ささやかな平穏
午前中にトキと銀次郎が帰って来た。
澄と美菜穂は玄関にむかった。
「きよしー、美菜穂ちゃんー、帰ってきたぞー」
「じいちゃん、すぐに退院できてよかったよ」
澄は安心の笑みを浮かべた。
「さぁさぁ、茶の間にいくぞ」
四人は茶の間に移動した。
「そういえば今日は『見野山祭り』だったな」
『見野山祭り』は見野山町の大規模な祭りである。毎年にぎわう。
「そうだ、澄と美菜穂ちゃん、一緒に行ってきなさい」
「ばあちゃんたちはいかないの?」
「もう年だから、行く元気がないよ。二人で行きなさい」
トキは苦笑した。
銀次郎は澄にこう耳打ちした。
「せっかくの二人っきりのチャンスだ。いっそのことラブラブになってまえ」と。
一回ぐらい美菜穂と一緒に行くのは嬉しい。しかし、嫌がってたら…。
「澄、一緒に行こう」
最終的には美菜穂の笑顔に負けた澄だった。
ということで夕方。
澄と美菜穂は出かける準備をしていた。
銀次郎から三千円ずつ渡された。
いつ、なにかに使うかわからないからと。
「あれ、美菜穂はまだ用意できてないの?」
「まだみたいだ。女性は出かける準備が長いからのぉ」
銀次郎は遠い目をした。
澄は縁側に座った。
ツクツクボウシの大合唱と、蛙の大合唱が合わさって聞こえてくる。そして夕方空が雲の細く棚引いている。
「澄、準備できたわよ」
玄関から美菜穂が声をかけてきた。
振り向くと浴衣姿の美菜穂がいた。
明るめのピンクと花柄の浴衣で、帯にはコサージュがついている。ワンポイント刺繍がある白木の下駄。
髪は団子でピンクの花柄の簪。そして編み込みの赤い巾着を持っていた。
「わぁ!かわいいじゃないか。ばあちゃんの家にこんな浴衣があったんだなぁ」
澄はまじまじと浴衣を眺めた。
「き、澄、ちょっと、恥ずかしいわ」
美菜穂は顔を赤らめた。
一方澄は涼やかさを出した柄に。帯には茶色としろが折り重なっている。下駄は白と黒の鼻緒がついていて、下は茶色。
「澄も浴衣似合ってるわ」
「そうかなぁ。この浴衣じいちゃんが昔使ってたんだよ。美菜穂が来ているのはばあちゃんが使ってたものなんだ」
銀次郎曰く『澄と美菜穂ちゃんが来ている浴衣は、わしとばあさんが若かりしころにデートで使ってたんだ。孫に着せられるなんてわし、嬉しいよ!』
と感激していた。
「早く行きましょ。そろそろ混雑するころだから」
見野山祭りの会場は家から約十五分ほどの距離。
澄は下駄に慣れていないのか、三回ほどこけた。
「もーっ、澄ったらこけてばっかりね」
美菜穂は肩をすくめて笑った。
なんか恥ずかしいところを見せてしまったなぁ。
会場に着くと人の多さに澄は息をのんだ。
「どうしたの?」
「いやぁ、人が多いからびっくりしてただけ」
「確かに人多いね」
美菜穂は突然左手を差し出した。
「…えっ?」
一体どうした!?
「人が多いし、はぐれるといけないから、手をつないだらいいかなって。嫌だったら、いいんだよ…」
美菜穂の目は若干不安そうだった。
「そんなことないよ。むしろ…」
大歓迎です。たぶんこのようなことは一生ないと思います。
澄は右手を差し出した。
澄の脈がしだいに早くなっていく。一緒に並んで歩いている。
恥ずかしさと嬉しさが入り混じっている。
でも、美菜穂の小さな手のぬくもりは温かい。
「へい、そこの若い人たち!かき氷一杯食っていかないかい?今なら半額にするぜ!」
威勢のいい中年のかき氷屋の男に声をかけられた。
二人はかき氷屋に向かった。
「じゃぁ、ブルーハワイください。美菜穂は?」
「私はイチゴでお願いします」
男はそれぞれのかき氷を作り始めた。ぎこぎこと氷の出てくる音が聞こえてくる。
「はい、嬢ちゃんのイチゴと坊主のブルーハワイね。代金は百五十円だ」
二人はそれぞれ代金を支払った。
「まいどあり!」
かき氷屋の威勢のいい声が二人の耳に響いた。
そのほかに金魚すくい、綿あめや焼き鳥を買った。




