第9話:装備の更新
地下水路の掃除から一夜明けた、翌日の朝。
宿のパンを咀嚼し終えたアッシュは、傍らでまだ眠たそうに目をこすっているニールに向き直った。
「いいかニール。今日は得物を新調したい。どうやって手に入れたらいい?」
「あ、ああ。そうだな。たしかに昨日のスライム戦で木刀もボロボロだ。必要経費だ、ちゃんと選べよ」
ニールの主導で、活気付く午前中の市場を抜け、一軒の武骨な構えの武器防具店へと足を踏み入れた。
壁一面に掛けられた鉄の剣、棚に積み上げられた斧や槍。アッシュはそれらを一つ一つ、鑑定するように眺めていく。
店内に並ぶ鉄の剣を吟味し、アッシュはある一本の武骨な剣を手に取った。
装飾など一切ない、ただの厚い鉄の塊に近い代物だ。アッシュは剣を軽く振り、刃の重心と柄に返る微かな振動を確かめた。指先で鉄の歪みを探り、柄の接合部を指の節で叩いて音を確認する。数秒の沈黙の後、「これなら折れない」と短く呟いた。
「これがいい。一番厚くて壊れそうにない」
「金貨一枚だ」
店主が当然のように告げた瞬間、ニールの目が細くなった。
「はぁ? こんな訓練用の鉄塊が?」
「どこが訓練用だ。分厚い鉄を使ってんだぞ」
「刃の研ぎも甘いし、重心もズレてる。売れ残りだろ、それ」
ニールは剣をひょいと持ち上げ、慣れた手つきで値踏みする。
「金貨一枚なら、鞘と手入れ油くらい付けろ。あと革紐もだ」
「ガキ……」
「こっちは昨日、地下水路帰りなんだ。次も潜る。常連になるかもしれねえ客を追い返す気か?」
店主は眉をひそめたまま数秒黙り込み、やがて舌打ちした。
「……分かったよ。持ってけ」
「毎度あり」
ニールは勝ち誇ったように笑い、アッシュへ剣を放った。
「よし、次は防具だ。おいアッシュ、武器は変えたんだから着てるものも新調しろよ。そのボロボロの上着、見てるこっちが落ち着かないんだ」
ニールに促され、二人は防具が陳列されている方へ移動した。店内に並ぶ品々を品定めしていたニールが、一着の旅装を手に取る。丈夫な魔獣の皮をなめして作られた、深い紺色の旅装束だ。可動域が広く、肩や腹部には硬質の補強が施されている。
「ほら、これなんかどうだ。あんたの動きを邪魔しなさそうだし、丈夫そうだぞ」
「値切りたいところだが、防具だけは粗悪品掴まされると死ぬからな……」
アッシュは無造作にその旅装を受け取ると、ニールは金貨1枚を支払った。そして、その場で迷いなくボロボロの上着のボタンに手をかけ、脱ぎ捨てようとする。
「……おい、ここで着替えるのかよ! 少しは場所を考えろっての!」
ニールがぼやきを漏らすのを余所に、アッシュは新しい旅装を身に纏い、その感触を確かめるように肩を回した。
「次はあんたの番だ、ニール」
「えっ、俺か?」
「装備がボロボロだ。俺の分から出してもいい。……もう仲間なんだろ?」
「なっ、仲間じゃねえ、ビジネスパートナーだっつの!」
毒気を抜かれたニールは、ぶつぶつ文句を言いながらも、残りの金貨から1枚を支払い、スカウトとしての隠密性を損なわない、しなやかで良質な旅装を選び取った。
「俺は奥で着替えてくる!」
そう言い捨てて、ニールは逃げるように試着室へ駆け込んだ。
しばらくして、どこか落ち着かない様子で出てきたニールを、アッシュがじっと見つめる。
「なんだよ、変か?」
「いや。思ったよりもお前、華奢なんだな。飯をちゃんと食ってるか? それと前よりマシになった。……少しだけ、戦えそうに見える」
「見るんじゃねえよ! 恥ずかしいだろ!」
ニールは反射的に胸元を強く押さえ、顔を真っ赤にしながら新品の籠手を無駄に弄った。そして逃げるように店を飛び出した。
外へ出ると、昼下がりの広場には香ばしい焼き菓子の香りが漂い、子供たちが笑いながら石畳を駆け抜けていく。
アッシュはその光景を眺めながら、ふと思った。
ここは、死に物狂いで素振りをしなくても飯が食えるのだ。命がけで魔獣を狩らなくても、誰かが作ったものが売っている。
じーちゃんとの過酷な生存競争のような生活とは違う。だが、アッシュはそれを異常とは思わなかった。外の世界はこういうルールで回っているのかと、一つ知識を拾い上げるように淡々と受け入れた。
「おいアッシュ、ぼーっとすんな。目立つなって言っただろ」
「分かっている。周囲と同じように動けばいいんだろう。こうか?」
周囲を歩いていた通行人が、「……え?」と一瞬だけ視線を彷徨わせた。
(……頼むから余計な騒ぎだけは起こしてくれるなよ。もし連邦に捕まるようなことがあれば、俺の人生はそこで終わりだ。平穏に、かつ効率的に稼がせてもらうぜ)
アッシュは、周囲の歩幅や視線の流れを観察しながら、雑踏の中へ自然に紛れ始めた。さっきまであれほど目立っていたはずなのに、気づけば人混みの中で輪郭が薄くなっている。
「なんか、急に気配が消えたな。あんた、本当に器用な奴だよ」
ニールは、雑踏の中にアッシュの気配が溶けていくのを見て、背筋が寒くなった。 それをニールは誤魔化すように、新しい装備の袖を引いた。
「ニール、新しい得物に慣れておきたい。手ごろな魔獣を狩りたいから、ギルドで情報を探してくれ」
「へいへい、分かったよ。だが、もう昨日みたいに目立つような真似はすんなよ」
二人は、真新しい装備の革の匂いを風に漂わせながら、活気に満ちた大通りを抜け、再び冒険者ギルドへと向かった。




