第28話:意志の力
感覚の消えた右手で、アッシュは無理やり黒鋼の長剣を握り直した。
指先は冷たく、剣の重みすら感じなくなってきた。先ほどからスキルを酷使し続けた反動で、全身が悲鳴を上げ、視界の端がチカチカと赤く明滅している。
だが、アッシュの瞳に宿る火は消えていなかった。
ギィィィィィンッ!!
アッシュが突き立てた長剣から、絶え間なく衝撃が流し込まれる。
【透過撃】。装甲を無視し、内部の魔導回路を直接破壊する打撃が、自走兵器『グラウ・ヴォルフ』の巨躯を内側から震わせていた。一撃、また一撃。感覚の消えた右腕を、左手で強引に動かして衝撃を叩き込む。内部で魔導エネルギーが逆流し、機体各所から火花が散った。
「こいつ、様子が……ッ!」
アッシュの言葉と同時、機体深部から不気味な高周波が響き渡る。度重なるアッシュの攻撃とレジスタンスの猛攻により、損傷が臨界を超えた兵器が、周辺を消滅させる強制自爆シーケンスへと移行したのだ。
「ひ、ひぃぃっ! 自爆だ! 逃げろ、巻き込まれるぞ!!」
広場の端で、郷の民を捕虜にして余裕を見せていた連邦兵たちが、捕虜を放り出して我先にと村の外へ逃げ出した。解放された郷の民たちは、爆ぜる鉄の塊に怯えながらも、必死の思いでアッシュやレジスタンスたちのいる方向へと駆け寄ってくる。
「野郎ども、ここが正念場だ! 一人たりとも死なせんぞ、盾を並べろッ!!」
バルトの咆哮が爆鳴を圧した。大盾を構えたレジスタンスの重装戦士たちが、逃げてきた人々を背に庇いながら、盾に闘気を込めるスキル【鉄壁の陣】を幾重にも展開。さらにシエルたちが防護魔導具をフル稼働させ、半透明の防壁がニールや村人たちをドーム状に包み込んだ。
「逃げろ、アッシュ!!」
背後で立ち上がったニールの叫びを、アッシュは無視した。ここで引けば、広場の子供たちも、ニールの過去も、未来も、すべてが塵になる。本来なら【空蝉】で回避すべき場面。だが、今の彼にはその余裕も、背後の避難民を巻き込む選択肢もなかった。アッシュのすぐ後ろでは、バルトたちが歯を食いしばり、大盾を地面に突き立てて爆風を逸らす準備を整えている。
(避けるな。俺が一点で抑え込まなくちゃ、あいつらが死ぬんだ。後ろには、信じて盾を構えてる人たちがいる……!)
アッシュは長剣を捨て、臨界に達した魔導炉の直上、その鋼の巨躯に真っ向から両手を突き立てた。弾丸が肩を掠め、頬を裂く痛みさえもう感じない。アッシュはもう、じーちゃんの言葉を待つのはやめた。今の彼は、自分の意志で、相棒であるニールの守りたかったもののためにその身を投げ出している。
(じーちゃん……見ててくれ。俺はもう、ただ教えをなぞるだけじゃない……!)
肺に満たした熱い空気が、限界を超えた肉体を内側から繋ぎ止める。迫り来るエネルギーの奔流を、真っ向から受け止める覚悟を固めた。自身の肉体密度を物理的限界を超えて凝縮させるイメージ。
筋肉の繊維一つ一つ、皮膚までもが、強固に噛み合い、外部からのあらゆる干渉を拒絶する絶対的な強度へと達した。
【高密度化】深化 → 【金剛身】
ドォォォォォン!!
白銀の閃光が世界を塗り潰した。
アッシュが衝撃を引き裂き、その裂け目から漏れ出た爆風をバルトたちの盾が受け止める。二重の守護が、村を破滅から救い出していた。
爆風がアッシュのボロボロの衣服を千切り、剥き出しの肌を焼く。だが、その衝撃の瞬間。アッシュの肉体は、荒れ狂うプラズマを真っ向から受け止め、強引に左右へと引き裂き続けた。肉体がミシミシと異音を立て、足元の地面が同心円状に砕け散る。それでも、アッシュは一歩も退かなかった。
やがて、爆炎が晴れる。
直径十メートルに及ぶ焦土の中、たった一人。煤に汚れ、全身から白煙を上げながらも、アッシュは不動のまま立ち尽くしていた。その後ろでは、ひび割れた大盾を支えきったバルトたちが、荒い息を吐きながらアッシュの背を見つめている。
「……はぁ、…………」
熱を帯びた、震える吐息が一つ。
守り抜いた。広場の子供たちも、絶望していたニールの心も。その確信が脳に届いた瞬間、極限まで引き絞られていた精神の糸が、音を立てて断ち切れた。
がくん、と膝の力が抜ける。
アッシュは長剣を杖にすることすらできず、糸の切れた人形のように、ゆっくりと前方に倒れ伏した。焼けた大地に叩きつけられたその小さな体は、ぴくりとも動かない。
「アッシュ……ッ!?」
静寂を切り裂くニールの悲鳴が響き渡る。
村人たちやレジスタンスが言葉を失い立ち尽くす中、ニールだけが煙の立ち込める焦土へと、死に物狂いで駆け出した。
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