終章◆希望
やれやれと後頭部を掻きながら甲板へ戻ったキオウは…、手すりに身を預け孤独な背を向けているジークを見つけた。
顔にかかる波しぶきを気にする様子もなく、ぼんやりとしている。
「ジーク、なにシリアスしてんだよ?」
声を掛けつつ隣に行くが、ジークは視線を手元に向けたままだ。
ジークの手には、蓋が開かれた懐中時計。蓋の内側には――若いユギハとユレン、そして幼いシュウと小さなユウガ。
笑顔に溢れた幸せな家族の姿――…ユギハが本当に得たかった、幸せな時間…。
キオウは胸元に手を当てた。ローブの下に感じる、父から託されたペンダント。
「――…オヤジは…、俺が嫌いなんだろうな……」
風に消え去りそうな哀しい呟き。
呆れたキオウは、それを吹き飛ばすような盛大なため息をつく。
「なんでそうなるんだよ?」
「………」
「お前が大切だからこそ、オヤジさんはまたお前を送り出したんだ」
「…。お前、オヤジと顔見知りだったのか?」
「へ?」
「初対面の自称賢者に、その大事なせがれを預ける真似はしねぇだろーが」
ジークは横目で睨み「…どうなんだよ?」と低音で問う。
キオウは晴れやかな顔で空を仰ぎ、笑った。
「顔見知りではない。けどな、俺のチカラの波長から『ユウガにとって安全な人間』と判断してくれたようだ」
「…ふーん…」
この賢者と父が交わした会話をジークは知らない。だが、とジークは思う。
――…あの父ならば、この賢者に警戒心を抱かず心を緩めて話をしたのだろう…。
潮風からチカラを受け取っているのか、心地良さそうに目を閉じるキオウ。ジークは小さなため息を漏らして口を開いた。
「…前にお前が話した、あの話…」
古の時代の賢者の話――。
「あれは…、実話か?」
「なんで?」
「…いや、なんとなく」
「実話だよ」
目を伏せたキオウは吐息のように「…俺の前世の体験談だ」と続けた。
「前世…。
じゃあやっぱり――…あの賢者って…、お前なのか?」
キオウは目を丸くする。
「いや、違う。俺じゃない。…けど」
その彼を、自分は近くで見ていた。
彼の絶望と苦しみを理解しようともせずに――…恋人を見殺しにした悪魔だと、周囲の人間と共に彼を責め立てた…。
「《絶対》に直面した賢者の絶望感は、計り知れないほど深くて大きい…。賢者になってよくわかった」
「…《絶対》てのは…、本当に変えられないのか…?」
「賢者のチカラが普通の魔術師より凌駕しているとはいえ、この世の全ての事象を変えられるワケじゃない。《絶対的な理性を持つあの大いなる存在》――…創造神みたいなモノだけどな、その存在がこの世の理を絶対的に保っている。コレをぶち壊すなんて、賢者10人全員揃っても不可能だ。
…よくわからねぇだろ? 俺だってよくわかってないからな。この仕組みは人間が理解してはならないのだと俺は思う」
「なんかわからねぇけど…、賢者にも限度があるんだな」
ああ、とキオウは頷く。
「賢者に出来ない行いというのは《完全なる神の領域》なんだ。…だから、こう言うべきかもな。
人間には出来ることと出来ないことがある、てさ」
「……そーだな…」
常人からかけ離れた賢者も、最初は人の母から生まれ、最期は土へと還る。賢者は神ではない。人なのだ。
だから、出来ることと出来ないことがある…。
――…何を期待していたんだよ、俺は…。
「………」
「ジーク」
力なくうなだれたジークに、銀髪の賢者は穏やかで冷静な声を紡ぐ。
「お前のオヤジさんは《絶対》に限りなく近い《運命》を背負っている。お前の背後には《絶対》に限りなく近い《運命》がある」
「…」
「親父さんは――…《絶対》を背負っているんじゃない。本当にわずかな差ではあるけど、間違いなくこれは《運命》なんだ」
人間には出来ることと出来ないことがある。
そして、今回は――。
「いいかジーク…《運命》には《分岐路》がある。無数に枝分かれした《分岐路》の《選択》により《運命》は変更し、変化していく。
――わかるよな?」
「…キオウ…?」
――…賢者の言葉に、何故か色々な何かがこみあがってきて、右目から涙が流れた…。
「お前――ユウガは『父を許す』という《選択》をした。
これは親父さんの《運命》に、間違いなく、影響を与える」
「!」
ジークはハッとキオウを見た。
とても晴れた賢者の横顔――…。
「………なぁキオウ」
名を呼ばれて見ると――、ジークは今までに見たことがない穏やかな表情をしていた。
「俺さ、考えてたんだよ。オヤジは誰かに似てるなー、って」
「お前にそっくりだよ」
「そうじゃなくてさ…。
誰に似てるのか、今わかった」
「誰?」
「お前のオヤジ」
「…父上?」
ああ…、とジークは目を閉じる。
「シュウと話をしたときに無意識にそう思ってさ、羨ましく思ったんだよ。
――…シュウと、お前をな…」




