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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第3話
9/16

白の芽吹き Ⅱ

 グラン村に滞在してから三日が経過した。

 汗に濡れた体。

 荒い呼吸。

 何度も、何度も試した。

 そして──分かった。

 

 馴染みのレイピアでは壊せて、ユーリからもらったレイピアでは壊せなかった。

 ──違いは一つ。

 

(魔力⋯⋯)

 

 馴染みのレイピアは、騎士学校入学時に支給されたもの。

 それらは魔石が埋め込まれた『魔具』である、と教わった事を思い出す。

 魔具は、自動的に魔力が充填されるため、誰でも魔獣に対抗できる。 

 ただし、欠点もある。

 魔石の魔力に依存した魔具は、それを上回る魔力量の物質には通用しない。

 つまり、どれほど腕に自信があろうと、魔具に頼っていては、高い魔力を保有する魔獣には、傷一つ付けられないのである。


 この修行の狙いは理解した。

 自らの魔力を、武器に充填させること。

 ユーリは初日にヒントをくれていた。

 道端の木の枝で、魔石を割っていた。

 力じゃない。

 技術でもない。

 武器ですらない。 

 魔力が流れていれば、素手でも魔石は破壊できる。

 それをユーリは伝えたかったのだ。

 

 (でも⋯⋯どうやって?)

 

 そこだけが、分からない。

 理屈は解る。

 でも実践に繋がらない。

 恐らく、ユーリはこれも見越していたのだろう。

 だから、たった一度の質問の権利を残してくれた。

 

 シャルロットは、ユーリの元へと向かった。


 

  宿屋の部屋に入ると、ユーリはベットに横たわっていた。

 

「ユーリ」


 声を掛けると、目を開け、ゆっくりと起き上がった。

 まるで待っていたかのような、仕草だ。

 

「質問、いい?」

「ああ」

 

 短い返答。

 シャルロットは、真っ直ぐに言う。

 

「魔力を剣に纏わせる必要があるってことは分かったの」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「でも、やり方が分からない」

 

 視線を外さない。

 

「魔力の流し方を教えて」

 

 沈黙。

 そして──

 ユーリが、ほんのわずかに笑った。

 その表情に、シャルロットは僅かに心臓を高鳴らせた。

 

 徐に、ユーリが口を開く。

 

「指を一本、出せ」

「⋯⋯こう?」

 

 言われるままに、人差し指を出す。

 

「そこに、全神経を集中させろ」

「全神経⋯⋯?」

「そうだ」

 

 静かな声。

 

「何も考えるな。指先にだけ、意識を向けろ」

 

 シャルロットは、じっと指を見つめる。

 集中する。

 呼吸を整える。

 ──指先。

 ──そこだけ。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯


「⋯⋯あ」

 

 微かな違和感。

 指先が、じんわりと熱を帯びる。

 内側から、何かが滲み出てくるような感覚。 

 今まで感じたことの無い、不思議な感覚。

 

「⋯⋯これ、って」

「止めるな」

 

 ユーリの声。

 

「そのまま維持しろ」

「⋯⋯っ」

 

 意識が、揺らぐ。

 すると──

 感覚が、消える。

 

「⋯⋯あっ」

「今のが、シャルの魔力だ」

 

 間を置いて、静かに告げる。  

 シャルロットは、自分の指を見つめる。

 今は、何も感じない。

 だが──

 

(今⋯⋯確かに、あった)

 

 もう一度、指先を見つめる。

 全神経を指先に、集中。

 さっきの感覚を思い出しながら、ゆっくりと。

 

 そして──

 

「⋯⋯んっ」

 

 来た。

 今度は、はっきりと。

 指先に、熱が宿る。

 

「できた⋯⋯!」


 思わず歓喜の声をあげて、ユーリを見る。

 無邪気に笑うシャルロットに、ユーリは小さく笑った。

 

 その表情に再び心臓が跳ねた。

 はしゃいでいた事に羞恥心が募り、はっと我に帰る。

 思わず顔を赤らめた。


「どうした」

「う、ううん!何でもないっ!」


 怪訝そうに尋ねるユーリに、シャルロットは慌てて首を横に振る。

 ユーリは気にする様子もなく、言葉を続ける。

 

「次は中指。それが出来たら薬指。そうやって、全部の指に魔力を集められるようになれ」

「う、うん」

「その後は、手のひら。その次は拳。最後に──剣だ」

「⋯⋯分かった!」


 シャルロットは、頭を深く下げて部屋を飛び出した。

 ──今度こそ、届く気がした。


◆◆◆◆◆

 

(中指⋯⋯薬指⋯⋯小指⋯⋯)

 

 ユーリに言われた通り、一つずつ。

 意識を、分ける。

 指先に、魔力を集め、維持する。

 そして次へ。

 

 最初は、すぐに途切れた。

 一つに集中すれば、もう一つが消える。

 二つ維持できても、三つ目で崩れる。

 

「っ⋯⋯」

 

 歯を食いしばる。

 何度も、何度も。

 失敗しては、やり直す。

 やがて──

 

(できる⋯⋯!)

 

 五本の指すべてに、同時に魔力が宿る。

 じんわりとした熱が、手のひら全体に広がる。

 だが、次の瞬間──霧散した。

 

「あっ⋯⋯」

 

 力が抜ける。

 まだ、足りない。

 

(次は⋯⋯手のひら)

 

 呼吸を整える。

 意識を、沈める。

『点』ではなく、『面』として捉える。

 手のひらに、魔力を集める。

 じわり──と、確かに、集まってくる。

 だが、不安定だ。

 形を保てない。

 

「くっ⋯⋯!」

 

 指の時とは、魔力のコントロールが格段に難しい。

 めげずに何度も、何度も繰り返す。

 

 足りない時間を補おうと、夜通し続けようとしたが、空腹と睡眠不足は逆に効率を下げる、とユーリに(たしな)められ、食事と睡眠はしっかり取るようにしている。

 

(あと、少し⋯⋯)

 

 感覚が、掴みかけている。

 手のひら。

 拳。

 そして──


◆◆◆◆◆


 この修行を開始して二週間。

 シャルロットは、ゆっくりとレイピアを構えた。

 目を閉じる。

 呼吸を、深く吐く。

 ──指先。

 ──手のひら。

 ──拳。

 順に、魔力を満たす。

 そして、その流れを──剣へ。


「⋯⋯っ」

 

 意識を、剣の柄へと伸ばす。

 そこまでは、確かにある。

 だが、その先。

 剣に触れた瞬間、途切れる。

 

「⋯⋯なんで⋯⋯」

 

 何度も繰り返す。

 だが、同じだ。

 拳までは届く。

 そこから先に、行かない。

 剣と手は、別の存在だから。

 だから──届かない。


(⋯⋯違う。そうじゃない)

 

 剣と手を切り分けるから、上手くいかないのだ。

 剣は、手の一部と考える。

 剣は、手の延長にあるもの──

 握る手の力を抜く。

 剣を握る拳から柄、鍔、刃先へ魔力をゆっくりと垂らす。

 まるで、手から零れたものが、剣を伝って刃先へと流れていくように──。

 

 その瞬間。

 レイピアの刀身が、わずかに震えた。

 

「⋯⋯あっ!」

 

 確かな手応え。

 再度、繰り返す。

 手に集めた魔力が、剣に流れていくのが分かる。

 魔力が、剣に──宿った。


 魔石の前に立つ。

 呼吸を整える。

 そして──

 

「はぁっ!」


 ──パキッ

 今までとは明らかに違う、手応えのある感触。

 レイピアを引く。

 魔石の表面に、ひびが入った。

 

「⋯⋯!!!」

 

 目を見開く。

 もう一度、構える。

 今度はさらに強く、突きを放つ。

 

「はぁぁっ!!」

 

 ──パキィィン!!

 

 魔石が、砕け散った。


「やっ──」


 歓喜から、おもわず顔を上げると──

 目の前には、ユーリが立っていた。

 気配は全く感じられなかった。

 まるで、最初からそこに立っていたかのように。

 しかし、シャルロットの成果を見届けてくれた事は、分かった。

 

「ユーリ!やった!出来たよ!」


 シャルロットは飛び跳ねるように、ユーリのもとへ駆け寄った。

 ユーリが、不意に手を伸ばす。

 そして、シャルロットの頭をくしゃ、と撫でた。

 

「⋯⋯よくやった」


 ユーリから初めての賞賛の言葉。

 シャルロットは目を見開く。

 次第に、顔がかぁっと熱くなるのを感じた。


 ユーリの手が、すっと離れる。


「あっ⋯⋯」


 思わず声がもれる。


「どうした?」

「あ⋯⋯ううん!何でもない!」


 シャルロットは笑顔で首を横に振った。

 ユーリもそれ以上は追及せず、話題を変える。


「明日、ここを出発する。今日はゆっくり休め」


 ユーリはそれだけ言い残すと、立ち去った。


 その場に残されたシャルロットは、そっと頭に手を添える。

 ──頭を撫でられたのは、何年ぶりだろう。

 昔、父に撫でられて嬉しかった記憶はある。

 先程ユーリに撫でられた時、嬉しい以上に感じられた、もっと別の、何か強烈な感情。

 苦しくも心地よい、未知の感覚に戸惑いながら、頭に残ったユーリの余韻に浸っていた。

 

 それが何なのか──まだ、分からない。

 ただ、確かに胸の奥に残っていた。

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