過去を追う◇過去を追う1
※若干残酷な描写が含まれています。
「――おいおっさん、あと一回だけ賭けないか?
今から俺がなぞなぞを出す。もしおっさんが答えられなかったら、今までの金を全額返してくれよ。おっさんが勝ったら、この剣やるからさ」
「上等な剣だな…。売ればいい値になるか?」
「もちろん。大金貨3枚は間違いないな」
「だッ、大金貨3枚ッ?」
「まぁな。で、どうすんの? やらねぇの?」
「よし、乗ってやらぁ」
「そうこねぇとな。
いいかおっさん――、ここに5匹の毛虫がいます。左端のが太ったオスで、右端が細いメス。左から2番目がやや太めのメスで、右から2番目が細いメスだ。
では真ん中の毛虫は、じーさん? それとも、ばーさん?」
「……………ええいッ、ジジイだぁッ!」
――かかった。
「へーぇ? おっさん、毛虫は大人になると蝶や蛾になるって知らねーんだ?」
「…ッ! イカサマしやがったな!?」
「イカサマ? ご冗談を。ごくごくフツーのなぞなぞだ。
そんじゃあソレ、全額返してもらおうか?」
「くっ…」
「あ、ソレも返せよな」
「?」
「しらばっくれんなよ。ソレだよ、ソレ」
――ひょいっ
「俺の懐からちゃっかり盗った財布」
「あ…っ!」
「バレバレだっての。じゃあな、おっさん」
賭博相手の中年男の袖から奪還した財布を懐に戻し、彼はカウンター席の一番端に移動した。
ちびちびと酒を呑んでいると、背後から声を掛けられた。見ずともわかる。兄の声だ。
「遠くから見ていたが…、馬鹿な賭けをしていたなぁユギハ。あいつが正解していたら、無断で持ち出した総裁の剣が他人の手に渡るところだった」
「心外だな、それは」
そこそこな値の琥珀色の酒を啜り、若き黒髪の青年はすまして言った。
「あのおっさんが答えられるワケがない。シラフでも無理だな」
「まったく…。
蒼総出でお前を捜していたんだぞ。近隣の酒場をしらみ潰しにな。
明日は何の日か、わかってるだろ?」
「あー………なんかあったっけ?」
馬鹿かお前は、と弟の頭を軽くはたくユタバ。
「明日はお前の成人の儀だ。さっさと帰って酔いを醒ませ。明日を二日酔いで迎えるつもりか?」
「別にいいんじゃねーの? 歴史に残る」
馬鹿が、と兄は弟の頭を再度はたいた。
「しゃんとしろよ、朱の総裁も来るんだからな。
いずれ蒼の総裁となるお前が、毎日遊んでいてもいいと本気で思ってるのか?」
グラスを回して躍る液体を眺めるユギハが、ふぅ…、とため息をつく。
「俺は総裁にはならない。アニキがなれよ」
「俺はティスカル家の血は」
「そんなのどうでもいい。アニキが時期総裁、いいだろ?」
弟の発言にユタバは絶句し、しばし弟の後頭部を見つめた。
――この自分が、総裁に?
だが。そうすれば――…、自分は少しはこのユギハよりも上になれる…。
「ふざ…けたことを言うなよ。古参の連中が認めないだろ」
「血なんか関係ねーよ。王位継承じゃあるまいし。反対するヤツは俺が斬る。んで、アニキは総裁。俺は遊ぶ」
無茶を言う弟にユタバはため息をつく。少しは自覚しろよ、とぼやきつつ、弟から奪ったグラスに口をつける。
その目には、冷たい優越感が揺れていて――。
そんな兄の瞳に宿るモノに気づき――…、しかし何を言うこともなく、ユギハは追加の酒を注文した。
成人の儀をほぼ終え、総裁たる父から業物の長剣を授かったユギハは、中庭にいるユレンの元に向かった。
ユギハの遠い親戚にあたるユレンは以前、ユギハの祖父が総裁を務める朱にいた。だが母親を流行り病で亡くした彼女は、母との記憶が強い朱から離れることを望み、その願いを双方の総裁が聞き届け蒼に来たのだ。
「一応『おめでとう』は言っておくか」
「一応?」
「ユギハが大人? 馬子にも衣装」
「ひでぇっ。俺はそこそこ気に入ったのに」
「その衣装、適当にしつらえたんでしょ? すっぽかすつもりだったから」
「まぁな」
「威張るな」
胸を張るユギハをピシャリと叱るユレン。ユギハはおどけてペロッと舌を出す。
総裁の息子という立場もあり、ユギハはいつもやりたい放題。狡猾な頭で周囲に迷惑を振り撒いている。
その彼に遠慮のないユレン。そして、彼女の前では比較的おとなしいユギハ。
――と。遠くからユギハを呼ぶ声がした。
ユギハは適当に大声で返事をしつつ立ち上がる。
「今から蒼中に挨拶まわりだと。いつも顔合わせてんのに、挨拶。意味がわからん」
「総裁、ご立腹で怒鳴って呼んでるけど…?」
「俺が途中で無断退席したからだろ」
唖然とするユレン。
「そりゃ怒るよ。アンタ、そこまで馬鹿だったとは」
「あははっ、オヤジがマジキレする前に行ってくるかぁ」
へへっと軽く笑って走っていくユギハ。
その背を見送り…、ユレンは笑う。
――ユギハが自分に儀式の姿を見せたくて来たことなど、自分はちゃんとわかっている。
――…仕事に出ていたユレンの父とユギハの母が殺害され、その遺体が蒼へと戻ってきたのは、ユギハが成人を迎えた翌年の早秋のことだった。
――――これがお前の母の心だ。
冷たい空気の安置室。父とふたりで遺体を見つめているユギハに、父はそう呟いた。
母の手は、ユレンの父親の手と強く結ばれたまま、硬直していた。
「ユギハ、これがお前の母親の本性だ」
「………」
「よく覚えておくんだな。近くにいる存在ほど、裏切りに遭う確率が高い。しっかりと見極めてから自分の信を置け。信用した後も、疑う気持ちは決して忘れるな」
ユギハは複雑な感情で食いしばった口を開く。
「…オヤジ…」
「なんだ?」
「オヤジは…、知っていたのか? お袋が…その……」
さすがに言葉を濁す息子に返された声音は、あたりにもあっさりとしたものだった。
それどころか――、父は笑ったのだ。
「明らかにおかしいだろう? このふたりが同時に同じ場所へ出るなど。しかも、それが何度もあれば」
「――…まさか、アンタが…。アンタが、刺客を……?」
「哀れな連中だと思うだろう?」
かつて確かに愛の契りを交わした者の亡骸を無感情に見つめ、父はユギハの問いには答えずにそう呟く。
だが――…、ユギハにはそれが答えになった。
青い顔で退室を求め背を向ける息子に、父は追い討ちをかけるかのようにこう投げつけた。
「お前は――こんな哀れな裏切りには遭うな」
――――…中庭で、ユレンを見つけた。
ベンチに座り、うつむき、膝の上で拳を握り――…。そして、堪えているにも関わらず、絶えず目から大粒の涙が溢れていた。
複雑な心境のまま、ユギハはその隣に座る。
事実を知らないユレンは、親を失った悲しみにただ純粋に涙している。
知ってしまったユギハは、複雑な感情から涙することもできなかった。
「…無理に我慢するなよ。大切な人を亡くす痛みは耐えられるものじゃない。すべて吐き出しちまえ。――…な?」
あまりにも痛々しい姿に、ユギハはそう呟いた。
それをきっかけに――、ユレンはユギハの肩に顔を埋めてわんわんと泣いた。いつもと違うその体の熱に彼女の深い悲しみを感じ、無意識に強く唇を噛んで拳を握る。
――…そんなふたりを、ユタバは暗い目で柱の陰から見ていた。
事実を知らないがゆえに――。




