5.ぼくの知らない顔
朝はスッキリ目が覚めた。
抱きしめてたぬいぐるみをもう一回ぎゅっと抱きしめる。
(玲衣くんのお誕生日頑張るからね、応援してね)
そうぬいぐるみに語りかけ頭をぽんぽんとする。
そのまま起き上がる。
昨日モヤモヤしてた心がスッキリしてる。
「伊吹?おはよう」
玲衣くんが、ぼくの部屋に入ってきた。
「玲衣くん?どうしたの?」
「体調はどう?朝ごはん食べれる?」
ぼくの元に近づいて来てくれる。
「昨日はごめんね。もう大丈夫だよ」
玲衣くんに心配させたくなくて、力こぶを作って元気をアピールする。
「じゃあ、テーブルにご飯準備するから着替えたらおいで」
玲衣くんは、ふっと笑ってぼくの頭に手をおいてから部屋を出て行った。
テーブルにはぼくに好きなものばかりが並んでた。
「玲衣くん、これ……」
ぼく達の冷蔵庫にはないものばかり。
「伊吹が朝から食べれるかなって」
「昨日買って来てくれたの?あれから買いに行ってくれたの?」
「さぁ食べよ」
玲衣くんは、テーブルに座るようにぼくを促した。
「玲衣くん。あれから買いに行くの大変だったよね。ごめんね」
「伊吹が美味しそうに食べる顔が見たかったんだよ」
玲衣くんはぼくの顔を見ながら、そう言った。
「ありがとう。食べるね!いただきます」
玲衣くんの気持ちが嬉しい。
「玲衣くんありがとぉ。と――っても美味しかったよ」
「そう?良かった」
コーヒー飲みながら、玲衣くんが嬉しそうに笑ってくれた。
「今日はいぶき実習だよね?ぼくその間図書館で勉強してるから終わったら連絡して」
「いいの?今日メイクするから落としてたの時間もかかるよ。玲衣くん待つのキツくない?」
ぼくは一緒に帰れるとウキウキする。
でも……、玲衣くんが無理してないか心配になる。
「無理してない。ぼくが伊吹と一緒に帰りたいから待ってるんだよ」
玲衣くんは、ぼくの目をみて一言一言ゆっくり噛み締めるように言ってくれる。
玲衣くんの顔を見ると、不安が消えていく。
「へへっ。ありがとうとぉ。いぶきも玲衣くんと一緒に帰りたいから待っててくれるの嬉しい」
「それに図書館で勉強してらはかどるから。いぶきは何も気にせず終わったら連絡して」
玲衣くんの気持ちに胸がほんわかする。
肩を並べて部屋を出る。
昨日はあれだけ部屋までが遠かったのに、今日はあっという間に大学に着いた。
「玲衣くん今日は2号館だよね?そこまでいく」
玲衣くんにそう伝えそのまま足を進める。
「伊吹の講義室通り過ぎるからここでいいよ」
「ううん。いぶきが玲衣くんを教室まで送りたいの」
足を止めて、玲衣くんの顔を見る。
目を細めて『ありがとう』と嬉しそうに笑ってくれた。
ぼくの大好きな玲衣くんの笑顔。
この笑顔が見たくて、玲衣くんを送って行きたくなる。
「お――!れい――!」
講義室の手前で玲衣くんを名前を呼んでる人がいる。
名前を呼びながら手を振ってる。
大きく手を振りながら飛び跳ねてる。
遠くからでもパワフルなのがわかる。
あっ……きのうの……櫂くんだ……。
走りながら玲衣くんの元にやってきた。
廊下をキュキュと音を立てながら走ってる。
(やっぱり……この人……怖い)
ぼくは思わず、シャツの裾をぎゅっと握った。
隣の玲衣くんの顔を見る。
玲衣くんが眉を顰めてる。
(あっ……機嫌悪そう……)
「櫂くんなに?朝から声大きくてうるさいよ」
低い、玲衣くんの声。
「あっ、わりぃわりぃ。今日1限休講だって」
「あっそう。教えてくれてありがとう」
「でさ。夏輝と晴翔と今から朝飯食いに行こうと言ってるかられいも行こうぜ」
「ぼくは行かない。3人で行ってきて。図書館に行くよ」
やっぱり……温度がこもってない玲衣くんの声。
「まぁいいからいいから。コーヒーでも飲めよ」
(櫂くん……ぼくは苦手……)
玲衣くんが眉を顰めてても、低い声を出してても全く気にしてない。
どんどん話を進めて行ってる。
「ほら。じゃあ行くぞ」
パッと玲衣くんのカバンを手に取った。
玲衣くんの背中を押しながらぐいぐい廊下を進めていく。
パワフルな人。
ぼくは足が動かない。
「分かった。とりあえず離して」
玲衣くんが足を止めた。
櫂くんを振り切って、ぼくの方を向いてくれた。
「伊吹授業頑張って。お昼はいつものところで食べよう」
いつもの……優しい玲衣くんの声。
なのに……。
今日は、少しだけ距離を感じる。
ぼんやりと玲衣くんと櫂くんの後ろ姿を見つめる。
櫂くんからカバンを取り返して自分の肩にかけてる。
玲衣くん少しだけ乱暴な動作をしてる。
櫂くんはそんな玲衣くんの態度に全く動じてなくて話しかけてる。
櫂くんの笑い声が廊下に響いてる。
シャツが皺くちゃになってた……。
講義室に向いくために廊下を歩く。
朝は足が軽かったのに……今は体全体が重たい。
大きな石が背中に乗ったみたいだ。
櫂くん……。
明るくてパワーがある人だった……。
あの笑顔があるから……強引に感じなかった。
玲衣くんの隣にいつもいるのかな……。
(あの玲衣くんが……本当の、玲衣くんなの?)
心の中にじわじわと黒いインクが広がっていく。
もしかして……ぼくは、玲衣くんに無理をさせてるのかもしれない。
胸が苦しくなって、シャツの上から胸をぎゅっと掴む。
昨日からぼくは、弱虫になってる。
もしかして……ぼくは、玲衣くんから離れる準備をしないといけないのかな。
(そんなの……いやだよ……)
昨日誕生日に気持ちを伝える決心をしたのに……。
今はもう風船が萎んだように決心が萎んでる。
お昼、約束通り玲衣くんが来てくれるかドキドキしながら廊下を歩く。
櫂くんは廊下をキュッキュッと歩いてた。
ぼくが歩くと廊下はポテポテそんな音しかしない。
「伊吹前見て歩かないと人にぶつかるよ?」
上から声が聞こえて、びっくりして立ち止まる。
「はーくん?」
「うん。下向いて歩いてるから僕にぶつかりそうになってたよ」
目の前にははーくんの姿があった。
「はーくんごめんね」
「伊吹今日はどうしたの?元気ないね」
はーくんがぼくの顔を覗き込む。
(昨日もだ。はーくんには元気ない姿を見せてる……)
「そんなことないヨ」
明るく言ってみる。
「ところで伊吹はどこに行こうとしてたの?」
「玲衣くんとご飯食べようと思って食堂行こうと思って」
「ふーん。それぼくも一緒に行っていい?」
はーくんがあそこ?と食堂を指差すからぼくも頷く。
はーくんと肩を並べて歩く。
はーくんが今練習してるピアノのことを話したりしてくれてたら食堂に着いた。
食堂の入り口に腕を組んで立ってる玲衣くん。
立ってるだけなのに玲衣くんの周りが光が当たって見える。そこだけスポットライトがあるみたい。
玲衣くんぼくのことをみつけてくれた。
「いぶき授業お疲れさま。今日は何食べる?」
ふわっとした笑顔で声をかけてくれる玲衣くん。
「玲衣ぼくもいるよ?」
「あぁ。分かってる。伊吹見つけて勝手に着いてきたんだろ」
「相変わらず伊吹以外には冷たいな玲衣は」
玲衣くんの肩をトンっと叩くはーくん。
2人とも昔から変わらないやり取りをしてる。
なんでか分からないけど……ホッとしてしまう。
久々に3人でのご飯は楽しかった。
玲衣くんがぼくの隣でご飯を食べてる。それだけで安心する。
はーくんと玲衣くんが話していても、胸は静か。
櫂くんだと……ザワザワする。
誕生日に、玲衣君の隣にいる権利がほしい。
そう伝えようと思った……。
でも。
(離れる……準備も……しなきゃダメかも……)
頭に浮かんだその言葉が、胸にじわっと染み込んでいく。
「久々に3人で楽しかったよ。また」
食堂の入り口で、はーくんはそれだけ言うと手を上げ小走りで去って行った。
玲衣くんがぼくに向き合う。
「いぶき次の講義室は一号館?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ今日はぼくがいぶきを講義室まで送っていくよ」
玲衣くんがそう言って足の向きを一号館の方に向けた。
「えぇーいいよぉ。玲衣くんが授業に遅刻しちゃう」
玲衣くんのその行動だけで胸がいっぱいになる。
「大丈夫。ぼくが伊吹と一緒にいたいから送るんだよ」
玲衣くんはぼくの顔をみてゆっくりそう言った。
「へへっ。ありがとう」
2人を肩を並べて一号館に向かう。
玲衣くんといると窓から入る風も心地いい。
本当は、朝の櫂くんのことを聞きたいのに。
その話をどうしても避けてしまう。
なんとなく2人とも黙って廊下を歩く。
廊下のざわめきが今日は耳に残る。
講義室に着いたら玲衣くんが足を止めた。
「じゃあ実習終わったら連絡してね。ぼくは図書館いるから」
玲衣くん、ぼくの顔を見ながら「絶対連絡して」そう言って、ぼくが頷くのを見てる。
ぼくが頷いたら、玲衣くんはほっと息を吐いてそのまま向きを変えて道を帰って行った。
玲衣くんが少しずつ遠くなっていく。
その姿を眺めながら考える。
(玲衣くんは、どっちが本当の玲衣くん?)
ぼくといる時は無理してるのかもしれない。
櫂くんといる方が自然に見えた……気がする。
ぼくは、玲衣くんとこれからも一緒にいたい。
(でも……もしも……)
玲衣くんと離れる時間に……慣れないといけないのかもしれない。
遠くなる背中を眺めてぼんやりそんなことを思った。




