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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第2章:カナンの回廊と覚悟の再会

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第26話:鋼の意志

 全身の骨が軋み、肺が焼けるような熱気で満ちている。アッシュは泥を吐き捨て、黒鋼の長剣を杖代わりにして立ち上がった。

 空中から降り立ったレオンは、汚れ一つない法衣を風に靡かせ、羽虫の羽音を疎むような視線をアッシュへ向ける。その瞳には、生命に対する尊厳ではなく、効率的に処理すべき「障害」への冷徹な選別だけが宿っていた。


「鼠。お前一人で、私に勝てると思っているのか」


 レオンが指先を微かに動かした。予備動作すら存在しない。

 キィィィィィン――!

 大気を断層として切り裂く不可視の「真空刃しんくうじん」が、前後左右からアッシュを挟撃した。回避の余地など、物理法則が許さない。


「――っ!」


 アッシュは再び【高密度化ソリッド・ステート】を発動した。

 ガガガッ、と金属音が響き、真空の刃がアッシュの肌に弾かれる。だが、その衝撃までは殺しきれない。内臓を揺さぶる震動に、アッシュの口端から血が伝った。


(……重い。一撃耐えるだけで、脳が揺れる。まともに受け続ければ、次は骨が砕けるぞ)


 アッシュはじーちゃんの言葉を必死に思い出した。「圧倒的な格上とやり合う時は、勝とうとするな。相手が計算外だと感じる一点に、全霊を叩き込め」。

 だが、現実は残酷だった。レオンは指先一つで、アッシュが一生をかけても届かないような精密な魔法を、呼吸をするように連発している。


(……負ける。このままじゃ、全員死ぬ)

 初めて感じた明確な敗北の予感。レオンがトドメの一撃を放とうと腕を上げた、その時だった。


「そこまでだ、アイゼンの狗め!!」


 森の四方からレオンの魔圧を裂くような叫びが響き、無数の矢と弾丸がレオンへ殺到した。

 シダの茂みを踏み越え、三人の影が猛然と飛び出してくる。ステラ支部から送り込まれた精鋭たちだ。


 大剣を軽々と担ぐ、不敵な笑みの巨漢、バルト。

 二振りの短剣を構えた暗殺者、リュカ。

 魔導弓を引き絞る冷静な女性、シエル。


「坊主、よく堪えた! ここは俺たちが引き受ける!」


 バルトが地を這うような咆哮と共に、大剣をレオンの障壁へと叩きつける。凄まじい衝撃波が空気を震わせた。


「……ほう。少しは歯応えのあるゴミが揃ったか」


 レオンは表情一つ変えず、多重魔導障壁で攻撃を流す。しかし、三人の連携は凄まじかった。シエルの放つ魔矢が障壁の一点に絶え間ない負荷をかけ、その極小の隙を縫うように、リュカが音もなく背後へ回り込む。


「リュカ、引け!」


 シエルの叫びも虚しく、レオンが冷酷に左手を突き出した。「消えろ」。

 空間を圧縮し解放する衝撃波が、リュカを至近距離で飲み込んだ。

「ぐあぁぁぁッ!!」

 吹き飛ばされたリュカの体に、無数の「真空刃」が追い打ちをかける。ステラが誇る精鋭の一人は、全身から血を噴き出し、糸の切れた人形のように泥濘の中へと沈んでいった。


「リュカァァァッ!!」


 バルトの絶叫が響く。だが、その犠牲は無駄ではなかった。仲間の窮地を賭した猛攻により、レオンの絶対的な防御術式に、コンマ数秒の「歪み」が生じた。


(……今だ!)


 アッシュはその一瞬を逃さなかった。

 泥濘を爆破するように蹴り上げ、最短距離で肉薄する。

 【無歩ノー・ステップ】をさらに加速させた、全霊の踏み込み。


「不遜な。そのまま砕け散れ」


 レオンが反射的に真空刃を放つ。アッシュは【空蝉(虚像移動)】を連続発動し、皮膚を切り裂かれながらも、歪みの生じた障壁の至近距離まで飛び込んだ。

 障壁の維持を司る「核」に対し、アッシュは剣を振るのではない。深化させた衝撃のすべてを一点に叩き込んだ。


「――【透過撃スルー・ストライク】!!」


 パキィィィィン!!

 理外の打撃。バルトたちの攻撃で極限まで負荷がかかっていた術式が、内側からの衝撃に耐えきれず、結晶のように砕け散った。その隙間を、アッシュの長剣が鮮烈に駆け抜ける。


「な……ッ!? がぁぁぁぁッ!!」


 鮮血が舞い、白銀の法衣が赤く染まる。レオンが初めて、その傲慢な顔を屈辱に歪めて後退した。

 アッシュは着地と同時に膝をつき、激しく吐血した。右手の感覚は消え、剣を握る力さえ残っていない。


「鼠が……! よくも、この私に……泥を塗ったな!!」


 レオンの殺意が膨れ上がる。だが、肩から流れる血は予想以上に彼の術式精度を狂わせていた。撤退戦の支援に現れたレジスタンスの増援も増え始め、レオンは苦渋の決断を下す。


「……鼠共、その命、魔導兵器の炎の中でじわじわと刈り取ってやる。掃討を開始せよ!」


 レオンは冷笑を浮かべ、屈辱を押し殺しながら魔力の光と共に戦線から離脱した。


 森には再び重苦しい静寂が訪れた。

 アッシュは痺れる右手を強引に動かして長剣を鞘に収めた。

 駆け寄るニールの気配を感じ、必死に「平然」を装う。


「アッシュ! アッシュ!!」


 意識を取り戻したニールが、泣きそうな顔でアッシュの肩を支える。

「……かすっただけだ。平気だよ。それより、あの人たちは……」


 アッシュの視線の先には、倒れ伏したリュカを抱きかかえるバルトと、弓を握ったまま震えるシエルの姿があった。

 だが、悲しみに浸る時間さえ戦場は与えてくれない。森の奥からは、機械兵の駆動音とアイゼン兵の足音が、刻一刻と近づいていた。


「行くぞ、ニール。……まだ、何も終わってない」


 アッシュは泥だらけの顔を上げ、カナンの郷を焼き尽くそうとする絶望的な赤光を見据えた。


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