表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第2章:カナンの回廊と覚悟の再会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/65

第19話:語られる伝説

 リーダーが去った後、作戦室にはサナとアッシュ、そして依然として複雑な表情を浮かべるニールの三人が残された。

 サナは机の上に広げられた詳細な断面図――ステラ地下水道の構造図を指先でなぞる。


「作戦の詳細はこうよ。地下心臓部の動力炉を暴走させた後、軍は大混乱に陥る。その隙に、格納庫に配備されている軍用魔導バイクを強奪して、そのまま地下連絡通路を駆け抜けてカナンまで一気に脱出するわ」


 サナは顔を上げ、ニールとアッシュを交互に見つめた。


「レジスタンスの各班も、物資の確保が終わればそれぞれカナン族の里へ向かう手筈になっている。そこで合流して、次の守備を固める。……これで話は終わりよ」


 サナが図面を丸めると、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。

 彼女は椅子の背もたれに深く腰掛け、アッシュを値踏みするように細めた目で見つめる。


「それにしても、坊や。さっきの動き……あいつらを子供扱いするような無駄のない身のこなし。昨夜、監視の死角を縫って忍び込んだ時も見ていたんだけど」


 サナの声に、どこか熱を帯びた響きが混じる。


「ちょうど今朝、連絡員のカインから届いた情報と、昔の古い資料を照らし合わせて確信したわ。……その無駄のない身のこなし、記録でしか読んだことがないけれど、『英雄ゼノス様』を彷彿とさせるわね」


 その名が出た瞬間、アッシュの体がわずかに跳ねた。


「その男のことを知っているのか?」


 食いつくように問いかけたアッシュに、サナは妖艶な笑みを深める。


「ええ、もちろん。この国でレジスタンスをやっている者にとって、彼は伝説だもの。彼がどんな戦いをしていたか……ここには書かれていない『本当の英雄』の話が、私の手元にはあるわ」


 サナはしなやかな動作で立ち上がり、アッシュの首筋に指先を滑らせた。


「どう? ゼノス様の話を詳しく聞きたいなら、場所を変えない? 私の家なら、ゆっくり落ち着いて話せるわよ」


 アッシュは一瞬、足を止めた。

(女の誘いには乗るな。それは喉元を晒すのと同じだ……)

 じーちゃんの言葉が脳裏をよぎる。しかし、それ以上に「じーちゃんが何者だったのか」という渇望が勝った。


「……行く。話を聞かせてくれ」


 アッシュが短く答えると、それまで黙っていたニールが弾かれたように声を張り上げた。


「おい、待てアッシュ! 本気かよ! そいつの言うことなんて、どこまで本当か分かったもんじゃねえぞ!」


 ニールは顔を真っ赤にして、アッシュとサナの間に割り込む。だが、アッシュの決意を秘めた瞳を見て、さらにムキになったように叫んだ。


「……くそっ! 分かったよ! お前が一人で行くなら、俺も行く! 相棒として、変な毒を盛られないか監視してやるからな!」


 サナは必死なニールの様子を心底楽しそうに眺め、その赤い唇で小さく勝利の微笑みを刻んだ。


「あら、そう。賑やかな夜になりそうね。……歓迎するわよ、二人とも」


---


 サナの隠れ家は、ステラでも指折りの高級住宅街の片隅にあった。

 重厚な扉の先、落ち着いた照明に照らされた室内は、芳醇な花の香りと古書の匂いが混じり合い、戦時下にある都市の喧騒を忘れさせる。

 ニールは落ち着かない様子で高級なソファの端に座り、サナが用意したハーブティーに疑わしげな視線を向けていたが、アッシュの意識はサナが机に広げた数枚の古い資料に釘付けになっていた。


「さて……どこから話そうかしら」


 サナはワイングラスを揺らしながら、資料の一枚――かつての魔導艦隊が半壊した惨状を記録した写真に指を置いた。


「アイゼン連邦がこの国への侵攻を本格化させた時。彼らの前に立ち塞がったのは、軍隊ではなく、たった一人の男だった。それが英雄ゼノス。彼の階級をあえて今のアイゼンに換算するなら、四人しか存在しない最高戦力『魔導将軍』のトップと、互角かそれ以上に渡り合えるレベルね」


 アッシュは息を呑んだ。

 魔導将軍……別れの間際、じーちゃんが確か口にしていた名だ。


「その魔導将軍も……ゼノスも、そんなに強いのか?」


 アッシュは努めて冷静を装い、第三者のふりをして問いかけた。


「強い、なんて言葉じゃ足りないわ。彼は単独で、アイゼン自慢の空戦魔導艦隊を半壊させるような規格外の怪物だった。凡百の理屈を突き抜けたその技量は、まさに歩く災厄。けれど、そんな彼にも『限界』は訪れた」


 サナの表情から、いつもの余裕が消え、痛ましげな色が混じる。


「アイゼンは、一人の英雄を殺すために国を傾けるほどの物量を投入したの。魔導将軍三人が同時に指揮を執り、完全に包囲された広大な戦場。そこでゼノス様は……幼かった『赤子』を連れていたという噂もある。一人なら脱出も可能だったでしょう。でも、赤子を保護しながらの殲滅戦は、世界最高峰の武を持ってしても、物理的に不可能だったはずよ」


 アッシュの脳裏に、断片的な記憶が閃く。燃え盛る空、降り注ぐ魔導弾の雨。そして、自分を抱き寄せた、鋼のように硬く、けれど温かい腕。

(あの時の腕は……あのことだったのか?)


「その戦いで、ゼノス様は三人の将軍のうち一人を討ち取り、もう一人を再起不能の重傷にまで追い込んだわ。……アイゼンの歴史上、将軍を相手にそんな戦果を挙げた人間は、後にも先にも彼ただ一人。けれど、その戦いを最後に彼の消息は途絶えた」


 サナは一度言葉を切り、アッシュを真っ直ぐに見つめた。


「魔導将軍を相手に、生きて帰れる人間なんてこの世にはいない。だから……レジスタンスの間で、彼はあの日死んだと言われているわ」


 沈黙が部屋を支配した。ニールはハーブティーのカップを握ったまま、あまりに浮世離れした伝説的な話に黙り込んでいる。目の前の相棒が、なぜ見ず知らずの英雄の末路をこれほど鋭い目で見つめているのか。その理由を推測しているようだった。


 だが、アッシュは表情には何も出さなかった。ただ、自分を「谷底へ突き落とした」時の、あの厳しいが確かな生命力に満ちた男の声を思い出していた。


「……ゼノスは、死んでない」


 静かだが、鋼のように揺るぎない声だった。


「死ぬような隙を見せる奴が悪い。……その男が本当に『英雄』なら、将軍だろうが、艦隊がいようが、あんなところで終わるはずがない。俺が、それを証明する」


 アッシュは「じーちゃん」という言葉を喉の奥で押し殺し、あくまで「ゼノス」という一人の武人への信頼として言葉を放った。アッシュの瞳に宿る烈火のような意志に、サナは一瞬だけ目を剥き、それから今日一番の、嘘のない微笑を浮かべた。


「そうね。……私もそう信じてるわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ