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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第2章:カナンの回廊と覚悟の再会

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第34話:旅路の終端

 アイゼン連邦の襲撃から二日が過ぎた。

 場所を特定されたカナン族の郷は、再侵攻を警戒し、傷病者の回復を待って順次、秘匿された拠点への移転準備を進めている。夜になっても、松明の明かりが慌ただしく揺れていた。


「……ニーナ。もう一度言う。お前は十二歳、もう子供ではない。族長の娘として、部族を導く自覚を持て」


 族長は、数通の書状を机に広げたまま、低く重い声で告げた。


「縁談……? そんなの、今この状況でする話じゃないでしょ! 郷がこんな時なのに!」


 ニーナは食卓を叩き、椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「お前は、そうでもしないとまた郷から出ていくだろう。……あの少年、アッシュ殿は危険すぎる。関わり続ければ、いつかお前は命を落とす。親として、それは見過ごせん。お前が郷に残り、義務を果たすことが郷を守ることにも繋がるのだ」


「そんなんだから、前もあたしは郷を出て行ったんでしょ!!」


 ニーナの怒声が、薄い壁を震わせた。

 父親の、自分を「族長の娘」という役割に縛り付けようとする窮屈な愛。ニーナは顔を真っ赤に染め、父の返答を待たずに部屋を飛び出した。


 夜の冷気が、火照った頬を撫でる。

 移転準備の喧騒から離れた郷の外れ、月明かりの下を歩いていると、切り株に腰掛けている人影があった。アッシュだ。包帯を巻いた体で、静かに夜風に当たっていた。


「……アッシュ?」


「……ニーナか。また族長とやり合ったのか」


 アッシュは、傍らに置いた重炭素鋼の黒剣に触れながら、静かにこちらを向いた。ニーナは怒りを押し殺すように隣へ座ると、ふっと力を抜いて、懐かしむように空を見上げた。


「……ねえ、アッシュ。覚えてる? リカームの街で見た地図。この大陸のことしか書いてなかったわよね」


「……ああ。俺も、世界はあそこまでだと思ってた」


 ニーナは思い出したように笑った。


「あたしもよ。リヴォルノみたいな都会に行って、アッシュは何がしたいんだろうって本気で思ってたわ」


 たかだか二ヶ月ほど前の話なのに、二人にはずいぶん昔のように感じられた。


「それとね……あんたのおじいちゃんが『剣聖ゼノス』だってこと、実は薄々気づいてたわよ。あんなデタラメな強さ、普通じゃないもん。あんた、もっとポーカーフェイス覚えなさいよね。すぐ顔に出るんだから」


 茶化すように笑うニーナの横顔は、これまでの旅路で見せてきた、アッシュがよく知る「相棒」の顔だった。


 そこから、二人はしばらく無言になった。

 ザワザワと夜風が霊樹の葉を揺らし、郷の向こうに広がる深い森の影を撫でていく。月明かりに照らされた静かな風景を眺めながら、アッシュは共に歩んだ日々の重みを噛み締め、ニーナは隣にいる少年の横顔をその目に焼き付けるように、ただ静かな余韻に身を任せていた。


「ねえ、アッシュ。……どうしてあんたは、命をかけてまでこの郷の人たちを守ろうとしたの? あんたには関係ない場所だったはずなのに」


 唐突な問いに、アッシュはすぐには答えなかった。夜風が木の葉を揺らす音だけが響く中、しばらく間を置いてから、彼は静かに口を開いた。


「ニーナは捨てたって言ってたけど……多分、ここはニーナがすごく大切にしてる場所だと思ったから。……これから先も、ニーナがニーナであるために、そうしなきゃいけないと思ったんだ」


 その言葉を聞いたニーナは、何かを確かめるようにアッシュを見つめ、やがて満足したように、慈しむような柔らかな微笑みを向けた。


 アッシュは胸の奥がチクリと痛むのを感じた。ニーナが自然体であればあるほど、自分が彼女から奪おうとしているものの大きさを痛感する。


「ニーナ。……お前はここに残れ。移転先では、もっと族長や部族のみんなと話をしたほうがいい。……お前は、愛されてるんだから」


 アッシュの言葉は、ニーナの将来を真剣に案じる、精一杯の心配だった。

 ニーナは一瞬、寂しげに目を伏せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべてアッシュを見た。


「……そうね。あんたがついてくるなって言うなら、仕方ないしね。分かったわよ、聞き分けのいい相棒になってあげる」


 その驚くほど素直な言葉に、アッシュは逆に言葉を詰まらせた。

 もっと食い下がると思っていた。だが、彼女は静かに、自分の引いた境界線を受け入れた。それが正しいことだと思いながらも、アッシュの心には冷たい風が吹き抜ける。


「……そうか。じゃあな」


 アッシュはそれだけを告げて立ち上がり、療養用の私室へと歩き出した。

 その背中を見送るニーナの前に、闇から滑り出すように赤い髪の女が現れた。サナだ。


「あらあら、随分と聞き分けのいいお姫様になっちゃって」


 サナは愉快そうに目を細め、ニーナの横顔を覗き込む。


「アッシュは私がもらうから、安心して里で大人しくしてなさい。あの子には、私みたいな大人の女の方がお似合いなのよ」


「……勝手にすれば」


 ニーナは感情を押し殺した声でそれだけを言うと、サナの脇をすり抜けて歩き出した。

 サナは鼻で笑い、アッシュが去った方角へと追いかけていく。


 ニーナは立ち止まり、振り返った。

 遠くで、サナがアッシュに駆け寄り、その腕に馴れ馴れしく絡みつく姿が見えた。

 サナが何かを話し、アッシュがそれに答えている。月明かりの下、二人のシルエットが一つに重なっているように見えた。


 ニーナは、その会話を聞こうとはしなかった。

 込み上げてくる何かを振り払うように、ニーナは背を向け、暗い里の奥へと消えていった。


 夜風に舞う彼女の髪が、月光を浴びて淡く光る。

 彼女が何を想い、どのような表情を浮かべていたか、それを知る者は夜の静寂だけだった。


昨日の夜遅くに帰宅しました。

長期のおやすみがあると前半に行動して後半はぐだぐだするタイプです。

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