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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第3章:自由の港・潜蝕編

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第60話:忌まわしき碧光

「ああ、あああああああッ!!」


 ニーナが鎖を解いた瞬間、それは「解放」ではなく「決壊」となった。

 ルナの喉から絞り出されたのは、歓喜ではなく、己の肉体を内側から焼き尽くさんとする魔力の奔流への悲鳴だ。数年もの間、魔力抑制の鎖によって強引に堰き止められていたハイエルフの膨大な魔力が、行き場を失った濁流となって一気に溢れ出した。


 ドォォォォォン!!


 会場全体を、物理的な衝撃を伴う碧い光が飲み込む。

 天井に吊るされた豪華な照明魔導具が、過負荷によって次々と火花を散らし、爆音と共に砕け散った。壁に埋め込まれた防犯用の魔導回路が焼き切れ、会場は一瞬にして闇と、ルナから放たれる狂おしいほどの碧光だけに支配される。


 「きゃぁぁぁぁぁっ!? ……え? ……な、なにこれ……あったかい……?」


 至近距離にいたニーナが悲鳴を上げて身を竦める。だが、荒れ狂う魔力の濁流は、彼女に対しては牙を剥かなかった。ルナがニーナに対して抱く、救いへの感謝が無意識に干渉を拒んでいたのか。吹き荒れる碧光は、ニーナの肌を優しく撫でるような陽だまりの熱となって包み込んでいた。


 対照的に、周囲の敵軍は地獄を味わっていた。

「な、なんだ!? 通信が……魔導端末が動かんぞ!」

「ぐあああッ! 目が、目がぁ!」


 アイゼン兵たちの耳元で通信デバイスがショートし、絶叫が上がる。ルナの周囲では、純粋すぎる魔力が磁場を狂わせ、あらゆる精密魔導技術を無力化する「魔力共鳴障害」が吹き荒れていた。


(……今だ。レオンの核が見える)


 アッシュはこの地獄絵図のような光景の中、ただ一人、冷静にその「点」を見据えていた。

 ルナの暴走による魔力干渉は、敵であるレオンに致命的な変化をもたらしていた。


「……バカな、私の……私の身体強化が、霧散していく……!?」


 レオンが愕然とした声を漏らす。

 彼の鋼のような肉体を支えていた、高密度の魔力による「鎧」。それがルナの放つ奔流に洗われ、砂の城のように崩れ落ちていく。絶対的な強者であったはずのレオンの顔に、初めて明確な「死への恐怖」が張り付いた。


 ――【無歩ノー・ステップ】。


 アッシュは闇を切り裂き、最短距離で肉薄する。

 予備動作を完全に排した一歩は、強化魔法を失い、さらに魔力共鳴で感覚を狂わされたレオンの反応速度を遥かに上回っていた。


「――【透過撃スルー・ストライク】」


 アッシュの剣が、レオンの無防備な胸元を捉える。衝撃が表面で止まらず、波紋のように深く、層を成して浸透していく。一撃目の衝撃が内部構造を揺らし、その直後に重なった連動する震動が、逃げ場のない二撃目の破壊となって肉体を突き抜けた。


 表面の装甲を無視し、直接、彼の生命活動を支える「芯」を粉砕する感触。レオンの口から血が噴き出し、その体が後方のガレキへと吹き飛んだ。


「レ、レオン様ぁッ!? そんな、誰が私を守るのだ! あ、ああ、ルナが連れ去られてしまう、私の地位が、財産がああッ!」


 バルトロが顔を真っ青にして絶叫する。

 頼みの綱である守護者の敗北と、献上品であるルナの喪失。己の破滅という最悪の未来に直面し、取り乱して周囲の兵に無差別に発砲を命じるバルトロの醜態。


「……見苦しい」


 その混乱をルカは見逃さなかった。崩れ落ち、まだ僅かに息のあったレオンの眉間を、ルカの放った魔導銃の弾丸が正確に貫いた。


「……チェックメイトです」


 ルカの精密な一撃が、かつてレジスタンスの多くの命を奪ってきた天敵の息の根を、完全に止めた。


 静寂が会場を支配する。

 崩れ落ちたレオンの死体と、狂ったように叫び続けるバルトロ。そして、嵐の目の中で光り輝くルナ。アッシュは荒い息を整えながら、倒れた宿敵を見下ろした。一つの因縁が終わったのだという実感が、魔力の残滓が漂う空気と共に肺を満たしていく。


 だが、その安息は一瞬だった。




「素晴らしい……。なんという魔力量なのだ……」


 その時、粉砕された天井から、一人の影が舞い降りた。


 魔導将軍。


 港でラグナたちを蹂躙していたはずのその男は、今や雑魚のことなど歯牙にもかけていなかった。

 仮面の奥の瞳は、暴走し、世界を焼き切らんばかりの輝きを放つルナに釘付けになっていた。彼にとって、自らの魔力がこれほどまでに激しく「拒絶」され、干渉される感覚は初めての体験だった。


「素晴らしい……その器、これまでの失敗作とは格が違う……」


 将軍が狂喜と共に手を伸ばす。

 だが、その指先がルナの碧光に触れた瞬間――。


「いやぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ルナの悲鳴と共に、指向性を持った魔力の爆発が将軍を正面から叩いた。


 ガガシャァァァン!!


「ぐおぉっ!?」


 絶対的な強者であった将軍の身体が、紙屑のように後方へと吹き飛ばされた。

 大理石の柱に叩きつけられ、その衝撃で、彼の顔を覆っていた仮面が左半分から無残に割れ落ちる。


「……矮小種風情が。この我の肉体に傷をつけたか」


 剥き出しになった将軍の素顔が、怒りで醜く歪む。

 彼は我を忘れ、背負っていた巨大な剣を抜き放つと共に、両手の間に周囲の空気を歪めるほどの高密度魔力を集束させた。


 アイゼン連邦が誇る、剣と魔導の極地に至った「魔導剣聖アーク・マギ・ブレード」が放つ、文字通りの必殺。空間そのものが重圧に耐えかねて軋み、漆黒の雷鳴を纏った巨大な魔力の塊が、数秒の「溜め」を経て、無防備な少女へと解き放たれた。


 だが。

 パァンッ!!

 放たれた渾身の攻撃は、ルナを包む碧い光の障壁に触れた瞬間、霧が晴れるように霧散した。

 ルナの魔力暴走による干渉が、将軍の術式そのものを成立させないほどに場を支配していたのだ。ルナは無傷。逆に、全力を出し切った魔導将軍の肉体には、自身の魔法が霧散した際の魔力逆流が走り、一時的な硬直が訪れる。


「今です、ニーナ! ルナを連れてここを離脱しなさい!」


 ルカの鋭い声が飛ぶ。


「わ、わかってるわよ! ほら、ルナ、しっかりして!」


 ニーナはパニックに陥り、自分の体から溢れる光に怯えるルナを、半ば強引に抱きかかえるようにして立ち上がらせた。

 ルナから溢れる光が、周囲の兵を近づけさせない「不可侵の領域」となっていた。ニーナはその隙間を縫うように、出口へと走り出す。


---


 その頃、リヴォルノ沖合。


「全速前進! 港湾第一埠頭へ突入せよ!」


 アイゼン連邦の海軍艦隊は、すでに慎重さをかなぐり捨てていた。

 オークション会場からの救援信号を受け、当初は罠を警戒して慎重な機動を見せていた艦隊だったが、突如として夜空を塗りつぶしたあの碧光がすべてを塗り替えた。


「レオン大佐以下、会場の友軍と完全に通信が断絶! 魔導将軍の反応も追跡不能アンノウン!」

「あの異常な魔力反応……もはや一刻の猶予もない! 友軍を救援し、何が起きているか突き止めるのが先決だ! 接岸を急げ! 陸戦隊を展開しろ!」


 巨大な鉄塊たちが、リヴォルノ港の狭い水路を埋め尽くすように、全速力で突っ込んでくる。


 モニターを見つめるサナは、その光景に驚愕を隠せなかった。


「……嘘でしょ? 予定よりも随分と早いわ。これ、完全に予期せぬ幸運じゃない」


 当初の予定では、アッシュたちが時間を稼ぎ、徐々に誘い込むはずだった。だが、ルナの暴走という想定外の事態が、敵の通信を遮断し、判断を狂わせ、艦隊を自ら罠の深部へと走らせていた。サナは慌てて通信機のスイッチを入れる。


「ルカ、聞こえる!? 予定変更よ。艦隊が突っ込んできてるわ! アッシュ、ニーナ、ルカも全員すぐにそこを離れて! ラグナたちにも伝えて、急いで引き上げさせなさい! アッシュとニーナはそのままルナを連れて港の外周へ逃げること。敵を引きつける必要なんてない、もう網の中よ!」


---


 リヴォルノの市街地。

 ニーナに連れられたルナが、碧い光の尾を引きながら大通りを駆け抜ける。

 その姿は、混乱の中で入港を開始したばかりのアイゼン兵たちにとって、この世のものとは思えないほど鮮烈な視覚情報として焼き付いた。

 通信が途絶した彼らにとって、あの光こそが唯一の標的だった。


「いたぞ! ハイエルフだ! 賊が連れ去っていくぞ!」

「追え! 逃がせば我々の首が飛ぶぞ!」


 兵たちが街の路地へと分散し、ルナを追って奥へと誘い込まれていく。

 アッシュはニーナたちの背後を守りながら、空から再始動した魔導将軍が降臨してくるのを感じ取った。

 それは、これまでに経験したことのない、底なしの沼に沈み込んでいくような、不快で重苦しい殺気だった。


「アッシュ、上から来るわよ!」


 頭上から、艦隊が放った牽引ビームの青い光が、ルナを拘束せんと降り注ぐ。


 ――【高密度化ソリッド・ステート】。

 ――【金剛身ダイヤモンド・ボディ】。


 アッシュは瞬時にルナの前に割り込み、肉体密度を高め、自身の体を硬質な壁へと変える。ルナに指一本触れさせぬよう、ビームの物理干渉を自身の肩と背中で「受け流し、弾く」ようにして耐え抜いた。足元の石畳が衝撃で爆砕するが、アッシュは一歩も引かずに踏みとどまる。


「……ニーナ、ルナを支えててくれ。……ここからは、俺が運ぶ」


 アッシュは、光が収まりかけ、脱力して崩れ落ちそうになったルナを、ニーナに支えさせながら背負い直した。


「……行くぞ」


 ルナを背負ったまま、アッシュは入り組んだ街路へと飛び込んだ。

 港に艦隊が完全に「入りきる」瞬間を待つレジスタンス本隊の、一斉攻撃が始まるまで、あと数分。

 レジスタンスの作戦は順調すぎるほどに進んでいた。


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