第23話:カナンの洗礼
ステラでの喧騒も余韻も完全に消えた街道を進み、数時間が経過した頃、重魔導バイクは南の原生林「カナンの回廊」へと到着した。
舗装された道は途切れ、行く手を阻むのは大蛇のようにのたうつ巨大な樹根と、光を遮るほどに生い茂る深緑の天蓋だ。
ニールがエンジンを切ると、辺りに不気味な静寂が戻る。
「……ここから先はバイクじゃ無理だ。隠して歩くぞ。サナ、合流地点はここで間違いないな?」
サナは痛む足首を庇いながら、懐から古びた羊皮紙の地図を取り出した。
「ええ。ステラを脱出した他のレジスタンスメンバーとは、この先の『カナンの里』で合流する手筈になっているわ。あそこなら、複雑な地脈のおかげで軍の広域探査も届きにくい」
「カナンの里……。あいつら、そんな場所をアジトにしてやがんのか」
ニールの声は硬い。かつて彼が育ったはずの故郷の入り口。だが、その瞳に郷愁の色はなく、あるのは「捨てた場所」へ戻ってきた者特有の、強烈な疎外感だった。
サナがバイクから降り、足を引きずりながら周囲を警戒する。地下での爆風に煽られた際、足首を痛めたらしい。
「ねえ、静かすぎると思わない? 鳥の声一つしないなんて、まるで森全体が息を殺してるみたい」
アッシュはじっと、湿り気を帯びた空気を吸い込んだ。
じーちゃんに教わった通り、周囲の違和感に意識を研ぎ澄ます。木々の隙間を、不自然に規則的な「光の反射」が横切るのを、彼は見逃さなかった。
(じーちゃんは言ってた。『生き物は無駄に動くが、機械は最短を動く。森の不自然を探せ』)
「伏せろ」
アッシュの短い制止と同時に、三人は植物の群生の中に身を沈めた。
直後、頭上を数台の小型ドローンが通り抜けていく。アイゼン軍の奴隷狩り部隊が放った、熱源探査型の偵察機だ。
「アイゼンの魔導ドローン……。あんなものまでカナンに入り込んでるのかよ」
ニールが泥を掴み、悔しげに指を食い込ませる。
「俺が村を捨てて逃げる前から、アイゼンはここを『資源採掘区』に指定した名目で入り込んでやがった。人間も、木も、土の下の魔石も、全部アイゼンの所有物だっていう理屈だ」
アッシュは、泥を握りしめるニールの震える拳をじっと見つめていた。
ニールが抱えている複雑な後悔や苦しみまでは正確に言葉にできない。けれど、相棒が今、自分でも抑えきれないほどの怒りに震えていることは、隣にいるアッシュにも痛いほど伝わっていた。
(……ニールは、ここを大切に思ってたんだな。それなのに、あんな機械に荒らされて)
「ニール、案内を頼む。この森の道なら、お前が一番知ってるはずだろ?」
アッシュは冷静な口調を保って問いかけた。それが、取り乱しかけている相棒を落ち着かせる「仲間」らしい振る舞いだと思ったからだ。
「……ああ。隠し道がある。そこを通って、合流地点の里の境界まで行くぞ」
ニールが少しだけ表情を和らげ、力強く頷く。
アッシュは新しく手に入れた黒鋼の長剣の柄に触れ、静かに歩き出した。
沈黙する樹海の奥、さらに深い泥濘と、新たな敵の影が迫っていた。




