第27話:燃える村
肺が焼けるような熱を帯びている。
アッシュは感覚の消えた右手を左手で強引に抑え込み、荒い息を吐いた。
「……坊主、よくやってくれた。お前があの一撃を叩き込まなきゃ、俺たちも全滅してたところだ」
声をかけてきたのはバルトだった。彼は倒れ伏したリュカをシエルに託すと、赤く腫らした目を袖で乱暴に拭い、アッシュを見つめて懐から一本の瓶を取り出した。
「レジスタンス特製の高濃縮ポーションだ。今はこれしか出せねえが……飲んどけ」
受け取った液体を喉に流し込む。焼けるような内臓の痛みが引き、死人のように冷え切っていた肘から先へ、僅かに血の巡りが戻るのを感じた。
アッシュは黒鋼の長剣を握り直し、腐葉土を蹴り上げた。回復は一時的なものに過ぎない。だが、止まっている時間はなかった。
背後ではニールが、悲鳴に近い呼吸を漏らしながら必死に食らいついてくる。さらにその後方、生き残ったレジスタンスの面々が武器を握り直し、怒涛の勢いで続いていた。
「野郎ども、遅れるな! これ以上、坊主一人に背負わせて恥をさらすつもりかッ!」
バルトの怒号が響き、男たちの足が加速する。
森の木々を抜けるたび、視界を浸食する赤い光が強くなっていく。夕刻の陽光を塗り潰すそれは、命を、生活を、思い出を焼き尽くすアイゼン連邦の軍火だ。
「……あ、………ぁ…………」
隣を走るニールの喉から、掠れた声が漏れた。
視界が開けた先。かつて豊かな緑に囲まれていたはずの彼女の故郷は、今や巨大な鉄の獣に踏みにじられていた。
村の中央には、連邦の大型自走魔導兵器がその醜悪な巨躯を鎮座させている。数条の脚部が民家を無残に押し潰し、掃射される魔導火線が逃げ惑う人々を容赦なく追い詰めていく。
立ち昇る黒煙の中、連邦の兵士が略奪と放火を繰り返し、かつての郷は見る影もなくなっていた。
「うそだ……。おじさん、も……ミナも……」
ニールが足を止め、その場に崩れ落ちそうになる。
彼女の視線の先では、泥に塗れた少年たちが連邦兵の銃口に震えていた。
外の世界を知るために、自らの意志でこの場所を飛び出したあの日。自由を求めた代償として、残された者たちが味わっている地獄。自分だけが「ニール」として生き延び、彼らを見捨てた形になった事実が、彼女の足を泥に縫い付けていた。
アッシュは震える膝に力を込め、前を見据えた。
ポーションで痛みは和らいだが、肉体はとっくに限界を過ぎている。だが、止まるという選択肢は最初から存在しない。
「ニール、立て」
アッシュが放った言葉は、まだ諦めていない前を向く者の言葉だった。泥に塗れ、絶望に震える相棒を無理やり引きずり上げてでも、共に前へ進もうとする強い意志。
「……無理だよ、アッシュ。あんなの、勝てるわけない! あたしは……あたしは結局、勝手に出ていった裏切り者なんだ。今さら戻ってきて、何ができるっていうのさ!」
自分を拒絶するであろう部族民への恐怖と、自身の選択への迷いに震えるニール。その肩を、アッシュの指先が、しかし力強く掴んだ。
「過去はどうでもいい。……今、みんなが死ぬのを黙って見てるのか」
アッシュの瞳には、静かな怒りの火が宿っていた。
視線を村の中央、広場に集められた生存者たちへ向けて主砲を旋回させ始めた自走兵器へと固定する。
アッシュは剣を握り直し、一歩、前へ踏み出す。
「お前が動けないなら、俺が先に行く。……お前は、お前自身のケジメをつけろ。……相棒だろ」
その背は、まだ12歳の少年のものだ。だが、続くバルトやレジスタンスたちは、その小さな背中が放つ圧倒的な意志に、魂を震わせていた。
「死なせんな! あの坊主を、絶対に死なせるんじゃねえぞ!!」
バルトが先陣を切って飛び出す。自走兵器の砲身が、不気味な魔力の輝きを帯びて充填を開始した。ターゲットは、逃げ遅れた老人や子供たちだ。
「待って、アッシュ! 死ぬ気……!?」
ニールの叫びを背に、アッシュは既に加速していた。
背後から迫る仲間たちの咆哮を追い風に、彼はその巨躯の正面へと、真っ向から突っ込んでいく。
ドォォォォォン!!
自走兵器の副砲が火を吹き、アッシュの足元が爆ぜた。爆風に煽られながらも、アッシュは【無歩】で強引に慣性を殺し、最短距離を突き進む。
「やらせない!」
アッシュの意識が、熱を帯びて加速する。
【点視】が捉えたのは、幾重もの装甲に守られた兵器の関節部、その奥深くにある魔導回路の結節点だ。そこだけが、光を放つ点として脳裏に焼き付く。
鉄の脚がアッシュを押し潰そうと振り下ろされる。
アッシュは紙一重で【空蝉(虚像移動)】を使い、残像を潰させてその脚部を駆け上がった。激痛が走る右腕を強引に振り上げ、黒鋼の長剣を点へと突き立てる。
「――【透過撃】!!」
ギィィィィィンッ!!
金属を削る不快な音と共に、剣先から放たれた衝撃が装甲の内部へと浸透していく。だが、相手は巨大な質量の塊だ。一撃ではその動きを止めるには至らない。
自走兵器は不気味な駆動音を上げ、アッシュを振り払おうと全身を激しく振動させた。
(……まだだ。こんなもんじゃ動きを止められない!)
アッシュが振り落とされないよう耐える中、背後からはバルトたちの援護射撃が鉄の獣の装甲を叩き続けていた。




