第8話:地下水路の清掃
ギルドの下層から続く、冷たく湿った石造りの通路。
「おいアッシュ、なんでそんな迷いなく進めるんだよ」
ニールが松明を掲げ、不安げに背後を振り返る。
「嫌な雰囲気がないんだ。ここに強い魔獣はいないと思う」
アッシュの言葉に、ニールは顔をひきつらせた。
「あんたの『強い』の基準が怖えんだよ……。普通の新人なら、この臭いと暗闇だけで嫌な気分になるっての」
彼らが受けたのは『地下水路のネズミ駆除』。入り口付近で大型ネズミを数匹狩って終わらせる程度の、新人が日銭を稼ぐための雑用だ。
アッシュはニールの不安をよそに、ためらうことなく、腐敗臭が強まる奥へと足を進めていた。
通路の影から、赤く光る無数の目がこちらを伺っている。
「キィッ!」という鳴き声と共に、数匹のジャイアントラットが群れをなして襲いかかってきた。
アッシュは無造作に踏み込み、手にした木刀を横一文字に薙ぐ。数匹が弾け飛び、そのまま振るわれた木刀によって、通路を埋め尽くしていたネズミは物言わぬ肉塊へと変わった。
「掃除と言われた。なら、隅までやるのが当たり前だ」
「極端なんだよあんたは! あと、尻尾だ! 討伐証明の尻尾を切る俺の身にもなれってんだよ!」
「まだいるな」
アッシュは返り血すら浴びぬまま、さらに闇の深部を見据える。
「いや十分だろ!? もう袋がいっぱいなんだよ!」
「根を残すと再発する。じーちゃんも、害獣駆除は徹底するべきだと言っていた。巣ごと潰す」
「新人依頼だって言ってんだろ!? これじゃ清掃じゃなくて絶滅作戦だよ!」
ニールが悲鳴を上げながら、死体の山から大急ぎでナイフを振るい、尻尾を袋に詰め込んでいく。
(これで何匹やったんだよ。水路のネズミいなくなるんじゃねえか!?)
アッシュはさらに奥、水路が一段と広がる場所へと進んだ。
ヌチャリ、という重い粘り気を伴った音が、水路の壁を反響して近づいてくる。
その時、周囲の空気が一変した。
あれほど騒がしかったネズミの鳴き声がぴたりと止み、水路の奥だけが異様な静寂に包まれている。
アッシュたちの前方――石造りだったはずの水路壁面が、広範囲にわたって黒く溶け落ちている。まるで酸で侵されたように石が脆く崩れ、床には半ば溶解したネズミや、錆び切った剣の残骸が沈んでいた。天井付近には、粘液が幾重にも張り付き、水路そのものを内側から喰い荒らしている。
ニールの顔色が変わる。
「お、おい……これ、ただの大型スライムじゃねえぞ……」
「ニール、下がってろ。歩法の練習にちょうどいい」
ニールは反射的に腰のナイフを抜いたが、次の瞬間、顔を引き攣らせた。
数日前、この水路で見た光景が脳裏を過る。
鉄剣で斬りかかった冒険者の刃が、粘液へ沈み込んだ瞬間、逆に剣ごと腕を呑み込まれた。悲鳴を上げながら逃げようとした男は、そのまま膝から下を溶かされ、水路へ引きずり込まれて消えた。
泥濘の捕食者 。
通常武器では核に届かず、生半可な攻撃では再生される。
新人どころか、『鉄』ランクでも遭遇したら逃走推奨の化物だった。
「練習? バカか! 逃げるぞアッシュ、あんなの物理攻撃が効く相手じゃ――」
ニールの叫びが終わるより早く、アッシュの姿が消えた。
ニールの喉がひゅっと鳴った。
終わった、と思った。
出会って三日目の怪物みたいな少年が、こんな場所で呆気なく溶かされて死ぬ。
金貨どころじゃない。自分も巻き込まれて死ぬ。
逃げなければ――そう思っているのに、足が動かない。
アッシュの背中が、あまりにも迷いなく前へ出たからだ。
アッシュの視界には、【点視】により、粘体の中央で蠢く核が、構造的な脆さを示す明確な「点」として捉えられていた。
静止状態からトップスピードで肉薄する――【無歩】。アッシュの姿が闇の中から掻き消えた。
無造作に振り抜かれた木刀が、衝撃を内部構造体へ直接「通す」――【透過撃】により、スライムの粘体表面を通過し、中心にある「核」を的確に破壊した。
腹の底を揺らすような重低音が水路に響き渡り、 核を直接粉砕された粘体は、 ただの汚水となって地面に崩れ落ちた。
アッシュは木刀を戻し、静かに息を吐いた。
(これがスキルか、意識することでこれまでとは桁違いに強い力を感じるが……。じーちゃんのスキルはもっとすごかった。じーちゃんを助けるためには、まだまだなんだな)
その手元、スキル出力に耐えきれず、木刀の表面には微かな亀裂が走っていた。 しなりが失われている。
(やはり、木刀では衝撃の負荷に耐えられない。もっと頑丈な武器が必要だ)
「……」
背後で、ニールが松明を落としたまま、口をパクパクとさせて固まっていた。
「掃除は始まったばかりだ、奥に行くぞ、ニール」
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数時間後。
平然とした顔で汗一つかいていないアッシュと、その横で魂が抜けたようにげっそりと青ざめているニールの姿があった。
ギルドのカウンターには、山のようなネズミの尾と、鈍く光るスライムの魔石が4つ置かれていた。
「これ、たった二人で……。今日一日で?」
受付嬢が絶句する中、金貨十枚という、新人には到底信じられない額の報酬が支払われた。
「……あの、ニールさん。地下水路、壊滅してないでしょうね?」
受付嬢の引き攣った問いに、ニールは隣で、同様に引き攣った笑いを浮かべながら心の中で絶叫していた。
(金貨仕事になるのは嬉しい誤算だけどよ……。だけどアッシュ! あんた今までどんな生活をしてたんだよ! こんなの、ただの掃除で済む話じゃねえぞ!)
尻尾1つ銅貨1枚(日本円で1000円くらい)
銅貨100枚=銀貨10枚=金貨1枚です。
あとでお金の価値は修整するかもしれませんし、しないかもしれません。この物語、あんまりお金は重要視しないです…。




