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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第2章:カナンの回廊と覚悟の再会

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第21話:残像の境界

 作戦決行日。

 ステラ西区の地下水道は、冷たい湿気と魔導回路の放つ微かなノイズに満ちていた。

 先行するサナは、壁面の配線を手際よくナイフで剥き出しながら、背後の二人に手信号を送る。


「ここから先はアイゼンの最新型。熱源感知レーザー網よ。……アッシュ、あなたの『無』の歩法でも、体温までは消せないわよね?」


 サナがわざとらしくアッシュの首筋に指を這わせる。


「緊張で熱くなっちゃったら、即座に感知されて蜂の巣よ。……ねえ、私が冷やしてあげようか?」


「サナ、いい加減にしろ!」


 ニールが割り込み、サナの手を激しく振り払った。その指先は、自分でも制御できないほど小刻みに震えている。

(……なんだ、この胸のざわつきは。故郷が、カナンが消えるかもしれないんだ。一刻を争う時に、こんな女の戯言に付き合っている暇なんてないはずなのに)

 ニールは奥歯を噛み締める。サナの指がアッシュに触れた箇所が、まるで焼印でも押されたかのように脳裏に焼き付いて離れない。この苛立ちは、間違いなく故郷を想う焦燥のせいだ――そう自分に言い聞かせなければ、足がすくみそうだった。


「アッシュ、無理なら俺が先行する。魔導ロックの干渉なら、俺の技術でも数秒は稼げるはずだ」


 アッシュはじーちゃんの教えを脳内で反芻していた。サナの誘惑も、ニールの殺気立った様子も、今の彼にとっては集中を乱す雑音でしかない。

(女の指先は体温を盗む。だが、今の問題はそこじゃない。……熱か。じーちゃんは言ってた。『止まって見えるなら、それはお前が遅いだけだ。景色を置き去りにしろ』。機械の目が俺を捉える前に、そこにいなければいい。それだけだ)


 アッシュは【点視ポイント・アイ】を意識の極限まで引き上げた。

 暗闇の中に、等間隔で走る不可視の熱線が、破壊すべき「線」として浮かび上がる。それは不規則に明滅し、触れれば即座に天井の自動火器が火を噴く死の檻だ。


「……俺が行く。ニールたちはそこで待ってて。網を抜けたら、向こう側にある制御盤を壊す」


 アッシュは腰の鉄剣には触れず、ただ半身に構えた。

 予備動作を削り、静止から一気にトップスピードへ乗る【無歩ノー・ステップ】。

 だが、レーザーの走査速度は冷酷だ。一歩踏み出した瞬間、アッシュの体温を捉えたセンサーが赤く反応し、発射シークエンスが開始される。


(――遅い。まだ景色が止まっていない)


 心臓の鼓動が耳元で爆ぜる。筋肉の収縮、血流の熱。それらすべてを、慣性という枷から解き放つイメージ。

 極限の加速が、アッシュの脳内で既存の定義をブチ破る。

 自身の体温という「実体」が、センサーの演算速度を置き去りにし、残像だけをその場に固定した。


無歩ノー・ステップ】深化 → 【空蝉(虚像移動)】


 刹那。

 アッシュの姿が「ブレた」。

 センサーが熱源を捕捉し、引き金が引かれるコンマ数秒前。アッシュの実体は、慣性を無視した異常な踏み込みによって、すでに数メートル先へと到達していた。

 センサーが捉えたのは、アッシュが「かつていた場所」に残した熱の残滓――すなわち虚像。


 シュン、という空気を切り裂く音。

 アッシュは光の網の向こう側に、何事もなかったかのように着地していた。背後のセンサーは、誰もいない空間に向かって一瞬だけ赤く点滅し、再び静寂に戻った。


 アッシュは流れるような動作で通路脇の制御盤へと手をかけ、その回路を剣の柄で壊す。パチパチと火花が散り、通路を埋めていた死の光網が、力なく消失した。


「……は?」


 サナが絶句し、掲げたナイフを止める。

 ニールは、今自分の目の前で起きた「現象」が信じられず、ただ口を開けてアッシュの背中を見つめていた。その驚きの中には、自分の知らない技術で遠くへ行ってしまう相棒への、底知れない疎外感が混じっていた。


「今のは、何……? 魔法の類じゃないわよね。あなた、今、完全に光を出し抜いたわよ……」


 アッシュは乱れた呼吸を整えようと努めながら、じーちゃんの言葉を噛み締めていた。


「行こう。奥に、もっと大きな標的がある」


 アッシュは迷いなく、魔導動力炉へと続く暗い回廊を歩き出した。


---


 地下心臓部の重厚な防壁の先で待っていたのは、人の形を保ちながらも、その表面が絶えず波打つ銀色の異形だった。


「流体金属ゴーレム。アイゼンの防衛システムの最高傑作よ」


 サナの声に、かつてない緊張が走る。


「打撃も斬撃も、その流動装甲にすべて拡散・無効化される。アッシュ、あなたの鉄剣じゃ分が悪いわ。逃げる隙を作るから、ニールを連れて!」


 サナの忠告を遮るように、ゴーレムの腕が鞭のようにしなり、鉄筋コンクリートの柱をバターのように断ち切った。

 アッシュはじっと、その銀色の巨躯を見据えた。


(どうする)

 一瞬、アッシュの足が止まりかける。だが、すぐにじーちゃんの顔が浮かんだ。

(じーちゃんは言ってた。『硬いものを壊すのは力だが、流れるものを止めるのは芯だ』。……俺がやるしかない)


 アッシュは地を蹴り、銀色の異形へと肉薄を試みる。しかし、ゴーレムの流体化した腕は予備動作なく全方位から襲いかかり、鋭い刺突がアッシュの頬を掠める。その速度は凄まじく、踏み込もうとするたびに幾条もの銀の刃が壁を作り、間合いを詰めさせてくれない。


(速い。構造を捉える暇がない……)


 一度距離を取ったアッシュは、強引に【空蝉】で横にブレ、死角から鉄剣を突き立てた。だが、捉えたはずの核は絶えず流動する装甲の奥へと逃げ、手応えのないまま刃が銀の液体に飲み込まれる。


「――っ!?」


 逆に捉えられかけたアッシュの前に、数人のレジスタンスメンバーが躍り出た。


「ガキ一人に背負わせるかよ! ここは俺たちが抑える!」


 彼らは盾を構え、自らの肉体を壁にしてゴーレムの猛攻を正面から受け止める。衝撃に骨を砕き、血を吐きながらも、男たちは異形の腕を必死に組み伏せ、一瞬の静寂を創り出した。


「今だ、やれ坊主!」


 仲間の叫びが、アッシュの意識を加速させる。

 アッシュは【構造把握ストラクチャー・リード】を意識の芯に据えた。

 波打つ銀色の体表の奥、魔導エネルギーが循環する経路を、壊すべき「点」として捉える。ゴーレム本体と、その後方でエネルギーを供給している巨大な魔導動力炉。その二つが重なる一瞬の隙を見定めた。


「まとめて、止める……!」


 ニールの叫びを背に、アッシュは踏み込んだ。

 ゴーレムが放つ最後の流体弾を【空蝉(虚像移動)】で回避し、懐へ肉薄。鉄剣を正眼に構え、全身のバネを螺旋の回転に変えて突き出した。


透過撃スルー・ストライク】深化 → 【穿孔撃ドリル・ストライク


 ――ガァン!!

 鉄剣がゴーレムの胸部へ深くめり込んだ。

 流体装甲が物理法則を無視した回転に耐えきれず、内部から派手に飛散する。だが、衝撃はそこで止まらない。

 螺旋の衝撃波はそのまま空気の錐となって背後の防壁をブチ抜き、その奥に鎮座していた魔導動力炉の心臓部を直撃した。


 ドォォォォン!!

 ゴーレムが銀色の霧となって霧散すると同時に、背後の動力炉が真っ赤に激昂し、激しい放電とともに機能を停止した。


「うそ、でしょ……?」


 サナが、掲げたレイピアを床に落とした。

 アイゼン連邦の科学の粋を集めたゴーレムと、都市の心臓部である動力炉。その二つを、魔法すら帯びていない一振りの「ただの鉄剣」で同時に貫いてみせたのだ。

 後方のレジスタンスたちは、もはや声を出すことすら忘れていた。


「アッシュ、お前……」


 ニールだけは、崩れ落ちる動力炉の破片の中で、静かに鉄剣を引く相棒の背中を、震えるような眼差しで見つめていた。その表情には、畏怖と、自分から遠ざかっていく存在への絶望的な憧憬が混じっていた。


「……よし。止まった」


 アッシュは摩擦熱で白煙を上げる鉄剣を鞘に納め、小さく息を吐いた。

 手にかかる確かな手応えが、新しいスキルの深化を彼に教えていた。


「早く行こう。ここはもうすぐ崩れる」


 赤黒い警告灯が、泥水を血のような色に染め上げる中。

 アッシュは立ち尽くす一同を急かすように、出口へと歩き出した。


今は出来上がってる自作小説を修正してアップしていますが、当時はこのあたりの回から50〜70話まで作って23話近辺まで戻ってまた作る……を繰り返してました。

今も修整して何度も消してを繰り返してるので、当時とほぼ変わらない……けど小説を作ってるときはすごく楽しいです。

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