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賢者サマのおふね◇ジークのこと  作者: 神代きい


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終章◆キオウの親友

 快晴の潮風に帆を張らせ、デスティニィ号は気持ちよく海原を進んでいた。

「ねぇキオウ。前に作っていた薬、名前はあるの?」

 キュウリを芸術的な薄さでスライスしながら問うインパス。

 またもや厨房の隅で何やら調合中のキオウは、訝しげな顔ですりこぎの手を止める。

「名前なんてねーよ」

「成功した方の薬は、キオウのオリジナルブレンドなんでしょ? 名前付けようよ」

「興味ねぇなぁ…」

「なら、俺が名付けてもいい?」

「どーぞ。気に入ったら採用するから」

「よしッ。じゃ、10日待って」

「…そんなに?」

「キオウ導師にふさわしいネーミングをひねり出すためには、じーっくり考えなきゃ! ふふっ、ぐふふ…っ」

 玉ねぎのみじん切りをしながら含み笑いをするインパス。…おかしなスイッチが入ってしまったようだ。キオウは頭を抱えた。

 厨房のドアが軽やかに開けられ、ラティが元気いっぱいに入ってくる。

「キオウさーん、お客さんだよーっ」

「…客? こんな海のど真ん中で?」

「僕のお仲間だったよー」

「有翼人…? 名前は?」

「あ、聞くの忘れた。ごめんなさーい」

「…。じゃあ、翼は何色だった?」

「真っ白! 金髪で綺麗なお兄さんで、まるで天使サマみたいだったよー」

「金髪で野郎の天使っぽい有翼人…? 知らねぇなぁ。今どこにいるんだ?」

「見張り台で待ってるよー」

 ふーん…、とキオウは厨房を出ようとした。

 が。ハタリ、と立ち止まる。

 自分を知る金髪の美丈夫。この場所まで来る能力を持つ者。

 しかも、究極の暇人。

 ――青柳(あおやぎ)の賢者は、悟った。

「………おいラティ」

「なぁに〜?」

 苦々しい顔で振り返るキオウとは対照的に、心ここにあらずのラティ。インパスが生み出すニンジンの飾り切りに興味津々で、まな板と目線がほぼ一直線という超至近距離で目を輝かせている。危ない。

 キオウは大きく深呼吸する。

「――ラティ。今、何をしにここへ来た?」

「ええーっ? キオウさん忘れちゃったの? 僕はねぇ………………………あ、あれぇ?

 インパスさん、なんだっけー?」

「へ? え〜と………………………なんだったかなぁ?」

「んん〜…? わかんなくなっちゃった。キオウさん、ごめんなさーい」

「いや、いい。――…ますます確信したから」

 ふらふらと厨房を出たキオウ。クジラを吐き出すような大きなため息。そして。

 一瞬で見張り台へと転移した!

明星(みょうじょう)のッ、やっぱりアンタか!」

 左膝を立てて座っていた「天使のようで金髪の綺麗なお兄さん」は――、キオウの怒声に対してにっこりと笑う。

「へーぇ。来客の正体がよくわかったね、青柳の」

「こんな陸から離れた海のど真ん中までわざわざ会いにくるような物好きの有翼人なんざ知り合いにいねーよ俺はッ!」

「お友達が少ないのかい? これは心配だ。由々しき事態だ」

「アンタにだけは言われたくないわッ!! つーか、キーシに何かしやがったなッ? ラティ達にも忘却の術を使いやがって…!」

 キーシはスィードの右膝を枕に眠っている。この騒ぎにも起きる気配がない。

 大切な仲間達に手を出された怒りにわなわなと拳を震わせるキオウ。だが、明星の賢者は爽やかな笑顔のままである。

「私はよぼよぼしたジジイだよ? そんなジジイがお前の友にスケベ心を起こすはずがないだろうに」

「あたり前だああぁぁぁッ!!」

 青い空にキオウの絶叫がこだました。

「一体何をしに来やがったんだよ!? かの地と自分の神殿を往復する程度しか出歩かないアンタがッ」

「お礼を言おうと思ってね。ほら、私が龍族の友とギクシャクしていると話したろう? その彼が会いに来てね。おかげでお互いに詫びて、無事に仲直りと相成ったよ」

「…なんで俺に礼を言う?」

 わざと視線を外して明後日を見る若き同僚に優しく笑うスィード。

「強情な彼が自分から来るはずがないし、誰かに背を押された雰囲気だったからね。

 ま、そういうわけだからね。ありがとね、青柳の。いい子いい子」

「…。本ッ当にヒマだな、アンタ」

「照れない照れない」

 あははっと笑ったスィードはキーシを床に寝かせ、パチンと見事に指を鳴らした。

 サァ…ッ、と広がる太陽と星と風の魔法陣。

「それでは私は退散するよ、青柳の」

「二度と来るな。アンタには破れない結界を張ってやる」

「はいはい。楽しみにしているよ」

「たのしっ…?

 だーかーらッ、もう来るんじゃねぇぇぇーッ!!」

「あはははっ。可愛い可愛い」

 太陽の粒子をちりばめながら薄れていく明星の賢者。その姿が消えるまでキッチリと見届けて…、キオウは力なくキーシを見やる。

 規則正しく肩を上下させる平和な姿。そばかすの寝顔は幸せそうに微笑んでいる。

「………」

 …なんだかさっきのやりとりが、妙に馬鹿馬鹿しくなってきた。ため息をついて自嘲してしまう。

 キオウは備え付けの木箱から上掛けを取り出すと、安らかに眠るキーシに優しくフワリと掛けた。



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