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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第一章:深淵の外側、未知への第一歩

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第7話:冒険者の門

 窓から差し込む鋭い日差しに、アッシュは跳ねるように飛び起きた。

 外の世界の、むせ返るような空気の匂い。隣のベッドでは、ニールが毛布を頭まで被って丸まっている。


「ニール、朝だ。活動を始める前に素振りは千回終えておけと、じーちゃんが言っていた」


「うるせえ。ここは山奥じゃねえんだ、朝から晩までそんなことやってる暇はねえんだよ」


 不機嫌そうに起き出したニールを横目に、アッシュは宿の裏手にある小さな庭へ向かった。

 ギルドが開門するまでの時間、彼は淡々と素振りを繰り返す。一振りごとに、空気を裂く鋭い風切り音が響き、 宿の窓から顔を出した宿泊客たちが、怪訝な表情でその光景を見下ろしていた。


 宿を出る頃には、街はすっかり活気づいていた。ニールは枕の下から取り出した小さな革袋の中身を、歩きながら何度も確認した。数枚の銅貨と、たった一枚のくすんだ銀貨。


(これで俺の全財産だ。昨日の宿代で銅貨は底をついた。この銀貨を登録料に突っ込めば、文字通り後がねえ。だが、アッシュにはそれだけの価値があるはずだ)


 アッシュはすでに準備を終え、重い木刀を背負ってニールの後ろを歩く。じーちゃんが「外の街は伏魔殿だ」と言っていたせいか、その足取りには一切の隙がない。 ニールは毒気を抜かれたように溜息をついた。


「いいか。これから行くのは冒険者ギルドだ。あそこは、この街で一番金が動き、一番血の気の多い奴らが集まる場所だぜ」


 石畳の広場を抜けた先に、巨大な双斧が交差する看板を掲げた建物が現れた。

 入り口付近には、使い込まれた鎧に身を包んだ冒険者たちがたむろし、品定めをするような視線を投げている。


「おいおい、ニール。またどっかから迷子を拾ってきたのか? どこのお坊ちゃんだ、その木刀を背負ってるのは」


 男の嘲笑に、周囲の冒険者たちが下品な笑い声を上げる。アッシュはじーちゃんの「絡んでくる奴は全員、実力を測ろうとしている刺客だと思え」という言葉を思い出し、男を真っ直ぐに見上げた。

「切るためではない。芯を叩くためのものだ」


「はっ、威勢だけはいいなガキが!」

 男が冗談半分にアッシュの肩を掴もうと手を伸ばす。その瞬間、アッシュの体がわずかに沈んだ。

 予備動作を一切見せず、静止状態からトップスピードで肉薄する無歩の踏み込み。男の手が触れる直前、アッシュはじーちゃんの動きをなぞる最小限の所作で指先を払い、男の懐へと滑り込んだ。

 一瞬の静寂。


「隙だらけだよ、あんた」


 気づけば、男の顎下には 、いつの間にか引き抜かれた木刀の先端がピタリと突きつけられている。

 男は目を見開き、喉を鳴らした。アッシュから放たれたのは、人里離れた地で魔獣を屠ってきた、真剣そのものの気迫だった。


「そこまでだ!」


 ニールが割り込み、アッシュの腕を強引に引き剥がす。


「悪いな、旦那。こいつ、冗談が通じない山猿なんだ。ほら、行くぞアッシュ!」


 ニールに引きずられながら、アッシュは静かに木刀を背中に戻した。


「アッシュ、あんた加減ってもんを覚えろよ。心臓が止まるかと思ったぜ」


「……? 隙があったから、埋めただけだ」


「次、新規。ほら、その木刀をぶつけないようにしな」


 書類から目を上げることなく吐き捨てたのは、片目に深い傷跡を持つ不愛想な受付嬢だった。

 ニールは震える指先で、全財産の銀貨一枚をカウンターに置いた。


「新規登録だ。名前はアッシュ。俺が管理する、とっておきの新人だ」


 アッシュが登録用の水晶に手をかざすと、石の奥底で鈍い光が脈動し、何重もの幾何学模様が浮かび上がる。

 水晶の表面に、この世界の理であるスキルリストが映し出された。

【推奨スキル:スラッシュ / ガード】


 だが、アッシュが手を触れた瞬間、その文字は激しく明滅し、ノイズと共に書き換えられていく。

【エラー:規格外の挙動を検出。代替定義を適用】

【習得:透過撃 / 無歩 / 高密度化 / 点視】


「……原理? 知るわけないでしょ。大昔からギルドに転がってる遺物よ。たまに壊れた表示が出るけど、気にしないで」


 受付嬢が吐き捨てた言葉に、アッシュは石を見つめた。

 どこか不気味で、無機質さを感じさせる光。だが、そこに表示された「無歩」の文字に、アッシュは微かな既視感を覚えた。たった今、男の懐に入ったあの感覚に、名前がついたような気がした。


「いいか、ギルドランクは『木』から始まって『白金』まである。俺たちは今、一番下の『木』だ。街の雑用がお似合いのランクさ」


 アッシュは少し首を傾げ、ニールを見た。


「そんなことをしている暇はない。俺はじーちゃんを追い越さなきゃならない。西へ行く」


「落ち着けって。西へ行くには、この街の先にある『大関所』を通らなきゃならない。あそこは最低でも『鉄』、できれば『青銅』くらいのランク証がないとな。まずはここで小銭を稼いで、装備を整える。これが西への一番の近道なんだよ」


 アッシュはじっと自分の手元を見た。

 西へ行けば、じーちゃんの言葉が正しいと証明できる。そうすれば、またじーちゃんと一緒に飯が食えるはずだと信じている。そのためには、この世界のルールに従うしかない。


「わかった。なら、一番早く西に近づけるやつをやる」


「話が早くて助かるぜ。おい、姐さん! 街の地下水路の大型ネズミの駆除依頼をくれ。今日中に片付けてやるよ」


 受付嬢は鼻で笑い、乱暴に一枚の羊皮紙を叩きつけた。


「死ぬんじゃないよ、ガキども。私の仕事を増やさないでくれ」


 ニールは依頼票をひったくった。

(これで一文無しだ。今日中に報酬を受け取らなきゃ、今夜の宿すらねえぞ。頼むぜ、アッシュ)


 ニールは期待と不安を抱えながら、じーちゃんの幻影を追うアッシュを連れてギルドを後にした。

 だが、その時のニールはまだ知らない。

アッシュにとって「巣の掃除」とは、生き物を一匹残らず狩り尽くすことだということを。

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