堅守の貴公子
堅守の貴公子
グラン村を出発してから、二日が経った。
ラタトスク平原は相変わらず広大で、いまだに遠方に街の片鱗すら見えない。
木々がまばらに生えた街道から見る風景は、変わり映えがなく、通る者にまるで同じ場所を延々と歩き続けているような、そんな錯覚を与える。
──一般的には。
この街道を黙々と進む二つの影。
シャルロットは、そんな周りの景色に目もくれず、手元に意識を集中していた。
シャルロットが一つ目の修行を達成した翌日、ユーリは出発前に二つ目の修行を課した。
ユーリの課題は、またしても一言。
「この魔具を壊せ」
ユーリから渡された魔具は、腕輪。
銀色の輪には、複雑な紋様──術式が刻まれている。
基礎防御魔術──『ウォルス』。
魔力を感知した瞬間、自動的にこの防御魔術を展開する術式である。
発動までに要する時間は、わずか一秒。
いや──
一秒も、ない。
術式の精度が高ければ高いほど、反応は早くなる。
この魔具は、その中でも上位に位置する代物だ。
つまり──
攻撃を仕掛けた瞬間には、もう防がれている。
魔力を纏い、それを維持する。
そして、武器へと流し、魔具を破壊する。
その一連の動作を──
一瞬で、完了させなければならない。
前回同様、ユーリからの説明は無く、まずは実践してみたことで、シャルロット自らが導いた結論であった。
この修行の目的と理屈は、理解できる。
武器に魔力を纏わせる速度を上げること。
理想は、剣を握った瞬間に剣先まで魔力が到達していること、だ。
敵と遭遇した時、相手は武器に魔力を纏い終えるのを待ってなどくれない。
その『空白の時間』が死に直結する。
シャルロットは、村を出発してから現在に至るまで、この修行に神経を注いでいた。
──ドォン!!
遠くから聞こえてきた轟音に、シャルロットは我に返り、辺りを見回した。
「な⋯⋯何!?」
「神獣だ」
言葉と同時に、ユーリが歩みを早める。
一切の迷いがない。
シャルロットも、その背を追った。
ラタトスク平原を北東に進むと、雑木林が広がる地帯へと辿り着く。
その奥で、木のへし折れる音が響き渡る。
神獣は、あの雑木林の向こうにいるようだ。
しかし、流石と言うべきか。
これほど離れていても、ユーリは迷うことなくこの場所を探し当てた。
──自分もいつか、その領域に辿り着けるだろうか。
シャルロットは、ぱんっ、と両頬を叩いた。
弱気になっている暇はない──!
ユーリを信じて、出来ることから始めるんだ!
そう自分の心に喝を入れ、前方を行くユーリのを追いかけた。
雑木林を抜けると、湿地帯が広がっていた。
その奥には、木々に囲まれるように、透き通った湧水池がある。
そこでは──
「はあっ!!」
一人の青年が、5mは超える巨大なザリガニと対峙していた。
あれは、神獣──ハビオル。
巨大なハサミを持ち、その威力は周囲の木々を見れば、一目瞭然だ。
青年が手にしているのは、長い棒。
構えは洗練されており、動きも悪くない。
だが──
カァン!!
「くそっ⋯⋯!」
突き、薙ぎ、叩き込み。
どれも、神獣の身体には通用していない。
そして──
巨大なハサミが、青年に迫る。
「っ⋯⋯!」
青年が咄嗟に手をかざす。
「ウォルス!!」
──展開される魔力障壁。
防御魔術である。
巨大なハサミが障壁に当たり、一瞬止まる。
だが、その圧倒的な力に押され、表面に亀裂が走る。
そして──
パキィィーン!!
魔力障壁が砕ける。
青年は、ハサミを止めた一瞬の隙に回避していた。
その動きには、迷いがない。
何度も同じ状況を切り抜けてきた者の動きだった。
シャルロットは目を見張った。
彼は──魔具を使用していなかった。
あれは、彼自身が作り出した魔力障壁だ。
しかも、発動までが速い。
攻撃は、確かに通らない。
しかし、一瞬とはいえ、あの神獣の一撃を防いだ。
こと防衛戦におけるスペシャリストと言える。
とはいえ、戦況は思わしくない。
神獣が咆哮をあげ、再び巨大なハサミを突き出した。
「くっ⋯⋯ウォルス!」
魔力障壁を展開。
先程よりも強力なハサミ攻撃が、障壁を突き破る。
今度は回避が間に合わない──。
「しまっ──」
その時。
──風が、止んだ。
音が、消える。
「あっ⋯⋯」
シャルロットが、気づく。
ユーリの姿は、ハビオルの背後。
──一閃。
それだけだった。
両のハサミが、ずるり、と地面に落ちる。
そして──
音もなく、その巨躯が真っ二つに崩れた。
遅れて、霧散する。
「⋯⋯⋯え?」
青年が、呆然と立ち尽くす。
神獣が霧散したことで視界が開ける。
そこに立っていたのは、黒衣の剣士。
何も分からなかったが、神獣を斬った、ということは理解出来た。
シャルロットが、ユーリの元へ駆け寄る。
(⋯⋯やっぱり、すごい)
やはり、全てが別格である。
「ふぅ~⋯⋯危なかったぁ⋯⋯!」
青年は、不意に気の抜けた声をあげ、へたりとその場に座り込んだ。
そして、ユーリへと声を掛ける。
「助かったよ、ありがとう!」
人懐っこい笑顔。
明るい声。
さっきまで命のやり取りをしていたとは思えない。
シャルロットは、少し驚く。
「そうだ、まだ名乗っていなかったね」
青年は、すっと立ち上がり、自己紹介を始めた。
「俺は、アルベルト・フォン=ランパード!よろしく」
胸に手を当て、堂々とした態度である。
「⋯⋯ランパード?」
聞き覚えのある名だ、とシャルロットは首を傾げる。
そして、思い出す。
「ここって、たしか⋯⋯ランパード領、だったよね?」
「そうだね」
「⋯⋯ということは⋯⋯ま、まさか⋯⋯」
「ああ。この領地を治めるランパード伯爵の息子だよ」
「えぇっ!?」
思わず声が漏れる。
(き、貴族ってこと!?)
シャルロットは驚きを隠せない。
アルベルトが貴族ということもそうだが。
そもそもなせ、領主の息子がこんな所で神獣と戦っていたのだろうか。
だが当の本人は、そんなことお構いなしに続ける。
「いやぁ、神獣があれほど硬かっただなんて、知らなかったよ」
「ポ、ポジティブだね⋯⋯」
爽やかに笑う。
その様子に、シャルロットは思わず苦笑する。
不意に、アルベルトの視線が、ユーリへ向く。
そして──目が、輝いた。
「君は、すごいな!」
心の底からの感嘆だった。
「その剣で斬ったんだろう?太刀筋が全然見えなかった!」
ぐいっと、距離を詰め、まっすぐな瞳をユーリへと向ける。
そして──
「君、俺のパーティーに入ってくれないか!?」
「⋯⋯はい?」
思考が追いつかない。
シャルロットの間の抜けた声が漏れる。
唐突すぎる。
だが──
アルベルトは本気だった。
「俺は勇者を目指してる!神獣の襲撃に苦しむ人々を救いたいんだ!」
力強く言い切る。
「だけど、一人では限界がある。だから⋯⋯志を共にする仲間を探して旅に出たんだ!」
指をびしっとユーリに向ける。
そして──
「君の強さ、気に入った!俺と一緒に来てくれ!!」
真っ直ぐすぎる勧誘。
嘘も打算もない。
ただ、純粋な『願い』。
沈黙──。
風が吹き抜ける。
ユーリは、少しだけアルベルトを見て──
そして、興味を失ったように視線を外した。
「断る」
間を置くことすらなかった。
「な⋯⋯何だってぇぇぇ!!?」
断られると微塵にも思っていなかったのだろうか。
アルベルトは、大袈裟すぎるくらいの驚きの表情を向けた。
「⋯⋯行くぞ、シャル」
「う、うん⋯⋯」
構わずその場から立ち去ろうとするユーリの背に、慌てた声が飛ぶ。
「ま、待ってくれ!」
アルベルトが駆け寄る。
「仲間の話は⋯⋯まぁその、今は置いておこう!でも、せめて礼はさせてくれ!」
真っ直ぐな瞳。
その熱量に、シャルロットは思わず足を止めた。
「ここから近い街まで案内するよ。道も分かりにくいし、何よりその街は馴染みの場所だから土地勘はあるんだ。宿の場所とか、美味しいレストランとか紹介するよ」
割と⋯⋯いや、かなり魅力的な提案だ。
ちらりとユーリを見る。
その視線に気づいているのか、ユーリは一瞬だけ考える素振りを見せて──
「⋯⋯分かった」
小さく頷く。
「やった!」
ぱっと顔を明るくするアルベルト。
「そういえば、二人の名前をまだ聞いてなかったね」
促され、まずはシャルロットから自己紹介する。
「私は、シャルロット・L=アストライア。よろしくね」
「⋯⋯ユーリだ」
素っ気ない挨拶。
しかし、アルベルトは気にする様子もなく、笑顔で頷いた。
「よろしく。ユーリ、シャルロット!」
その明るさが、不思議と場を和ませる。
──どこまでも前向きで、真っ直ぐ。
それが、シャルロットがアルベルトに抱いた第一印象だった。




