過去を追う◇絶賛暗躍中
冷たい夜風が頬を撫でる。
目を覚ましたガヌアス王国宰相バイシュは、暗い室内を横切った人影に慌てて飛び起きた――つもりだった。
実際には地面に揚げられた魚のように、フカフカのベッドと枕の上で不様に跳ねるだけ。
そしてようやく、後ろ手で縛られ猿轡を噛まされている自分に気がついた。
「!」
「起きちまったか…。こんばんは、宰相サマ」
黒装束の侵入者に「いい月の晩ですねー」と会釈され、バイシュはベッドサイドの皿を落とし割って人を呼ぼうと試みる。
その喉先に、鋭利な刃が向けられた。
チャキン…ッ
「…ふぐっ…っ」
「そーゆー真似はしちゃダメだぜ、宰相サマ。俺はさっさとトンズラするから構わねぇけどな。
けどまぁ、宰相サマよぉ。俺がアンタなら、その姿で兵を呼ぶ勇気はねーなぁ」
突きつけられた剣の角度が変わり、曇りのない刃に自分の顔が映る。
ヒゲが、なかった。
髪も眉毛も消えていた。
そして両頬には――、赤いインクで適当にぐるぐると描かれた渦巻き模様。
「…! むぐっ…、ふがふがー…ッ!」
「おっ、気に入ってくれたか? 我ながら傑作だぜ…! なんならその姿を民衆に公開してみろよ。少しは求心力が戻るかもな…!」
剣を退けた侵入者は「じゃあな」と笑い、夜風に黒髪をさらしてバルコニーを飛び降りた。
――「傑作」宰相バイシュが何時どのようにメイドや兵に発見されたのか、はたまた約束を破り悪戯をした弟に兄がどれほどの雷を落としたのか…。
翌朝の新聞には、さすがに載ってはいなかった。




