第20話:不穏な夜の果て
ゼノスの伝説を語り終え、サナの隠れ家には重苦しくも熱を帯びた沈黙が流れていた。
サナはワイングラスを置き、惑的な笑みを浮かべて立ち上がる。
「さて……重たい話はこれくらいにしましょうか。もう夜も更けたし、明日に備えて寝ましょう? アッシュ、あなたは私の部屋で寝るわよね? 作戦の鍵になりそうなあなたには、最高の寝心地を提供してあげたいもの」
その言葉に、それまで黙っていたニールが文字通り跳ね起きた。
「ふざけるな! なんでこいつがお前の部屋なんだよ! 相棒の教育に悪いって言っただろ!」
「あら、ニール。そんなにムキになって、あなたも私の隣がいいのかしら?」
「誰がそんなこと言った! とにかく、アッシュを一人にするのは危なっかしくて見てられねえ!」
ニールが顔を真っ赤にして叫び、サナがそれを面白そうに受け流す。
結局、二人の押し問答の末、広い寝室に三枚の寝具を並べるという、奇妙極まる状況でステラの夜は更けていった。
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翌朝。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、アッシュの瞼を叩いた。
アビスでの習性で、意識が覚醒した瞬間に周囲の状況を把握しようとしたアッシュだったが、すぐに全身を襲う奇妙な重量感に思考が停止した。
(……動けない。敵か?)
慌てて視線を落とすと、そこにはあり得ない光景が広がっていた。
左側には、なぜか自分の腕を抱き枕のようにして眠りこけるニール。右側からは、サナが薄い寝衣越しに、熱い吐息がかかるほどの至近距離で密着して眠っている。
三つの体温が狭い布団の中で混じり合い、アッシュは石のように固まった。
「……何をしてるんだ、二人とも」
アッシュの困惑した呟きに、まずサナがゆっくりと睫毛を揺らした。
「ん……あら。おはよう、アッシュ。朝からそんなに固まっちゃって……。ねえ、昨日の話の続き、もっと近くでしてあげようか?」
サナが寝ぼけ眼のまま、さらにアッシュの懐へ潜り込もうとする。その気配にようやく気づいたニールが、飛び起きるように目を覚ました。
「うわあああ! サナ! お前、いつの間に布団に入り込んでやがるんだ!」
「あら、あなたが一番先にアッシュに抱きついていたじゃない。私はそれを避けて入り込んだだけよ?」
「ち、違う! これは、お前が夜中にアッシュの布団に潜り込もうとする気配を感じたからだ! 俺は……相棒を毒牙から守るために、防波堤としてここに入ったんだよ! そう、護衛だ! 護衛!」
顔を真っ赤にして必死に言い訳をするニールを、サナは涼しい顔でいなしながら、鏡の前で赤い髪を整え始めた。
「はいはい、立派な護衛さんね。でも、遊んでいる暇はないわよ。今日から作戦の準備を始めるわ。地下水道の警備周期の確認、魔導バイクの配置……やることが山積みなんだから」
サナが鋭いプロの顔に戻り、アッシュにウインクを送る。
「しっかり働いてもらうわよ、アッシュ。……あなたの実力、あてにしてるんだから」
「お前が仕切るな!」
なおも憤慨しながら装備を整えるニールを余所に、アッシュは静かに立ち上がって鉄剣を手に取った。昨夜から続く、戦いとは質の違う喧騒に頭を振り、アッシュは二人の間を抜けて出口へと向かう。
「……よくわからないけど、素振りをしてくる」
困惑を隠しきれない様子でそう言い残すと、アッシュは逃げるように部屋を後にした。
――そこから、作戦決行日までの4日間。
ステラの街を覆う鉄錆の匂いは、刻一刻と迫る開戦の予感に、より濃く、より冷たく研ぎ澄まされていった。
準備期間中、サナのアッシュへの誘惑は執拗なまでに続いた。
ニールはその光景を目の当たりにするたび、胸の奥で燻る正体不明の苛立ちに焼き焦がされるような感覚を味わっていた。
それが、故郷カナンを想う焦りなのか、自分が故郷を捨てておいて今更だと思う気持ちなのか、それともアッシュという存在を奪われることへの恐怖なのか。自分でも答えの出ない問いに苛まれながらも、ニールはただ無言で装備を研ぎ、来るべき瞬間を待ち続けた。
そして、ついに作戦の決行日が訪れる。
夜の闇に紛れ、レジスタンスとアッシュ達の影は音もなく、ステラ西区の地下深くへと潜り込んでいった。




