客人
「…きてよ、はーやーく!」
「きーよーしー、おーきーてー!」
さっきから声がする。
「うーん…、み、美菜穂!?」
澄は飛び起きた。
「澄、おはよ」
隣には美菜穂が満面の笑みで正座していた。
「お、おはよ、ございます」
うわぁ、まさか起こされるとは思っていなかった。
澄の中で嬉しさと恥ずかしさが入り混じっていた。
「もう朝ご飯が出来ているから、早く来てね」
美菜穂は澄の耳元でいたづらっぽく囁いて、和室を後にした。
またずっきゅーんときた!
まるでどっかの新婚さんの朝の一場面みたいだなぁ。
澄は布団一式を片付けて茶の間に向かった。
茶の間に入ると銀次郎とトキが座っていた。
澄は一通りあいさつをすると座布団の上で正座をした。
卓袱台には炊き立ての白ごはん、味噌汁、納豆にほうれん草のお浸しが並べられていた。
澄は時計をちら見した。七時半を回ったころだ。
台所を見ると美菜穂がお茶を用意していた。
「み、美菜穂。お茶ぐらい用意するから座っときなよ」
「いいのよ。澄こそ座っててよ」
「そ、そうか…」
なんか申し訳ないなぁ。
「澄や、これら全部美菜穂ちゃんが作ってくれたんだよ。
味噌汁をすすっていたトキが説明した。
「そ、そうなの?」
「そうじゃ、かなり美味しいぞ」
銀次郎は満足げにうなづいた。
澄は味噌汁を一口つけた。
美味しい、なんか濃厚な味がする。自分が作るのと似ている。
「澄、美味しかった?」
美菜穂が台所から戻ってきた。そして澄の隣に座った。
「うん」
「じゃぁ、今度は澄が何か作ってよ」
「う、うん」
いやぁ、女子のために何かを作るって、家族以外あんまりしないんだなぁ。
二人の微笑ましい光景に銀次郎とトキは口元が緩んだ。
しかし、幸せなひと時は来客によって奪われた。
三人は朝食を終えとりとめのない会話をしていた。茶の間の時計は八時十五分を指している。
玄関の引き戸を叩く音が聞こえてきた。
音に気付いた澄は玄関用の靴を履いて引き戸を開けた。
玄関の前に壮年の男性で銀縁眼鏡をかけた男性と、黒髪でストレートの女性が立っていた。
もしかして、あのひとなのか。
澄の頭の中で曇り空が渦巻いていた。
「あのぉ、どなたですか?」
「美菜穂の父だ」
答えたのは源治だった。
「美菜穂がここにいるのでしょ?」
綾乃が穏やかな口調で尋ねた。
今ここで答えたら美菜穂があぶない!
「…黙秘します」
澄は黙り込んだ。
どうしよう、今のは答えた方が良かったのかなぁ。
だれかきてくれーっ!
「何があったんじゃ?」
助け舟が登場した。
玄関の様子が気になった銀次郎とトキが来た。
「これはこれは、源治さんではないか。それに綾乃さんも」
源治と綾乃は軽く頭を下げた。
「こちらにいらっしゃる少年は…?」
源治が銀次郎に問うた。
「あぁ、こちらはわが孫の澄です」
「乙原澄です。よろしくお願いします」
澄は腰を曲げた。
「こちらこそよろしく。私は寿源治だ。隣にいるのは妻の綾乃だ」
「寿綾乃です。以後お見知りおきを」
結構いい人に見えるなぁ。いやいや、見た目で決めたらいけない。
「で、今日は何のようでしょう?」
トキが恐る恐る聞いた。
すると寿夫妻は険しい目つきになった。
「ここに美菜穂がいると思ってな。探しに来たんだ」
源治の言葉に乙原家は凍りついた。
どうしよう、美菜穂の居場所がばれてしまう。
澄は目で銀次郎に訴えた。
(大丈夫、ここはなんとかするから)
(そうだよ、じいさんのいうとおりだよ)
「美菜穂はいるのか」
源治は声を荒げた。
「美菜穂ちゃんはいませんよ。ねぇ、あなた」
「そうだ、いない」
銀次郎はうなづいた。
「源治さん、ちょっと茶の間の方に明かりがついてるわ。そこにいるんじゃないかしら」
「そうだな絶対ここにいる。中に入らせてもらうぞ」
寿夫妻はガサ入れする刑事のように中に入った。
「ここにいるんだろ」
だめだ、こりゃ。もうあきらめよう。
澄の顔がだんだん暗くなっていく。
茶の間と和室をつなぐ引き戸を開けると美菜穂が座布団に座っていた。
「お父様とお母様!?」
美菜穂は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔つきになった。
「美菜穂、やっぱりここにいたな。さっ、かえるぞ」
源治は美菜穂の右腕をつかんだ。しかし美菜穂は右腕を離した。
「私は帰らないよ」
美菜穂は強い口調で両親に反抗した。
「何わがままいってるの。みんなに謝りなさい」
澄や銀次郎さんにトキさんには迷惑をかけた。でも帰りたくない。
美菜穂は両親をじっと見つめたままだった。
「よくも寿家に泥を塗りやがったな!評判ガタ落ちだろ!」
源治は舌打ちをした。
「これだからうちの子は…」
綾乃は深いため息をついた。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着きなされ。美菜穂ちゃんを責めないでくれ」
源次郎が仲裁に入った。
「この状態で落ち着いてられるか!」
源治は銀次郎を勢いよく突き飛ばした。
銀次郎は障子の骨にあたった。
「いたたたーっ」
「あなた、大丈夫ですか?あなたは腰が悪いから……」
一目散にトキが駆け寄った。
「ちょっと痛いんじゃ…」
「まぁ!」
トキは目を丸くした。
「――いい加減にしてください」
澄の言葉に一同向き直った。
「気に入らないからって、人を突き飛ばすなんて大人げないですよね」
澄は畳み掛けるかのように続けた。
「美菜穂のどこが気に食わないのですか。夜中美菜穂から話を聞きました。ずいぶんとひどいことをしてきたのですね。人としてするものではないですよ」
澄は怒気を含んだ声になっていた。
「調子に乗るんじゃねー!」
源治は澄に平手打ちをしようとしたが、澄はうまくかわした。
「まだわからないのですか!」
「もうやめてよ、澄…。全部私が悪いんだから!澄たちは悪くないのよっ」
大粒の涙が美菜穂のほほを伝って流れた。
「悪いのは美菜穂の両親だよ。――美菜穂、警察に通報してくれ。僕は救急車を呼ぶから」
澄はひどく穏やかな口調だったが、まだ怒りが混じっていた。
銀次郎とトキは澄の姿を黙ってみているだけだった。
澄は茶の間にある電話に向かい救急車を呼んだ。美菜穂は自分の携帯電話で警察に通報した。
それぞれ住所と目印を告げて、指示を受けた。
警察と救急車を呼んで十分後――。
救急車と警察は同じぐらいにきた。
澄は銀次郎の症状を説明していた。
「じゃぁ、私はじいさんに付き添いしますからね」
トキは銀次郎と一緒に救急車に乗り込んだ。
警察は寿夫妻を事情聴取するため連行された。
なんとか落ち着いた。
でも、自分がしたことは正しかったのか。
澄は心中で何度も問い返した。
さてこれからどうしようか。
澄が思案していると。
玄関を叩く音が聞こえた。
「美菜穂はここで待てって」
澄が応対した。
玄関には七十代ぐらいで黒のシルクハットをかぶった男性と、白髪で桜色をベースとし梅の柄の着物を着ている女性がいた。
「どなたですか?」
「私は寿源之助だ。」
もしかしたら美菜穂の祖父だろうか。
「寿久乃です」
たぶんこのひとは美菜穂の祖母だろう。
「乙原澄です。もしかして美菜穂さんの祖父母でしょうか」
答えたのは源之助だった。
「そうだ、美菜穂がここにいると聞いてな。――美菜穂をいったん連れて帰りたいと思ってな」




