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4.隣にいるのに、足りない


 伊吹の部屋を出て、ドアに鍵をかける。


 鍵をズボンのポケットに突っ込んで、そのままドアに背をつける。

 大きなく息を吐く。


 伊吹の様子がおかしい。

 原因はわかってる。


 間違いなく櫂くんだ……。

 櫂くん達がレポートできてないのなんか知らないよ。それは自分たちの問題だよ。


 そう……言いたかった。


 でも伊吹の前でそんなこと言えるわけない。

 一瞬の迷いが……櫂くんに勢いを渡す結果になってしまった。


 櫂くんは遠慮なく伊吹に話しかけた。

 あれをされて伊吹が無視できるわけなかった。


 これ以上伊吹の前で……機嫌悪くするわけにはいかないそう思って櫂くんに着いて行った。


「櫂くん。困る。ぼくは伊吹といる時間を邪魔されたくない」

 廊下に出てから、櫂くんには静かにそう言った。


「わりいって。俺たちも切迫詰まっててさ」

 両手でごめんのジェスチャーをする櫂くん。


「次……邪魔したら、次から手伝わないから」

 それだけ伝えた。


 廊下を歩きがながら静かに息を吐く。

 


 伊吹はぼくよりも身長が高い。


 それなのに、威圧感を与えないふんわりした雰囲気とスタイルの持ち主。


 くるくると変わる表情とふわふわの髪に天然のパーマがよく似合ってる。

 

 その雰囲気に惹かれて、伊吹の周りにはいつも人が寄ってくる。

 反対に、ぼくは……昔から近寄りがたい、冷たそう、綺麗な顔だけど怖そうなんて言われてきた。


 伊吹はそんなてるぼくに「れいくんと呼んでいい?よろしくネ」と、とびきりの笑顔で挨拶してくれてた。

 戸惑うぼくに対して、「いぶきはれいくんと仲良くしたいと思ってるけど、れいくんはいぶきと仲良くするのいや?」そんな風に言ってくれた。


「ぼくのこと怖くないの?」そんな風に聞いてみた。

「なんで?れいくんきれいでキラキラしてるよ」

 いぶきは屈託のない笑顔でそう言ってくれた。


 ぼくにとって伊吹はかけがえのない大切な人になった、瞬間だった。

 


 周りから散々怖そうと言われるぼくと一緒で楽しい?そう思うこともある。

 でも伊吹は「玲衣くん、玲衣くん」話しかけてくっついてきてくれてた。

 いつも一緒にいるのが当たり前になってた。


 

 今、好きなことをし始めた伊吹はさらに輝いてる。

 

「いぶきちゃん元気ー?」

「いぶきちゃん今度ネイルのデザイン考えてー」

「いぶきちゃん新作コスメチェックした?」


 校内を一緒に歩いてると呼び止められることがたくさんある。


 人から囲まれてる伊吹を見るたびに、心にちくっと棘がささる。


 (いつまで、伊吹は隣にいてくれる?)


 そう思うこともある。でも、ぼくは……伊吹の隣を誰かに明け渡すつもりはない。

 


 ここで悩んでても仕方ない。

 明日の朝、伊吹と食べるご飯を買いに行こうと一歩踏み出した。



 朝は伊吹の好きなパンにして、と歩いてたら前から見知った顔がマンションの入り口に入ってくるのが見えた。



 足を止める。


 

「おー玲衣。こんな時間にどうしたの?」

「あぁ。明日の朝ごはんを買いに行こうと思ってね。颯は練習帰り?」

「そう。また帰ってからも少し練習するけどね」



 颯の顔を見て今日のことを思い出す。


 伊吹から連絡が来た時は、心臓が凍った。


 友達?誰?


 すぐに返事を返したけど一向に既読にならないスマホに焦れた。

 講義室を飛び出し、走ってマンションまで帰った。



 今日は伊吹がご飯を作ってくれる。

 それならぼくの部屋にいるはず。


 鍵を出すのも、もどかしい。


 ドアを開けた……。



 し――ん。とした真っ暗な玄関。

 人の気配が感じられない。



 (伊吹がいない?)


 心臓が嫌な音を立て始める。


 伊吹から連絡きてるからも。とカバンに入れてるスマホを取り出す。

 画面はいつも通りの待受画面があるだけ……。


 メッセージアプリを立ち上げるための時間さえもどかしい。指がこんな時に限って上手く動かない。

 伊吹のアイコンを呼び出す。



 (……既読にはなってない……)



 落ち着こう。そう思うのに、心臓の音がうるさい。

 部屋の鍵を閉めて、大きく息をはく。


 伊吹は部屋にいるかもしれない。

 そう思い、隣の部屋に足を向ける。



 伊吹の部屋の鍵を開ける。


 もしいなかったら……。

 心臓の鼓動がうるさい。


 (伊吹の靴があった)


 良かった。ふーっと息を吐いた。



 そのまま部屋に入り、リビングにむかう。

 お気に入りのぬいぐるみを抱きしめてソファーに座る伊吹がいた。



 伊吹は、颯と一緒に帰ったと言ってた。

 でも……あの伊吹の様子からしてあれはきっと嘘だろう。

 


「そういえば、今日伊吹と一緒に帰ったんだったね」

 そう思うのに、気がつけば颯に聞いていた。

 


「あーうん。たまたま校内で会ってその流れでね」

 一瞬だけ颯の目が大きく見開いた。



 (これはぼくの予想が当たってそうだ)


 

「そう。伊吹のことありがとう」

「玲衣からそれ言われると怖いな」


 ははっと笑いながらもさらっと交わしてくる颯。


「それで、伊吹は颯と会った時からもう様子おかしかった?」

「あーまぁちょっと元気なかったみたいだけど。玲衣絡みでなんかあったなと思ったけどな。伊吹が元気ないとか落ち込むのは玲衣関連以外ないから」


「昼間食堂で伊吹とご飯食べてたら櫂くんがレポート手伝って呼びにきたんだ」

「あー。伊吹そんなの無視できるような奴じゃないもんな。なるほどそれでか」


 颯が納得したような顔をして頷く。


「なに?颯に何か話した?」

 ぼく以外に伊吹が何かを話すとしたら颯しかいない。


「いや。何にも。そんなぼくを睨まないでよ」

「失礼な。睨んでないよ。元々こんな顔だよ」


「いーや。お前伊吹のことにだけ表情変わるし、その綺麗な顔で睨まれたらぼくも怖いよ」

 おぉー怖いなんて言いながら笑ってる颯。


「伊吹は玲衣の友達をみて落ち込んだんだろうけど、ぼくから見たら玲衣の伊吹に対する独占欲を知ってるから何に落ち込むのなんて思うけどね」

 さらっと本題に戻してくる颯。


「だいたい誰にでも一線引いて接する玲衣がずっと一緒にいれる相手なんて伊吹しかいないのに。伊吹そもそも玲衣が誰にでも優しく接してるように見えるけど、誰にでも一線引いて接してるなんてこと知らないだろうからね。伊吹以外には玲衣は平等に優しそうに見えて冷たいから」


 少しだけ揶揄う口調で話してくる颯。

 


「伊吹は知らなくていいんだよ。それに……颯以外にバレるようなこと、ぼくはしないよ」

 静かにそう答えた。

 



 

「玲衣の独占欲知ったら伊吹喜ぶと思うけどな」

 声のトーンを少し落としてそう言ってくる颯。

 


「伊吹はそんなの知らなくていい。今日は不安にさせたからぼくも反省してる。伊吹にはいつでも笑ってて欲しいからね」

 ぼくもさっきより声のトーンを落としてそう答える。

 

「ぼくは玲衣のそのブレない部分好きだけどな。まぁ何か気になることあれば連絡するわ」

 そう言いながら、ぼくに手を振り廊下を進む颯。


 スマホで時計を確認する。

 ちょっと立ち話しすぎたな。


 スーパーが閉まる時間を考えて、少し急ぎ足で向かう。

 頭の中では、伊吹より早めに起きて部屋に行ってと段取りを考える。


 朝ごはんは伊吹の好きなものにしよう。

 伊吹の喜ぶ顔を思い浮かべながらスーパーに向かった。

 

 

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