を隠せる場所がなく、周辺の見渡しは凄く良く。」
兵士は一旦言葉を切ると、唇に指を当てて考える仕草を始めた。
「何かあるなら言っても構わない、どんな些細なことでも構わない。」
アーサーがそう急かすと、兵士は指を離して顔を俯きアーサーの顔色を窺い、歯切れを悪くしながら。
「この場所には昨年の、今と同じ時期に来たことがあります。その時平原には視界を遮る物はなに1つありませんでした、しかし足もとの草が10センチほどに伸びていて、動きにくかった気がしました。」
兵士は言い終わると、完全に目を伏せてしまった。
アーサーは兵士の話を聞き終えると、口元に手を当てながら目を瞑っていた。




