月明かりの夜に◇本当の願い
…意識をなくした息子の体を胸に抱き、ユギハはしばらくその頭を撫でていた。この寝顔には自分に甘えてきたあの頃の幼さすら残っている気がする。
これほどに親の愛情に飢えていたこの子を、自分はこれからもずっとずっと愛していくだろう。
だが、それは――…。
ロウソクの蝋がなくなり、室内は再び月光に支配される。
冷たくもやわらかな光の中、ユギハは視線を上げた。
「――…さて…」
息子の髪を優しく梳き、ユギハは室内を見渡す。見るからには誰もいないというのに。
だが――。
「ユウガの友、といったところか。この子から感じる守護の波動と同じだからな」
迷いのない眼差し。
――この目に決心し、姿消しの術を解く。
透明な光の帯が流れた。
「…驚いたな。まさか俺の術を見破ったのか?」
「いや? 気配も姿も完全に消えていたとも」
「じゃ、なんで?」
それを問うのか、とユギハは笑う。
「こいつが気絶した以上、私以外の嗚咽が聞こえるはずがないからな」
月光に照らされた銀髪の青年はキョトンとし「…聞こえてたのかよ」と照れ隠しに額を掻いている。
その碧い目は、うっすらと充血していた。
「ジーク――ユウガの潜在能力から、相当な魔力の持ち主だと思ってはいたけどな…。驚きを越えて呆れたな」
誉め言葉にユギハは笑った。
「こいつを迎えに来たんだろう? さっさと連れていってくれ。重くてかなわん」
「…。こいつも望んでいたというのに、いいのか?」
ユギハは少し苦笑し、視線を息子に落とす。
「…そうしたいとも思ったさ。けどな――」
ユギハは息子の手に目を止めた。
ユウガの腕にある腕輪。
ユレンの形見である腕輪。
持ち主にしかはめられないはずの――ユレンにしかはめられないはずの腕輪を、この子は今はめているのだ。
――この子は、ユレンだ。
この子はユレンと共に在るのだ。
ユギハには、そう思えた…。
「だから…、この地には留まって欲しくない…」
手放したいわけではない。むしろ、かつてのように強引にでも手元に置きたいと思う自分がいる。
だが――。
『…なぁユレン、どこか遠くで一緒に暮らせたらいいのにな』
『遠く?』
『とにかく遠くさ。蒼を出て、お前とふたりでどこか遠くへ行きたい』
「――…この子には自由でいて欲しい」
「…」
「俺の代わりに世界を飛び回って、いろんな経験をして。
俺達には叶わなかった、自由を――…」
ユギハの顔は晴れ晴れとしていた。
そして…、ふと思いついたように自分の襟元に手を入れ、鎖をたぐり、懐中時計を取り出す。
これは――…この子がいなかった間、ずっと自分を慰めてくれた宝物だ。
「…」
銀髪の青年が、スッ…、と眇ませた瞳でユギハを捉える。
全てを見透かされそうで――…、それでもとても心地よい瞳だった。
「あなたに訪れるものは――…《絶対》に限りなく近い《運命》なんだ。
だから――」
神話に生きる者のように美しい、若き術者の切実な眼差し。
ユギハはそれには応えなかった。
その代わりのように――…、首から外した懐中時計を、ユウガの首へと掛けたのだ。




