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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第3章:自由の港・潜蝕編

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第42話:序列の壁

 リヴォルノの冒険者ギルド支部は、その外観からして他の都市とは一線を画していた。

 白大理石の円柱が並び、入り口には金細工の装飾が施された重厚な扉。だが、一歩足を踏み入れれば、そこにあるのは洗練された美しさではなく、剥き出しの欲望が放つ熱気と濁った殺気だった。


 「……すごい人ね。それに、みんな目が笑ってないわ」


 ニーナがアッシュの腕を軽く引き、周囲を警戒しながら呟く。

 広大なホールの中央には巨大な掲示板がそびえ立ち、群がる冒険者たちが獲物を漁る獣のような視線を走らせていた。アッシュは無言で歩み寄り、現在の自分たちが受注可能な【アイアン】ランクの依頼を確認する。


 「……これだけか」


 掲示板の端に追いやられた、薄汚れた紙片。

 港湾の荷運び、下水路の鼠駆除、あるいは街外れの薬草採取。報酬はどれも銀貨数枚から、良くて金一枚程度。一万枚という天文学的な数字の前では、あまりに無力な端金だった。


 「おい、見ろよ。また『ウッド(木)』上がりの新人が夢見てやがるぜ」


 背後から、下卑た笑い声が響いた。

 振り返ると、胸元に【青銅ブロンズ】や【カッパー】のタグを光らせた男たちが、アッシュの首に下がる鉄のタグを指差してせせら笑っていた。


 「リヴォルノは実力と金がすべてだ。鉄くず風情が効率のいい依頼を探したところで、そんなもんは俺たちが先に抑えてるんだよ。大人しくドブさらいでもしてな」


 男たちの挑発を、アッシュは無表情で受け流した。だが、隣に立つニーナの瞳には、静かな怒りの炎が宿っていた。


 「……アッシュ、行きましょう。あんな連中に構ってる暇はないわ」


 ニーナはアッシュの手を引き、受付カウンターへと向かった。


 「すみません。最短で【シルバー】ランクへ昇格しつつ、高額な報酬を得られる依頼はありませんか? 私たちは急いでいるんです」


 受付の職員は、書類から目を上げることなく、鼻を鳴らした。


 「【鉄】ランクがそんな口を利くなんて、リヴォルノでは珍しい。だがね、お嬢さん。ルールはルールだ。地道に実績を積み、ギルドへの貢献度を上げない限り、高額依頼の閲覧権すら与えられない」


 職員は冷淡な手付きで、山積みの書類の端を指し示した。


 「近道なんて存在しない。……まあ、どうしてもというなら、長期間の拘束をされるが、未踏区域の捨て駒調査なら空きがある。命がいくつあっても足りないような仕事だけだがね。君たちのような子供にはお勧めしない」


 ニーナは唇を噛み、カウンターを強く叩いた。


 「子供扱いはしないで。私たちは、この一ヶ月でどうしても……」


 「ニーナ、いい。……分かった」


 アッシュが静かにその肩に手を置く。

 リヴォルノという街が、現在の自分たちをどう定義しているのか。それが痛いほど理解できた。ここでは、過去の戦いも、秘めた実力も、首に下がった安っぽい鉄の板一枚で否定される。


 アッシュ達はギルドをあとにして、ルカのアドバイスを得るために、再度セーフハウスへ戻ろうと考えていたその時だった。


 「おめーら金に困ってんのか? そこのお嬢ちゃんだけでもさ、そんなガキと組んでないで俺らのパーティーに来ねえか? 金になる仕事がたんまりあるぜ」


 ニーナを舐め回すような視線で銅ランクの冒険者が声をかけてきた。

 ニーナは無視しようと思ったが、トラブルになるのもどうかと思い、丁寧に断ることにした。


 「あたし、すぐにこの街を出るからパーティーには入れないの」


 「そんなこたぁどうでも良いから来いよ」


 男はそのまま、無理やりニーナの腕を掴もうとした


 「俺の相棒に手を出すな」


 アッシュが間髪入れずに男とニーナの間に入った。

 一触即発の空気。

 そこへ受付の職員がやってきた。


 「冒険者同士のトラブルは困るんだがね。やるなら修練場でも使って冒険者らしく剣で決着をつけなさい。もちろん殺しは無しだぞ」


 受付は無表情で対応した。リヴォルノほどの都会になるとこれは日常茶飯事なのかもしれない。


 「……いいだろう。その男は力ずくじゃないとわかってくれなそうだ」


 ニーナがこのやり取りを見て、何かを考え込んだ。

 アッシュはそれに気づかず、この男たちを黙らせるため、力を見せつけることにした。


---


 ギルド裏の修練場には、退屈を凌ぐ獲物を求めていた冒険者たちが瞬く間に集まってきた。


 「おいおい、銅ランクのジャックたちに喧嘩を売ったのはあのガキか?」


 「鉄ランクが三人相手? 無謀だねぇ。銀貨一枚、ジャックに賭けるぜ!」


 「俺もだ。あんな細身、一撃でへし折られるぞ」


 無責任な野次と、一方的な賭け率が場を支配する。アッシュに賭ける者はニーナだけだった。

 アッシュは用意された木刀を無造作に手に取ると、中央で構える三人の中年冒険者を見据えた。


 アッシュの視線が相手の重心を捉える。どう見ても隙だらけで本気を出すまでもない。先陣を切って飛び出してきた男の体当たりに対し、アッシュは予備動作を削り懐に潜り込む。


 (衝撃を、内部へ……)


 放たれた木刀の一突きが、男の鳩尾を「通った」。男はその場で静かに崩れて気を失う。

 動揺した残り二人が左右から斬りかかるが、アッシュの視界では鈍重な動きに過ぎない。


 一振り、二振り。


 「……あ、がっ……」


 急所を的確に捉えた打撃の衝撃が内部へと通り抜け、男たちは声も上げられずその場に崩れ落ちた。静まり返る修練場。賭けの結果を待っていたギャラリーたちは、あまりにも一方的な結末に、飲み干そうとしていた酒の味を忘れたように呆然と立ち尽くしていた。


 アッシュは何事もなかったように木刀を返却すると、まだ床で寝ているジャックたちの横を通り抜け、当然の顔をしてるニーナの元へ戻った。


 「ちょっと、配当をくれないかしら?」


 ニーナは、呆然と立ち尽くす胴元の男の前へ、アッシュを連れて歩み寄った。その口元には、アッシュさえ見たことがないような、獲物を追い詰めた肉食獣のごとき「悪い笑顔」が浮かんでいる。


 「な、なんだと……。鉄ランクのガキが勝つなんて、こんなのイカサマだ!」


 「あら、ルールに従って正々堂々やり合った結果じゃない。それとも、リヴォルノの冒険者は負けを認められないほど落ちぶれてるのかしら?」


 ニーナは懐から、先ほど密かに全財産を注ぎ込んだ「賭け札」を突きつけた。周囲に広がる圧倒的なアッシュへの逆張りと、彼女だけが一点買いしたアッシュ勝利の配当――。


 「ほら、さっさと払いなさいな。金貨二百二十枚。一枚でも足りなかったら、今度はあんたが床に這いつくばる番よ?」


 アッシュの強さを最大限に利用した脅しに、胴元は顔を真っ青にして、震える手で革袋を差し出した。


 ニーナはその重みを確かめるように手の中で放り投げると、満足げに鼻を鳴らして、当然の顔をしているアッシュの元へ戻った。


 「アッシュ、もう一度、この結果を元に受付にいい仕事がないか聞いてみましょ?」


 ニーナの提案で、二人は再び受付の所に向かった。


 「さっきの試合、見てたでしょう? 銅ランクを三人も瞬殺する実力があるのに、まともな依頼を受けられないなんて不公平じゃない? 特別扱いは言わないけど、せめてそれに見合った仕事を出してよ」


 詰め寄るニーナに対し、職員は先ほどと変わらぬ、無表情で答えた。


 「……実力があるのは認めよう。だが、規則は規則だ。冒険者ギルドが提供するのは、信頼という名の実績だ。どれほど腕が立とうと、地道にランクを上げる以外に道はない。帰りなさい」


 一貫して突っぱねるその言葉には、個人の武勇など一切考慮しない、組織のルールが宿っていた。


 「そんな……」


 食い下がろうとしたニーナの肩を、アッシュが静かに制した。これ以上ここで騒いだところで、この堅牢な組織の壁はびくともしない。アッシュの視線は、職員の背後にある「序列」という名の巨大なシステムそのものに向けられていた。


 「行こう、ニーナ。言葉で崩せるほど、この街のルールは甘くないらしい」


 アッシュは踵を返した。背後では、負けを認められない冒険者たちの舌打ちや、次なる獲物を探す殺気だった視線が刺さるが、彼は一度も振り返らなかった。


 「ここでのんびりしてる暇はない。セーフハウスに戻ろう」


 ギルドを出ると、リヴォルノの眩い日差しが再び二人を射抜いた。


 「……ごめんね、アッシュ。私がもっとうまく立ち回れれば良かったんだけど」


 「いや。俺だって何もできなかった。……現実が分かっただけで十分だ」


 「うまく行くと思ったんだけど、それでもまだ金貨二百二十枚、あと九七八十枚も必要なのね……」


 アッシュは遠く、港の向こうに広がる青い海を見据えた。

 一万枚の壁は、想像以上に高く、そして厚い。だが、西へ行く方法は、何も金だけではない――。 そんな楽観も、アッシュの中にはまだ残っていた。

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