白の芽吹き Ⅱ
グラン村に滞在してから三日が経過した。
汗に濡れた体。
荒い呼吸。
何度も、何度も試した。
そして──分かった。
馴染みのレイピアでは壊せて、ユーリからもらったレイピアでは壊せなかった。
──違いは一つ。
(魔力⋯⋯)
馴染みのレイピアは、騎士学校入学時に支給されたもの。
それらは魔石が埋め込まれた『魔具』である、と教わった事を思い出す。
魔具は、自動的に魔力が充填されるため、誰でも魔獣に対抗できる。
ただし、欠点もある。
魔石の魔力に依存した魔具は、それを上回る魔力量の物質には通用しない。
つまり、どれほど腕に自信があろうと、魔具に頼っていては、高い魔力を保有する魔獣には、傷一つ付けられないのである。
この修行の狙いは理解した。
自らの魔力を、武器に充填させること。
ユーリは初日にヒントをくれていた。
道端の木の枝で、魔石を割っていた。
力じゃない。
技術でもない。
武器ですらない。
魔力が流れていれば、素手でも魔石は破壊できる。
それをユーリは伝えたかったのだ。
(でも⋯⋯どうやって?)
そこだけが、分からない。
理屈は解る。
でも実践に繋がらない。
恐らく、ユーリはこれも見越していたのだろう。
だから、たった一度の質問の権利を残してくれた。
シャルロットは、ユーリの元へと向かった。
宿屋の部屋に入ると、ユーリはベットに横たわっていた。
「ユーリ」
声を掛けると、目を開け、ゆっくりと起き上がった。
まるで待っていたかのような、仕草だ。
「質問、いい?」
「ああ」
短い返答。
シャルロットは、真っ直ぐに言う。
「魔力を剣に纏わせる必要があるってことは分かったの」
一拍置いて、続ける。
「でも、やり方が分からない」
視線を外さない。
「魔力の流し方を教えて」
沈黙。
そして──
ユーリが、ほんのわずかに笑った。
その表情に、シャルロットは僅かに心臓を高鳴らせた。
徐に、ユーリが口を開く。
「指を一本、出せ」
「⋯⋯こう?」
言われるままに、人差し指を出す。
「そこに、全神経を集中させろ」
「全神経⋯⋯?」
「そうだ」
静かな声。
「何も考えるな。指先にだけ、意識を向けろ」
シャルロットは、じっと指を見つめる。
集中する。
呼吸を整える。
──指先。
──そこだけ。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯⋯
⋯
「⋯⋯あ」
微かな違和感。
指先が、じんわりと熱を帯びる。
内側から、何かが滲み出てくるような感覚。
今まで感じたことの無い、不思議な感覚。
「⋯⋯これ、って」
「止めるな」
ユーリの声。
「そのまま維持しろ」
「⋯⋯っ」
意識が、揺らぐ。
すると──
感覚が、消える。
「⋯⋯あっ」
「今のが、シャルの魔力だ」
間を置いて、静かに告げる。
シャルロットは、自分の指を見つめる。
今は、何も感じない。
だが──
(今⋯⋯確かに、あった)
もう一度、指先を見つめる。
全神経を指先に、集中。
さっきの感覚を思い出しながら、ゆっくりと。
そして──
「⋯⋯んっ」
来た。
今度は、はっきりと。
指先に、熱が宿る。
「できた⋯⋯!」
思わず歓喜の声をあげて、ユーリを見る。
無邪気に笑うシャルロットに、ユーリは小さく笑った。
その表情に再び心臓が跳ねた。
はしゃいでいた事に羞恥心が募り、はっと我に帰る。
思わず顔を赤らめた。
「どうした」
「う、ううん!何でもないっ!」
怪訝そうに尋ねるユーリに、シャルロットは慌てて首を横に振る。
ユーリは気にする様子もなく、言葉を続ける。
「次は中指。それが出来たら薬指。そうやって、全部の指に魔力を集められるようになれ」
「う、うん」
「その後は、手のひら。その次は拳。最後に──剣だ」
「⋯⋯分かった!」
シャルロットは、頭を深く下げて部屋を飛び出した。
──今度こそ、届く気がした。
◆◆◆◆◆
(中指⋯⋯薬指⋯⋯小指⋯⋯)
ユーリに言われた通り、一つずつ。
意識を、分ける。
指先に、魔力を集め、維持する。
そして次へ。
最初は、すぐに途切れた。
一つに集中すれば、もう一つが消える。
二つ維持できても、三つ目で崩れる。
「っ⋯⋯」
歯を食いしばる。
何度も、何度も。
失敗しては、やり直す。
やがて──
(できる⋯⋯!)
五本の指すべてに、同時に魔力が宿る。
じんわりとした熱が、手のひら全体に広がる。
だが、次の瞬間──霧散した。
「あっ⋯⋯」
力が抜ける。
まだ、足りない。
(次は⋯⋯手のひら)
呼吸を整える。
意識を、沈める。
『点』ではなく、『面』として捉える。
手のひらに、魔力を集める。
じわり──と、確かに、集まってくる。
だが、不安定だ。
形を保てない。
「くっ⋯⋯!」
指の時とは、魔力のコントロールが格段に難しい。
めげずに何度も、何度も繰り返す。
足りない時間を補おうと、夜通し続けようとしたが、空腹と睡眠不足は逆に効率を下げる、とユーリに窘められ、食事と睡眠はしっかり取るようにしている。
(あと、少し⋯⋯)
感覚が、掴みかけている。
手のひら。
拳。
そして──
◆◆◆◆◆
この修行を開始して二週間。
シャルロットは、ゆっくりとレイピアを構えた。
目を閉じる。
呼吸を、深く吐く。
──指先。
──手のひら。
──拳。
順に、魔力を満たす。
そして、その流れを──剣へ。
「⋯⋯っ」
意識を、剣の柄へと伸ばす。
そこまでは、確かにある。
だが、その先。
剣に触れた瞬間、途切れる。
「⋯⋯なんで⋯⋯」
何度も繰り返す。
だが、同じだ。
拳までは届く。
そこから先に、行かない。
剣と手は、別の存在だから。
だから──届かない。
(⋯⋯違う。そうじゃない)
剣と手を切り分けるから、上手くいかないのだ。
剣は、手の一部と考える。
剣は、手の延長にあるもの──
握る手の力を抜く。
剣を握る拳から柄、鍔、刃先へ魔力をゆっくりと垂らす。
まるで、手から零れたものが、剣を伝って刃先へと流れていくように──。
その瞬間。
レイピアの刀身が、わずかに震えた。
「⋯⋯あっ!」
確かな手応え。
再度、繰り返す。
手に集めた魔力が、剣に流れていくのが分かる。
魔力が、剣に──宿った。
魔石の前に立つ。
呼吸を整える。
そして──
「はぁっ!」
──パキッ
今までとは明らかに違う、手応えのある感触。
レイピアを引く。
魔石の表面に、ひびが入った。
「⋯⋯!!!」
目を見開く。
もう一度、構える。
今度はさらに強く、突きを放つ。
「はぁぁっ!!」
──パキィィン!!
魔石が、砕け散った。
「やっ──」
歓喜から、おもわず顔を上げると──
目の前には、ユーリが立っていた。
気配は全く感じられなかった。
まるで、最初からそこに立っていたかのように。
しかし、シャルロットの成果を見届けてくれた事は、分かった。
「ユーリ!やった!出来たよ!」
シャルロットは飛び跳ねるように、ユーリのもとへ駆け寄った。
ユーリが、不意に手を伸ばす。
そして、シャルロットの頭をくしゃ、と撫でた。
「⋯⋯よくやった」
ユーリから初めての賞賛の言葉。
シャルロットは目を見開く。
次第に、顔がかぁっと熱くなるのを感じた。
ユーリの手が、すっと離れる。
「あっ⋯⋯」
思わず声がもれる。
「どうした?」
「あ⋯⋯ううん!何でもない!」
シャルロットは笑顔で首を横に振った。
ユーリもそれ以上は追及せず、話題を変える。
「明日、ここを出発する。今日はゆっくり休め」
ユーリはそれだけ言い残すと、立ち去った。
その場に残されたシャルロットは、そっと頭に手を添える。
──頭を撫でられたのは、何年ぶりだろう。
昔、父に撫でられて嬉しかった記憶はある。
先程ユーリに撫でられた時、嬉しい以上に感じられた、もっと別の、何か強烈な感情。
苦しくも心地よい、未知の感覚に戸惑いながら、頭に残ったユーリの余韻に浸っていた。
それが何なのか──まだ、分からない。
ただ、確かに胸の奥に残っていた。




