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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第2章:カナンの回廊と覚悟の再会

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第18話:魔性の女と鉄錆の洗礼

 翌朝、宿を出た二人は、ステラの中心部に位置する冒険者ギルドへと向かった。

 アイゼン連邦の監視下にありながらも、ここは依然として金と情報が動く街の心臓部だ。


 アッシュとニールは受付に向かい、この一ヶ月間で収集した魔石、計二十三個をカウンターに並べた。

 受付の職員は手慣れた手つきで魔石の質を確認し、重さを量る。支払われたのは、鈍い輝きを放つ金貨八枚。一ヶ月の死闘の成果としては、十分すぎるほどの対価だった。


「前に稼いだ額と合わせて、これで当面の路銀と装備の補充は困らないな」


 ニールがホクホク顔で金貨を袋に収めようとしたその時、背後からあの強烈で甘い花の芳香が漂ってきた。


「あら。しっかり稼いでいるのね」


 振り返ると、そこには昨夜の赤い髪の女、サナが立っていた。

 彼女は監視兵たちの視線を柳に風と受け流しながら、アッシュとニールの間に割り込むようにして歩き出す。


「付いてきて。あんたたちが欲しがっている情報をあげるわ」


 サナはギルドの奥へと二人を促した。エントランスにはアイゼン連邦から派遣された監視兵が数人、退屈そうに椅子に座っている。受付の職員たちは事務的な笑みを浮かべ、掲示板には連邦の規則がびっしりと貼られていた。

 一見すれば、アイゼンの軍靴に完全に屈した「官製ギルド」そのものだ。


 サナは監視兵の横を通り過ぎる際、わざとらしくアッシュの肩に手を置いた。監視兵が鋭い視線を送るが、サナが妖艶な微笑を返すと、兵士は鼻を鳴らして視線を逸らした。

 アッシュはじーちゃんの教えを脳内で高速回転させていた。

(これは罠だ。敵は物理的な破壊ではなく、こちらの精神を揺さぶりに来ている。殺気がない分、剣より質が悪い……)


 サナは突き当たりの資料室に入ると、本棚の裏に隠された隠し通路のレバーを引いた。幾重にも張り巡らされた遮断魔術の結界を抜け、暗い階段を降りていく。

 アイゼンの「耳」が届かない地下へ辿り着いた瞬間、ニールが低く冷めた声を放った。


「サナ。監視兵の真横でアッシュを誘惑すんな。こっちは西へのルートと補給、それから軍の動向を知りに来ただけだ」


「あら、相変わらず冷たいわね。でも、あんたの求めてる情報はここにあるわよ」


 辿り着いた地下の広大な作戦室。そこにはアイゼン軍の目を盗んで集った数人の男たちが、剥き出しの鉄錆と油の匂いの中で、盗聴した通信解析や旧式の武器の調整に没頭していた。

 サナの声に応え、地図が広げられた机の奥から、傷だらけの重装甲を纏った男が顔を上げた。この支部のリーダーだ。


「サナ。ここは託児所じゃないんだぞ」


 リーダーは、アッシュに対して隠そうともせず嘲笑を向けた。アッシュの「子供」としての無垢さが、戦場の澱んだ空気の中で浮き上がっていた。


「見た目に騙されないことね。この子は昨夜、壁の監視を目にも止まらぬ速さで抜いたのよ」


 サナはリーダーの不機嫌な視線を受け流し、机の地図を指差した。


「単刀直入に言うわ。カナンの南ゲート一帯は、もうすぐ鉄の嵐に飲み込まれる。アイゼンはカナンに眠る未知の魔導資源を独占するために、大規模な掃討作戦を準備してる。ニール……あんたが捨てた故郷は、あと数日で地図から消えるわよ」


 ニールの顔から、一気に血の気が引いた。


「あそこには、子どもや老人が大勢いるはずだ」


「だから私たちレジスタンスは、軍の補給拠点を叩いて進軍を遅らせる計画を立てているの。でも、地下水道の複雑な魔導ロックを突破して潜り込めるような、身軽で腕の立つ人材が足りない」


 サナがふいにアッシュに顔を近づけ、その耳元で毒を吐くように囁いた。


「ニールの故郷を守る手伝い、してくれない? あんたのその技術があれば、軍の拠点を内側から崩せる。ここにいる疑り深い連中も、実績を見せればあんたを認めざるを得なくなるわよ」


 アッシュはじーちゃんの「女が耳元で囁く時は、脳を直接焼こうとしていると思え」という言葉を反芻したが、同時にニールの拳が白くなるほど握りしめられているのを見逃さなかった。

 アッシュが口を開くより先に、ニールがサナの手首を掴んで引き剥がした。


「アッシュを巻き込むな。これは俺の問題だ。レジスタンスの連中にだって、素性の知れないガキを連れていくリスクは負わせられないだろ」


「いいえ、相棒なら協力すべきでしょ? それとも、彼に自分の正体を知られるのがそんなに怖いの?」


 サナの嘲笑が地下室に響く。

 アッシュは二人を見比べ、静かに息を整えた。

(じーちゃんは女の争いに首を突っ込むなと言った。だが、今のニールは構えが死んでいる。相棒の崩れを黙って見ているわけにはいかない……)


「協力する。ニールが守りたいなら、俺も守る。ここにいる全員の納得が必要なら、俺がそいつらより動けることを証明すればいいんだな?」


 地下室の空気が、アッシュの静かな宣言によって一気に冷え切った。

 ニールはサナの手首を掴んだまま、苛立ちを隠さずに彼女を睨みつけている。だがサナは、その拘束を意に介さず、楽しげに喉を鳴らした。


「聞いた? リーダー。この坊や、自分の実力を証明するって言ってるわよ。……試してみる価値はあるんじゃない?」


 重装甲を纏ったリーダーが、ゆっくりと椅子から立ち上がる。使い込まれた巨大な戦斧を無造作に肩に担ぎ、アッシュを上から見下ろした。その眼光は鋭く、数多の修羅場を潜り抜けてきた者特有の重圧があった。


「ガキが。門を抜けたのが単なる幸運じゃなかったとしても、実戦は別だ。アイゼンの兵器を前に、その鉄剣で何ができる」


 リーダーが顎で合図を送ると、控えていた二人の男がアッシュを囲んだ。一人はショートソード、もう一人は重い分銅鎖を手にしている。


「じーちゃんが言ってた。納得してない奴には、実力で黙らせるのが一番早いって」


 アッシュは感情の起伏を見せず、淡々と応えた。腰にある頑丈な鉄剣は鞘に収まったままだ。

 男たちはアッシュから殺気も緊張も感じられないことに苛立ち、一気に踏み込んできた。


「舐めるなよ、坊主!」


 ショートソードがアッシュの喉元を鋭く突く。同時に、鎖分銅が逃げ道を塞ぐように足元を払いに来た。

 ニールが叫ぼうとしたその刹那、アッシュの姿が「消えた」ように錯覚させるほどの最小限の動きで、攻撃の隙間をすり抜けた。


(右左、遅い。ここを突けば、止まる……)


 アッシュは抜剣せず、鞘に収まったままの鉄剣の柄を、ショートソードを持つ男の鳩尾にそっと添えた。打撃というより、そこにある障害物を点で押し出すような動作。

 だが、男は肺の中の空気をすべて吐き出し、膝から崩れ落ちた。続いてアッシュは、鎖を振り回そうとした男の足首を、自らの踵で支えを外すように軽く踏みつける。


「あ、が……っ!?」


 自身の遠心力に振り回される形で、男は派手に壁へと激突した。

 アッシュはただ、そこに歩いていただけのように見えた。


「……ほう。その若さで、重心の通し方をわかっているな」


 リーダーの目が鋭く細まる。周囲の男たちは息を呑んだが、リーダーだけはアッシュの動きの芯を見極めていた。眼前の少年を、守るべき子供ではなく、一人の戦力として認識したのだ。


「これで、連れて行ってもらえるか?」


 アッシュは呼吸一つ乱さず、ただ目的の確認のためだけにリーダーを見上げた。その瞳には、じーちゃんに叩き込まれた「生存のための合理性」が宿っている。


「いいだろう。今の動き、確かに戦いを知る者のそれだ。だが、作戦は地下水道の汚泥の中を這いずり回る。綺麗事じゃ済まないぞ」


 リーダーは戦斧を床に叩きつけ、地図を指差した。


「目標はステラ西区、アイゼン軍・第三補給基地の地下心臓部だ。五日後にそこにある魔導動力炉を一時的に暴走させ、防衛システムをダウンさせる。その隙に、俺たちが物資を奪い、カナンの民を逃がすための陽動を行う」


 作戦が決定した。だが、ニールの表情は晴れない。サナが投げかけた「正体」という言葉が、重い澱のように彼の中に沈んでいた。


「アッシュ、無理はするなよ。……これは俺の問題だからな」


 ニールの声は少しだけ震えていた。アッシュはそれに対し、不思議そうに首を傾げたあと、静かに頷いた。


「わかってる。ニールが守りたいなら、俺も守る。それだけだ」


 レジスタンスの重苦しい熱気に包まれながら、少年と相棒は、さらなる地下へと潜り込む準備を始めた。


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