第2話:黄金の晩餐、偽りの生誕
その夜、山小屋の食卓には、この世のものとは思えぬ芳香が立ち込めていた。
黄金色に輝く脂を滴らせ、焚き火の熱でじっくりと炙られた「黄金の鹿」の肉。東の淵の最深部にしか棲息しないその肉は、この土地で生きる者にとって、最高級のご馳走を意味していた。
「すげぇ、じーちゃん! こんなのいつ狩ってきてたんだ!?」
アッシュが目を輝かせ、身を乗り出す。
今日、この日はアッシュが「拾われた日」であり、ゼノスが定めた「12歳の誕生日」だ。
「黙って食え。お前のような凡人が、一生に一度味わえるかどうかの幸運だ。血肉に変えておけ」
ゼノスは無愛想に言い放ち、木杯の強い酒を煽った。
アッシュが歓声を上げ、熱々の肉に食らいつく。その無邪気な笑顔が、ゼノスの視界をかすかに歪ませた。
(済まない、アッシュ。本当の誕生日は、これではない。お前がその瞳に絶望を焼き付けられた、あの日だ)
ゼノスの胸の奥で、暗い炎のような記憶が蠢く。
守りたかった。だが、守るためには、何かを切り捨てなければならなかった。その果てに辿り着いたのが、この逃亡の果ての静寂だ。
(わしは、お前を生かしているのか。それとも、俺の未練に付き合わせているだけなのか……)
「うまっ! じーちゃん、これ最高だよ!」
その笑い声を聞くたび、ゼノスの心臓には冷たい楔が打ち込まれていく。
「アッシュ。これを、持っておけ」
ゼノスは懐から、古びた布に包まれた「黒銀の目貫」を取り出し、放り投げた。
アッシュが慌ててそれを受け止める。
「これなに? じーちゃんの剣の部品?」
「拾い子のお前が、見つかった時に握りしめていた目貫だ。お前が持っていなさい」
ゼノスの声には、何の感情も籠もっていなかった。
だが、その指先はわずかに震えている。
「そっか。俺、捨てられた時もこれを持ってたんだ。大事にするよ、じーちゃん」
アッシュはそれを愛おしそうに胸に抱えた。
その純粋な感謝が、ゼノスにはどんな罵倒よりも痛かった。
「西の街の飯は、これの百倍は美味いぞ。いつか、自分の足で行ってみるがいい」
それは、いつか必ず来る「別れ」を見据えた、呪いのような、しかしあまりに不器用な願いだった。
厚い魔気の雲に覆われたアビスの空を、銀色の尾を引く光が、音もなく、しかし確実に横切っていく。
ゼノスは静かに酒を飲み干し、終わりの時が刻一刻と近づいていることを悟った。




